ずだぶくろのこぶくろ

イスラエル留学日記です。

皇帝の言わない八月

2007年10月01日 09時38分44秒 | Weblog
2007年9月30日 日曜 仮庵祭 晴れ

今日は、勉強して本を読みました。
夕飯は、ぼくが作りました。ペペロンチーノスパゲッティと、蕪のスープと、サラダでした。うまかった。

2007年8月3日、金曜。P氏との対話に発奮し、はげしい図書館づめを(二日間だが)終えた週末。くつろいでパソコンに向かいメールをチェックすると、懐かしい人から便りが届いていた。日本(国名)の大学院でゼミ仲間だった、新約聖書学専攻(すげえ優秀)のY女史だ。件名は、「お願いが・・・」

差出人と件名を見ただけで、だいたいメールの内容に予想はついた。Y女史には、旧約聖書学専攻(すげえ優秀)の兄上がいて、現在ドイツ留学中。たしか今回のテル・レヘシュ発掘調査にも参加の予定。仲良しで有名な兄妹のこと。どうせ「お兄ちゃんをよろしくお願いします」とかそういったことであろう、と微笑ましく思い、開いてみると、

「この度、わたしもテル・レヘシュ発掘隊に参加することになりました。本日、出発します。日本(仮名)先生から連絡が行っているはずですが、エルサレムでお目にかかれるのを楽しみにしております。8月27日・28日にエルサレム滞在の予定です」(大意)。

その滞在中、研究に必要な資料・教材を買い揃えたいので相談に乗ってほしい、といういかにも研究熱心な彼女らしい「お願い」なのだった。意外な再会の機会を心から嬉しく思うと同時に、ここは再会までに自分に磨きをかけておかねばならぬ、と決意を新たにした。そして、そんな熱い歓喜や決意も、日本(仮名)教授からは何の連絡もいただいていないという厳しい現実を目の前にすると、なまぬるーいものになるのだった。

続く。
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皇帝のいないような八月(2)

2007年09月30日 12時06分19秒 | Weblog
2007年9月29日 土曜 安息日 仮庵祭三日目 晴れ

きょうは、散歩して、本を読みました。夕飯は、ハンバーグと、ポテトと、キャベツ炒めと、サラダと、人参ジャガ芋ポタージュと、パンでした。うまかった。

さて、遡ること2007年7月31日、火曜。ぼくと妻くんは、テルアビブのレストランで Picopocopon 氏(以下、P氏)と久々の再会を楽しんでいた。氏は、8月3日から約一カ月にわたり、イスラエル北方のタボル山南東約5?に位置する巨大遺跡テル・レヘシュの日本発掘調査隊に参加する身である。話題は、おたがいの近況から、研究の進み具合、趣味の映画や小説などまで、多岐におよんだ。

P氏「それで、どうですか。今回、発掘現場には来られますか」
ぼく「いや、それが、まあ忙しいのはともかく、実は先日、はずかしながらクレジットカードの入った財布を落としてしまいまして。再発行には時間がかかりますし、それまで何とか手持ちの金でしのいでるありさまなのです。はたして遠出できるかどうか。調査隊のかたがたは、エルサレムにいらっしゃる御予定はないのですか」
P氏「ええ。調査終了後、個人的に旅行するかたはいるかもしれませんが、隊として見学旅行をする予定は今回ありません」
ぼく「そうですか。日本(仮名)教授とかには是非お会いしたいのですがねえ。まあ、調査中には御挨拶がわりに電話でもかけようと思います」

発掘調査隊の滞在先は、インターネット環境も整わず電話回線も不安定な僻地。とりあえず安全策として、P氏の携帯電話番号を教えていただいた。ともあれ楽しい一時をすごし、深夜帰宅。専門こそ違え、P氏と久々に対話したことは、ぼくを発奮させた。やはり夏休みとて気を抜くわけにはいかない。明日から図書館通いの日々が続くな、と思った。そして、続けた。

