冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して16年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

恐怖症

2013年03月29日 | 生活
息子が自分の恐怖症について話した。
単に何かが怖いというのはそのものが苦手、キライ、という程度なんだろうけど、恐怖症となるとパニックになっちゃったり、めまいとか吐き気がして気を失いそうなったり、などとちょっとシリアスな症状をひきおこすもの、と私は解釈している。

恐怖症っていうのは細かく見ていくと500種以上もあるらいしい。もはやこの世のどんなものに対しても恐怖症があるんじゃないか、と思うほど。リストを見ていると「それって・・・恐怖症?」と思うものもなきにしもあらずなのだが。
息子の恐怖症は大きな音(打ち上げ花火とか爆竹とか大嫌い、ほとんどパニック状態になるので恐怖症といえるかも)、広いところ(これは・・・自分で言るものの「違うんじゃない?」と私は思うが)、と・・・なんか分からない「ウェルカム」サインだとか。玄関なんかにある足拭きマットみたいなのに、『ウェルカム!」とかって書かれているものがたまにあるがあれが嫌なんだと・・・これになると、全然理解できない。
なぜ怖いのか?!しかし、理由はよく分からないけど怖いっていうのも恐怖症の特徴の一つらしいし。

一方、ヨーグルトの容器を開けたときたまに穴がプツプツ開いている時があるが、あれも苦手だという。その他
こうした苦手なものはチョコチョコとあるらしい。
ただし、息子いわく、これらは恐怖症ではなく神経にさわるって感じらしい。つまり恐怖を感じるのではなく、ぞわぞわ~~~とするものということだ。
これは分かる。
私にもそういうものはたくさんある。ツブツブが苦手(カラメルソースを作ったときに泡がブクブク出てきたのを見てぞわ~~~っ)、グラウンドにダイブしたため息子の頭に細かい砂利がついてそのツブツブを見た瞬間は卒倒しそうになった(半年くらい前だけどいまだにフラッシュパックでよみがえる!)。
爪をやすりで削ること、自分でやるのも当然できないが他人がやっているのが聞こえるのも鳥肌モノ。

娘はクモ恐怖症なんだそうである。確かにクモに関しては病的に怖がっている感じだからそうかもなあ。

恐怖症というものはつきつめていけば誰でも少なくとも1つ(か、2つか3つ・・・)はあるだろう。
コワイ・・と思ってもそれをやり過ごすことができる、回避する事で恐怖を感じずにすむ、ってことができるくらいなら、日常生活に支障はきたさない。
ただ、その恐怖から逃れられず、普通に生活できない、とか、普通の状態に戻るのにすごく時間がかかるとか、病気みたいな症状が出てしまうとなると、深刻な事態となる。
私の高所恐怖症等はやり過ごすことが出来るほうの部類だ(高層マンションには住みたくないし、住むつもりもなし)息子の恐怖症はやり過ごす、というより、回避するってことで避けることができる。たとえば、打ち上げ花火を見に行かない、とかね。ただ予想していなかった事態、(たとえば外出先で思いがけず花火があった、とかさ)が起きると、話は別だけど。

話の種としては面白いが、囚われるといかん!と思うのがこうした恐怖症の話だと思う。先述したとおり、恐怖症にはたくさんの種類があり調べていったら「わたし、これも、これも、あれも・・・」と当てはまるのが次から次へと出てきたりしたら・・・・それこそ恐怖である。
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日本の学生によるコンサート

2013年03月26日 | 生活
日本の高校生がまねかれて、こちらでコンサートをやるという。その公演を見に行った。
招待しているのは地元の高校で、毎年日本の高校生の吹奏楽部のメンバーが来ているそうだ。何校かと交流しているらしく、毎年同じ高校が来るわけではないようだ。また、地元の高校生も日本に数年に一回の割合で訪問しているとのこと。
聞くところによると、今回公演をおこなった学校は、中高一貫校で今回やってきた吹奏楽のメンバーは中学生のほうが多いとか。
なるほど、高校生と思ってみていたら、「なんか幼い感じ・・・」と感じたわけだ。
そういう目でみてみると、参加したお嬢さんたちは(女子高なので全員女の子)たいしたもんである。
みんなホームステイでこちらの家族と過ごし、立派に楽器を演奏して披露している。
中学1年生の子だったらうちの子より1つ年上(うちの娘は日本の学年では3月末までは小6になるので)くらい。
なんか自分の子だったらと、おきかえてみてしまったりして、感心してしまう。

