冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して16年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

東日本大震災についての番組

2011年10月31日 | 日本のこと
図書館に行って久しぶりにDVDのコーナーを眺めていた。
そこにJapan's killer quakeというタイトルのDVDを見つけたので、借りてきた。
アメリカのテレビステーションでPBSというのがあるのだが(カナダでも見られる)、そこが作った番組がDVD化されたものらしい。
いつ放送されたのかは分からないのだが。

大震災のときの様子(ビル、オフィス内などが揺れているところ)そして津波の様子が映し出される。
震災時にユーストリームなんかでなんども見た津波の映像をまたここで繰り返し見て、改めてあのときの恐怖を思い出した。
遠く離れた故国がこうむっている甚大な被害を見るのは、震災より7ヶ月以上経っていてもとても辛くて心が痛む。
子どもたちも一緒に見ていたのだが、改めてそのすさまじさに驚嘆したり、声を失ったりしていた。

ところどころに専門家の意見が入って地震や津波発生のメカニズムを説明する。大体今までに聞いたり見たりしてきたこと通りだ。
また震災後にジャーナリストが被災地入りして撮った映像などが入る。壊滅的な被害を受けた南三陸町の様子、生存者、行方不明者を探す捜索隊の様子、どれを見ても胸が痛くなる光景ばかり。
子どもたちも何かかんじるものがあるようで、押し黙ってしまう。

今後、もしも東京の近くで大地震が起きたらどうなるか?という疑問を投げかけ、人口過密な首都圏で起きたら被害は計り知れない、というような専門家の意見が述べられる。
自然災害は避けられないのだから、被害をできるだけ小さくするような対策を講じていく必要があるだろう、という専門家の意見が心に残った。

さて、ひとごととばかりはいっていられないのが北米の西海岸である。
この大震災でアメリカの当局もいちはやく津波警戒のしらせをだしたので、ハワイにも津波は到達したが人的な被害はなかったという。そのご、カリフォルニア州にも津波は到着、こちらも被害は大きくなかった(ただ、津波を見ようと海岸近くにやってきた人が被害にあったらしい)
アメリカのほうは地震から津波発生までの時間があったから、避難も十分間に合ったんだろうけど、日本の東北地方はそうはいかなかったのだ。

子ども達は「日本に住んでいたら地震があって怖い」と感じたようだが、
「でもバンクーバーだって地震があってもおかしくないんだよ」と私。
その説明がこの番組の中でもなされていた。バンクーバー、ワシントン州、カリフォルニア州まで地盤のプレートが走っているので、日本のような地震が十分起こりえるところなのだ。
実際、10年以上前だがカリフォルニアでは結構大きな地震が起きている。
子ども達は「そうか・・自分たちにも起こり得ることなのか・・」とちょっと怖くなったみたい。
バンクーバーは地震があるのかというと、日本のようにしょっちゅうあるわけではないが、海のほうでちょこちょこと小さいのが起きているようである。私の記憶する限り、ここに住んで10年以上の中で1回だけ震度3くらいのを経験しているが、もっと小さいのなら他にもあったのかもしれない・・(わからないが)

先に書いた専門家の言葉のように、自然災害は防げない、それならば備えをしておくこと、それしかないんだろう。
それにしてもガラス張りのビルなんかがあるダウンタウンなんかを見ていると、備えがなっていないんじゃ?・・って思うけど。
オフィスによっては自分のデスクやロッカーに運動靴(歩いて帰らなくてはいけないときのため)とヘルメット(ガラスなんかが落ちてくるかもしれないので)を常備させているところもあるそうだが。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今日のサッカーの試合

