太田知子の いきいき!健康長寿

健康医療ライターで介護予防インストラクターの太田知子が介護されない体づくり、若さと元気をキープする方法について語ります。

健康祈願で日野七福神めぐり

2017年01月10日 | ウォーキング 健康 介護予防

今年最初の健康ウォーク「日野七福神めぐり」を5日に開催した。

仕事始めの翌日だったにもかかわらず、24人が参加。

風は少し冷たかったが、よく晴れた1日となり、気持ちの良いウォーキングができた。

 

集合場所の京王線平山城址公園駅からまず、宗印寺へ。

平山季重の墓と木彫座像がある寺だ。

ここで知恵と福徳を授けてくれる布袋尊をお参りした。

 

次は善生寺の大黒天。

小石をたくさん含んだ大石の上に祀ってあることから「子寶大黒天」と呼ばれているそうだ。

 

延命寺では、長寿を授けてくれる寿老尊に手を合わせた。

境内には、もう、紅梅と白梅が咲いていて、春の香りを漂わせていた。

 

延命寺から浅川沿いの道を歩き、高幡橋を渡ると、高幡不動尊の五重塔が見えてくる。

高幡不動尊の境内には多くの露店が出て、たくさんの参拝客で賑わっていた。

七福神で唯一の女性の神様、弁財天は弁天池の中の島に建てられた赤いお堂の中に祀られている。

ここは意外とひっそりしていた。

 

高幡不動尊の無料休憩所で昼食をとり、川崎街道をひたすら歩いて真照寺へ向かった。

下見の時には工事中だったお堂がすでに完成していて、ピカピカのお堂の中に恵比寿天が祀られていた。

 

ここから川崎街道を戻り、浅川を渡って石田寺へ。

新選組副長、土方歳三の墓がある寺だ。

ここで、現世のご利益を一身に背負った福の神、福禄寿をお参りする。

 

最後は安養寺の毘沙門天。

ここでは甘酒のサービスがあり、おいしくいただいた。

 

日野七福神めぐりは、日野市内を西の端から東の端まで歩かなければならず、かなり距離が長い。

歩数計の数字は2万8936歩。

疲れたが、新春のすがすがしい空気を吸いながらのウォーキングは快適だった。 

 

2月の健康ウォークは25日(土)に開催。

多摩川の河原を歩き、羽村市郷土博物館のひな人形展や旧ヤマジュウ田村家住宅(福生市)を見学する。

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小金井市の高齢者学級で講演しました!

2016年11月21日 | 出版 おひとりさま 老後

小金井市の公民館緑分館では、地域の高齢者に趣味や学習を深める場を提供すること等を目的に、高齢者学級「みどり・朴(ほう)の木学級」を開いています。

年間15回の講座開催で、定員40人。

毎年希望者が多く、抽選だそうです。

 

その講師を依頼され、16日に「始めよう!老楽支度~これで安心!介護・お金・老後の住まい」をテーマに講演しました。

「老楽支度(おいらくじたく)」とは、昨年出版した私の本のタイトルで、「老後を楽しく過ごすための準備」をいいます。

 

講演では、核家族化で一人暮らしの高齢者が増えている実態をデータで解説。夫婦で暮らしていても、連れ合いが先に逝けばおひとりさまになる。

だから、「ひとりの老後」は、誰にとっても無関係ではないことを話しました。

 

参加者(60代~90代)に、「老後の何が不安ですか?」と聞いてみると、一番多かったのが「健康(介護)」、次が「お金」、3番目が「住まい」でした。

 

介護の問題に時間をかけたいので、まずはお金の話から。

ひとりの老後に必要なお金を総務省の全国消費実態調査のデータを基に説明しました。

総務省の調査によれば、おひとりさま女性の生活費の全国平均は1か月15万円。90歳まで生きるとして、60歳からの30年間に必要な生活費は5580万円になります。そのほか、趣味・旅行や介護・医療費などを含めると生涯支出は、およそ6480万円。それをどう工面するかが問題です。

この先、十分な年金がもらえることは考えにくいので、「老後資金がたっぷりある人は別として、経済的な不安がある人は、できる限り働いて、少しでも収入の道を確保することが重要」と話しました。