中高生の吹奏楽・・・まあそれなりに上手なんだろうけど・・・
くらいに思って出かけたが、これが結構面白かった。
多分に顧問の先生の力が大きいんだろう、演目を考えたり、演出を考えたり、そういうのは主に顧問の先生がするだろうし。まず、曲の選定がよかったと思う。私はあまりオーケストラになじみがなくて、知っている曲も多くない。そんな私でも耳にしたことのある曲が選ばれていたり、ジャズ風、ポップス風、日本の伝統音楽、と、多彩なラインナップで構成されていたので、あきることがなかった。

ただ、選曲の仕方が日本風な感じ(なんと説明していいか分からないが、日本人の私にしっくりくるからそう感じる)なので、もしかしてカナダ人のお客さんにしてはなじみ深いものを感じたかどうかは分からない。
娘は学校で吹奏楽をやっているのだが、練習している曲やらを聞いても知らないものが多くて、あたりまえだけど、国が違えばこういうことも違ってくるんだなぁ、と改めて思う。

中学生が多いということもあって、なんだかみんな可愛らしい。
生真面目に演奏している様子も可愛いし。
最後のほうで司会をしていた方が、「休憩中に聴衆から「すごくいいね!」といってもらえたんですが、同時に「もっと演奏している子たちが楽しそうだといいんだけど」とも言われました。彼女たちは演奏に一生懸命取り組んでいるので、ちょっと堅いのかもしれませんね」といっていた。
確かに、みんな生真面目な顔をしていて演奏が終わって拍手をもらってもまじめな顔をして笑顔が出てこない。
多分緊張もしているだろうし、日本だと演奏のあとににこにこしたり手を振ったりとかするようなことはまずない!であろうから、慣れていないってのもあるんだろうし。
中学生くらいの子なら(高校生もいるけど、来ているのは高校1年生までということなんで)これくらいの「こなれていない」感じでも当たり前だろうな、と思い、それがまた余計ほほえましかったりする。

驚くのは日本の吹奏楽をやっている子達はレベルが高いな、ということ。
こういうコンサートを開くくらいだから、レベルの高いところが来ているのだろうけど、娘が学校でやっている吹奏楽なんて比べればほんとショボイなぁ、と思う。
もっとも週に2回くらい、40分程度の練習しかしてないんだから、それも仕方ないだろう。今回コンサートをした学校は部活として活動しており、毎日1~2時間の練習があるというのだし。(さらにレベルが高い学校はもっと練習量が多い)

この日は、午前中は少し曇り気味だったのだが、コンサートが終わって外に出てみたら天気がすっかりよくなっていてびっくりした。
春らしい日の光がまぶしく、今見てきたコンサートの楽しい雰囲気が余韻で残っていたので、気持ちが上向きになった。
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春の悲しみ・・

2013年03月23日 | 生活
雨の多い、バンクーバーあたりでは、冬が終わり春が近づくのは誰にとっても喜びなのである。
私も同様、だが、春は悲しい季節でもある。
それは・・・花粉症だから。

花粉症も春のものと秋のものがあるらしいし、夏場は草にアレルギーを起こす人もいるので、こうした季節性のものとしては、冬を除いてあとはなんらかのアレルギーを抱えている人が存在しているということになる。
私は春の花粉症を持っていて、3月ともなるとむずむず症状が現れてくる。
今年は寒かったせいか始まりがやや遅かったので、終わるのも遅くなるだろう。

ほんと花粉症の症状が起きるなぁ、と思うと、春は憂鬱な季節だ。せっかく陽光が明るくなり日が長くなってきているのに、外に出るのがコワイ・・・ってのも悲しい。
犬の散歩に行くとその間中、涙目、鼻ぐずぐず、で、帰ってからしばらくはそれらの症状が落ち着くまで耐える。