2011年10月30日 | 子ども・家族
今日、土曜日、息子のサッカーの試合に連れて行った。
試合は10時半からということなので、「ウォームアップのために少なくとも20分前には来て欲しい」とコーチが言うのだが、そのコーチが20分前にきていたためしがない・・・ってのが前から気にはなっていた。
今日は、試合が始まる・・っていう時間になってもコーチが来てない。メインとサブと2人いるのにどっちも来てない。
他の親が「コーチ、何故まだ来てないんだ??」と不審がったりしているあいだにも、審判が「はじめますよー」と呼んでいる。
親の中にはサッカーに詳しいひとが誰かしらいるもんで、その人が自主的に子どもたちに声をかけてポジション決めてフィールドに出してくれたから良かったものの、こういう人がきてなかったらどうなったことやら。

結局コーチがいないまま試合は開始、いなくても試合は始まるんだが、親たちは「コーチは何やっているんだ?」と苛立ちを隠せない様子。かといって、責めたてるというほど怒ってはいないが。(どっちかっていうと呆れている・・って感じ)
試合開始後10分近くたってからようやくメインのコーチがやってきた。
「あれ、もう一人のコーチ、来てないの?!」びっくりしている。サブコーチのほうに自分は遅れるから先に行っておいて欲しいとお願いしたのだろうだが、おそらくその連絡がきちんと取れてなかったのだろう(もしくはメインコーチはサブコーチに遅れることを全く知らせてなかったが、サブコーチは時間通りに来るだろう、とタカを括っていたかのどっちか)。
なんともいい加減な話でどうなの?って思うけど、所詮ボランティアでやってくれてるコーチであるから、いい加減なひとにあたっても運が悪かったね・・・ってことになる程度。
まぁ、試合は始められたのだからいいのだけど。

今日の試合は双方のチームがバランスが取れていて、一進一退、こっちのゴールにボールが来ても止め、あっちのゴールに行っても止められ、という感じで簡単にゴールが決まらない。
見ごたえがあっておもしろかった。
そのせいか見ている親のほうも盛り上がってきちゃって、声援がいつもよりいっそう飛び交っていた。

うちの息子ははっきりいって上手ではないのだが、へたくそなりに頑張っていて「今日はがんばっとるなー!」と私もドキドキ。
ボールをとりにいくと当然相手チームプレーヤーもからんでくるから、体が接触して転んだり、といったややラフなことが起きる。
そういうのが苦手でなかなか取りにいけないヘタレ君だったが、最近はもう少し取りにいけるようになってきた(だが、やはり上手くないので取りにいっても取れないで終わることが多い)。
特に男の子のサッカーではぶつかる、押す、引っ張る、といったちょっと乱暴なことをする子が絶対何人かいるし、キックしようとした足が他のプレーヤーをキックしたりってこともある。
今日は、1人そういうラフな子が相手チームにいて、こちらチームの子が何人か蹴られていた。その中に息子も入っていて、私はそれをちょっと見ていたのだが、息子が「お前足を蹴ったな!!!」と文句を言い、相手がそれが何?みたいなゼスチャーを取っていた。
息子は負傷したわけではないし、あからさまな反則ではないので、まぁ私も「そういうこともあるさ」と思って見ていたけど。

結局、3対2でこっちの負け。
だけど、結構接戦でスピード感もあり、ボールがあちこちいって、何度もいうがおもしろい試合だった。
「今日の試合、良かったね。あなたも頑張っていて良かったよ」
とむすこにつたえたら嬉しそうだった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

子どもの本

2011年10月29日 | 読書
私はこどものころから本を読むのが好きで、学校の図書室、公立図書館によく通っていた。短大に通っていたときも図書室に行って、端っこのほうにある席に座って本を読んでいるのが好きだった。
大体、図書室なんかは静かで人がいなくて落ち着けるのだ。

今は図書館に行っても英語の本ばっかりで、読む気が起きないんだけど(英語の勉強のために読めよ!とかつっこんでみる・・)本が並んでいる書棚を眺めたり、そのあいだを歩いていくのが好きで意味なくふらふらしているときがある。

