浜松城の地下に眠る財宝は?

2015-08-03 00:00:39 | The 城
浜松に行くなら「浜松城」ではないかと、なんとなく思っていた。というのも家康の出世城として有名で、この地で17年間、密かに天下を狙っていたとされるからだ。

そして現地では報じられないが、織田・徳川連合が三方ヶ原で武田軍と戦い、特に徳川方は大敗北を喫し、家康は討死寸前のところを家臣の身代わり作戦によって逃げ帰ったのだが、その時に馬上で脱糞してしまったと言われている。

おそらくは慣れぬ強米を食べた上、恐怖感により大腸のコントロールが利かなくなったのだろうが、馬から下りて用を足す時間がなかったのだろうと思われる。家康は他にも秀吉から江戸行きを命じられたのも小田原城攻略の時に並んで立ちション中だったとか、結構臭い話が多い。

そして、浜松に向かう新幹線車内で勉強を始めると、武田軍が三方ヶ原に入ってきたということは、連合を組む徳川と織田の間に進軍したことになり、なんという傲慢な作戦だったのだろうと思いはじめた。しかも織田側も大軍を用意していて、徳川家康が早まって速攻かけなければ、違う展開になった可能性もある。

ところで、浜松の人気観光スポットをみると浜松城はベスト10どころじゃなくベスト20位の不人気だ。どういうことなのだろう。

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それで、不案内なバスで浜松城に向かい、地図に従い浜松城公園の中を歩くと、かわいい矢倉のような天守閣が見えてきた。実際には城の機能は天守閣ではなく本丸の方だが、いざとなれば天守閣に立て籠もらなければならないのだが、どうみても小さすぎる。

どうも昭和33年に鉄筋コンクリートで再建された時に、元の図面がわからないということで、以前より小振りに作られたようだ。あるいは新国立競技場みたいなドタバタがあろうか。大阪城もそうだが、あまり歴史を無視した城を再建するのは、どういうものかと思える。中途半端だ。不人気の理由もそこにあるのだろうか。

そして、この建物の地下には、地下井戸がある。籠城するためのものだが、他の城では石垣の外側(つまり天守閣の外)に井戸があるケースの方も多いと思われる。もちろんそれでは包囲されると水が飲めなくなる。

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で、最初は風呂だと思ったものが井戸だったようだ。井戸の中は真っ暗で何も見えないのだが、発光させて撮影してみた。後で画像を見ると驚愕の埋蔵金が見えていた。

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金色に光り中央に穴があいているのは金貨だろうか。茶色に見えるのは金貨が錆びたからだろうか。銀色の貨幣は大小さまざまが見えるが、銀貨だろうか。


そして、新幹線の出発時刻も迫っていて、大慌てでタクシーに乗るのだが、昼食に食べたうな重のあまりの美味さで胃腸が驚いたからだろうか、ふいに腹痛が始まってしまった。家康公ではないので、タクシーに乗ったまま出してしまうと、新幹線に乗ることすらできなくなるのだろうと、頑張った。