忍山 諦の

写真で綴る趣味のブログ

長岡天満宮

2017年05月17日 | 旅ぶらり
乙訓地方という呼び方は最近あまり耳にしない。
ほぼ現在の長岡京市、向日市、大山崎町の2市1町を含む地域のかつての呼び名である。
その「オトクニ」という呼び名の由来は日本書紀や古事記に記されている。





そこは桓武天皇の延暦3年(784年)に平城京から遷都し、長岡京が開かれた地である。





この地に都が置かれたのはわずか10年間で、延暦13年(794年)に都はさらに平安京へと遷され、ここは廃都の地となった。





その乙訓の西南、天王山の西裾に鎮座するのが長岡天満宮である。
土地では「天神さん」と呼ばれ親しまれている。





そこはかつて菅原道真の所領だった土地だと言われ、道真が藤原時平の讒言で筑紫の太宰府へと左遷され、同地で没した後、道真に付き従った中小路宗則が道真自作の像と念持仏とを持ち帰り、ここに祠を建てて祀ったのが起こりだと伝えられている。
全国で10441社あるといわれる天満宮の一つで、太宰府天満宮、北野天満宮ほどの知名度はないが、かつての所領の地に鎮座するというその由縁からか、お参りする人は日々絶えることがない。                                 
  



かつは10万余坪あったといわれる社地は現在2万坪余となっているが、境内は竹林、梅林、アジサイ園などがあり、桜、蓮、アヤメ、カキツバタなど季節、季節の花が咲き、四季折々に散策を楽しむことができる。





八条ヶ池の池塘に建てられた一の鳥居をくぐり、霧島ツツジの植え込みの中堤をぬけ、二の鳥居の奥の階段を昇ると正面に拝殿そして本殿がある。
本殿は昭和16年(1941年)に京都の平安神宮の社殿を移築したものといわれる。
その境内には7社の末社と笠松地蔵が祀られている。





乙訓他方は昔から良質の筍の産地として知られており、八条ヶ池池畔の料亭では季節の筍料理をいただくことができる。
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