レモン飴をころがす

本と猫とコーヒー、ドーナツが好きです。あと緑色。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

夢を壊したのは誰か

2017-03-28 22:53:13 | 創作

渡辺くんは、みんなの輪にいてもどこかさみしそうな人だった。非常に頭が良く、人当たりも悪くなかったけれど同級生男子よりもずっと大人っぽく周りとは一線をひいていた。男子には親切で、女子にはそっけなかった。わたしは、つんと高い鼻をもつ彼の横顔に見惚れた。いかにも神経質そうな横顔を見つめても渡辺くんが何を考えているかちっともわからなかった。観察を続けていると、彼の笑顔をこちらに向けたいという欲望がわたしの中でむくむくと膨らんでいった。渡辺くんが笑うと、並びの良い白い歯がちらりと見え、細い目がさらに細くなる。その笑顔をわたしだけに向けて欲しかった。

季節は初夏だった。わたしは夏服のセーラー、彼は学校指定の白いカッターシャツを着ていた。席は窓際、わたしが前の席、彼が後ろの席だった。
わたしは体を横に向けて座り、彼のノートをのぞいていた。彼はノートを指して「なぜか、俺『齢』って書こうとすると『触』って書いちゃう。なんでだろ」と言った。

「担任から、こんな漢字も書けなかったら大学にも行けないぞとか言われちゃって」
「なんで”触”なんだろ、似ても似つかないのに」
わたしは答え、二人で笑った。
「渡辺くん、なるたけ難しい漢字使ってわたしに手紙を書いてよ。添削してあげよう」
わたしは冗談交じりに、でも彼の目を見て言った。

返事を聞かぬまま目が覚めた、朝の4:48。
ぼけっとした頭で考える。わたしは大学三年生で、17歳ではない。なんなら今は初夏でもない。肌を突き刺すような寒さの二月だ。
つまりあれか、夢だ。なんだおしいことをしたな。
もう一回目を瞑って粘ったのだけれど、夢の続きは見れなかった。過去の恋人に言いたいことはたくさんあったのに何も伝えられぬまま。好きで好きで堪らなかった男の子は夢と消してしまった。

17歳の冬、渡辺くんへの気持ちがどうしようもなく膨れ上がった。自分から告白してお付き合いにこぎつけた。「俺も好きです」と言われたときには身体中に血が上っていくような感覚がして、自宅のベッドに倒れ込んだ。
彼が自転車を引いて駅まで一緒に歩いた帰り道は本当に素敵だった。優しい彼を困らせようとして急にわたしは走り出す。その度にわたしのリュックを掴んで「危ない」と笑いながら眉毛を下げていた。その顔が見たかった。わたしが車道側を歩いていてもいつの間にか歩道側に代わっていた。渡辺くんはそんなさりげない優しさのある男だった。冬の帰り道に、彼はわたしにマフラーをぐるぐるに巻いてくれて「かわいい」と言ってくれた。不意のことに、わたしの胸の中はピンク色のお酒がしゅわしゅわと立ち上り、満たした。綿矢りさの『ひらいて』の主人公が恋をするシーンを思い出す。

三年生になって本格的な大学受験準備に入り、わたしが必要以上にナーバスになったせいですれ違ってしまった。今は関東の大学にいると風の噂で聞いた。物理工学を専攻しているようだ。恋人がいるのかは知らないけれど、渡辺くんの醸し出す色気に気づく人間はわたしだけでないと思っている。

君は「齢」という漢字が書けなくたって志望大学に行けたし、きっと今も頑張っているよ。あわよくば、君のお手紙の添削したかった。いや、君の偏差値はわたしのそれより遙かに上だということも知っていたけれども。言ってしまえばそんなの、仲良くなるためのただの口実だったんだけれども。あと、名前で呼びたかったな。

壊れた人間関係を修復する夢をまた見て、切なくなった。夢を壊したのは、紛れもなくわたし自身だ。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 美しい人の裏の顔 | トップ | 並ぶ、顔・顔・顔! »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。