そんなわけで、子どもができて本を買い与えるのも楽しい作業だ。
ただ、子どもの本は大きい、重い、ということが多く、当然値も張るのでなかなか思うようには買えない。この地で日本語の本を手に入れるには、1.日本にいったときに買う、2.ガレージセールなんかで探す、3.ブックオフで買う、といった方法になる。
1のばあい、セレクションが多いものの、重いからたくさんは買って帰れない。2は、地道な作業で行った所でほしいものにぶつかる可能性が低い、3はダウンタウンだからそうそう出かけないしやっぱり日本とちがってセレクションが限られる。

そんな困難(?)を乗り越えて本を集めていたら、結構な量になった。
私は自分自身のための本は基本的に文庫で買うのでたくさんある割には場所をとらない(が積んである)。
子どもの本はハードカバーが多くて場所をとる。
ちなみに英語やフランス語の本はペーパーバックとかほんとに薄いぺらぺらが多い。その割に値段はけっこうするんだよね・・・
紙製品がなんでも日本より高いことを考えると本も然り、なのであろうか。

子どもの本でも私が読んでおもしろいもの、感心するものがたくさんある。
昔読んだ本をいま読み返して改めて感動したり、気がつかなかったことにようやく気づいたりして楽しい発見がある。

「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズは全巻読んだことがなかったが、ついに全巻揃えて読み返した。昔も好きだったけど今も好き。
「百万回生きたねこ」は絵本だが、読むとぐっと涙が目の奥にたまっちゃう。
「エルマーとりゅう」3部作だが、2冊までしか持っていない。懐かしい作品。この本の中でエルマーがりゅうを助けに行くときに持っていった荷物が1品1品細かくリストアップされているところが好きである。
絵本の定番という感じの、ぐりとぐらシリーズも何冊か、そしてだるまちゃんシリーズも子ども達のお気に入りだ。
佐藤さとる氏の作品もディテールの細かいところが好き。子どもたちにはそれほど受けないけど。「おおきなきがほしい」なんて大きなツリーハウスの構想が細かくて楽しい。
1りぽっちの象がようちえんを開くというストーリーの絵本「ぐるんぱのようちえん」もいいお話。
他にも私が読んだことのない、素敵な本がたくさんこの世にはあるんだろう。子どもの本も捨てたもんじゃないのです。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

バンクーバー占拠

2011年10月27日 | バンクーバーとその周辺
ウォール街を占拠しようという動きを受けて、ここでも、バンクーバーを占拠しよう、という運動が始まって1週間が過ぎた。
英語ではOccupy Vancouverである。
バンクーバー、といっても占拠しているのはダウンタウンにあるバンクーバー美術館の敷地内だ。でもダウンタウンを占拠という名称にしたとしてもどこのだかわからないもんね、バンクーバーと付けておかなくちゃ。

この前、マカロンを求めてダウンタウンへいったのでついでにここもみてこようと寄ってきた。
美術館の前は広場のようになっていてオリンピックのときもブースが置かれたりいていた。
ここにテントがずらりと並ぶ。たくさんあるなぁ・・・
だんなはテントが並んでいても全部に人が寝泊りしているわけではないと思う、ただたくさん並んでいると格好がつくからだろ、と言っていた。
まさか1つ1つ入っているか確認するわけにもいかないから、どうなんだかわからないけど。


その他、人が集まってなにやら話していたりする様子も見られたけど、別段何か行動しているという風ではない。
ここで寝泊りしている人たちは何をして過ごしているんじゃ??