私は産後に日本に帰った時にいきなり花粉症になったので、スギ花粉に反応しているようだったのだが、その翌年からはカナダでも症状が出るようになった。
カナダはスギよりもシラカバが多いらしい、ただ、私の家の近くにはシラカバはそれほど見当たらないのだ。
どうも私はハンノキのほうに症状が出ているようだ。これならたくさんあるのだ!!
シラカバもハンノキも仲間みたいなものらしく、どっちにも反応が出るのはよくある、らしい。

さらに、この木にアレルギー反応を起こす人は、ある種のフルーツにも反応を起こすことがあるらしい。
私はひどい反応を起こすわけではないが、桃、チェリー(とりわけアメリカンチェリーが危険)、たまにりんごを食べると口の周りが変な感じでかゆくなったり、目の周りが少し腫れたりする。
なので、これらのフルーツも好きなのだが、怖くて食べられない。別に命の危険があるほどの強い反応が現れるわけではないし、食べても大丈夫な時もあるのだが。
ちなみにこれらのフルーツも加工されているものはもちろん大丈夫なのである。

なんとかして花粉症の症状を抑えたいのだが、まあ、これはなかなか難しい。
マスクをして外に出るのはこちらではほとんど異様な光景だ。この格好で出かけるのは相当勇気がいる。(ていうか、無理)
あと私の場合、マスクだけだとちょっと不十分な感じ、で、できたらゴーグルみたいのもつけたいのだが、それをしたら完全に怪しい人だ。とてもできません~~

そんなわけで、外に出ないようにするのがいいんだろうけど、それももちろん無理な話だ。
せいぜい、子どもをうまくおだてて犬の散歩を手伝ってもらうくらいかな。
今のところ、我が家で花粉症を抱えているのは私だけだ。しかし片親が持っていると子どもがなる可能性は40%以上とか聞いたことがあるので、いつかうちの子にも出る、と思ってはいる。
ちなみに、うちの犬も何かのアレルギーがある、らしい。
これは医者がいったことであるが、もちろん検査をしていないので断定はできない。ただ、ある季節になると出てくるというのが数年続いているので、そうではないか、ということなのだ。
家庭内において、私にもアレルギー仲間ができた、ってことです~

私も犬もアレルギーであるとしても何に反応しているかを検査はしていない。
獣医さんにも「検査する?」と聞かれたが、わかったところでどう対策を講じろというのか。おそらく外にあるなんらかの植物に反応しているんだろうけど、散歩に行かないわけにはいかないから防ぎようもない。
同様に、私も食べ物のアレルギーなら分かっておいたほうが安心だけど、花粉に対してだと、なにに反応しているかを調べたところでこれまた、対策はない(たとえば、ハンノキじゃなくてシラカバのアレルギーですね、とわかってもだからどうするわけにもいかない)。

結局、薬を服用したり、外から帰ったら花粉をなるべく落としてから入るようにする、とかくらいしかできないのだ。
はやく季節が終わりますように・・・ぐずぐず、かゆかゆ、を抱えながら祈るのみ・・・
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プールは疲れますね

2013年03月20日 | 子ども・家族
春休みになり、うちの子供たちもだらだらすごしている。私がだらだらしているもんだから、あまり小言を言っても効果薄の状態である。(なんてったって、お弁当作らなくていいから朝もいつもよりのんびりしているし、送り迎えがないから時間を気にする必要がないし・・・極楽じゃ~)

娘のクラスメイトからお誘いを受けて、プールにいってきた。
隣の市にある公共プールだが、私はいったことがないので、まず自力でたどり着けるか調べ、スイミングをいつもやっていない娘の水着がまだ着られるかどうかをチェックして、それから行けるとお返事をした。
水着は着られたがキツイ!というので、今日は我慢してもらい早速近日中に買いに行かねばと思った。こういうことはそのうち買いに行かなきゃね、とかいって伸ばし伸ばしにしていると結局日々の忙しさにかまけて忘れてしまいがちだから。それに、夏に近づくにつれて水着が手に入りやすくなるが、シーズン真っ只中になると品薄になってしまいがちでもあるので、早目が良い。