 

次に、住まいの問題を解説。主な高齢者住宅の特徴を話しました。

 

後半は、最後まで自立して生きるために、今から何をすべきかについて話しました。

健康長寿のための呼吸法や、要介護リスク度チェック、声を若々しく蘇えらせるための発声法も行い、最後は皆で「ふるさと」と「青い山脈」を合唱しました。

 

あっという間の2時間でした。

「講演、とてもよかったです」「久しぶりに大きな声を出してすっきりしました」と言って、笑顔で帰って行った参加者たち。

私の話が、元気で楽しい老後を過ごすために少しでも役に立ってくれたら嬉しいです。

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東京・多摩在住のおひとりさま女性、一緒に老後の準備始めませんか!

2016年09月08日 | 終活 おひとりさま

東京・多摩地域に住むおひとりさま女性のネットワークを作りたいと、投稿誌WIFEの編集長らと一緒に、「ひとりの老後を応援する団体・リリアンネット」を立ち上げました。

その第1弾イベントとして、1人になっても困らない老楽セミナー『これで安心! 介護・お金・老後の住まい』を9月18日(日)午後1時30分から、立川市女性総合センターアイム(立川駅北口から徒歩7分)で開催します。

 

健康医療ライターで、終活カウンセラー(上級)、介護予防インストラクターでもある私、太田知子が、最後まで自立して自分らしく生きるために、今からどんな準備が必要かについて話します。

要介護リスク度チェックや健康長寿のための呼吸法なども行いますよ。

 

女性は80歳を過ぎると、8割が「おひとりさま」になるといわれています。

 

おひとりさま女性の方、おひとりさま予備軍の方、ぜひご参加ください。

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北アルプス「鹿島槍ヶ岳」に登る

2016年09月05日 | 健康長寿 介護予防 登山

いつか登りたいと思っていた憧れの山、北アルプス・後立山連峰の鹿島槍ケ岳(標高2889m)に先月下旬、山仲間4人と2泊3日で登ってきた。

初日の8月24日の天気は曇り。

扇沢バスターミナルを昼過ぎに出発し、柏原新道を登る。

最初から急坂が続き、息が切れる。

樹林におおわれた道だが、風がなく暑い。

タオルのハンカチがすぐに汗でぐっしょりになった。

アザミが群生するアザミ沢を過ぎ、急な石段をハーハー言いながらやっとの思いで登り切ると、夕方4時半、赤い屋根の種池山荘に着いた。

翌25日は雨。前夜から降り出した雨が、明け方にはさらに強くなった。

この日は爺ケ岳(標高2669m)と鹿島槍ヶ岳を制覇する日なのに・・・

小雨になってきたので、予定通り6時半に出発したが、景色は何も見えない。

爺ケ岳の山頂制覇は翌日に延ばして、冷池山荘へ。

荷物を置かせてもらい、水とお弁当とカメラだけを持って登りはじめた。

 

9時頃には雨が止むとの予報に反し、雨は一向にやまない。

布引岳を経て、鹿島槍ヶ岳南峰を目指す。

雨はますます強くなる。

北峰制覇はあきらめ、南峰の頂で写真だけ撮ってすぐに下山した。

冷池山荘へ戻る途中、ハイマツの中にライチョウがいた。それも8羽も。

ライチョウが見られただけでも、苦労して登った甲斐がある。

 

3日目。雨の予報に反し、朝起きたら雨はやんでいた。

小屋の前の展望台に上ると、雲海の上に赤く輝く太陽が昇っていく。

左手には、前日登った鹿島槍ヶ岳が端正な双耳峰を見せていた。

お天気がいいとこんなにも気分がいいのかしらと心うきうきで、朝5時半に出発。

昨日は全く見えなかった景色がきれいに見えて感激しきり。

特に爺ケ岳中峰からの眺望は素晴らしく、目の前に剣岳をはじめとする立山連峰がくっきり。

槍ヶ岳も穂高岳もきれいに見えた。

この景色は、苦労して登った人でなければ見られない景色だ。だから、どんなにつらくても、また、山に登りたくなるのである。

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終活カウンセラー(上級)の資格を取得しました!

