今日は、これから、全く土地勘のない、新潟へ「沢」を求めて・・・・
師匠と、一緒ね。
どうなるやら、楽しみ。
さて、記事だ。
知事の発言
幾つかの新聞記事
民法やNHKのニュース
などなど、2日間にわたって、注視しながら、観・読んだ。
「基地があるから、職がある」
「基地を置いて、その見返りにお金(見返り基地予算)をせびる」
「基地が無くなったら、生活に困る人がたくさん出来る」
言い古された、沖縄と基地・・・・どうも、変化の明らかな兆しが生まれ・醸成されてきている!
すでに、相次ぐ米兵による犯罪などで、米軍も基地に米兵を囲い込んだり、兵員そのものを減らしたり、小さな基地を返還したりして、2万あった雇用は1万を切っているのだ。4.8平方キロメートルの広大な広さの話題の普天間基地での日本人の雇用は300人にも満たないのである。
さらに、「お金漬け」だったことを沖縄県民は認めつつ、「もう、それではいけない!」と明らかに声を出し始めているのだった。
沖縄の過疎の地域にも、迷惑料でりっぱな箱物が出来ている。が、もはや、その箱物の維持費で、大変な赤字が生まれ、地方の財政を圧迫しているのは、本土の地方と同じだが、この反省を住民が声を上げ始めているのは、本土と違うな。
原発も沖縄も「札びら」で頬を打ってきたのは同じだが、原発では相変わらず「原発が無いと職が無い・金が無い」と、福島を見てみぬふりの、多くの立地自治体の住民がいる。
痛みが違うのだろう・・・沖縄は67年、痛めつけられてきた。その痛みに、もうお金で痛みを我慢するのはイヤだと声をあげているのだ。
僕の父や母の世代は「中国人・朝鮮人」と隣国の人々を差別し、戦争を仕掛けてきた。
その精神性は、僕らの代でも、無かったとは言えない気がする。
韓流に夢中な我が娘など見ると、何故かホッとする。
沖縄にも、そんな差別意識をもって、本土の日本人は生きつづけているように思う。今も!
だから、沖縄の基地(よく言われる数字だが、日本にある米軍基地の75%は沖縄にあって、米兵の60%以上が沖縄に駐留しているのだ)なんぞは見て見ぬふり・「せめて県外・・」など、もってのほかと、思っているのだ。
2001年9.11で、沖縄も危ないと、本土からの修学旅行が軒並み中止に!と、親が騒ぎ、中止が相次いだ。「そこに生まれ、逃げ場の無い沖縄の子ども達」には、同じ親として、痛みさえ感じもしなかったのではないか?
この差別意識は、根深い。
沖縄に関するオピニオンでは、実に有名な池澤夏樹氏の面白い記事があった。
このスピーカーには、オラ、賛同するだよ!
基地の迷惑料で、新しくなって間もない道路が又掘られる・箱物が出来る。
真の豊かさではなく、あぶくのお金だから、お金が生きない。
沖縄県は「国際物流の拠点・ハブ」として、沖縄を育てたいと、計画を出した。
観光立県・ハブとしての沖縄の整備
いいんじゃないか?
そうして、民族資本を育て、県民が産業を興すことに、賛辞を贈り・応援するね。
基地が返還されれば、広大な土地が残る。
ホテルが建つがそれは、本土の資本で、県民は末端の労働者なんて事ではなく、沖縄の資本を育て、ソフトをたくさん学んでもらって、自らの資本で、県が寄って建つ沖縄が展望できるじゃないか!
そのために、基地が返還されることが必要だと俺は思うのだ。