このプールには前に、子ども達はサマーキャンプのアクティビティの1つとして訪れたことがあったので、私よりは中の様子について知っているようだった。
私は来るのが初めてで、グーグルマップで調べたとおりに車を走らせ、よし、順調だ!次の交差点を左折・・・とか思っていたらその交差点が左折禁止で!
えーー?と、横の公園にいったん入ってぐるーんと回っていった。

私は泳がないので無料。子ども達は2人で6ドルくらい。安いなぁ。私の住む市よりも安い・・・と感動する。
私の住む市にある公共プールには、普通のプールと小さい子用プールと、せいぜいウォータースライダーが1つとかしかない。そして料金はもう少し高い。なのに、ここはダイビングボードが3種、長いウォータースライダー、など、楽しそうな施設がついている。
さらに、春休み企画として、中で無料で綿菓子を作ってくれたり、ジュースをくれたり、フェースペインティングをやっていたり、プールサイドの脇では小さいがバスケットボールのネットやら、ホッケーの道具やらがあって遊べるようにしてある。
なんだか・・・いいなぁ、うちの市でもこうしたイベントをやっていることもあるんだろうけど・・・(調べてなくてよく知らないが)

誘ってくれたのは、娘のクラスメイトの家族で、こちらはお母さんが日本人の方。
お仕事をしているので、ふだん会うことがほとんどないため、久しぶりに会ってお話をいろいろ。
そのひとが「白人のお母さんとこういうところにくると、待っている間話すことがなくて疲れちゃうからねぇ~」といっていたが、激しく同意!

うちの子たちは綿菓子が大好きだから大喜び。最初はこれは特別なグループのためのものもかもしれない?とか心配していたが、どうもみんなに無料で配っているらしいと分かると、「やった~~」と長蛇の列に加わっていた。
どういった関係のボランティアの子なのか分からないけど、若い人たちがそれらの担当をしていた。
綿菓子つくりも結構大変だろう・・・お疲れ様です。

うちの子たちは、退屈していたので誘ってもらって喜んだし、私も「何をさせて過ごそうか」と考える必要もなくなって助かった。
カナダは子供を遊ばせるのにあまりお金がかからない方法が結構あるのが助かる・・・と思う。
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人はなぜ生きるのか、的なこと

2013年03月17日 | 生活
生まれてきたから生きているのであって、特にこれを生きがいとしていることもなく、日々やるべきことをやっているうちに日が1日、また1日と過ぎているというのが私の生の現状である。
朝起きて、洗濯して、お弁当作って、子供に朝ごはんを食べさせ、学校に連れて行き、犬の散歩に出て、そうじをして、合間に人に会ったり、仕事をしたりする時もあり、学校に迎えに行き、ならいごとや友達のところに連れて行き、夕ご飯を用意し、子供を急かして宿題やらせたり、そして寝るときに「あ~~(安堵のため息)」と幸せな瞬間を迎える。
とまあ、私の日常はいつもこれの繰り返しだ。
そして一部の人を除いてだれでも日常はそんな感じだろうと思う。

別にそれで人生つまらないとか、思うことも特にない。
もう私の場合はそういう域は超えてしまった感がある。もう少し若くて感受性も強かった頃には「生きていることの意味」とか考えたりもしたわけだが。
不安に襲われるとしたら、「この先私はどうなっていくのか?」ということか。つまり老いが着実に忍び寄っていることを実感して、ますます老いぼれていく自分を心配したり、生活の不安とか(たとえば年取ってお金がなかったらどうしようとか)。
とにかくそれでも生きなくてはならないのだ。

身内で難病にかかっている人がいる(現在の医療では完治することはなく進行を遅らせるくらいしかできないし、これが直接的な死因になるということもない)、また親戚で私と年の近い人が乳がんを申告された、友達のこどもが1年半ほど前に不慮の事故で亡くなった(まだ13歳だった)、といったことが起きて、自分の身の回りで死を感じさせることが増えてきた(年齢的にもそういう世代に入ったということでもある)せいか、最近はちょっと「いきるということはどういうことか」ということを考えたりするようになった。
それでも、思考の行き着くさきは「でもとにかくそれでも生きていかなくてはならない」ということだ。

