ポエムな言の葉パラダイス

少女ジーザスが詩を書いています。少女ジーザスが本を読んでいます。
みなさんに是非伝えたい言葉があります。

言の葉(少女ジーザス):主イエス・キリストを信仰すること

2012年02月10日 00時11分00秒 | 少女ジーザスの言の葉ランド



   ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★

 キリストを信仰すること、つまり主イエス・キリストを自分の救い主として信じ、主の十字架は自分の罪のためであった、そしてその十字架の死よりの復活は自分を復活のいのちに生かすためだったということを信じることは、とても自然で、楽しく、やさしいことだ。
 旧約聖書の詩篇にも書いてある。
 「みどりごとちのみごの口によってほめたたえられています。」(詩篇8・2)
 つまり主を神を信じることは幼い子供が「御父さん、御母さん!」と言って、親やあるいは保護者に甘えることに通じているのだと思う。それほど、ごくフツーで、単純で、やさしくて、自然なことであるのだ。
 心と魂と体をもった主に創造された生命体ならば。

 あなたは、この詩篇の作者のように何かに促されて「神さま! 」あるいは「主よ! 」と主に向かって祈ったことはないだろうか?
 わたしはフツーのクリスチャンとして断言するが、およそ「神さま! 」「主よ! 」と祈ったことのない生命体は、この全宇宙には存在しないと思っている。しかし、「そんなことは一度もないよ」とこれまた断言する人が、わたしたちフツーのクリスチャンのすぐとなりに存在するのを知って驚いたことがある。しかし絶対にそんなことはない、というのがわたしたちフツーのクリスチャンの生命観である。彼らはまだ気づいていないか、体験していないかだけなのだ。

   ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★
   【言の葉(少女ジーザス):主イエス・キリストを信仰すること】12・02・10




    ↓:信仰
    にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へにほんブログ村






jikakusurukotohajikakusaseteitadakuyouniinorukotosubetehasyunotamamonodearusyuhamisutetehainai.
ジャンル:
コラム
この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« イスラエル | トップ | 主は、良きサマリ... »

コメント

コメントはありません。

コメントを投稿

現在、コメントを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

トラックバック

現在、トラックバックを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

あわせて読む