冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して16年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

優しさと寛大さ

2016年01月23日 | 生活
1月初め、デビッド・ボウイが亡くなり、その数日後、アラン・リックマンの訃報がニュースになった。
亡くなった日が近いということもあるし、2人ともイギリス人、69歳で癌で逝去という共通点がある。
アラン・リックマンは、ハリーポッターの映画でスネイプ先生を演じたことが何といっても有名かもしれない。大昔、「ダイ・ハード」での悪役というのもあった。

有名な人が亡くなったということで、日本でもニュースで大きく取り上げられていたと思うが、この前こちらの地方紙を読んでいたらこの2人についての記事が出ていた。
その記事では、2人ともとても周りの人に優しく、寛大な人であったということを書いていた。
見た目はシャープな感じの2人で、優しいという言葉がちょっとピンと来ないだけに、そういう本当の素顔を垣間見たような内容の記事だった。
(ちなみに記事の文章そのものはやや凡庸で分りにくかったのだけが難点!記事の内容にはなるほど~と思ったけど、文章については感心はしなかった)

2人が持つ寛大さ、というのは、例えば若い俳優に対してアドバイスをしたりサポートしたり、知り合いの俳優の劇はきちんと見に行って参考になるような感想を述べることをマメに行うとか、そういったこと。ハリーポッター役のラドクリフも、撮影中のみならずシリーズが終わってからも、お世話になったと語っているという。
また、ボウイについては、ローリングストーン誌の記者が、雑誌の記者などをぞんざいに扱ったりするスターもいる中、いつもきちんと話してくれたし、いろいろな情報ももたらしてくれた、と語っているとか。
こうした寛大さというものは、次の世代へ受け継がれていく・・という。
彼らは、素晴らしい音楽や演技といった形に残る偉業を残しただけではなく、たくさんの人の心の中に、寛大さという種を蒔いていったのだ、と記事では書かれている。

こういう記事を読むと、日本との感覚の違いをやっぱり感じてしまう。日本でも「いい人だった」というようなことは報道されるだろう。だけどそこから寛大さについての考察になると、なんかこちらの人ならではの考え方だなあと改めて思う。
もちろんここではいいとか悪いとかの話ではなく、単に違うなぁ、と感じるということである。
たまには新聞記事も読んでみるもんだねー。
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怪我に注意

2016年01月19日 | 生活
1月に入ってからまだ半分ちょっとしか過ぎていないが、その間にちょっとした怪我を2回した。それに、ガラスのポットを落っことして派手に割ってしまった。ガラスなので粉々になり、破片が散らばって大騒ぎ。
犬をキッチンに入れないようにして(人ももちろん入れなかったけど)、後片付けがとても大変だった。
自分でやったことだけに怒りの持って行き場は自分自身にしかないしねぇ。

怪我の方はどちらもたいしたことはないのだが。
ヒモをハサミで切ろうとしていた時に、ちょうどヒモの近くにおいてあった左の薬指の爪の横辺りをばちっと切ってしまった。固いヒモだったのでけっこう思いっきりバチンとハサミをいれたので思いっきり切っちゃった。
「いってーー!」って感じで見ると、血がどんどこ出てきてこりゃ大変。ヒモで結んでおいたものが血で汚れたらマズイと思って急ぎ洗面所へ。水で傷口を軽く洗って・・とやっていると当然だけど血がどんどん出てくる。
またまた急いで絆創膏を取りだし貼り付けた。血がすぐには止まらないので、絆創膏のなかが真っ赤になってきたけど、外には出てないからまあいいや。
ハサミはそれほど切れるものではなかったのだが、この威力。ハサミを侮るなかれ。
その夜、絆創膏をはがしてみたら、山形のかたちに切れていた。なかなかくっつかなくて絆創膏が手放せないでいる。一部でもくっついてないと、その部分が何かに引っかかると引っ張られて痛いのである。指先の傷って痛むよね・・