ひとは生きている、というだけでもう尊いような、もうそれで十分というような、そんな気がする。
子どもを失った友人の喪失感の大きさを目のあたりにして、それをとても感じた。私の身内の難病を抱えているひとも、こんな状態で生きていてなにがいいのか・・と思ったことは何度もあるという。それでも生きていて欲しい、と周りは思う。私は、そういうことを見聞きすると、生きている、というだけで、もう十分よくやっている、とまで思う。
生きがいがあるとか、やりがいがある仕事をしているとか、なにかにうちこんでいるとか、もちろんそうしたことは素晴らしくて、そういうことがあるほうが人生を豊かにするのは確かだ。それは付加価値として重要だと思う。
また、例えば犯罪を繰り返すようなひとなども、生きているだけで素晴らしいのだ・・・とまでは言い切れないところが私の論旨のあいまいなところでもあるが。
論理的に突き詰めた末の結論ではなく、あくまで私の身の回りの狭い範囲を見渡して、そう感じる、ということなのだ。

ピンクというアメリカの歌手の最近の曲「トライ」がラジオから流れてくる。
失恋から立ち直る・・というような歌詞みたいなのだが、それはさておき、「欲望があるところには炎が立ち上がり、炎が立ち上がれば、誰かが焼かれてしまう、燃え尽きたからといって必ずしも死ぬということにはならない・・・・」というようなサビの部分だけ取り出して自分の状況に合わせて解釈したら、「いまがどんなにつらくても、やはり人は立ち上がって、あきらめずにまた努力するべき」と励まされている気がする。
時に自分を鼓舞してそして明日も日常のあれこれをこなして、そうして生きていくんだな。
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春休みは1週間?2週間?

2013年03月13日 | 子ども・家族
3月の半ばごろには春休みがある。
ずっと春休みは1週間だったのだが、ここ数年で隣の市やらほとんどが2週間の春休みに移行していった。
私の住む市の周りはほとんど2週間となったのだが、ここはいまも1週間のままである。
こんどの春休みは2週間にするだろう、とか言われていたりもしたが(あくまでウワサ程度の話なのでもちろんあてにはならなかったが)、今年も1週間の春休みだ。

私自身は春休みは1週間でよいと思っている。
冬休みはクリスマスなんかのイベントがあるのせいか2週間くらいあっても長くは感じないのだが、春にはとくにイベントがない。せいぜいイースターが重なる時もあるかもね、くらいだ(イースターは毎年日にちが変わる)。
そんなときに2週間あっても退屈だし、子どもすることがなくてうるさいし・・・

ただ、2週間の休みがあるなら旅行にでも行こう、という家族もいて、2週間あるといいわねえ、と思う人もいるのは確かだ。我が家の場合春に旅行は多分行かない、のであまり関係ない気がする。
学校は休みだから旅行へ行こうとかなったら余計な出費ともなる。
出費といえば、働いている人にしてみるとこれまた問題を引き起こすだろう。子どもの学校が休みになったら、大きい子ならともかく小さい子ならどこかに預けないといけない。子どものデイケア費用はバカにならないから、家計への負担ともなるだろう。
春休みに旅行いこう~なんて余裕のある家庭ばかりではないのだ。(うちも余裕がないクチです)

大体においてなんで2週間にしよう、となったのか・・・なんである。
2週間の休みを始めた市の見解からすると、2週間学校を閉めておくと暖房代、電気代などが節約できるということになるらしい。しかし私の住む市の見解ではそれほどの節約にはならないという計算になると、記事で読んだことがある。
たんに先生たちが休みたいんじゃないの?なんて邪推もするが、もちろんそういうわけでもない(それも少しはあるかも?!)。

1週間休みを増やすことによって年間の授業数をどこであわせるか、という点については、毎日学校のある日を数分間延ばす(朝5分早くなる、とか昼休みを数分削るとか)ことで帳尻を合わせるんだそうだ。

さて、うちの市も教育委員会からお知らせが来た。
周りの市に合わせてここも2週間の休みにするべきかどうかを市民に問う、ということである。
うちは2人学校に通っているのでそれぞれお知らせを持って帰ってきたので2通ある。だんなが1通返答を書き、私がもう1通を書いた。
お知らせには、2つのオプションがありどちらか選べ、とある。それは、現行どおりの1週間、と、来年度と再来年度の2年間を試験的に2週間とするというもの。
私たちの意見では1週間のままでよい、にして提出した。理由は上に述べた通り。

