大多喜町観光協会 サポーター

大多喜町の良いところを、ジャンルを問わず☆魅力まるごと☆ご紹介します。

小説 本多忠朝と伊三 23   

2010年11月25日 | ☆おおたき観光協会大河ドラマ 本多忠朝

市川市在住の久我原さんの妄想の入った小説です 

第2部  忠朝と伊三 23

 

これまでのお話 1~22 は コチラ

忠朝の目の前から正就が消えたそのすぐ後のこと。
 秀忠は始まったばかりの西の丸の石垣の工事を視察していると、行く手に小さな男がうずくまっている。服部正就である。
「正就、やはり来たか。」
「は、上様にはご機嫌麗しゅう。」
「何がご機嫌麗しゅうじゃ。今日江戸に来るとだけ書いた署名のない書状がきたから、お前だとは思っていたが、良くもわしの前に現れたものよ。」
「はい。その節の事、誠にお恥ずかしゅうことでございます。」
「正就!わしに会いに来たということは何か手土産を持っての事であろう。申せ。」
「先ほど上様が退出された後、出雲守に会いました。」
「ほう。出雲に会ったか。それでいかがした。」
「上様は真田信之をお疑いとの事を聞いております。九度山の昌幸と信繁も今はおとなしゅうしていますが、有事の際はどのような動きをするかわかりません。出雲守はその信之とは義兄弟の仲。上様も出雲守の動きが気になることと存じました。それゆえ私がその監視の役目をさせていただければと思い、参上いたしました。」
「出雲の動き?あれは大丈夫じゃ。忠勝に似て、豪傑で潔し。徳川への忠心も厚いとみた。いざとなれば使える男よ。奴の監視は無用のことじゃ。勝手なことはせんで良い。」
「いやいや、甘い、甘い。出雲守が徳川家に義を尽くしても義兄の信之は疑わしい。出雲守自身に自覚は無くとも信之に動かされて、知らず知らず、徳川家に不利に動くやもしれません。」
「ふむ。知らずに、、か。バカ正直な奴だ。信之にだまされると言うことはあるかもしれんな。」
「それゆえ、私に監視の役を。」
「それは無用じゃ!出すぎた真似をするな。」
 ぐふふ、とくぐもった笑いをし、正就は立ち上がった。
「上様、出雲守は今後、忠勝に滅ぼされた土岐の旧臣を召し抱えると言っておりました。大丈夫でしょうか?土岐の旧臣には徳川家を恨んでいるもおります。今は安房に抑え込まれておとなしくしている里見も、西が動けばそれを機会にと、怪しげな動きをするかもしれないと思いますが、いかが。」
「そ、そんなことは、わかっておる。房総の抑えについてはわしも考えがある。お前の力などいらん。お前は徳川の臣ではない。余計なことはするな。」
「徳川の臣ではない?」
「そうじゃ。」
「では、上様の命令に従う言われもないということ。」
「なに?」
「では、浪人として、勝手にいたします。」
「ふん。相変わらず、可愛げのない奴。勝手にいたせ。」
 正就は再び地面にひれ伏し、
「ありがたき幸せ。」
「これは異なことを。」
「勝手にいたせとの御指示、承りました。ありがとうございます。」
 そう言うと、正就は立ち上がり、一礼すると早足でその場から立ち去った。
「本当に勝手な奴じゃ。利勝、今の男、わしは知らんぞ。勝手なことを独り言し、勝手に立ち去った。良いな?」
 秀忠に従い、一部始終を聞いていた老中の土井利勝は、
「はい?今、何やら、イタチか狸でもいましたかな。」
と、とぼけた。

 服部正就は父正成の後を継ぎ、伊賀同心の支配役となったが、徳川家から預かった伊賀同心をまるで自分の家来の様に取り扱い、殿さま気取りであった。そのため伊賀同心は反発し、正就の解任を要求する騒ぎとなった。そのことを逆恨みした正就は伊賀同心の一人を切り殺した。これに激怒した秀忠は正就の職を取り上げ、伏見に放逐した。正就は家康の信任厚かった服部半蔵正成の跡継ぎとしての誇りがあり、世に出る機会を狙っていた。どのように伏見を抜け出したかは知らないが、やはり伊賀忍び血が流れているのであろうか。しかし、正就は忍者ではない。正当な伊賀忍びの上忍であれば伊賀同心の心が離れることはなかったであろう。
 このお話ではこれからこの正就をなじみのある、二代目服部半蔵の名で呼びたいと思う。

