ポエムな言の葉パラダイス

少女ジーザスが詩を書いています。少女ジーザスが本を読んでいます。
みなさんに是非伝えたい言葉があります。

言の葉(ヨハネ・パウロ二世):主の小さな教会として

2012年02月14日 00時01分01秒 | 少女ジーザスの言の葉ランド



   「宣教者」としての生き方の出発点は、
   「それぞれの心の内にある」(ヨハネ2:25)ものに対する
   尊敬の念ではなくてはなりません。
   すなわち、心の中のもっとも重大な問題に関し、
   心のもっとも内なるところにおいて、その人がすでに
   自ら考えたものに対する尊敬の念でなくてはなりません。
   それは、「思いのままに吹く」(ヨハネ3:8)聖霊がすでに
   その人の内に働いてつくり出したものに対して、
   尊敬をはらうことなのです。

     (「世界を愛で満たすために」ヨハネ・パウロ二世100の言葉
                    里野泰昭訳   女子パウロ会 )

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 主イエス・キリストは二千年前、この世に来られたときおっしゃった。「あなたがたひとりひとりは神の聖霊を宿す神殿であることを知らないのか」と。
 上記引用の一節、ヨハネ・パウロ師の書いておられる通りである。
 このゆえにわたしたちフツーのクリスチャンはひとりひとりの人間(そして人間以外の他の生命体も)の基本的人権を尊重するべく主に祈る。
 まさに主の御力によってわたしたちは人間ひとりを主がお建てになったひとつの主の教会として尊重する。それは主の無限大の御体のひとつの小さな小さな細胞である。主はそのたった一つの細胞が失われても、まるで全宇宙が失われたkのごとく痛みを感じてくださっていらっしゃる。
 主の御体の一部が無残に殺されることの方が多いこの地球で主は必死になってわたしたちすべての「生命体」の心と魂と体を守り支え励まし強め助けてくださっている。主に感謝。



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       【言の葉(ヨハネ・パウロ二世):主の小さな教会として】12・02・14





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