森小屋の梟

趣味や日々思ったことについて不定期に書いてゆく(予定)。

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ブラゲーぶらぶら その3

2016-10-08 19:47:47 | 趣味
こんばんわ。
毎度、趣味の話と言えば今のところブラゲーしかしていない気がしますが気にはしません。

というわけで今回もまたDMMのブラゲーでも語ろうかと思います。
今回語りたいのはDMMゲーの中でも特に異色作ではないかと思う「ユバの徴」についてですね。
個人的には一押しゲーなんですよね、事前登録の時点から目を付けていました。

これはあくまで個人的なブラゲー観からの発言ですが、ブラウザゲームの楽しみというのは結局のところは「なんちゃってゲーム」であると思うのですよ、ゲーム要素自体はほんの少し、またはあって中程度であって内容のほとんどは雰囲気によって構成されていて、プレイヤーの楽しみはその世界の雰囲気にどこまで投入できるか…というところにあると思うのです。
これは最初に触れたまともなブラゲーが「艦これ」だったというのも影響していると思うのですが、小さな箱庭の中にどこまで投入できるか、どこまで頭の中に世界を組み立てられるか、というところを自分は重視するわけです。
楽しみ方の大部分をプレイヤー側に投げているとも言えるでしょう。どのように考えるか、どのように物語を組み立てるか、どのようにキャラを形作るか…一般的な、まともなゲームであればそれはゲーム側が提供するものですが、ブラウザゲームというモノが提供するのはあくまで骨組み、基礎部分だけであって、糊付け肉付けはプレイヤー側が行う作業となり、それがまたプレイヤーの楽しみ方でもあると考えています。
もちろん、これはあくまで個人的な考えなんで間違っている部分があるだろうことは認めないといけませんが、艦これなんかは典型だと思います。
世界観、キャラクター、ストーリーはあくまで基本的なものと少量のフレーバーだけで構成されていて、それをどのように解釈、拡大するかはプレイヤーの方に委ねられています。
そしてそれが見事に成功したのが「艦これ」と言えるでしょう。
この辺から入ったという影響があるせいか、ブラウザゲームにおいて所謂「主人公」が肉付けされているものはよほどうまく合致しないと投入感の妨げになってしまうためあまり好きにはなれません。
個人的に好きなのはあくまで「プレイヤー=主人公(無口)」という立場ですね、艦これでいうところの提督ですね。
主人公が肉付けされてしまっていると「自分ならこうする」ではなくて「こいつならこうするだろう=こうしかならないだろう」という解釈にどうしてもなってしまい、プレイヤー側のやることが減ってしまうんですよね。
そうなってしまうとゲーム側で提供しなければならない情報が増えるわけなんですが、演出力が圧倒的に乏しいブラウザゲームで提供しなければならない情報が増えるというのはそれだけで楽しませる難度が上がってしまう結果になってしまうのではないかと思わずにはいられません。
その辺のことを考えると、なるべく主人公は姿を見せず、できることならば発言もしない方がブラウザゲームの主人公としては合っているのではないかと思います。

さて、話を「ユバの徴」に戻しましょう。
先の話と絡めて語ると、このユバの徴、ブラウザゲームとしては珍しくかなりの情報をゲーム側から提供していると言えます。世界観、ストーリー、キャラクター及び主人公のだいたいが既に提供されており、プレイヤー側の考える余地というものはあまりありません。
それでもなお面白いと言えるのはその世界観の組み立て方が上手いからだと言えるでしょう。ベースとなる世界観は歴史でいうところのアステカ・マヤ文明とコンキスタドールとの闘いを描いたものとなっています。アステカ・マヤ側がプレイヤーサイドとなり、プレイヤーは偉大なる神に仕える戦士となってコンキスタドールサイドとなる機械文明(恐ろしく科学力の発達した)の侵略者との戦いに明け暮れることになります。史実通りならばプレイヤーサイドは敗北する運命にありますが、事実プレイヤーとなる「ユバの一族」が神の加護を受け、戦いに身を投じるまでアステカ・マヤサイドとなる先住民たちは機械文明との戦いにおいて劣勢を極め、あと少しで完全に支配される寸前のところまで追いつめられてしまっています。
現時点のストーリーにおいても、ユバの戦士の力を借りて先住民たちは幾つかの勝利を挙げていますが、機械文明に対する反撃の烽火としてはいまいち打撃力にかける状況と言っても過言ではありません。
何せ敵となる機械文明はその技術力とそれからなる戦闘力だけでなく、数においても先住民たちを圧倒しているのですから大したものです。普通であれば負けていて当然の戦いなのです。
そのような不利な状況の中、唯一の希望の光となるのがユバの一族(ゲーム上はユバの戦士)となるわけです。神の加護を得ているユバの一族は強靭な肉体を持ち、銃弾を浴びようが切り刻まれようが死ぬことはなく、また恐ろしい戦闘力を有した生ける戦闘兵器ともいえる存在ですが、それをもってしてようやく機械文明と対等に渡り合える程度であり、時として圧倒的物量及び戦闘力の前に屈してしまうことも少なくありません。
また、ユバの戦士は戦闘を経ることで成長するということはありません。戦士の能力は最初の時点で決まっており、どうあがいても基礎となる能力は上昇しません。
ではどうやって強化するのか?
てっとり早い強化手段としては、祈り人と呼ばれる精霊(神とはまた違う?)の力を借りることができる人々の力を借りることで戦士の能力が上昇します。祈り人は主に先住民族の人々であり、もともと祭事を司り精霊との距離が近い人々から、素質があり一般人から祈り人へとなる人々、特出した才能を持っているがゆえに精霊の加護を受けているであろう人々といった多種多様な人々がいます。ありていに言えば「装備品」が彼ら「祈り人」となります。
しかし、いくら装備を強くしたところで肝心の勇者が弱ければどうしようもありません。スライム程度は圧倒できるでしょうが、ドラゴンには勝てるでしょうか? 竜王には?
つまるところ何時までもレベル1のままではいられません。ではどうするか…通常の手段では決して成長しない戦士の力を高める手段は一つしかありません。
生贄です。
ユバの戦士を強くするのは、同じユバの戦士の血のみであり、戦士を供物とし神に生贄を捧げることで対応する戦士の能力が上がります。
実にアステカ・マヤっぽいイメージの通りですね。
しかし戦士を生贄にすると言ってもどうやって戦士を増やせばいいのか? ソビエトの兵士よろしく畑から採れるわけではありません。神の加護を受けた戦士とはいえ人の子?ですからしっかりそういうことをして子を成す必要があります。
ただ、戦士同士では子を成すことができません(なぜか)。そこで重要な手助けとなるのがまたまた祈り人となるわけです。祈り人はただ戦士の能力を高めるだけでなく、戦士と契りを交わすことで戦士の子を授かり産み落とすという極めて重要な役目を担います。そのためストーリー的にもゲーム的にも祈り人を多く助け、ユバの一族に引き入れるということが重要になるわけですね。
戦士の一生は基本的に産まれ、戦い、時に契り次代に血を残し、そして最後は生贄として神の前に散る…そういうサイクルで廻ることになります。