2016年08月25日 | 終活 おひとりさま

昨年、おひとりさまが安心して楽しい老後を迎えるための準備(介護、お金、老後の住まいなど)についてまとめた本、「老楽支度(おいらくじたく)」を出版した。

「老楽支度」の先にあるのは「終活」である。

「終活」とは、お墓を準備することだけではない。

人生のエンディング(終焉)を考えることを通じて自分を見つめ、今をよりよく自分らしく生きる活動をいう。

 

自分自身のエンディングを今からしっかり考えたいと昨年春、終活カウンセラーの勉強を始めた。

そして9月に終活カウンセラー(初級)資格を取得した。

 

さらに専門知識を得たいと上級資格に挑戦。

そしてこのほど、終活カウンセラー(上級)の資格を得ることができた。

 

これから、おひとりさまの終活を支援する活動を展開していきたいと思う。

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雨の御岳渓谷で健康ウォーク

2016年08月24日 | 健康長寿 介護予防 ウォーキング

台風が来る2日前の8月20日。

この日は8月の健康ウォーク本番だったが、直前の天気予報は1日雨。

前日からキャンセルの電話が相次ぎ、当日も朝6時前から参加者2人からメールが来た。

「雨ですが、ウォークは決行ですか?」

その時の返信は決まってこうだ。

「決行です。でも、キャンセルされてもいいですよ」

以前、雨の日に坂道で滑って転び、手首を骨折した参加者がいた。

以来、雨の日には無理に参加しないよう勧めている。

では、なぜ、中止にしないのかとよく聞かれるが。

理由は1つ。30~40人もの参加者全員に中止の連絡を入れるのが大変だからである。

というわけで健康ウォークを始めて8年。中止にしたことは原発事故後と台風の時の2回しかない。

 

「決行します」との私の返信に、1人は「申し訳ありませんが、キャンセルさせていただきます」。

もう1人は返事がない。来るかな?どうかな?

集合場所の軍畑駅。

40分前に着くと、若い人がたくさん集まっていた。

トレイルランの人たちだ。

その中に、滝のように汗を流している男性がいた。

なんと、玉川上水駅に近い自宅から軍畑駅までの30数キロを走ってきたとか。

この後、高水三山を走って登ろうというのだから、何という体力か。

 

結局、この日の参加者は、申込人数の半分の16人。

その中には「決行ですか?」とメールをくれた人も混じっていた。

 

軍畑駅の近くには、地元の人が「ついじ(築地)」と呼ぶ石垣のある家がある。

そのりっぱな石垣を見た後、御岳渓谷遊歩道へ入った。

いつもは風が吹いて涼しい道なのだが、霧雨が降る遊歩道は風がなく蒸し暑い。

40分くらい歩いて楓橋へ到着。

雨なのに、ラフティングのゴムボートが多摩川を次々下っていく。

寒山寺の鐘をつき、澤乃井ギャラリーでレンゲショーマの写真展を見た。

再び、遊歩道を歩く。

雨が強くなってきた。

「お山の杉の子」の碑の前で、皆で大きな声で歌って景気づけ。

作曲家の佐々木すぐるが、御岳渓谷でこの歌を作曲したのを記念して作られた碑だ。

戦死した父を持つ子どもを励ますために作られた歌だとか。

昭和19年に作られた歌を皆が知っているというのは、参加者の年が推定できる。

 

雨は時折強くなったり弱くなったり。でも一向にやむ気配がない。

雨の中でけなげに咲いているヤマユリがひときわ美しい。

 

11時に御岳橋のたもとに着き、早いが昼食にした。

屋根のある休憩所で、渓谷を眺めながらの昼食。

おしゃべりに花が咲き、「雨もまた、楽し」だった。

 

御岳橋を渡り、「いもうとや」で川合玉堂のビデオを見せてもらい、渓谷の右岸を上流に向かって歩き始めた。

 

石がごろごろした少しアップダウンのある道だ。

滑って転ばないよう、何度も注意を呼びかけながら歩いた。

雨はますます強くなる。

 

ようやく奥多摩フィッシングセンターに到着。

ここから川を横切って左岸に渡らなければならない。

ゴーゴーと渦巻いて流れる川にかかった板の上を慎重に歩を進める。

「滑らないよう気を付けて! 落ちたら助けられないからね」と大声で叫びながら。

 