なんだか眺めていると、「こんなところでだらだらしてないで、仕事見つけて働けよ・・」とか思ってしまうけど。

運動そのものは平和におこなわれているそうで、近隣のビジネスに影響が出るということはないようだ。ただ、警備のために警察が人を派遣しているようで、その分の経費を大勢のバンクーバー市民が払うのか、と思うとやっぱり迷惑な気がする。
今のところ、市も静観しているようだが、一体いつまで続けるのか。
これから寒くなるし、雨ばかりになるし、テントで過ごすのはつらいだろうに。

新聞の記事には、占拠に関わっている人に聞くと「自分たちの要求が通るまでここにいる」とかいっているそうだ。
それってそれって、いつ?格差がなくなるなんてことは、そんな簡単に実現できることじゃないだろう。それじゃ、この人たちは一生ここに住むつもりか?
もちろんそんなことは無理だろう。

この占拠って一体何?何かを訴えて行動するってほどでもないし、ただそこにいるだけで、何を達成しようとしているのだろう。
なんだかよく分からない運動である。だから大方の人の感想は無関心か、呆れるか、って感じなんじゃないだろうか。

こうなってくるとそろそろ、「いつ彼らは撤退するか?」になってくる。
新聞の社説では「市が対策を講じて撤退させるべきだ」という意見もあった。
たしかに平和に占拠はおこなわれていて迷惑をかけてはいないのだろうけど、公共のスペースをこのように勝手に占拠し続けるというのはやはりよくないだろう。この人たちがどんな要求を発信し続けようとそれは言論の自由で構わないんだろうけど、公共スペースをこの運動に関わっていない人だって使用する権利があるはずなのにそれを奪っているともいえるわけで。
そもそも公共スペースを許可なしにこのように使ってはいけないのではないだろうか・・とか思ったりするんだけど。

もう少しして彼らが自主的に撤退しない限り、やはり市がなにかアクションを起こさなくてはならないだろう。
というか、占拠に関わっている人だって「そろそろ終わりにしたいなぁ」って思っている人もいるだろうしね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

マカロン

2011年10月25日 | 食べ物
マカロンが好きなのである。形といい、いろんな色があるところといい、見ていて楽しいのである。
そこで思いついた「バンクーバーでマカロンを買おう」。
そんなことのために、わざわざダウンタウンへ行ってきた。友達からは「ご苦労さん・・・」と言われた。そうよね。

オープンしたばかりと思われるカフェ、Thierryという店にまず行った。カフェスペースも結構たっぷりあるし、ケーキの入ったショーケースも美味しそうな上品なケーキが並んでいる。全体にお洒落な感じでお値段もいいのだろうけど、人気店という感じで人がはいっている。さすが都会はお金がある人が集うものだ。クロワッサン、アップルタルトなどが並ぶデニッシュやペストリーのケースにも目を奪われて迷ったが、マカロンを購入。

こんな可愛い箱に入れてくれる。7個で11.95ドル、一個当たり1.71ドル。高いわねぇ・・
それに3種類しか並んでなくてがっかり。もっといろいろ買ってみたかったんだけどな。
中はこんな感じです。

色味がオレンジ、白、黄色ってのが寂しいけど、とにかく、おいしそう。
ついでに、マドレーヌも買ってみた。

手書きのタグが可愛いです。

すぐ隣にUrban Teaという紅茶、お茶の専門店がある。ここは前に少しのぞいてみたけど高いので何も買わずに出てきた。
ここでもマカロンを売っているので、買ってみよう。
ここのは1個が4ドル!!と高価。うーん、と悩んだが4個だけ買ってみた。中のクリームが様々な紅茶の味になっている。写真では分かりにくいけど、濃い紫とかピンクとか深い色合いがきれいなのでウキウキする。


続いて日本人のパティシェリーさんが作る日本風ケーキやスイーツを出しているCicco Cafeへ。
ここでは9個入って8ドルくらい。1個0.90ドルくらいか。ここのが一番単価が安いわ。プラスチックケースに入って売っている。
色がパステル調で日本人好みよね。

