音のラボラトリー

全ては“音”から始まる。
ピアノ調律師による音楽啓蒙活動。
音楽愛好家の皆様へお届けします。

ピアノは何楽器ですか?

2012-09-20 | 楽器の話
 「ピアノは何楽器ですか?」と時折聞かれます。

 一般的に、ピアノは鍵盤楽器とされてますが、弦楽器でもあり打楽器と言う人もいます。引っ括めて、有鍵打弦楽器とでもすれば・・・と思わなくもないのですが、そもそもピアノをそのようなカテゴリーで分類することに、興味がありません。

 ところで、楽器はどのような基準で分類されるのでしょうか?
 多くの資料では、発音体により分類されるとあります。なるほど、弦が振動するから弦楽器という・・・。
 しかし、管楽器は厳密には管(くだ)が振動するわけではありませんし、鍵盤楽器、打楽器は・・・えっ?・・・となってしまいます。

 管楽器は、管の中の空気を振動させることが、発音の原理です。まあ、音は全て空気振動なのですが、管が発音体になっているとは思えないのです。強いて言えば共鳴体に過ぎず、ギターやヴァイオリンの胴体に近い役割に過ぎません。
 これをもって管楽器とするのなら、パイプオルガンや木琴、鉄琴も管楽器のはずです。
 しかし、これらは鍵盤楽器にも属します。発音体はどうであれ、鍵盤があれば鍵盤楽器と呼ぶようです。
 従って、リードが発音体のアコーディオンやリードオルガンも、鍵盤楽器なのです。
 では、ハーモニカはどうなるのでしょうか?
 ここで都合良く、リード楽器という新たなカテゴリーが登場することもあります。となると、オーボエやファゴットもリード楽器と言った方がしっくりきますが、これらはどうしても管楽器でないといけないようです。

 発音体で分類するなら、全てそれで統一するべきです。
 しかし、打楽器は奏者の動作で分類されているとしか思えません。太鼓やティンパニは皮膜の振動ですし、シンバルやトライアングルは金属の振動です。発音体は違えど、奏者が打つ、叩くといった動作を伴う楽器は、打楽器になるのです。
 更に不思議なことは、ピアノを打楽器と見なす場合のみ、ハンマーが弦を打つという発音の原理に由来しているのです。
 確かに、奏者の動作(鍵盤を叩く)も他の打楽器に通じる面もあるかもしれません。
 しかし、だとすれば、チェンバロやオルガンも打楽器になり得てしまいます。

 分類の基準があまりにも曖昧だと思うのは、私だけなのでしょうか?
 言葉は悪いのですが、これ程いい加減に分類された結果が、一般常識化していることに、私には、何とも言い難い違和感があります。
 故に、「ピアノは何楽器?」と問われると「管楽器ではない」と答えるようにしています。

 それが、適切な回答でないことは承知しています。
 では、ピアノはどのような楽器なのでしょうか?今回は、改めて考察してみようと思います。

 ピアノの音は、鋼製の弦をハンマーという部品が叩くことにより発生します。しかし、それでは充分な音量が得られず、響板やボディにより、振動を増幅します。
 では、奏者はどのようにして、ハンマーで弦を叩くのでしょうか?
 その仲介を務めているのが、鍵盤です。
 簡潔にまとめてみます。
 奏者が鍵盤を押し下げることにより、ハンマーが弦を叩き、その弦振動が木部で共鳴、合成、増幅され、ピアノの音になるのです。

 しかし、ピアノにはもっと重要な特殊性が内在しております。それは、アクションと呼ばれる打弦機構の存在です。
 アクションは、たくさんの部品により構成された集合体です。その役目は、鍵盤からハンマーへ、力や運動を伝達することです。
 このエネルギーの伝達は、幾つかの回転運動を組み合わせて行われます。それぞれの回転軸(支点)の位置や固さ(抵抗)、次の部品との連結部(作用点と力点)の位置関係や角度、材質、摩擦等の微妙な差異が、タッチに大きな影響を与えます。

 タッチが変わるということは、同じ振動を与える為の物理条件も変わるということです。当然ながら、音色の変化にも繋がります。
 音色がバラついている場合、タッチのバラつきに起因するケースがよくありますし、実際、しばしば見落とされています。

 整調以前の問題として、良いタッチの必要最低条件は、まず個々の部品の支点、力点、作用点が正しい位置にあること、そして、それぞれが円滑な回転運動を行える状態であること、連結部での摩擦や抵抗、材質が適切であること、これらの条件をクリアしないで行う整調は、何の成果も出しませんし、無意味です。

 歯車がきっちりと噛合う位置関係で、円滑に回転運動が行える状態。
 精密な時計の中身を連想して頂ければ、少しは分かり易いかもしれません。発音に至るプロセスとメカニズムが、これ程機械的で精密な楽器は、他にありません。
 物理と数学で、ほとんどが解明出来ます。
 僅かに残された解明出来ない領域で、我々の最終的な技量が問われます。我々にとってこの領域は、自らの感性と感覚に頼るほかありません。
 その上、奏者の表現力や芸術性に、直結している部分でもあるのです。

 さて、ピアノは何楽器なのでしょうか?
 今更ですが、どうでもいい話のように思えてきました。何処に属そうが、ピアノはピアノです。そんなことよりも、ピアノをより理解することの方が、ずっと重要でしょう。

 そして、間違いなく言えることは、やはり「管楽器ではない」ということです。