日本赤十字社所蔵アート展

2012-02-12 00:00:42 | 美術館・博物館
損保ジャパン東郷青児美術館で開催中(〜2/19)の日本赤十字社アート展。

日赤に美術品があることは、広くは知られていない。しかし、今回の展覧会で登場した絵画は、間違いなく一級品である。さらに、めったなことでは世間に現れないのだから、誰しも「なぜ日赤に・・」と思うだろう。

今回の展覧会は、その収益を東日本大震災の被害者のためのチャリティということなのだが、よく考えると、私も含め多くの人が寄付した先が日赤なのだから、なんだかわかりにくい。寄附金で絵画を買ったような錯覚に陥るのだが、そんなことはないのだ。これらの絵画は、すべて無償で寄付されたことになっている。つまり無償の善意を使って収益をあげて、それをチャリティに使うということ。やっと納得した。

ところで、赤十字の発祥だが、1859年、イタリアが統一へ向かって戦国時代を行っていた時、日本でいえば関ヶ原の戦いにあたる大決戦が行われる。北イタリアのソルフェリーノで行われた悲惨な戦いで、多くの傷ついた兵士が戦場に置き去りになった。

その時に従軍していたスイス人医師アンリ・デュナンが戦争で傷ついた兵士を敵味方を問わず救おうという主旨を発表。これが基になる。

日本でも、最初に赤十字社が活躍したのは、日本国最後の内戦である西南戦争だった。

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そして時代は大きく下り、1974年。日赤に有名画家が絵画を進呈するという慣習を興したのが東郷青児である。まず、『ナース像』。そして1977年には赤十字発祥の原点で取材した『ソルフェリーノの啓示』。翌年81才で亡くなる。どうも東郷青児って、人に頼まれると弱いところがある。

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若い頃には、銀座の女給で後に作家として成功した宇野千代が世田谷の東郷邸を訪れ、そのまま家に居座られて同棲するはめに陥っている。

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話をもとに戻すと、東郷のソルフェリーノをみて感動し『アンリ・デュナン肖像』を描いたのが増田誠。

さらに、梅原龍三郎は、88歳の最晩年になり、自ら寄付を行う約束をするも、とうとう絵筆をとることができなくなり、その代わりとして友人ピカソの『アトリエの画家』を寄贈した。

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その梅原の『パリス審判図』を寄贈したのは、日赤の関係者の一人とされているのだが・・

その関係者が誰かを詮索するよりも、この絵画のテーマとなったパリス審判というのはギリシア神話の中では相当有名なシーンで、3人の女神(ヘラ、アフロデティ、アテネ)が美女争いをする場面。多くの画家が描いているのだが、梅原の表現のなんという奔放さというか人間の普遍化というか、世界が真っ暗だった1939年の作である。

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これらの絵画が大災害の後のチャリティでないと見られないとするなら、かなり悲しい。
ジャンル:
コラム
キーワード
ソルフェリーノ アンリ・デュナン ギリシア神話 梅原龍三郎 北イタリア 東日本大震災 関ヶ原の戦い 損保ジャパン
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