 同じころ。
 服部半蔵が消えた後、将軍秀忠に強引に拝謁したことなど知らずに、忠朝は大手門を出て、まあたらしい大名屋敷が立ち並ぶ大名小路を大原と歩いていた。
「殿。何やら、楽しそうなお顔をされている。上様とのお話はなにか面白いことがありましたか?」
「いや、上様の話はさほどでもなかったがな。」
「はい?」
「そのあと、面白い男にあった。大原は服部半蔵という名を知っているか?」
「さて、聞いたような、、、おお、そうだ、伊賀忍びの頭領では?」
「がははは、大原。お前も半蔵殿は忍びだと思うたか。」
「はて、ちがいますか?」
「まあ、忍び集団を使ってはおられたが、半蔵殿自身は忍びではない。それに、今日会ったのは世に名高い服部半蔵の息子の正就という男だ。」
「左様で。」
 大原長五郎はさして興味もなさそうな生返事をした。
「ささ、殿。急ぎましょう。今日中に帰国の準備を整えねば。」
 面倒くさがりの大原が、今日はやけに帰国の準備に熱心である。
 忠朝は立ち止り、大原の顔を見てニタリと笑った。
「ははあ。わかったぞ。」
「なにがでございましょう。」
「面倒な仕事をさっさと片付けて、どこやら遊びに行こうと言う魂胆だな。」
「いや、いや、そのような、、私は別に、ただ、江戸は初めてのことで、、、その、あの、」
と忠朝に考えている事を言いあてられて大原はしどろもどろになってしまった。
「正直に申せ、どこに行くつもりじゃ。」
「先日、、、」
と大原が言いかけたところへ、一人の武士が忠朝に声をかけてきた。
「本多殿ではござらんか?そうだ、そうだ、忠朝殿だ。おなつかしい。」
「はい。私は本多忠朝ですが、、」
 忠朝はその小柄な武士を見て、はて誰だったかと、すぐには思い出せなかった。その武士は背が低いが精悍で壮年ながら若々しい顔に不似合いな口髭を蓄えていた。先ほど会った服部半蔵同様に背は低いが、細身の半蔵とは違い、がっちりとした体つきであった。
(背の低い伊三の様な体つきをしておるな。)
とそう思った時、忠朝はこの武士が誰か思い出した。
「福島殿。福島正則殿ではございませんか。これはこれは、このようなところでお会いできるとは。」
「このたび、年賀の挨拶に江戸の出てきたら、本多殿も参られているとのことで、お会いしたいと思っていた。いや、それにしても立派になられた。」
 小さな伊三の様な武士は福島正則であった。福島正則と言えば、関ヶ原の合戦のおり、秀吉子飼の武将ながら、西軍の大将石田三成憎しと、徳川に味方したのであった。福島正則は島津軍と本多軍の激戦を目のあたりにしている。その時、初陣で大活躍した本多忠朝は当時、十八歳であったが、今は三十歳の青年大名に成長している。
「関ヶ原以来、十年ぶりでござろうかの。どうじゃ、再会を祝してこれから我が屋敷で一献、馳走させてくれんか。」
 忠朝はのどがごくりとなったのを感じたが、
「これは、ありがたいお申し出ですが、本日中に帰国の準備を済ませねばなりませんので、お気持ちだけいただきます。」
と丁寧に断った。
「そうか、忠朝殿も国に帰られるか。わしもそろそろ帰国せねばならんで。お互い帰国したら、また会う機会も無くなる。では、今宵はどうであろう?帰国の準備が終わったら、屋敷に参られよ。名残の酒じゃ。な、よいであろう?な、な。」
 福島正則、なぜか女でも誘うかのように顔を赤らめながらしつこく誘ってきた。実は政則も酒好きである。なにか理由をつけて飲みたかったものか、、
「殿、良いではありませんか。帰国の準備もあとわずか、急げば日が沈むころには整うかと。」
 忠朝は大原をぎろりと睨んだ。さっきまでの大原の様子では帰国の準備は今日中に終わるかどうかと思えたが、今は日没までに終わると言うのだ。
(やはり、こ奴、仕事をさっさと片付けてどこかに行こうとしていたのだな。)
「福島殿。わかりました。では、お言葉に甘えて、お伺いすることにしましょう。」
 すると大原続いて言った。
「できるだけ早くうかがえるように、準備を急がせます。」
「大原。」
「は?」
「誰も、お前を招待しておらんぞ。」
「あ、そうで、ございましたか、、な?」
 すると正則が、
「忠朝殿、そちらの御家来もおつれくだされ。」
と言った。
「は、喜んでお伺いします。」
 大原、即答である。
 屋敷に戻ると大原は働いた。忠朝はあの怠け者の大原が良くもこれだけ働くものだと、感心するよりも薄気味悪さ感じた。