娘の担任の先生は「春休みを2週間にする必要なし!だらけちゃうだけだからね!」といっていたようだ。(←この先生、なかなか厳しいので私は好きである)
息子は2週間はいいなぁ~と思っていたようなので、1週間で返答したことに「ええええ~~」と抗議していたが。

他の人たちの返答はどうなのか・・・
実際問題として、周りの市がみんな2週間にしているなら遅かれ早かれうちの市も合わせざるといけなくなるだろう、とは思うのだが、できたらそれをしばし延ばし延ばしにしてもらえるといいかも~



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手術中の会話

2013年03月10日 | 生活
新聞に載っていた記事であるが、手術中の医者の会話、について。なんか記事の書き方とかおもしろいので・・

ある人が目の手術(白内障)を受けた。局部麻酔だったので意識ははっきりしている。手術中に医師が歌を歌っていた。さらに手術室にいる他の人と、病院のリネンを持って帰って車を掃除するのに使おうと思っているとか話した、という。このリネンがパッケージから出された状態ではあったが、使われてはいなかったらしい。パッケージから出されているので、再び医療現場で使うのは問題らしくて通常ならこういうものは捨てる、とのことらしい。が、勿体無いからリサイクルしよう、ってことらしい。

で、この手術を受けた人は、このことを、受け入れがたく、傲岸であり、患者に対する配慮がない、恥ずべき事であるとして苦情を申し立てたということだ。
なんか可笑しいのは、記事の中で「どんな曲を歌ったか曲名や医師が歌が上手かったかどうかに関しては触れられていない」とか書いてあったこと。
しかし、この訴えは瑣末なこととして却下されたということ。

ある医者は、手術のときにこうした軽い世間話なんかがされているくらいのほうが安心ですよ、むしろひたすら無言というほうが事態がシリアスかも、とコメントしたとか。
それでも患者によってはそういうことをとても気にする人もいるってことを念頭において、医師は手術中に音楽を流したりちょっとした世間話をしても大丈夫かな?と患者に前もって聞いておくほうがいいかもしれない、というコメントもあった。

世間話も気をつけねばならない。
ホッケーのプレーオフの頃は、バンクーバーカナックスについての話題をするのはやめたほうがいい、と外科医に忠告が与えられたとか。
医師と助手なんかが軽い気持ちで「カナックス、調子悪いなー」なんて言ったりして、患者が熱心なファンだったりすると、激怒するってこともあるかもしれない・・ってことか。
負けたら暴動があったりと、いやはや、ほんとホッケーって影響力あるのね。

患者の気持ちを慮るという点において、医師や看護師などがこうした世間話を手術中などにするのは控えたほうがいいとは思うけど、それよりも私は手術のプロセスに影響を及ぼさないかの方が心配である。
おしゃべりに夢中で手元がお留守になってしまったり、なんかし忘れちゃったり、なんてことがあったら一大事だ。そういう点から、しゃべってばかりいないで集中してくれよ!とひやひやするだろうな、私なら。

さらに記事には医師などはどんな人が聞いているのか分からない状況において会話の内容に気を遣うことは大切、というようなことが書いてあった。確かに。
医師など社会的立場の高い人はやっぱり自分の振る舞いに気を遣うべきだろう。

そういえば思い出すのは私が歯の治療を受けた時、その歯科医は女性だったのだが助手の人としゃべりっぱなしだった。だれそれの結婚式に行ったときのはなし、どこそこのレストランにいったときの話、子どもにこんなプログラムをうけさせようとおもっている、などなどなどなど。
よくまあこんなにべらべらしゃべれるなぁ、おしゃべりなんだなあ、と感心すると同時に、きちんと治療してくれてるんだろうね?!と不安にもなった。
さらに治療後その歯が痛む(ちょっと固いものを噛むと痛む、ピザのクラスト噛んだくらいで痛むのだ)っていう事態に陥り、やっぱ、あの先生、きちんと治療してくれてないんじゃないか?!と思ったもんだ。
ちなみにその歯はほっといてある。
それは、まだ痛いんです、とかいうとあの先生がまた治療しなおすってことになったら怖いから・・・
ところがこの前、検診にいったら歯科医が変わっていた。あの先生は他のところに移ったらしい。先生が変わったなら、言ってみようか・・とちょっと考え中。
ただ、私が好きだった歯科衛生士さんもやめてしまったので、ここの歯科医院にくることそのもの考え直したほうがいいのか?とか思ったりもする。
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サッカーシーズンも終わり

