君が代歌詞を議論したら

2012-02-16 00:00:24 | 市民A
1月16日、最高裁で新たな国旗国歌問題に判例が出る。国旗掲揚と国歌不起立の教師に対する処分として、戒告までの処分は認められるが減給は認めないとした。昨年には、起立を校長教師に求めることは合憲と判断を下しているが、従わない場合の処分についての基準を示したことになる。ただし、今回は、教師の「信条」に基づく行為だったので、「個人の信条の自由は保障されるべきもの」という憲法上の基本的人権によるもので、単に「組織上の都合」で行った行為は、たぶん範囲外なのだろう。

しかし、一方で世界を見渡すと。国旗、国家というものを意識しない国はない。しかし、わが国では、普段、硬派の石原知事も彼なりに君が代の一部には疑問を持っているそうで、判決の後に「国旗、国歌は国家のメタフォである」とのコメントを出している。さすがに芥川賞作家である。世界で最もシンプルな国旗と、たぶん世界で最も短い国歌というのは、具体ではなく抽象の世界なのだろうか。

また、国旗、国歌について、その妥当性を永続的に考え続ける国民というのも世界に例を聞かない。一般論、個別論、国旗容認論、さまざまな解釈の羅列が何の検討もされずに戦後ずっと続いている。

さらに、反対のための反対。賛成のための賛成という自主性のない人たちが政治家やジャーナリストの大半であることが問題を複雑かつ曖昧にしている。


反対論の中にはさまざまな意見があるが、特に君が代についていえば、「君が代」と「日の丸」と「天皇陛下」は三位一体化して帝国主義政策を取ることになり、世界戦争の主役の一人になった、という論の人がいる。さらに、「君が代」とは天皇の治世を指す言葉であるのか、「天皇制」そのものを意味するのか、あるいは「実在の天皇」を示すのか、そのあたりもあいまいだ。

個人的には、「日の丸」は、明治維新の前から存在するもので、幕末の英雄たちは、まだ立場の違いを問わず帝国主義の本質を知らなかったのだから、問題はないのではないかと思っている。ただ、前述した反対のための反対派や賛成のための賛成派の人たちは、かならず国旗と国歌をパッケージにして論ずるので、それは違うんじゃないかと思う。

次に、「君が代」だが、これは、作曲と作詞に分けて考えるべきだと思う。明治維新になるまで国歌という概念のなかった日本が、あくまでも邦楽の香りを残したまま洋楽器との折り合いを付けた苦心作というのが私の感想。だから、もともと楽器用の楽曲に詞が乗るので、きわめて歌いにくいわけである。

そして、短い歌詞が付く。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

古今和歌集に、元となる歌がある。

わが君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

その後、冒頭部分が、「わが君」から「君が代」に変わる。読み人知らずである。

そして、古今集の「わが君」ですら、解釈はまちまちである。「現実の天皇」か「天皇制のメタフォ」なのか、中には「別の王朝のミカド」ではないかとする説まである。

たおやめぶりの古今集というのは天変地異の続いた貞観時代を何とかくぐり抜けた日本人がたどりついた意識の象徴である。原典の「わが君」は「天皇」を意味するのではなく、「天皇制」が象徴する国家の永続を願って詠まれたもののような気がする。いくら古代人でも天皇が千年生きるとは思わないだろうし、やはり天皇制が象徴する国家の永続を願った歌のように思える。

実は、政府の公式見解も、結論的には、戦前の天皇崇拝につながった君が代利用については批判する一方、“国家の象徴としての天皇制が長く続くことを祈っているのだから、国家の永続を祈ったことと同じだ”というような意味の解釈になっていて、ややあいまいである。賛成のための賛成派に配慮しているのだろう。

で、最近思っているのだが、天皇が政治の中心に座った時代というのは、日本史の中でもかなり短い期間ということ。それでも世界に例を見ないほど長く王朝が続くというのは、まさにあまり表に出ないから、ということなのかもしれない。むしろ表に出てきた時こそ、結果として王朝断絶の危機に陥っているような気がする。

江戸時代においてもほとんどの日本人は天皇の崩御や次期天皇を知っていたようで、ちょっと?の天皇でも、まあ実在の天皇と天皇制の永続は別物と考えていたようである。ただ、そうなると、「国家の永続のためには、天皇制の継続がマストの選択なのか」という次の難問を引き摺り出してしまうのだが、その時には、たぶん「君が代」に代わる国歌が登場するような気もするし、そうであるなら君が代は、天皇制讃歌であるが国家讃歌とは若干異なるということになる。

そして、いくら書いても結論には到達しないのだが、それはそれでいいのではないだろうか。

現段階で、天皇が日本国の象徴であると定めた部分についてまで、憲法を改正しようという声は、あまり聞こえないからなのだが、一方、かなり以前から、個人的な飲み会の席なんかで、天皇制についてのちょっとした聴き取り調査を行っているのだが、案外、廃止論も多いことに気付いている。君が代についても肯定派が99%というようなことでもなく、70%台ということからして、やはり、君が代議論はオープンに行った方がいいのではないかと思うのである。
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