 大原の奮闘のお陰で帰国準備は予定よりも早く終わり、福島家からの迎えに従って、忠朝と大原は正則の屋敷に向かった。

「いや、おまたせ、おまたせ。思ったより、早かったな。」
 忠朝主従が待っている客間に入ってきた正則は砕けた口調である。
「お招きいただきありがとうございます。この大原のお陰で帰国の準備も全て整いました。いや、福島殿のお誘いをいただいて、張り切りましてな。普段は怠け者で困っております。」
「それは戯言でござろう。忠朝殿は良い家臣をお持ちだ。」
「ありがとうございます。私、大原、殿のために日々粉骨砕身努力しております。」
と、大原が正則に礼を言うと、
「うそを申せ、粉骨砕身したものがこの様に腹がでているものか。」
と、忠朝は大原の腹をポンポンとたたいた。
「ははは。働けば腹が減る。腹が減ればめしを食う。めしを食えば腹が出る。のう、大原殿。」
 正則にそう言われ、大原の額から汗が噴き出した。
 それにしても、今日の大原はよくしゃべる。
 江戸で最近はやりのそばを食べて、そのうまさに驚いたこと。初めて清酒を飲んだが、自分は大多喜の濁り酒の方が好きだなど。更には、本多家には中根忠古と言う家臣があり、くそまじめで面白くもない奴だが、殿は自分よりも忠古を可愛がっているなど、余計な事までしゃべりだした。
「これ、大原。余計な事を言うな。」
「も、申し訳ありません。」
 大原もしゃべりすぎだと反省したようだ。殿と一緒に猛将福島正則と酒を酌み交わすことができたうれしさのあまりに、調子にのりすぎた。大多喜では酒の席に呼ばれるのは常に忠古であるが、今回は大多喜で留守居をしている。
(やれやれ、これだから大原とは飲みたくないのだ。わしが酒を楽しむことができなくなる。)
「忠朝殿、まあ、良いではないか。そう言えば、その中根と言うのは織田信長公の縁戚の者ときいたが。」
「はい。信長公の甥にあたります。」
と、忠朝はおととしのロドリゴ救援と忠古の話をした。正則は感心した。
 その話をきっかけに正則は信長と秀吉の思い出話を始め、忠朝と共に戦った関ヶ原の事になると、身ぶりを交えて楽しそうだった。忠朝と大原も正則の武勇譚に、笑ったり、真剣に聞き入ったりしていた。酒好きの三人の宴がはおおいに盛り上がった。
 ところが、正則は突然話をやめて、目がうるんできた。
「しかし、これで良かったのかのう。」
「なんの事で?」
「わしは、家康様に従って三成を打ち倒したが、それも豊臣のため。三成がいては豊臣家がだめになると思ったればこそ。徳川家が天下を掌握するのも一時のこと、いづれは大坂の秀頼君へ天下は返上されると思っていたが、家康様が将軍になり、秀忠様が二代目将軍となり、徳川将軍の世襲が決まってしまった。」
「・・・・・」
「いや、勘違いされては困る。わしに徳川家への叛心があるわけではない。大坂の豊臣家安泰ならばそれで良い、と今ではそう思っている。」
「お気持ちわからないでもない。我が義兄、真田信之も父、昌幸殿と袂を分かち苦悩しています。今日は上様より信之に叛心があるのではないかと言われましたが、そのようなことがあろうはずもない。」
「そうか。実はな、今日、わしも上様に会いに行ったのじゃ。豊臣家の事をどうするおつもりか聞いてみようと思ってな。しかし、多忙との事でお会いできなかったが、客とは忠朝殿のことであったか。」
 正則は言葉を切った
 忠朝は正則が少し哀れに思えた。自分は三河以来の徳川の家臣であるが、正則は豊臣に恩を感じながら、今は徳川に従っている。真田信之は徳川に家臣であることに覚悟を決めているが、正則のこころは江戸と大坂の間で揺れ動いているようだ。
「忠朝殿、どうか徳川と豊臣の間がうまくいくようにお力をお貸しください。」
 正則の言葉が急にあらたまり、頭を下げた。
「福島殿、頭をあげられよ。私には何もできませんが、心には留めておきましょう。」
「お頼み申す。お頼み申す。」
 正則は忠朝の手を取り、懇願した。頼むと言われても何をすればよいのかは思いつかない忠朝であった。