他のケーキも買ってみたい気がしたけど、現金のみってことで私の持ち合わせがなく断念。

うちに帰って、写真をせっせと撮った。

やっぱりマカロンは可愛いです~。
さてお味のほうは。
Ciccoのは日本人にあった甘さ控えめ。でもインパクトもないのがちょっと惜しい。皮はぱりぱりさくさくで、日本で売られているマカロンだわー、と思った。どれを食べても味が同じような感じなのがやっぱり残念。
Thierryのは、中のクリームがねっとりしている。周りの皮は柔らかい。ちょっと甘いなぁ、と思うけどこれはこっち好みだよねー。でも味がきちんと主張している(例えば、パッションフルーツはその風味が出ているし)のが気に入った。私はここのが一番好きかも。
Urban Teaのはクリームが多い。皮はほとんどないくらい。なので柔らかい食感。紅茶の風味が活かされていてお上品な味ですが、高いよなぁ、やっぱり。

お友達にもおすそ分けしたけど、好評とはいえず。まず、マカロン好きが意外にいないのだと気づかされました。「あまいなぁ・・」というのがほとんどの感想。甘いからいいんだけどなぁ、とは甘党の私。
また子どもにもいまいちうけなかった。とすると、好きなのは私だけなのねー。私は3店ものマカロンを一気に試せてすごく満足な一日でした。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

息子の初ゴール

2011年10月24日 | 子ども・家族
昨日は土曜日、息子のサッカーの試合があった。
男の子はいつも土曜日が試合日であり、去年は私はいつも土曜日に仕事をしていたため見に行ったことがなかった。
今年は仕事もしてないので大抵私が息子を連れて行っている。それはなぜかというと、だんなは朝いつまでもだらだらと寝ておりアテにならないからである。

去年の試合を見ていないのでなんともいえないのだが、本人情報によると試合でゴールを決めたことも数回あるという。数回って何回だ?とか思うが多分2回くらいだろう。

さて今年のシーズンが始まるにあたって、だんなと息子のあいだでこんな会話があったらしい。「今シーズン初のゴールを決めたら、DSゲームを買ってあげる」という約束。
そんな会話があったっけ?私はほとんど記憶にない。

昨日、試合が午前9時半からあった。息子のチームは集まりが悪く(これは朝9時近くまで大雨だったせいだとおもう。雨だからいきたくないなぁ、とかやっていたのだろう)フィールドに6人、ゴールキーパーに1人置いたらサブ(控え)の選手がいない状態。
当然、来ているメンバー全員がフィールドに出た。
このまま他の子が来なかったらこの7人がずっと出っ放しか・・・大変そう、と思っていたらぽつぽつとようやくやってきて、サブが3人になった。

ぼやーん、と試合を見ていたら、息子がゴールに向かってボールをけり、ぽろっという感じで入っていった。
「あれ?入った?ゴールした?」そう思ったのは、ゴールが私のところからは遠かったのと、ボールがほんとにさりげなくぽろっという感じで入っていったから。それからボールが中央に持ってこられてゲームがまた再開したので、やっぱりゴールはいったんだぁ、と確認できた。
試合は息子のチームの勝ち。
試合後、「ゴールしたよ」と息子が報告。
彼の説明によると、ゴーリーの気がそれていた瞬間に入れたんだそうな。
だから、ぽろりん、って感じで入ってたのね。
まぁ、ゴールはゴールだ。点数も入ったし。
そこで息子は「ゲーム買ってね!」

仕方なく試合後、モールへ連れていった。
そして欲しいゲームを獲得し大満足の息子。
でも予算オーバーなので今年のクリスマスには私からはもうプレゼントをあげないことにした、というオチもつく。

