リフォーム徒然なるままに Reform turezure naru-mamani

我が家のリフォーム日記です。忘れないように記録していきます。参考になれば幸いです。

和のすすめ(61)静かさや 景色が違う プリウスは:shi zu ka sa ya ke shi ki ga ti ga u pu ri u su ha

2017-05-15 17:48:21 | Weblog

静かさや

景色が違う

プリウスは

 

しずかさや    shi zu ka sa ya

けしきがちがう ke shi ki ga ti ga u

ぷりうすは    pu ri u su wa

 


 

人間の耳は非常に敏感である。

太古の昔から、「捕食される恐怖」の中で生活してきた人類にとって、音に敏感にならざるを得ないからだ。

アフリカで生まれた人類は、生き残るための手段として、耳が敏感になる因子をDNAに深く刻み込んできた。

 

個人的な見解だが、私は人類がアフリカを出発して欧州、アジア、南北アメリカへと広がっていったのは、捕食される恐怖の中で暮らすより、寒さの方が耐えられると考え、アフリカを脱出したと考えている。

だから、欧州では音楽の父バッハが、壮麗でこれ以上ない美しい音楽の金字塔を打ち立てた。

捕食される恐怖から解放されて。

バッハの音楽を聴いていると、心地よくて全てのストレスから解放される。

 

もちろん、太古の人類が感じたような捕食される恐怖のストレスは、今ではほとんどなくなった。

しかし、痛通電車のストレスや、仕事上のストレスや核戦争のストレスなど、ストレスは形を変えてむしろ増加増大しているのではないか?

例えば、痛勤電車の最大のストレスは、鉄と鉄がこする巨大な騒音。

車輪とレールがこする騒音は、何かに集中しようとしたら絶えられるレベルではない。

電車内では、iPhoneでイヤホンを使って音楽を聴くことはあきらめるほどである。

 

つまり、バッハの音楽と電車の出す騒音は両立しえない。

 


 

 

しかし、プリウスは違う。

静かなのだ。

静かだからバッハの音楽も耳にすっと入ってくる。

静かだからこそ、運転席の外の景色もすっと入ってくるのだ。

しかも、フロントガラスが広い上に傾斜しているので、上方の視界まで目にすっと入ってくる。

つまり、視野が広い。

後席もそうだ。

静かということは、景色まで違って見えてくる。

しかも、バッハを始め素晴らしい音楽を聴いていると、いつも見ている景色がまるで違って見える。

知人が、プリウスに乗って言った。

「いつもと違う車?」

「いや同じだよ。音楽がかかっているからね!」

静かな中で、素晴らしい音楽がすっと耳に入ってくると、景色まで違って見えてくるのだ。

 

プリウスに乗ると景色が違ってみえるとはこういうことである。

 

静かということは、それほどまでに価値があるのだ。

ノイズがない、つまりストレスがない。

プリウスはストレスがない。

だから、身体にいい。

ストレスフリーになりたければ、プリウスに乗ることだ。

何より、あなたの健康にいい!!!

 

 


 

和の国へいらして、プリウスに是非お乗り下さい。

乗ったあなたは、もうほかの車には乗りたくなくなるでしょう。

ストレスの温床である電車にも。

 

静かだから、景色も音楽も全てが、美しく感じられるのです。

 

この体験(プリウスに乗る)を和の国でしないなんてもったいなさすぎます。

あなたは全てから解放されて、くつろげるでしょう。

 

(^J^)

 

 



ー余録1ー

実は、電車でもプリウス並みに静かになる方法はある。

詳しくは、後日書きたい。

 

ー余録2ー

冒頭の

静かさや 景色が違う プリウスは

を読まれて、かの有名な芭蕉の句

閑かさや 岩にしみいる 蝉の声

を思い起こされたかたもたくさんおられると思う。

もちろん、念頭にあったのは確かだ。

 

しかし、川柳を自作して、芭蕉の句の意味の深さが理解出来た。

そう、芭蕉がこの句を詠んだ時も、周りは静まりかえっていたのだ。

だから、蝉の声が岩にしみいるように、それだけが聞こえたのだ。

 

この蝉の声は、何かということも後で論争になる(斎藤茂吉はアブラゼミを主張)のだが、結局ニイニイゼミということになる。

それは、芭蕉が現地(山形県の立石寺)を訪れた季節がまだアブラゼミが鳴くより早いということが一つの根拠となるのだが、もっと音に敏感であるなら、アブラゼミではあり得ないだろう。

 

ニイニイゼミとアブラゼミの鳴き声を比較すれば分かるのだが、アブラゼミの鳴き声はどう考えても美しくはない。

アブラゼミには失礼だがその鳴き声は、静謐な、立石寺のおそらく山木立の中の静寂を壊すような鳴き声なのだ。

静謐な環境で美しくなく蝉は、アブラゼミとは思えない。

蝉の鳴き声が美しいから、よけい静謐さが引き立ち、その結果ますます鳴き声も引き立って美しく聞こえる。

そういう蝉の鳴き声なのだ。

つまり、静謐さと美しい鳴き声の相乗効果によって、背景がますます美しく見える。

 

「静謐さ」がこの名句を生んだと言える。


プリウスの車内の静謐さが、車内の音楽と車内から見える景色を美しくするのと同じである。


余談3

上記を書いていて、何だこれはあれと同じだ!と気づいた。

「色の白いは七難隠す」と同じだと。

「音が静かは七難隠す」のだ。

それほど、静かであることは重要で価値あることなことなのだ!!!

後者の場合は、「欠点を補いより健康でより美しくなること」とポジティブに理解できる。

プリウスなら。



 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 和のすすめ(60)Bレンジ 極め... | トップ | 和のすすめ(62)紫白輪 誕生日... »
最近の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。