 こうして、忠朝と福島正則は友交を深めて、領地に帰って行った。しかし、それぞれの一行を怪しい人影が追っている事に忠朝も正則も気がつかなかった。 続く

 *挿入の福島正則イラストは、福田さんからお借りしています。こちら



最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
先生お願いします (ジャンヌ)
2010-11-25 20:21:03
上様のお言葉
>出雲の動き?あれは大丈夫じゃ。忠勝に似て、豪傑で潔し。徳川への忠心も厚いとみた。いざとなれば使える男よ。

きっとそうですよね!
忠朝公をもっと知りたいですね~!

歴史は詳しくないので、福島正則さんなどいろいろ名前が覚えられるか心配なんですが、勉強します!
なにしろ、本多忠朝公の名前も最近久我原さんから教えていただいたようなものですし、面白いように頭に入るわね(^_-)-☆

先生によって、生徒がどう育つか、、、久我原さんにかかっています。私の脳みそ。


それにしても、一話にひとつは面白いシーンが出てきて、いいわ~\(^o^)/
返信する
福島正則 (久我原)
2010-11-26 12:13:27
ジャンヌさん、ありがとうございます。

僕は福島正則の悲哀というものが、好きでいつか登場させようと思っていました。
忠朝の話とは直接は結び付かないのですが、同じ酒飲み同士できがあったという事で宴会を開いてみました。

この後の正則は、、、かわいそうに、、
返信する
Unknown (もへじ)
2010-11-26 18:05:48
お疲れ様です
気をつけないと読み逃しそうなこの頃
返信する
酒飲み同士で・・・ (ジャンヌ)
2010-11-26 23:29:17
>久我原さん

すごい想像力ですね!!!!!!
キーワードは「酒飲み」
妄想力といのでしょうか? さすがです♪


>もへじさん
そうなんです!
大多喜町に一番ニュースがある時なので、お気をつけあそばせ♪



久我原さんの小説が掲載された日のアクセスって多いのです。
一日1,600ですよ。。。。
みなさん感想文は苦手らしいのですが、「すごい!」ってお話しになります。

大多喜町の新しい町長さんも、久我原さん偉業に驚いていましたよ
町長さん「こういう方に・・・」 だそうです。
返信する
・・・なんと (ショコラ)
2010-11-27 12:37:34
小説まではじまって。
大多喜町でこういうことをしているなんて知らなかったです。
正直驚いています。
返信する
久我原さんの小説で (YUMI)
2010-11-27 16:01:44
歴史に無知な私ですが、久我原さんの小説を読ませていただいてなんだか舞台で演じられているような、すでに脚本にしあがってるようで凄く感動しました。お城があり、武者と忠勝公、忠朝になる役者さんがいるのであとは、演技と監督で映画化されて欲しいです
返信する