なんとか全員が渡り終えて「ほっ」。

左岸は右岸に比べて道が平らで歩きやすい。

せせらぎの里美術館まで来て、一次解散。

美術館やカフェでゆっくり休みたい人を残して、御嶽駅へ戻った。

この日の歩数は約1万7231歩。途中、転んだ人はいたようだが、誰もケガをしなかったのが最大の収穫だった。

 

9月の健康ウォークは9月22日。今熊山の麓にある金剛の滝を目指す。

今度こそ、晴天だといいのだけど。

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巨樹からパワーをもらう

2016年07月10日 | 健康 介護予防 ウォーキング

昨日は健康ウォーク+1のウォークイベント「南沢あじさい山と巨樹の森を散策」の日。

天気予報が雨だったため、前日からキャンセルの電話やメールが相次いだ。

朝起きると、予報通り雨。果たして何人、参加してくれるだろう。

不安な思いを抱きながら、他のスタッフ2人と集合場所の武蔵五日市駅に向かう。

結局、21人が雨にもかかわらず、参加してくれた。

 

雨がしとしと降る中、三内川に沿った道を西へ進む。

1時間近く歩き、自治会館の斜向かいから急斜面を10分ほど登ると、大きな岩山の上に立って枝を広げている巨木が現れた。

これが、「山抱きの大樫」だ。

滑らないよう注意深く歩を進めながら、木の周りを1周する。

木の根っこと岩がまるで一体化しているようで、なんとも神秘的だ。

樹齢は300年とも400年ともいわれている。

よくぞ、こんな厳しい環境で、岩の上に根を張って何百年も生きてきたものだと、その生命力に驚く。

 

 「山抱きの大樫」を見て山を下りた後、「千年の契り杉」を目指す。

標識に従って民家の庭先を進み、山道を20分ほど歩いた。

杉の林の中に、ひときわ大きな大杉が現れた。

雨に煙る林の中に、すっくと立つ巨木。

その存在感に圧倒される。

よく見ると、幹が二股に分かれ、上部でそれがつながっていた。

幹回りは約6メートル。

樹齢は300年以上と言われており、見ているだけでパワーをもらえる。

帰り道、雨脚が強くなってきた。

途中に丸太の橋があり、滑らないよう慎重に歩く。

 

真光院の軒先を借りて、お弁当を食べた後、五日市憲法草案が発見された深沢家の土蔵を見学した。

こんな山奥で自由民権運動の火が燃え、千葉卓三郎を中心に、若者たちが議論を交わしながら私擬憲法をつくっていたというのは驚きだ。

 

来た道を戻り、深沢林道を進んで「南沢あじさい山」へ。

紫陽花は少し見頃を過ぎていたが、恵みの雨に打たれて、生気を取り戻したよう。

この南沢あじさい山は、持ち主の南沢忠一さん(86)が50年近くかけて、紫陽花を一人でこつこつと増やしてきたもの。

約1万5000本の紫陽花が山の斜面を覆い尽くし、何度見ても感動する。

 

帰りは五日市郷土館に立ち寄り、展示された五日市憲法の全文を見た。

この憲法は204条もあり、特に基本的人権の保障について多くの条文を割いている。

今の日本国憲法と比べても、ひけをとらない民主的な私擬憲法として高く評価されているそうだ。

 

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80の手習い

2016年07月08日 | 健康 女性 介護予防

4月に行ったピースボートのショートクルーズで、おひとりさまの素敵な女性と知り合った。

伊奈子さんは85歳。

タイピストや幼稚園教師としてずっと働き続け、リタイア後はケアハウスに住んで、趣味を楽しんでいる。

とってもおしゃれで、かわいい女性だ。

 

歌が好きな伊奈子さんは、80歳からキーボードを習い始めた。

そして、愛唱歌の伴奏をマスター。

ショートクルーズでは、ピースボートが募集した自主企画イベントに手をあげ、「歌う会」を一人で開いた。

そんな伊奈子さんを、おじさんバンドの男性たちが見かねてお手伝いし、「歌う会」は大成功だった。

 

          船内での歌の会

 

