

OSHO講話録:『こころでからだの声を聴く』出版記念
OSHO講話録:『こころでからだの声を聴く』(市民出版社)の出版を記念して、ガイド瞑想 "からだの声に耳を澄ますことのアート”(トーキング トゥ ユァ ボディ/マインド)の一週間のグループのリードの為に東京へ行ってきました。場所はOSHOサクシン瞑想センター。このセンターの瞑想ホールは地下にあり、防音が施されていてリラックスできる守られたスペースです。
OSHO瞑想セラピー"Talking to your Body & Mind"は、7日間のプロセスで行われ、毎日1時間自分のからだと会話をします。まるで自分の"大切な人"と話すかのように。オープンハートで、親密に、ささやきかけ、ありがとうを伝え、これから自分のからだに何をしてあげることができるのか?語りかけます。ほんとうのところ、からだは私たちの"大切な人"ですよね。生まれた時からずっと一緒にいてくれて、私たちが覚えているいないにかかわらず、一瞬も休むことなく呼吸しつづけ、生のいとなみを在らしめて、、、、、。

"アウェアネスー意識ーをもって行うことのすべては正しい"とOSHOは言います
気づきに満ち、愛をもってからだに語りかけることから、私たちはからだへの感謝と滋養で満たされる経験をしました。

7日間のグループワークと並行して、このガイド瞑想の個人セッションにもたくさんの方々が参加しました。からだとの会話とは、なんと喜びに満ちた経験なのでしょう!

あなたも時々思い出してみてください。
いつでも2〜3分の時間を見つけたら、呼吸にリラックスし、からだにくつろいでみることを。そして、からだの声に耳を澄ますということを。
YOKO個人セッションについて、詳しくはこちらをご覧下さい。

新刊OSHO講話録、こころでからだの声を聴く(ガイド瞑想CD付き)
詳しくは、上の画像またはここをクリック










(今までぜんぜん意識していませんでした)
Yokoさんの声は暖かで、とてもくつろぎ、深くしみこんでくるようでした。
今年は待ちにまった本が出版され、朝1時間この瞑想をしています。
昨年2月にインドの "OSHO International Meditation Resort" があるプーナ市にて、Talking to your Body/Mind の個人セッションを受けたのが、松井さんとこの瞑想との出会いでした。その経験は彼女にとって素晴らしかったので、その後日本に戻られて、秋にこの瞑想の7日間のプロセスを企画され、仙台でのグループがハプニングしたのです。私にとっても、その時のプーナでのセッションは、友人と分かち合う楽しい瞑想のひとときでした。
私たち一人ひとりにとって、自分のからだは最も近い存在だけれど、そのからだと会話をする経験は、誰にとってもあまり馴染みがないもの。そのため、このグループでは、ゆっくりゆっくりと7日間という時間をかけて、日に日に自分自身のからだと友だちになっていきます。その過程は目には見えないけれど、冷えていた身体がだんだん暖かく感じられるようになったり、セッション中に覚めている時間が多くなったりなどなど、少しずつ自分のからだと親しんでゆくんです。
仙台でも、またいつかセッションができたら素晴らしいですね。
からだの声に耳を澄ますことのアートを学んでゆくために。
横たわってYokoの声を聴くとてもシンプルな瞑想なのに、終わったあとの深いリラックス感と静かなくつろぎ……そして、ゆったり流れる一瞬一瞬が、まるで手にとれるようです……
ほんとうに不思議な瞑想ですね。時間感覚がとてもゆっくりになり、「毎日が長いよね〜」とセッション仲間と言い合っていました。セッション前は、年々飛ぶように過ぎ去る毎日を半ば呆然と見ていたのに、まるでインドにいるような、子供の頃のような感覚なのです。
セッション後も毎日CDを聴いています。「Keep on Going」
というYokoの言葉を思い出しながら。
そしてすぐに、これは昨夜このブログのAtirupaのコメントを読んだせいかな〜と感じました。(ひとつ前のコメントです)
何かを楽しむとき、肩にのっかっている重荷はなく、気がかりや焦る気持ちも忘れます。私にとっても、その感覚はほんとうに子供の頃やインドにいるときみたい!
優雅にすごすことって特別な何かをすることじゃなく、いつもの生活のいつものひとつひとつのことを、ただただ十全に楽しみ、慈しみ、くつろいですることに他ならないんですよね。それはたとえば一杯のお茶だったり、誰かへの電話だったり、雑用のひとつだったり。
OSHOが優雅さについて語っていることの一部をここに紹介します。
覚醒が深まるにつれ、あなたの行為は
優雅さという新しい質を帯びるようになる。
あなたの行為、あなたの言葉自体がひとつの美だ。
意識的なひとは瞬間ごとに、
途方もない優雅さと美をもって生きる。
それはどんな些細な行為にも反映される。
たとえば、ちょっとした手の動きや、視線の送り方に。
その瞳の奥深さや、言葉の重み、
そしてその沈黙が奏でる音楽に反映される。
その人の存在自体が一つの祝祭なのだ。
OSHO