現代によみがえった金子みすゞ

2012-02-05 00:00:50 | 美術館・博物館
東京国際フォーラム内にある相田みつを美術館で、金子みすゞと相田みつをのコラボレーションが行われていた。本人たちが会ったこともないのに、やや乱暴な企画だ。

それに、相田みつをは、人間社会のしがらみみたいなものを達観するような詩を書いているが、金子みすゞの方は、人間ばかりじゃなく、鳥や魚や花や、場合によっては土までも含んだ「みすゞワールド」の世界を築く。どうも相田みつをは説教臭くて嫌いだ。というより、大嫌いだ。彼の作品は読まずに素通りする。


さて、大震災のあと、ACが流し続けたことにより一躍有名になったのが、「こだまでしょうか」。政治家と小役人を除いた日本国民が「絆」の重要性を思い出した一助になった作品である。

kodama


むしろ、彼女の中では珍しい作風の一作である。宇宙観ではなく、人間観。

また、「こだまでしょうか」ではなく「こだまでせうか」である。さらに、「遊ぼう」ではなく「遊ばう」。「いう」ではなく「いふ」。

実は、いばって書くのではないが、震災より前に彼女のことを知っていたのだが、それは下関で生まれた大女優、田中絹代のことを調べていると、下関では田中絹代よりも金子みすゞの方が先に発掘されていて、有名だったようだ。

調べると、同時代にこの二人は、下関に暮らしている。町の中でニアミスしたこともあるのだろう。お互いに抱えた苦労は巨大だった。みすゞは1903年に山口県長門市に生まれ1907年頃下関の金子書店に移り住む。その後、結婚生活に失敗し1930年に自殺。一方、絹代は1909年に下関の船問屋に生まれるが、社運傾き1918年に母子で逃げるように大阪へ向かう。つまり、1909年から1918年の間が共通時代になる。

本展では、彼女の自筆の原稿が数多く出品されている。「星とたんぽぽ」は、彼女の宇宙観がより強く表現されていると思える。

hoshitotanpopo
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金子みすゞ 相田みつを レーション 相田みつを美術館 国際フォーラム
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