一方、娘の試合。日曜日にあるのだが、だんなが連れて行ってくれた。
帰ってきたとき、不満げ~な顔をしていたので負けたんだな、とは分かったけど、「点数はどうだったの?」と聞いたら「いいたくない!!」と一言。そんなにボロ負けか・・?
これまた娘のチームは人が来なくて、サブにまわる人が少なかったようだ。対する相手チームは12人しっかり揃っていて、当然サブになる人の数も充実。
やっぱり交代要員がいないと、スタミナ切れしてしまい、当然弱くなるのである。
娘のチームはもともとあんまり強くないせいか、子どもも親もどうもやる気がやや欠けている感じがする。
まぁ、こんなもんだとおもえば、それまで。私も別にスポ根をさせたいわけではないのだから、これくらいで実はちょうどいいのかもしれない。
しかし、負けた娘は不機嫌のかたまりですが。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

デイドリームビリーバー

2011年10月23日 | 思い出
ちょっと前だけど、雑誌に載っていたみうらじゅんさんのコラムでこの曲のことを書いていた。
元々はザ・モンキーズというバンドの曲でそれに日本語歌詞を忌野清志郎がつけたもの。

私にとってモト歌のほうは思い出深い。小6くらいのときにモンキーズがリバイバルブームとなり、私はこの曲を聞いて好きになった。そこから洋楽を聴くようになったきっかけの曲ともいえる。そういえば、モンキーズのテレビショウを夢中になってみていたなぁ。
今もこの曲を聞くと懐かしさで一杯になる。この曲のイントロが始まる前にメンバーがなにやら話している声が入っているのだが、当時全然聞き取れなかったのに数年前に聞き返したときには言っていることがわかったので、ちょっと自分にびっくりした(ヒアリング力が少しついたんだぁ・・と)。
ただいまだに歌詞の意味、とくにサビのとこがよく分からない。

さて日本語歌詞のほうだが、英語歌詞からちょこちょこっとポイントを頂きつつ、夢のようなせつないような内容でいいなぁ、って思う。
「もう今は彼女はどこにもいない」と始まる歌、みうらじゅんさんによると、彼女とは母親のことであるらしい、という。
その視点からみてみると、この歌のせつなさがまたぐっとくるのだ。
いつもそばにいて、いつも自分を信じてくれて味方でいてくれたお母さんはもういない。でも楽しい思い出をありがとう、と歌っているそんな感じ。
そんな風に描かれる親になりたいものだわ。

自分のことを振り返ってみると、やっぱり親がいつも見守ってくれているのを離れていたって感じるものだ。
そんな気持ちを再確認するような、そして小さい頃親に守られて安心してたときの気持ちを思い出すような歌詞に心の中がちょっとチクリとする。
とくに清志郎さんの歌声で聞くと、涙が出ちゃいそうだよ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

セルフ式レジ

2011年10月22日 | 生活
最近あちこちで見かけるようになったセルフ式のレジ。
私が行くお店はそれほど多種ではないが、その中で一番に(つまり私にとっては一番に)それが始まったのはよくいくスーパーである。
それでは使ってみようか・・と思って、やってみたらすこしすると停止してしまい、「係員にお尋ねください」なんて表示が。
仕方なく聞くとなにやらパスワードを入れて直してくれる。
でも、その態度がなんか「ったく!仕方ないわね!」みたいな感じで、いやだなぁ、と思いあまり使いたくなくなった。
次にちょっと品数が多かったとき、レジの人にやってもらったほうが早いわ、と思ったのだが子どもがやりたがったので「まぁやってみるか」とセルフへ。
案の定、なんかひっかかってまた係りに来てもらった。そしてまた「面倒くさいわねぇ」って感じにあしらわれた。
心の中で「だって、あんたの仕事でしょうが!!」と憤るが私は無言。
セルフ式では大抵1人係りがそこらに立っていて、客がズルをしないか監視しているのである。(なにかスムーズにいかなかったときのヘルプとしているのだろうが、監視しているという感じのほうが近い)