もう一つは怪我というのとはちょっと違うのだが。
血液検査に行って、血を取ったところあたりがちょっと腫れて青あざができてしまった。
これは検査をした人の注射の腕が悪かったせいもあるかもしれない。通常刺すときは痛くてもそのあとは痛みは特にないのに、血液を集める試験管みたいなのを取り替えるときに、その人が針を刺したところを上から押さえていて、そこがちょっと痛いな、と思ったし。
採血の後、コットンをあててしばらく押さえておかないとアザできるから、といつも言われているのでその日も神妙に押さえていた。押さえている時間的にも問題なかったけど。
ネットで調べてみると、採血後にアザができてしまうケースは結構多いらしい。その原因は、きちんと押さえてなかったからということが多いとか。採血をした人の腕が悪いわけではないので文句を言ってきたり怒鳴り込んでこないでね、と医療関係者は語っている。

私としては、おそらくこれのせいだろうなー、と思ったのは、採血が終わった後、その近所にボトル等のリサイクルができるところがあり、ちょうどたまっていたのでそれも帰りに持っていこうと思っていたから、車に戻りちょっと重い袋を片手にひとつずつ持って歩いていった。
大した距離じゃないけど、やっぱり採血したほうの手がちょっと痛いようなだるいような感触だったので、これがあざを作る原因にもなったかもしれない。

リサイクルの方を先に行けばよかったんだよなぁ・・と後で思えば、そうなんだけど、そういう思慮のなさがこうしたことにつながっちゃうんだな。
アザができて少し腫れているので、もちろん痛みもある。なんかだるいような痛いような感じ。

どちらもたいした怪我とかではないのだけど、新年入って早々続けてこういうことがあると、なんか今年はそうした小さいけがに気をつけなくちゃいけないかな・・などと思ってしまう。
それか、気をつけることによって大きなけがなどにつながらず、小さいのですむようになるかも、とも思う。
なんにせよ、気をつけたほうがいいのかなー?などなど、ネガティブに始まった2016年なのでありました。
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時代の終わり

2016年01月11日 | 生活
デビッド・ボウイが逝去、というニュースが今朝入ってきた。
私は大ファンとまではいかないまでも、結構好きだったのでやっぱり衝撃。
高校の時、来日公演を見に行ったなぁ・・と思い出す。大昔のこと。
69歳ということで、まだ若いのに・・ともいえる気もするが、何歳であろうと人の死は悔やまれるものだ。

ボウイは、その昔グラムロックのスターといった感じだったが、その頃私はリアルタイムではあまり聞いていない。もっとあとのほう、「レッツダンス」なんかが流行ったころから主に聞いていた気がする。
だから、遅い方のファンだったと思うのだけど。ボウイといえば、「ジギースターダスト」という架空のキャラクターを主人公にした物語のようなアルバム、「地球に堕ちてきた男」でエイリアンを演じたこと、「戦場のメリークリスマス」にも出演してましたね。

映画のタイトルのように、ボウイはまるで違う星からやってきた人みたいだと思った。
この映画に出てくるエイリアンは、地球に堕ちてきて戻れなくなってしまうが(地球人の陰謀で)、地球では不老不死なのでずっと生き続ける・・みたいな終わり方だったように記憶している。記憶違いもあるかもしれないけど。
私は、永遠という言葉に恐怖を感じるので、ずっと生き続ける・・・ずっと変わらない・・・ということを考えると、恐ろしくなってしまう。周りの人は老いていつか死に至るというのに、自分だけはずっと変わらない。
その恐ろしいほどの孤独。
役柄というだけでなく、それをボウイ自身も感じているかのような思える、彼の歌や詞を通してもそう感じた。

それにしても、このように私の青春時代を思い起こさせる人が亡くなると、時代の終わりを感じてしまう。
また一つの時代が終わってしまった。ものごとには始まりがあり終わりがあるのが理であり、終わらないことというのも不幸なものだ。とはいえ、やはり寂しい気持ちもある。
大切なものがひとつ抜け落ちたような感覚ともいえる。そうした寂しさが開けた穴も、いつかふさがっていくことも分ってはいるのだけど。