続く。
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皇帝のいないような八月

2007年09月29日 12時34分03秒 | Weblog
イスラエルは2週間ほど前に新年を迎えました。
おくればせながら、あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいいたします。
さて、久しぶりの更新で唐突ですが、去る2007年8月26日、日曜午後8時すぎ、ぼくは日本(仮名)教授の運転するレンタカーに同乗し、エルサレムTホテル駐車場までの道案内を務めていました。

日本(仮名)教授「まいったなあ、今回はほんとに」
ぼく「いやあ、笑いの神が、おりてきましたねえ」
教授「そういえば夫くん、ぼくのこと昨年ブログにいろいろ書いてくれたじゃないの」
ぼく「はい。おおせのままに、イスラエル現地で生活する日本人の感ずるままを記録させていただきました。なかなかの好評で、見ず知らずのかたからもあれで聖書学の世界に興味が湧いたというお便りを事実いただいております。なにとぞ、これも一種の学問的貢献として評価していただきたく」
教授「それで今回の件もやっぱり書いちゃうのかね」
ぼく「やはり、書くのでしょう」
教授「まいったなあ、もう。どうしよう。とっほっほ」

話は、2カ月前に遡る……。
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イスラエル俳句(3)

2007年07月02日 08時23分57秒 | Weblog
2007年7月1日 日曜 晴れ

きょうは、大学に行って、図書館で本を読んで、帰りました。


イスラエル俳句について。

ぼくが留学を決めたとき、いわゆる帰国子女の友達に助言をいただきまして、それによれば、「外国に行くと、ものすごい日本通のやつがいて、日本文化の質問をしてきたりする。そこで話を合わせられないと、つまらない。留学先の国の文化は、どうせ現地でいやというほど知ることになるので、今から勉強する必要はない。それより、日本文化の基礎知識を仕込んでおけ」。なるほどなあ、と思って、とりあえず留学する前の数カ月、日本古典文学の勉強をしました。あらためて、面白かった。けれども、「これは、ちょっと理解できんなあ」と思ったものが二つあって、そのひとつは『源氏物語』、もうひとつは、俳句(特に、芭蕉)でした。よりによって、日本通の外国人が、いちばん蘊蓄をぶつけてきそうなところなので、どうしよう、と思った次第です。

ただ、源氏物語はさておき、俳句について言えば、その勉強の中で、どうも自分なりに「これが俳句だ」という観念を、いつの間にか仕込まれてしまったのかもしれないようなのです。

あらためて、テルアビブ大学『日本の夕べ』上位作品、

海の前 砂を集めて 過去になる
森の中 すずめの歌よ 春が来る
暑すぎる 市の野良猫も 眠りそう
ほほえむき あかるいあさに はながさく


ほんとうに、お見事です。光景が目に浮かぶし、日本語文法も完璧。ただ、あくまで僕の印象ですが、何と言いますか、こう、情念としては「俳句よりも、むしろ短歌っぽい」ものを感じるのです(つまり、あと十四文字[七・七]付け足せば、さらにかっこいい詩になったのではないか、と)。ただ、それが何故なのか、自分でも分かりません。

それで、ぼくが面白いと思ったのは、

ひるのひや きはもっている いっこはな
ひまなとき はやくすぎるが かめがはう
睡蓮下 蜻蛉が隠れる 梅雨明けだ

の三句。これらは、はっきり言って、文法としては破綻しているかもしれないし、景色の流れもめっちゃくちゃかもしれないけれども、なぜだか「あ、俳句だ」と感じてしまったのです。(特に、「ひるのひや きはもっている いっこはな」。漢字仮名混じり表記にすれば、おそらく「昼の日や 木は持っている 一個花」か)。ただ、それが何故なのか、自分でも分かりません。

あらためて、どうしよう、と思います。「良い、悪い」ではなく、「俳句か、俳句じゃないか」について、俳句を愛好するかたがたの御意見をいただければ幸いです。


きょうの夕飯は、ドライカレーと、野菜スープと、きゅうりの浅漬けでした。うまかった。
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イスラエル俳句(2)

