ポエムな言の葉パラダイス

少女ジーザスが詩を書いています。少女ジーザスが本を読んでいます。
みなさんに是非伝えたい言葉があります。

言の葉(ボンヘッファー):一日の始めと終わり

2012年02月06日 00時07分55秒 | 少女ジーザスの言の葉ランド



   われわれの一日は、朝早く、神がまず最初に語ることに
   よって始まるために、沈黙する。
   最後の言葉もまた、神のものであるゆえに、われわれは
   眠りにつく前に沈黙するのである。

    (「信じつつ祈りつつ」ボンヘッファー短章366日小池創造訳
                             新教出版社 )


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 上記引用の一節はフツーのクリスチャンが一日の初めに目が覚めたらまず何をするかと、一日の終わりに眠る前に何をするかを豊かに表現している。わたしたちフツーのクリスチャンは主の御前にまず沈黙するのだ。するとどうなるか?
 主よりのお祈りが与えられる。お祈りがごく自然にできるようになる。
 フツーのクリスチャンのわたしは朝起きるとなるべくすぐにお祈りの態勢をとる。つまり主の御前に沈黙し、主に聴く態度をとる。「祈る」こととは「主に聴くこと」である。
 この拙文を読んでくださっているあなたにお勧めする。だまされたと思って朝目が覚めたらなるべくすぐに「お祈り」をしてみて欲しい。つまり「主よ、しもべは聴いております。お祈りを与えてお祈りをさせてください。主イエス・キリストの御名によってお願いいたします。アーメン」とお祈りをさせていただくためのお祈りをして、神に向かって心を開いてみてほしい。
 フツーのクリスチャンのわたしが保証する。 
 「お祈りをする」態度がどれほど生きる力になるかあなたは必ず体験するだろう。



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       【言の葉(ボンヘッファー):一日の始めと終わり】12・02・06






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ボンヘッファー 心を開いて 新教出版社 眠りにつく前に 最後の言葉
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