スーパーだと野菜、果物、パンなどが自分で好きなだけとって、量り売り(もしくは1個いくら)で売られているものがあり、それだとバーコードがないので自分で画面から「にんじん」とか選んで画面を押すと量って料金が出るようになっている。
PLUというのが商品のバーコードみたいなもんで、りんごやオレンジなど果物にシールが貼ってあるものなら、そこに書いてある番号がそのコードになっていることが多い、というのは私もスーパーで働いたことがあるので知っている。
その知識(??)を使って画面から一生懸命オレンジを探す手間を省くことができる。
とにかく量り売りのものがあるときは時間がかかるので、キャッシャーの人にやってもらうほうがずっと早く済む。
私がスーパーでセルフ式レジを使うのは品数が少なく、量り売りのものがないときだけにした。
そうしないと、時間がかかるだけでなく、係りの人に無駄に目を付けられて厄介だからだ。

たまにいくスーパーストアというスーパーはいろいろ安いのでいくとまとめ買いになる。メトロタウンにある店舗(ちなみに私は隣の市のほうの店舗に行くのだが、ここはいまのとこセルフはない)にはセルフがあるのだけど、私が買う量でセルフを使うと大変そうだわ・・しかしみていると結構たくさん買っていてもセルフでやっている人も多い。絶対、ズルしている人もいるだろう・・ってすぐ勘ぐるのは悪い癖。

他に私がたまに行く店でセルフがあるのはアイケア(日本ではイケアと呼ばれている)。アイケアではあまり買うものが多くないので私は積極的にセルフを使う。実際はキャッシャーの人にやってもらうほうが早いことが多い。それでもここのセルフレジはスムーズにできるので気に入っているのだ。
画面を押す、ぱっと次の画面に変わる、スキャンの仕方もこつを覚えれば難しいことはない(ちょっと離してスキャンしないとうまくいかない)、量り売りのものがないからバーコードのみだし。

私が行く店でセルフ式があるのはこれくらい。
これからもっとセルフは増えるのだろうか。
お客さんがやることで間違いが増えるということもありえるし、それが人件費と対照してそれでもセルフのほうが人件費が浮くということなら、導入するところもあるだろう。店の規模とかも関係するだろうし。

ところで日本でもセルフ式は出てきているのですね。
私は去年の夏、西友の食料品売り場で見て、「おー、日本にも登場」とびっくりしたのを思い出す。
日本ではどういう風にうけいれられているのだろう。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

夫の悪口

2011年10月21日 | 子ども・家族
友達同士で集まってあれこれ話しているときに、だんなの話しになっていった。
誰かが「だんなのきにくわない点って何?」と言い出したら、みんな「うーん」と考え顔。
改めて聞かれると挙げられないなぁ、と思ったのか、いろいろいって身内の恥をさらすのはイヤだなぁ、と思ったのかどうかわからないけど。

私なんか「言い出したらきりないくらいあるから言わない」といって、周りが「えー、そうなの?」と驚いていた。
ていうか、みなさんそんなにないものなのですね。そっちのほうが私には驚きである。

ほんとに私のだんなに対する文句はたくさんある。たくさんあって書きたくないくらいある。
きっと反対にあっちも同じくらい私に文句があるだろうとは思う。

そんなに不満を抱えていてよくいっしょにいるねー、と思う人もあるかもしれないが、それらは別れる理由には足りないのである。
分かれたほうがいい、と思うのは、暴力をふるう、ギャンブル、アルコール、ドラッグなどに依存していて家庭が機能しない、浮気ばっかりしていて家にも帰ってこない、などという場合。
うちのだんなの場合、片づけができない、汚屋敷にしてしまう傾向がある、整理整頓ができない、短気ですぐ怒鳴る、人の話を聞かない、怠け者で働かない、すぐ人のせいにする、などなどたくさんあるが、相手を変えようなどという時間の無駄はやめてこちらが変わろうと決めてからは、まぁ、許容範囲になってきたか、と。

