更なる ときめきを求めて!


「七色唐辛子+一味唐辛子の会」は、卒業しました。

自覚が足りないって・・・

2016年12月30日 | 日記

 理代子さんからメ-ルが届いていました。「私でも外ではお婆さんって言っているよ。自覚が足りない(笑)・・・。」そうかもしれない。でも自分で言うのと違って、不意打ちで、第三者から言われるのは、ショック度が違うような・・・。昨日は、舌切り雀か、川で洗濯をする盲縞を着て、頭に手拭いをかぶっているおばあちゃんに、自分がダブってしまいました。

 しかし、昨夕は おばあちゃん を自覚せざるを得ないトチリをしてしまいました。 

 文藝春秋に「日本を「代表する女性120人」に選ばれている活動弁士の澤登翠氏から無声映画、「フアウスト」他に招待されました。年末のこととて、私の返事が遅れて、チケットは受付預けでした。会場は、新宿の紀伊国屋ホ-ル。 先月岩波ホ-ルで映画鑑賞をした私は、疑いもなく神保町へまっしぐら。10階受付でチケットの受け渡しの押し問答。受付から「こちらは映画上映ですけど・・・??」。「そうですよ。無声映画・・・」。すったもんだの挙句、手許のチラシの確認。「アツ!ごめんなさい。間違いました。」

 

 都営新宿線に飛び乗って、何とか上映に間に合う。師走の29日なのに満席。活弁は、一時期の日本独自の文化。バイオリン、パ-カッション、フル-ト等々、5人の楽団もついて、味のある懐かしい2時間でした。 休憩時間、場内に響く、「オセンにキャラメル・・・・」日本の原風景です。ひと袋、250円、勿論買いました。おせんべい、ボリボリ・・・。

 それに漠然としか内容を掴んでいなかった「フアウスト」。こう言うストリ-展開だったのですね。チョッピリ得をした気分。

今朝、澤登氏からお礼の電話がありました。お礼を言わなければならないのは私なのに。やっぱり私、おばあちゃんになっていたのですね。シュン

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ウムツ!大ショック!!

2016年12月29日 | 日記

 今朝の地下鉄日比谷線でのこと。隣の席に利発そうな可愛らしい女の子。3歳ぐらいかしら・・・?孫のライリと同じぐらいかな・・・「何歳?」と聞くと、はっきりとした口調で「3歳」。内弁慶の我が孫とは大違い。私、「マア、お利口さんネ。・・・」

 

おばあちゃんに褒められたでしょ。何とお返事するの?」座席の前に立っていた、ママの爽やかな声。私一瞬、おばあちゃんもご一緒なのかしら?と。キョロキョロ、目が泳ぐ。

 エツ!私のこと   第三者から お・ば・あ・チャン って言われたのは、75年の人生で今朝が初めて。動揺を押し隠して、若い感じの良いお母さん親子が下車される「六本木駅」までお喋り。私は、衝撃が大きくて、しばらく動悸がおさまりませんでした。

 そうか。私は名実共に立派な オバアチャン なのだ。ウカウカしては、いられないぞ!

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

一年の締めくくりは、広尾、福田会へ

2016年12月26日 | 日記

 ロ-タリ-、クラブの例会は22日で終わりましたが、特別養護老人ホ-ム、障害者支援施設、児童養護施設を兼ねる、社会福祉法人・福田会へ、活動弁士に依るチャップリンの映画をクリスマスプレゼントとして提供する、今年最後の奉仕活動を行いました。約100年前のスト-リ-ですが、子供達は、純粋にチャップリンの面白い仕草に歓声を上げていました。

 動弁士の無声映画は、一時代の日本独自のスタイルだそうですが、単に懐古趣味ということではなく、若い世代に一つの文化として、知ってもらうことも意図しました。

  

 映写機。懐かしい景色です。ネグレクトや親の虐待が増えているそうで、無邪気に喜ぶ子供たちの声に胸が痛みます。

 新しい年、何とか佳きひととせにしたいですね。

 

              活動弁士の澤都翠氏と、ギタ-とフル-ト奏者のお二人を囲んで。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

嫁ぎました。

2016年12月25日 | 日記

 梅原龍三郎の「仔犬」が知人宅へ嫁入りしました。我が家では、箱に入れられたままで、虐待されていた「仔犬」。収まるべきところへ落ち着いて幸せそう。骨董が趣味の知人宅の素敵なお部屋。家はこうあるべきなのですね。反省・・・。年末は少し片付けます。

 

 スッキリ余計なものがなくて、十分に豊か。ア-アツ、ブランドや光り物に夢中になった我が人生が薄ペらっく思えて、少々自己嫌悪・・・。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

やっと元??が、取れました。

2016年12月23日 | 日記

 22日は今年度ロ-タリ-クラブの最終例会。孫の一人が、昨年一年間、フランスはモンサンミシェル近くの田舎町にロ-タリ-青少年交換留学生として派遣され、今年の八月に帰国しました。フランスでの経験をスピ-チしてもらいました。

 

 初めの三ケ月は言葉も分からず、相当苦労したようですが、様々な経験を通して、しっかりと生長した様子が見て取られました。私、60歳前後の4年間、青少年交換委員として、プログラムの中での富士山登山に3回チャレンジしました。人生で初めての登山が富士山。朝5:30ぐらいから5合目からスタ-トするのですが、体力的にはかなり厳しいものがありました。来日生、派遣候補の高校生と一緒です。

登頂の途中でも1:00pmになると、下山と言うル-ルです。若い屈強そうな若者が高山病で途中リタイアすることも、しばしばあります。私は3回とも、本八3400m)までで、目前に山頂を見ながら登頂する事が出来ませんでした。薄い酸素のもとでの昇りが、いかに苦しいものか身を持って体験しました。三年目は、下山で転びに転んで計13回。転ばないために膝に余計な力が入って、それが今の膝の痛みになっています。昨日の孫の勇姿を見て、その苦労が報われました。 15年前の証拠写真。わたし・・・当時は老けていたのかしら・・・?今とそう変わらないみたい??

 

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加