2013年03月04日 | 子ども・家族
と、いっても娘のほうで、息子のほうはまだもう1回試合がある。

今日、娘のトーナメントの2回戦があった。
最初バンクーバーでやるってことだったけど、ここ数日降り続いた雨のせいでフィールドの状態がよくないとかで、場所が変わった。変わった先も芝生だがまだコンディションがマシだったらしい。
それにともなって試合の時間が変わったりした。

今日は久しぶりに天気がよくなって、気持ちのいい日になった。
娘のチームも張り切って試合に臨み、応援する親たちも気合が入っていた。
試合が始まると、両者の力は互角って感じでなかなか見ごたえがありそうな感じだった。
実際、お互いにゴール近くまで持ってきては戻されてというのを繰り返し、点が入らない。
0対0のまま前半を終えた。後半は娘がゴールキーパーに入って何回か無事にゴールを守り、後はディフェンスがしっかりと守ってくれた。
攻撃するほうも相手ゴールまで近づいては阻まれというのを繰り返していた。

そして0対0のまま試合終了。
通常の試合なら引き分けで終わるのだが、トーナメントなんで勝ち負けはつけなくてはならない。
いままでこういうのを見たことがないので「どうなるの?」と思っていたら、息子が「オーバータイムかシュートアウトでしょ」という。
どっちにせよ、娘のチームは持ちこたえるのか?!

そしてオーバータイムとなった。10分間。
でも点は両方とも入らず、もう10分間。それでも入らず。
力の拮抗は崩れないままなのである。
それで5人ずつのシュートアウトとなった。(シュートする人とゴーリーの一騎打ち)
えー、だれがゴールをやるの?!娘がやることになったらどうしよう?と私がオロオロ。
しかしチームの中でも上手な子の一人がゴールを守ることになった。
ひとまず私は安心。
シュートするほうにも娘が選ばれることはないだろうから(娘のキックは力がないので・・・)安心してみていられる。

緊迫するシュートアウト(って、それほど緊迫してはないけど、実際は)
結局、向こうのほうが1ポイント多く取ってこちらは負けてしまった。
残念!!
ここまで粘っただけに残念である。
でもまぁ、よくがんばったなぁとおもう。正直言って2回戦まで残るとも思わなかったし、今回の試合もここまで互角に戦いぬくとは思わなかったからだ。(←失礼ですな~まったく)
負けてばっかりいた娘のチームだが最後にはけっこうよく出来たではないか。私は満足~って思った。
娘もがっかりはしていたが、負け方がいわゆるコテンパにやられたわけではなかったので(今まではそういうのがよくあっただけに・・)なんとなく納得がいったみたい。

もうこれで娘のサッカーシーズンは終了。
平日の夜の練習ももうない。ちょっと一息つけるわあ。そのかわり4月からは息子のサッカーのスキル上達コースが始まるけどね。
毎回、娘はサッカーをこれでやめるかな?と思うのだが、「来年もやりたい」という。
ということで、娘は4年目となる来シーズンも参加することになりそうだ。
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代理の先生

2013年03月02日 | 子ども・家族
息子は4年生であるが、今年の担任教師は新任で初めて(うちの学校では、であり、他の学校では経験ありかは不明)担任クラスを持つ人だった。
生真面目な人で初めての担任、成績表の評価にAとかBとかのグレードがつくようになるとか4年生は新しい段階に入る学年でもある、ってことなどから、先生は熱心に取り組んでいたように思う。
親にもマメに連絡を取ってくれたと思うし(それはうちの息子が出来が悪いからですが・・・学校の先生から連絡が来るってのは大抵勉強か素行に問題があるってこと)。

