更なる ときめきを求めて!


「七色唐辛子+一味唐辛子の会」は、卒業しました。

人柄って雰囲気に出るのですね。

2017年07月10日 | 日記

 私が今のロ-タリ-クラブへお誘いした吉弘京子さん。「真夏に第九を歌う会」の合唱練習に、何年も会場提供してくだっさたり、私、ロ-タリ-クラブの最初の会長の折、フインランドからの留学生を10ケ月近く、ご自宅にお頂いたりと、大変にお世話になった方です。このところ、 2年近くお会いしていませんでした。気にしていたところに、彼女が力を入れていらっしゃる「先祖供養」を教えとする恵比寿合同法座のお誘いを頂きました。会場は、銀座、「ベルサ-ル汐留」。行ってきました。

 

 吉弘さん、全くお変わりなく、溢れるような笑顔で迎えてくださいました。

 会場正面には、私も以前お話しを聞いたことのある、ダウン症候群の金澤翔子さんの力強い作品が飾られていました。 会場は老若男女ビッシリ!不思議な景色に見えました。

                               

 

 

 宗教のジャンルを超えて「先祖供養」の大切さを訴えておられました。滅多に仏壇に手を合わせることもない私です。吉弘さんとは人間の質が違うようです。20年のオリンピックに向けてケニアからのお客様を迎え入れる準備に追われているとのこと。素敵な人生を過ごされている事が感じ取られました。

「ロ-タリ-へも顔を出すワ。」約束してくださいました。

 久しぶりに早い帰宅。三階ベランダの花が萎れかかっていました。やっと家の修繕が終わって、吉弘さんのことを考えつつ、久しぶりに水遣りをしたり、片付けたりと、主婦の仕事に精を出しました。

 

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忘るべからず

2017年07月09日 | コンサート

 昨日の暑さ 凄かったですね。 1945年の広島、長崎も暑かったそうです。「夏の雲は忘れない ヒロシマ・ナガサキ 1945年」と題された 「原爆朗読劇」を聴きに行ってきました。被爆した子供たちや母親の手記、原爆詩が、語られました。映像と音響もあって、臨場感溢れる場となりました。被爆地の撮影担当の米兵の記録写真から、亡くなっている弟を負ぶった少年の有様に涙を誘われました。改めて、平和の大切さを実感しました。

”座・高円寺” 味のある素敵な劇場でした。

 

  

 終戦は私3歳の時。防空壕から出て見上げた、徳山の空はに投下された無数の焼夷弾が夕陽にキラキラ反射されて、子供心に美しく見えたのでしょう。今でも、一枚絵のように、強く脳裏に残っています。徳山の町は逃げ惑う人々の阿鼻叫喚だったと・・・。

 昨日は天手古舞いの一日。9:00am約束は神谷町、ついで品川、銀座。銀座から丸ノ内線、新高円寺下車。「JR高円寺駅は1キロ先」駅員さんの言葉。新宿まで戻って中央線に乗り換え、待ち合わせ場所のJR駅北口、4:00pm、何とか間に合う。私のトンチンカンひと騒動。

 朗読劇に携わっているということで、娘も一緒に理代子さんのご招待。ずっしりと手応えのある素晴らしいひとときを有難うございました。

 

 

 高円寺駅近くで、軽くいっぱい。平和を噛み締めつつ・・・。家路に向かう頃は、少し涼しくなっていました。

 

 

 

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カナダ建国150周年に際して

2017年07月05日 | 日記

 国連クラッシクライブ協会の小池理事長の熱意と迫力に押され、何となく彼女の公演に関わってかれこれ7~8年になります。「赤毛のアン」の芸術監督です。私も過去4回ぐらい、台詞付きのブリュ-エト夫人役で国際フオ-ラムの舞台に立たせていただきました。そんなご縁もあってか・・・?

 

 「カナダ建国150周年記念実行委員会」に私の名前も入っていました。私にお役に立てることがあるのかしら??昨日は第一回目。会場は衆議院第一議員会館 第一会議室。

 議員会館に入るのは初めて。警戒も入館チエックも厳しい。この写真を撮る時も注意されました。路上からの撮影はOKですが、敷地内は×

 元カナダ大使の石川薫氏、相沢英之元経済企画庁長官、広中和歌子元環境庁長官、土屋品子衆議院議員等々。11月の「赤毛のアン」五回公演のうち、一回はロ-タリ-クラブ主催のことに参画はしたけど、顔ぶれを見て、ノミの心臓の私は怯みます。

 

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ついでに 30年前の同窓会も・・・

2017年07月04日 | 日記

 「成せばなる 成さねばならぬ何事も 成らぬは人の 成さぬなりけり」 ”コンドル”のニックネ-ムを持つ中学時代の学級担任、和田忠孝先生の口癖でした。確か米沢藩の上杉鷹山の言葉。

 45歳頃?わたしも未だ若い!恩師を囲んで、東京での最後の同窓会の様子。

 先生に、暑い夏の或る日、広い校庭の真ん中で、鼓膜が破れそうな激しい往復ビンタをもらいました。 痛さより、部活の野球部男子の視線が、気になったことを覚えています。 15歳。放課後、私服で学校に来たという理由。 「問答無用」 そんな時代でした。

 同窓会の度に「憎くて殴ったのではない・・・」。先生にも、忘れがたい出来事の一つだったのでしょう。この話しをすると、今は亡き某男性曰く。「憎くて殴ったんだよ」。「そうかしら?そうかもしれない」。そう言えば、当時といえども、女子はあまり殴られることはなかったような・・・。「農舎」と言うあだ名の荒木先生にも、片頬でしたが強く引っぱたかれました。私、生意気だったのかしら?今となっては、佳き想い出。

 ちなみに先生は、元NTT社長の和田紀夫氏の父親。当時、紀夫氏は県立防府高校「秀才三羽鴉」と言われていました。私の従兄弟、宮川昌夫もその中の一羽。残りの一羽、森田氏は、既に鬼籍へ入られています。

 

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いつまでも・・・

2017年07月01日 | 日記

 花の10代、エネルギ-漲る高校時代の仲間です。5月の同窓会の写真が送られてきました。当時の面影を残している方もありますが・・・・??。(どう贔屓目にみても、紛れなく爺さん、婆さん シ-ツ! 内緒内緒)

 次の逢瀬まで、元気でいましょうネ。気の遠くなるような過ぎし時の流れを感じさせられます。あえて、少しピンボケにしました。高齢者ならではの気遣いです。

早、文月。焦ります。時間が駆け足で通り抜けていきます。

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