その伊奈子さんが地元・所沢で、シニアの歌う会の伴奏をするというので、先日、友人たちと一緒にお手伝いに行った。

 一人が進行役で、私ともう一人の友人が歌詞を書いた大きな模造紙をホワイトボードに張る係。

集まってきたのは、伊奈子さんより10歳も20歳も若い人たち30人くらい。

皆さん楽しそうに、伊奈子さんの伴奏に合わせて、声を張り上げていた。

「ふるさと」、「夏の思い出」、「知床旅情」など、十数曲を弾き続けた伊奈子さん。

そのパワーには圧倒される。

  ウイッグをつけ、ドレスアップした伊奈子さん

 

「50の手習い」はよく聞くけど、80歳になってから何か新しいことを習い始めるのは大変なことだと思う。

それも、自分が楽しむだけでなく、他の人たちを楽しませることができるのは素晴らしい。

 

そうか。80歳になっても新しいことにチャレンジできるんだ!

伊奈子さんから大きな勇気をもらった。

 

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老人ホームでシャンソンコンサート

2016年07月05日 | シャンソン 老人ホーム

私の所属する「べレールシャンソン愛好会」が先月30日、羽村市内の特別養護老人ホームで初の慰問コンサートを開いた。

このホームでは、踊りや太鼓のグループなどの慰問は多いそうだが、シャンソンは初めてだという。

「果たして、喜んでいただけるだろうか」「最後まで聴いていただけるかしら」と不安がいっぱいだったが・・・

 

開演の20分も前からホールに来て、コンサートが始まるのを待ってくれたお年寄りたち。

そんな中で、12人のメンバーが「パリの空の下」「愛の讃歌」「すみれの花咲く頃」など、よく知られているシャンソンを1曲ずつ披露した。

私が歌ったのは「さくらんぼの実る頃」。

今の季節に合う歌を、と考えて選んだ曲だ。

 

お年寄りたちは途中で手拍子を入れたり、口ずさんだり。

中には涙を流しながら聴いてくれた人も。

 

最後は皆で一緒に「この道」を歌って、閉会にした。

初の慰問コンサートは大成功!

大きな拍手をいただき、感謝の気持ちで幕を閉じたコンサートだった。

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“介護殺人”に思う

2016年07月04日 | 健康 女性 介護予防

昨夜のNHKスペシャル「“介護殺人”当事者からの告白」をみて、いろいろ考えさせられた。

今、介護を苦にして家族を殺めてしまう事件が相次いでいる。

NHKの調べでは、過去6年間に138件も発生していたそうだ。

その26%は介護を始めて1年未満だったという。

 

 

番組では、骨粗しょう症で腰を骨折して寝たきりになった妻を殺した72歳の夫、認知症の母親を殺した50代の無職の息子、認知症の妻を殺した75歳の夫の3人が、殺人に至る経緯や心の変化などを語っていた。

 

確かに3人とも同情すべき点はたくさんある。

でも、決して許されることではない。

 

50代の無職の息子は言った。

「母を楽にしてあげられるのは私しかいない」と考えたと。

これは強者の勝手な論理だが、この息子は社会的には弱者だった。

この母を最初に介護していたのは兄で、仕事との両立ができなくなって、失業中の弟を呼び、介護させていたのだ。

弟は「家族の中で介護できるのは、仕事のない自分しかいない」と考え、壮絶な介護地獄から逃げられなくなった果ての犯行だった。

 

介護殺人で圧倒的に多いのが、殺すのは夫や息子で、殺されるのは妻や母親というケースだ。

「子育てや介護は女の仕事」といった従来からの性別役割分業の影響が少なからずあるのかもしれない。

 

 

こうした事件が起きるたびに、「家族とは何か」と考えてしまう。

「家族だから助けなければならない」と介護地獄に陥り、「家族だから」と妻や母親を手にかけてしまう。

 

 

「家族介護」は、いい介護の形なのだろうか?

もし、介護殺人の被害者たちが家族のいないおひとりさまだったら、少なくとも「殺される」ということはなかっただろう。

 

「おひとりさまの老後」は、決して不幸とは限らない。

むしろ、家族のいない人のほうが幸せな老後が送れる場合もある。

 

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