2007年07月01日 06時53分31秒 | Weblog
2007年6月30日 土曜 安息日 晴れ

きょうは一日、本を読みました。


テルアビブ大学『日本の夕べ』俳句コンテストの結果は以下のとおり(審査はネット投票)。

第一位  海の前 砂を集めて 過去になる

第二位  森の中 すずめの歌よ 春が来る

第三位  暑すぎる 市の野良猫も 眠りそう

第三位  ほほえむき あかるいあさに はながさく

でした。おめでとうございます。ぼくが面白いと思ったのは、

ひるのひや きはもっている いっこはな

ひまなとき はやくすぎるが かめがはう

睡蓮下 蜻蛉が隠れる 梅雨明けだ

です。


きょうの夕飯は、焼き鳥と、野菜スープと、きゅうりの浅漬けと、ご飯でした。うまかった。
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イスラエル俳句(1)

2007年06月30日 09時58分15秒 | Weblog
2007年6月29日 金曜 晴れ

きのうは、テルアビブ大学の日本語学生主催の『日本の夕べ』に、妻くんと行ってきました。面白かった。

ぼくが、いちばん面白かったのは、俳句コンテストでした。
出品は、以下の二十五句。

 (1) 冬の朝 雨が見えてた 恋に呼ぶ
 (2) 森の中 すずめの歌よ 春が来る
 (3) 冬の風 あなたの笑顔 想いだすの
 (4) 睡蓮下 蜻蛉が隠れる 梅雨明けだ
 (5) 秋の風 遠い想い出て 彼の声
 (6) 白い雪は 涙で溶けて 空の下
 (7) 悲しい歌 なぜみんな踊る 寂しい俺ね
 (8) 秋の風 寂しくなると 茶を飲む
 (9) 大雨で 寝られないのに 夢を見た
(10) あの夏を 覚えていくの 空と海
(11) 海の前 砂を集めて 過去になる
(12) あの頃は 桜を見ると 泣いていた
(13) あかいちょう なのはなのした こいびとよ
(14) 庭の道 紅葉の欠片 残られた
(15) 芝の上 宝石みたい 露霜だ
(16) 暑すぎる 市の野良猫も 眠りそう
(17) こおろぎが もみじにねむります うみにみはり
(18) かなしいき みずはつめたい かれるとき
(19) そよ風や 霜吹き飛ばす 夢の恋
(20) ひるのひや きはもっている いっこはな
(21) 夏は着く 年は終わっている 俳句のように
(22) ひまなとき はやくすぎるが かめがはう
(23) さきわたしの あとでしつい わがもどり
(24) しずけさや しんぞうこどう たつれつに
(25) ほほえむき あかるいあさに はながさく

お世辞ぬきに、なかなか力作ぞろいであると思います。歌謡曲の一節にありがちな文句も多々見受けられますが、「そのまんまいただいちゃった」ようなものは無く、一種のパロディだと言われればそれまでの見事なもの(しかも、パロディは俳句の大事な技巧のひとつ)ですし、そんな「どこかで聞いたことのあるような言い回し」を、いちおう自分の言葉で五・七・五の韻律にまとめ直すというのは、かなり日本語を勉強しないとできないことでしょう。

五・七・五といえば、俳句と似た日本文学類型に、川柳というやつがあります。季語があるのが俳句、ないのが川柳、などと学校の授業で習いましたが、はたして両者の違いはそれだけなのか。たしかに別物であることは、なんとなく感覚で区別できないこともない。けれども、いざ宿題や趣味で俳句を作ったつもりが、「そりゃ俳句じゃなくて川柳だろ」と先生や友だちにつっこまれた、という体験のある日本人は、けっこう多いと思うのです。が、上に挙げたイスラエル人の二十五句は全て、大なり小なり(いかにも・どうやら)「俳句らしい」ものばかりで、少なくとも「川柳そのもの」は見受けられない。どうも、そこらへんを作者たちは鋭く嗅ぎ分けているのではないか、と思われるので、すごい、えらい、と思うわけです。テルアビブ大学の日本語教育のレベルの高さを実感しました。


きょうは、買い物をして、昼寝して、論文を書きました。
夕飯は、ハンバーグとポテトとサラダとパンでした。うまかった。
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すべらない話