大体、結婚なんて多かれ少なかれ誰としても同じようなものだ。
自分もそうだが、完璧な人などいないので、何かしらの不満を持つものである。それをどうやって自分の中で処理していくかにかかっている気がする。上手く操縦して相手を教育していくことができるなら、それもよし。
私のように、そういうのは諦めて自分が変わり、相手のヘンテコな面に対応(もしくは無視)できるようになっていくのを目指すもよし、である。
誰としても同じ、とはいえ、先に書いたように、依存症、DV、浮気性、借金癖があるなどというような人とは、そうはいかない。
この場合、ドラマチックに結婚生活は変わるだろう。
そして、そういう場合は別れるしかないと思う。

それでも、だんなのことを「こういうところはいやなんだけどね」といいつつもやっぱり信頼して一緒にいるのが幸せと思える人を見ていると、うらやましい。
私はそこがちょっと欠けているんだよな。
でも、私はきっと誰と結婚してもこういう風になる、と思うのだ。それが運命で、定められていると思うから。だから別れて他の人と結婚しようなどと思わない。
なんといっても結婚して子どもをもったことはほんとに良かったと思うから、それだけでもいい人生じゃん!と思う。
(ところでこのパラグラフ、「思う」という動詞ばかりです)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

宿題でこっちまで振り回されてる気分

2011年10月20日 | 子ども・家族
ちょっと前に娘の宿題がたくさん出る、という話を書いた。
大変そうだけど、なんとかやっているのかな、というように見えたのだが、甘かったーー!!

月曜日に先生から伝言が来た。
子ども達はアジェンダという(英語のクラスだとプランナーと呼んでいる)予定表のようなものを持っている。
その日の欄に、明日必要なものとか宿題とかイベントのこととかを書いてくるし、先生に何かことづけたいとき、先生からの伝言も書くところがあるので、連絡表代わりにもなる。

そこに先生が書いてきたのは、先週木曜日に締め切りだった、読書感想文のための下書きが出ていない、ということだった。
えー、どうするの?
今日仕上げちゃいなよ!!とけしかけると「だってまだあと50ページも残っているから無理」とか言う。

締め切りがあるなら、それまでに本を読み終えて、どんなことを書くかの案を書いていくべきでないの?
締め切りってのはその日までにそれを出すことなので、それを目標にしたらとっくに本を読んでなくちゃいけないんじゃないの?
とか私の頭の中ではいろんなことが渦巻いた。

「でも締め切りがとっくに過ぎているなら、やらなきゃだめじゃん。今日仕上げて明日もって行きなさい!」
というと、「無理、できない」
だから!無理って言うかそもそも何でもっと早くからやっておかないんだ!!と怒る私。

そこで私のお得意の(?)説教である「人間はだれしもやりたいことだけをして生きていくわけにはいかないのである。やりたくないことでもやらなくてはいけないこと、(大人なら仕事、子どもなら勉強など・・)をやらなくちゃいけないんだ!」とトウトウと話してみる。
「・・でもできない」
キーーーーッ、とにかくできるだけやれ!
言い聞かせるようにさとしていた口調はどこへやら。

結局月曜日には(当然)終わらず。
火曜日、また先生からの伝言が。ぎゃー、今度はなに?
作業が遅れているので取り戻すための時間をあげたのだが、課題の本(フランス語の本)ではなく、英語の本を読んでいました・・・だって。
ちょっと!
また私の怒りは爆発。
何考えているんだーー!!

火曜日もまた本読み続行あわせて感想文の下書きもやる、が、「最後の4章は明日学校でやるよ・・」またそんなこといってやらないつもりか!
「だめ、おわらせちゃいな」
「でも他にも宿題がある・・・」
ああああ・・・
結局最後の3章を残し、「あと19ページだから学校でやるよ!」と宣言。
でも私には予想できる。学校にいったらほかにすることがあって時間がなくなるに違いない。
きっと今晩も私にどやしつけられながらやることになるのだろう。
願わくば、今日こそは終わらせてくれぇ。
この宿題につきあって疲れました・・・・(怒り疲れたとも言う)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加