基本的にこのゲーム、とっても血なまぐさいです。
まず珍しくというか、この手のゲームにしては気持ちいいぐらい血の演出が多いです。敵を打ち取れば首と一緒に血が噴き出し、戦士を生贄に捧げれば同じく血が流れ出て神が宿る神殿を血に染めます。
そしてゲームのシステム上の故というべきか、祈り人は基本的にダブります。そしていわゆる売却だとか合成だとか生ぬるい選択肢はありません。
生かすか、殺すか、この二択なのです。実は重要なはずの祈り人も生贄に差し出せます、しかも神もそれを望んでいます。システム上祈り人を減らすには生贄にするしかないため、嫌であってもいずれは祈り人を自ら葬る必要が出てきます。
でもってこの生贄、戦士は自らの運命を受け入れ黙って逝くのですが、祈り人は喋り時として抵抗します、しかもエピソードとして残るんですよね(一部例外有)。このエピソードがまた、心に残るほど痛々しいものがあったりして覚悟せずに見ると結構なダメージになります。しかしこういった面の演出は上手いと言うべきでしょう。ちなみに一回見ると以降はエピソードが再生されなくなるので多少は楽に生贄にできるようになります(見たい時に見ることは可能)。
世界観、ストーリー、キャラクター、システムともに合致しており、暗く血なまぐさい戦いに投じる戦士の一族の気分に見事投入させてくれます。
ちょっと遅くなりましたが、ここまでダークな要素満載でありながらR版はないんですよね、一般版のみです。ですので露骨にそういうシーンがあるわけでも、全ての登場人物が主人公サイドに好意的というわけでもありません。
人を選ぶゲームだとは思いますが、個人的にはお勧めしたいですね。
で、遅ればせながらジャンル的にはアクションです。まあアクションと言ってもこっちが操作するわけではなく、戦士たちは基本オートで戦うので戦闘中のプレイヤーの仕事はアイテム回収ぐらいですね。
一部の特殊なステージを除きだいたい1~2分もしないで終わるので一戦一戦さくっとできるのも特徴と言えるでしょう。

とかく、このゲームの世界の演出は見事です。
個人的に一番上手く世界観、ストーリー、システムを一つにまとめているブラゲーではないかと思っています。その辺も含めて好きな人にはたまらないものがあると言っていいでしょう。
機械と科学に傾倒し、神をも恐れぬ無慈悲で残酷な機械文明……
生贄と戦いを欲し、自らへの盲従と隷属を求める封印されし神……
ユバの一族と祈り人は言ってしまえば神の思惑にいいように使われている存在に過ぎません。
それでもユバの一族と祈り人は、明日が来ると信じ、より良い未来の為に戦うのです。

そんなこんなで割としっかり世界観が組まれているブラゲーですが、投入感はあると言えるでしょう。
今日はこのぐらいにしますが、次語るときはシステム面について語ってみましょうかね。
課金回り含め、現実的な話になると思うのでそこまでべた褒めにはならんでしょう。ただ、世界観はいうように独特かつ演出が上手いので一回は触ってみても良いと思います。

それではまた、会いましょう。
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