2007年06月10日 08時23分29秒 | Weblog
2007年6月9日土曜 安息日 晴れ

きょうは、あるかたの御厚意で、日本のテレビ番組を見ることができました。『人志松本のすべらない話 ザ・ゴールデン』です。ありがとうございます。

見ながら、ぼくのつけた順位は、

三位 木村祐一『車屋のキクチ』
二位 後藤輝基『無言電話』
一位 ほっしゃん。『ダイナマイト』

で、実際の優勝は『車屋のキクチ』でした。そんなところかなあ、と思いました。おめでとうございます。


夕飯は、オイルサーディンの醤油焼きと、サラダと、千切り野菜の酢醤油あえと、茄子とズッキーニの炒め煮と、ご飯でした。うまかった。
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古代帝国主義批判

2007年05月31日 09時34分39秒 | Weblog
2007年5月30日 晴れ

きょうは、妻くんと大学に行きました。妻くんは、資料をコピーしてくれて、帰りました。ぼくは、勉強してから、帰りました。

ケーブルテレビで、オリバー・ストーン監督の『アレキサンダー』を見ました。ううむ……。ぼくは英語の聞き取りが苦手なので、どこまで科白を理解できたのか分からないのですが、わかったかぎりで要するに、アレキサンダー大王が世界征服に乗り出した動機は、うち(マケドニア)に居場所がなかったから(父フィリポス王は、恐い人。母オリンピア妃は、もっと恐い人)で、どうもあの東方大遠征は、自分探しの旅らしい……。もちろん、自分探しも大事でしょうし、それで旅行するのもいいじゃないかと、個人的には同情する部分もあります。でも、それなら一人で行け、とは思います。たしか、横山やすし師匠もビートたけしのフライデー編集部襲撃事件について同じようなことを言ったと思うのですが、あれとは何しろ規模がちがい、征服されるほうも、「世界の果て」までつきあわされる何万人だかの兵隊も、たまったものではありません。誰かこいつを何とかしてくれ、と思いながら見ていたら、映画の終盤ちかく、遠征(というか、自分探しで無計画にたどりついた)先のインドで、象の軍団が、ボコボコにしてくれた(ほんとに文字どおり鼻先であしらわれる)ので、(いったいストーン監督は自分の描くアレキサンダーをどう扱いたいのか、好きなのか嫌いなのか、どちらにしてももうちょっと別の描きかたがあろうというもので、見ているほうとしてはよく分からないのですが)象さん、ばんざい! と思いました。それでも、よくよく考えると、象にやられてるのは結局もっぱら兵隊たちなので、完全に納得はいきません。そんなこんなで、いろいろ欲求不満の残る映画です。豪華キャストも無駄づかいで、アレキサンダーの母オリンピア役はアンジェリーナ・ジョリーなのですが、こっちをアレキサンダー役にして「アレキサンダーは実は女だった」とかいうほうが、まだ説得力ある(すくなくとも、どうせ無茶苦茶にするなら、映画としては面白い)と思います。プトレマイオス役(アレキサンダーの腹心の一人で、彼の死後にエジプトを統治。映画の語り部をつとめる)は、アンソニー・ホプキンスで、最後の最後に衝撃の告白(らしきもの)をするのですが、あんまり衝撃的じゃないので、どうせなら「アレキサンダーの脳みそは、うまかった」ぐらい言ってほしかったと思います。


夕飯は、鶏雑炊と、クーベと、サラダと、ヨーグルトでした。うまかった。
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銀河帝国主義批判

2007年05月27日 10時28分37秒 | Weblog
2007年5月26日 土曜 安息日 晴れ

きのう、ケーブルテレビで『スター・ウォーズ 新たなる希望』『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』『スター・ウォーズ ジェダイの帰還』(すべてリニューアル版)を放映していたので、まとめて見ました。子供のころから大好きだった映画なのですが、今あらためて見ると、いろいろ反省させられます。