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あけましておめでとうございます

2016年01月02日 | 生活
2016年、新しい年が明けた。
こちらでは、クリスマスにはかなり力を入れているが、うわーーっと盛り上がった後に、おまけのように新年がやってくる。一応、去る年に起きた出来事などを振り返ったりする新聞記事があったり、新しい年を迎えるにあたって、といった希望、展望、抱負などなどが話題に上がったりはする。が、クリスマスの盛り上がりに比べれば、お正月はやっぱり地味。

ここ数年、年末年始を日本で過ごした。年末のせわしさも、新しい年を迎えるまでのわくわく感を醸し出すのに役立つ。クリスマス前にギフトを買うだの、パーティーの準備だの、と狂騒的ともいえる、こちらでのあわただしさも、この年末の日本のせわしない気分と同じようなものなのかもしれない。
クリスマスは、カップルたちがロマンチックに過ごす日(あとは、子供がいる家庭なら子供のためにパーティーをするという程度?)という日本の状況は、こちらのクリスマスとまったく様相が違う。
日本でのクリスマスは、私や子供たちにとっては他人事のように過ぎた。
カナダにいるとお正月の情緒を感じられないが、日本にいるとクリスマスの情緒というものが皆無、ということも、この時期に滞在して気がついたことだ。

お正月も、私が小さかった頃、若かりし頃とは様相が変わってきているのも確か。たとえば、昔は3が日は休みの店が多く、デパートの初売りが2日から・・というような感じだった。コンビニが1月1日から開いているようになり、いまやデパートも元旦から営業するようになっている。こうした小売業の世界ではお正月休みはなくなっているのか・・大変だなぁ。
去年の元旦は、子供たちと私の父、妹と一緒に神社に初詣に行き、子供たちと父が先に帰って私と妹は、デパートの初売りに出かけた。当然のことながらたくさんの人が来ていた。私たちはお店でおもに福袋をチェックし、結局いちばんお得感がありそうな、デパ地下での食品系福袋をいくつか購入。かなり満足度が高かった。

今年は数年ぶりにカナダでの年越し。
そのせいか、たんなるだらけ心か、クリスマスも飾りつけを適当にやったりして「やる気なし」状態満開。プレゼントも、iPhoneだのiPodだのというリクエストで、E-Bayで買ったり、クリスマス後にゆっくり検索して探す、とかになってしまい、クリスマスツリーの下にはギフトもない状態。それではあんまりか・・と思って小さなギフトを用意しておいてみた。私が子供たちに贈ったのは、本。←もちろん不評。
いつもお節も用意しない私。それは食べる人がいないから。高いお金を出してももったいないではないか。
それゆえ、日本でお正月を迎えた時には久しぶりにまともなお節を食べることができて無感量。
そんなテキトーな年越しだが、日本食料品の店に行って、栗きんとん、昆布巻き、田作り、黒豆なんかを買ってきて、なんちゃってお節を用意したこともあった。しかし、年末の混雑した食料品店に行く気が起こらず、今年はそれすらも無し。お雑煮しか作らなかった。ひどいお正月だ・・・

12月29日、もうすぐ日付が変わりそうな時間帯にいきなり地震が。マグニチュード4.8くらいらしい。震度としては2くらい?家がみしっと音を立てぐらぐらっときた。私は寝てたけどびっくりして起きたよ・・・
日本ではこれくらいの地震はよくあるからそれほど驚かないが、カナダであるとやっぱり怖い。
滅多に地震なんてないから慣れていないし、こちらの人たちの備えなどはまったくできてないだろうというのも怖い。
とはいえ、その後また揺れるということもなくて、私はまた寝ちゃったけど。
だんなと子供たちは私よりは怖がっていたようだ。

大晦日は友人が恒例のパーティーを開催してくれて、我が家も参加。ひさしぶりに会う人たちもたくさんで、嬉しくなる。美味しい食事と楽しい会話で盛り上がって、年納め。よいねぇ~~

ブログを読んでくださったみなさま、どうもありがとうございます。
今年もみなさまにとって良い年となりますように。

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