冬休みを目の前にしたある日、うちは日本に行くので少し早めに休みに入っちゃうため、先生に挨拶(小さいギフトなど持参して)に行こうとしたのだが、担任の先生がきていない。そこで校長先生に会って「先生はいつ戻るんですか?」と聞くと分からないという。
どうも病欠らしいのだけど、いつ戻るか不明らしい。「どうしたんですか?」と聞いても先生は「それは話せない」とか言うもんで私はさらに知りたくてたまらなくなるが教えてくれないんじゃ仕方ない。
ともかく冬休みになるまでには戻らない、というのでギフトも挨拶も諦めることにした。

冬休みが終わって学校初日、「先生、きてるかな?」とか言いながら教室へ。時間になってドアを開けてくれたのは男性の教師。あらー、担任の先生まだ戻らないんだ?いつ戻るの?!!
そこで他のお母さんとあったので話してみると、だれも詳しいことは分からないらしい、つまり先生は病気で長期休むらしいがどういう病気でいつまで休むという見込みとか、知らされないままである。
代理の先生に挨拶がてらはなしかけたら「いつまでクラスを受け持つかははっきりわからない、おそらく3月の春休みまでかな?」みたいな返事でやたらあいまいである。

さて、この代理の先生、今までになくユニークな方であった。
フランスから来ているということで、フランス語はネイティブってことになるんだろう。この点においてすでに今までにない、ってことなのだ。フレンチイマージョンの先生は英語が母国語でフランス語を習いネイティブに近いくらいできるという人がほとんどである。他の学校では、そうではない先生もいるのだが、うちのこの学校ではそういう先生しかいなかった。
先生が代理として入ってすぐに、クラスの子たちがチョコレートや小さなおもちゃを手に教室から出てきた。「すごい、いい先生だよ!!」と子ども達興奮気味。
ゲームをやって勝ったチームにはチョコレートが他の子より多く渡されたり、全員がなんか小さなおもちゃをもらったり、時にはDVDを見せてくれるとかゲームをさせてくれるとか約束した、とか・・・
なんか・・、学校だよね、ここ?勉強してるよね、この子達?と不安になるような。

でもまあ最初のうちだから先生も「よろしく~」って気持ちでやってんのかな?(←もちろん先生がそんなことをしてやる必要はないのだが)くらいに思っていた。
しかし次の日もまた次の日もチョコレートをもらって帰ってくるとさすがに「これってどうよ!?」と思う。
しかもあるときはネックレスとイヤリングのセットをもらってきた。「なにこれ?!」ときくと、なんか他のプライズがなくてこれもらったけど、マミーにあげるね、などという。いや~いらないけど、っていうかなんでこんなにいろんなものをもらってくるのだ?
先生いわく、子ども達がフランス語を積極的に話すことを奨励するためにやっているそうな。それにしてもこんなに賄賂(?)を与えるのはどうか??
そのうち他の親もなんかしら言い出すに違いない、と思っていたらやっぱりその通り。

誰かしらから校長先生に話しがいったらしく、代理の先生はチョコレートやらモノをあげるのをやめるように言われたらしい。
「もうチョコもらえないよ」と残念そうな息子だがチョコレートはナッツも入っているのがあったのでアレルギーのある子もいるんだし絶対問題でしょ~~~

これでなんかしらもらってくるのはなくなったか・・・と安心したが、この前、リモコンの車をもらってきた。
えー、まだやってたのか??
なんでもクイズをしたという。フランス語で先生がなにをもっているかを質問していってあてるというもので、うちの息子があてたらしい。先生に聞いたら「たまにこのクイズをやっているんですよ。ぬいぐるみとかおもちゃとか当ててもらっていった子が今まで何人かいますよ」という。
うーん、この先生、ユニークすぎる。
リワードとしてステッカーとか鉛筆とか小さなものをあげる先生はいるがここまで大物をあげる(先生の自腹なんだし)人は初めて。

息子は結構先生が気に入っているので「春休みが終わったら先生もやめちゃうのかー」と残念がっている。
でも担任の先生が春休み明けに戻るのかは不明だし、戻らないとしたら今の代理の先生がまた来るのか他の先生に代わるのかまったくわからない。
そういう落ち着かない状況にあった息子のクラスの子が一番割を食っているのだが校長先生とかわかってんのかなー。
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