『帝国の逆襲』で、AT−AT(通称スノーウォーカー)という武器が出てきます。帝国軍の四足歩行型戦車、とでもいうのでしょうか、とにかくかっこいいのですが、よくよく考えると、普通のキャタピラ車なら、もっと安全で強かったのではないだろうか。戦場は真っ平らな氷原だから(戦場の地形ぐらい事前に下調べはしてあるはず)それで移動に不自由はないはずだし、実際、装甲は反乱軍のレーザーをはねかえすほど強いのに、四つ足なのが珠に傷で、綱を引っかけられると転んでしまうていたらく。(もっとも、反乱軍も反乱軍で、綱を引っかけるのに戦闘機なんか飛ばさなくても、最前線に杭を立てて綱を張っておけば立ち往生させられるのに。)

あと、『ジェダイの帰還』で、第二デススターという帝国軍の最終兵器が登場します。これは球形の巨大要塞で、名前の示すとおり、『新たなる希望』でも使われて反乱軍に壊されちゃったデススターを作り直したものですが、大きさをたしか前のやつの3倍だかにしたぶん完成に時間がかかり、まだ建設中。しかし、実は備え付けの巨大レーザー砲だけはもう完成していて、そこへわざと反乱軍をおびきよせて叩き潰そうとする銀河皇帝のしたたかな罠……ということなのですが、よくよく考えると、大きさと強さは関係ない(ヨーダ師匠も似たようなことをルークに説教しているが、そこらへんを勘定できないのは皇帝がダークサイドだからなのだろうか。とすれば、あまり恐くない)。関係するとしても、レーザー砲なら前のデススターに付いてたのでも星をまるごと一つ消し飛ばせる威力が既にあったわけで、それ以上の強さは必要ないんじゃないだろうか(星を一度に二つ以上ぶっ飛ばさなければいけない状況なんて、多分ない)。それなら、前と同じのをとっとと完成させたほうが(あるいは、前の3倍のを一つ作るより、前と同じのを三つ作ったほうが)よかったんじゃないだろうか。つまり、単に(不必要に)でかくしたために未完成で骨組みだらけのぶん、前より弱くなっちゃったんじゃないだろうか(わざと敵をおびよせるにしても、やばすぎるんじゃないだろうか)。そこらへん皇帝はどう思ってるんだろうか、ということです。

こうして見ると、帝国の求めているものは、「強さ」よりも「かっこよさ」「ばかでかさ」でしかないらしい。と言うか、「強さ=かっこよさ=ばかでかさ」と思ってるふしもあります。実際、スターデストロイヤーなんて全長10キロメートルもある軍艦をいくつも作ってどうするんでしょうか。同じ予算で小型戦闘機をうじゃうじゃ作ったほうがずっと強い。

帝国は、やっぱりだめです。負けるべくして負けたのだと思います。


夕飯は、炒飯と、蕪のスープと、サラダでした。うまかった。
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映画いろいろ

2007年05月23日 10時51分42秒 | Weblog
2007年5月23日水曜 七週祭(シャブオート)初日 晴れ

本日、過越祭当日の明けて二日目より数えて七週(ヘブライ語でシャブオートとは、「シャブーア(週)」の複数形。ちなみにシャブーアは数詞シェバア「七」に由来。一週間は七日)。過越祭当日より数えて五十日目なので、五旬節とも訳される(「旬」は漢語で十日)。ユダヤ教は、この日を十戒授与の日として祝う。キリスト教は、この日を聖霊降臨日として祝う。

ずいぶん前のことですが、友だちと飲んでいて、映画の話になりました。いわゆる「聖書もの」で何か面白いのはないだろうか、というので、ぼくなりに考えてみました。

十戒授与にちなみ、旧約聖書では、『プリンス・オブ・エジプト』
聖霊降臨にちなみ、新約聖書では、順不同に、『モンティ・パイソン ライフ・オブ・ブライアン』『奇蹟の丘』『最後の誘惑』とかが、ぼくは好きです。どうして好きなのかは、またそのうちに書きたいと思います。


きょうの夕飯は、スペイン風オムレツと、茄子とツナの炒め物と、タヒーナと、カリフラワーのポタージュと、パンでした。うまかった。
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