冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

そしてBC州へ戻る

2011年03月31日 | 子ども・家族
旅行が終わりに近づいた。
アルバータ州は私などは「カウボーイの州」と思っている。それは、カルガリーのスタンピードというカウボーイのお祭りがあることとか、牛肉が有名なことからだ。
せっかくアルバータに来たので、そしてもう来ることはもしかしたらないかもしれないので、アルバータ牛を食べてみたい。

最終夜のこの日、「ここにこなければバンフに来たとはいえない!」と宣伝文句を謳っているレストランに行った。
フランチャイズやチェーン店ではない地元の店、ってことらしく、それだけに独特だが居心地のいい雰囲気だ。
ここでおいしいアルバータ州のビーフを頂き感謝感謝である。

旅の5日目はBC州に一日かけても戻る。
バンフを出るときに、一軒屋の前の芝生にムースがのんびりと草を食んでいるのを発見。
息子が車の中で「今、ムース見たよ」とか何気なく言うので、「置物でもあったのかな」と思っていたら「本物だよ、ぜったい」という。
えー?戻ってみたら本物でした。町の中に普通に出てきちゃうんだ・・・
保護されているらしく、角が切られていたのがちょっと痛々しい。
そういえば、昨晩、レストランの外にも鹿が2匹とことこ歩いていったのを見たっけ。
バンフは、結構このような野生動物が街中に出現するらしい。
野生動物、とはいっても実際は街に住んでいるというほうが近いようだ。

BCへの道中、今度はトラブルもなかった。昼食のためにゴールデンというBC州の町に立ち寄り(名前が豪華ですね・・・ゴールデン・・)、高速に乗ったら脇の林にたくさん鹿がいた。
「あ、鹿だ!」と喜んでみていたら、その先もその先もかなり長いこと鹿を発見。大きな鹿コミュニティがあるのね、きっと。

休憩したりしながら12時間で家に帰ってきた。
息子いわく「この旅行、車に乗ってばかりだった」
確かにそうだけど、それなりに観光もしたではないか。
こうして我が家の初の家族旅行は終わったのだった。
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ハワイアンズのこと

2011年03月30日 | 日本のこと
旅のことを書いていて途中ですが、
こんな記事を見つけたので、貼り付けてみました。

spa.fusosha.co.jp/feature/list00001100.php

何度かここのブログでも書いたのだけど、去年と3年前にも日本に行った際にこのハワイアンズに遊びに行った。
さらに昔、常磐ハワイアンセンターであった頃にも遊びに行ったことが何回もあった。
そんなわけで、なんとなく気になってしまうところなのである。

私の父が福島県出身で、このハワイアンズからは車で1時間ほどの距離に実家がある。
今回の震災で福島の原発のことが連日報道されており、父方の親戚はみな息災であることが分かっているものの、いまだ心配なことが尽きない。
それと同様に、ハワイアンズも何回もいったことがあるだけに、今回の震災で被害をこうむったであろうことが、他人事ではない気がしていた。

で、この記事を読んで、改めて「私もまた復興後のハワイアンズにぜひ訪れたい」とつくづく思ったのだ。
従業員の方たちはみずからも被災されている立場である人が多い中、訪れているお客様のために尽力をする、ってなかなか出来ないと思う。

この場所を含め、まだまだ福島そして近県の方々、被災されている方々が多くいる地域など、復興、復興といっても早々簡単には進むものではないだろう。
頑張れ、頑張れ、って言われても辛いって思うこともあるだろう。
だけど、きっと少しずつでも道は開けてくる、って信じてる。やれることをやっていこう、それは誰にとってもいま大切なことなんだろうと思う。



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恐竜の町

2011年03月29日 | 子ども・家族
ドラムへラーは、バッドランドという荒涼とした岩山の多い土地にある小さいな町だ。このあたりで恐竜の化石が発掘されたことから、一躍恐竜の町として知られるようになった。アルバータ州で発見されたので、アルバータサウルスである。そのほかの恐竜の化石もいろいろ見つかっているそうな。
それで、恐竜博物館が作られ、散策ルートが作られて多少の観光誘致となったようだ。
実際、夏場はかなり人が訪れてにぎわうということである。(レストランの人がそういっていた)

着いた日の夕方犬を連れて外に出てみた。センターストリートというなんだか町の中心みたいな名前の通りを歩いたが、閑散としている。店が多少並んでいるが午後5時過ぎで、すでにどれも店じまいしている。人も車もほとんどいなくて、あまりの寂れ具合に妙に嬉しくなる。
昔イギリスを訪れたとき、その頃は日曜日は店が休みっていうことが多かった。小さな町などはそれが顕著で日曜日の午後など町が寂れた感じになっている。それが逆に新鮮だった。そのときの気分に近いものをここでも感じた。

恐竜の町であるからして、あちこちに恐竜の絵が描かれていたり、恐竜の置物が置かれていたりする。
おかしかったのが・・・
ある恐竜の絵になんだか女性のように胸がある・・・「変な絵だなぁ」と思いながら近づいたら、胸の辺りに黒い点が落書きされていたのが分かった。
また、トリケラトプスの置物にメガネと先がくるんと丸まった鬚が落書きされているのもあった。
寂しい町の感じとあいまってなんかとっても笑える。

結局この日は、どんな小さな町にも一軒はある中華料理のレストランにて食事。まぁ、どこでも味わえる中華の味、それはそれで安心感あります。
夜は雪が降り始め、次の日もはらはらと降っていた。車には雪が数センチ積もり出かける前に雪をはらっていく必要があった。

目的の恐竜博物館は車で15分程度のところ。
恐竜が好きな娘はあれこれ展示を丁寧に見たりして楽しんでいた。
息子も楽しく見ていたが、なにせ7歳児、興味が薄れるのも早く終わりのほうでは「つかれたーー」と飽きていた様子。
ただ展示の数は膨大とはいえないのでほどよい具合だと思う。あまり疲れずに見終わるし、内容の構成も変化をもたせていて飽きさせない工夫もされていると思った。
ここまで見に来てよかったわ・・・
私自身も今回の旅行でここが一番楽しめたと思う。
冬場でお客さんも少なかったのでゆったりと見ていられたのも良かった。

博物館内のカフェテリアにて昼食をとってお土産やさんを除く。
ここまでお土産も買ってなかったので、ここで長々と物色。とはいってもたくさんは買い物はしてない(結局、どこにでもありそうなものが多数なのです)・・・一応博物館の名前が入ったペンとか、はがきを買った。

ここから最初に訪れた場所であるバンフへまた戻るのだが、途中までは私が運転。
またまた、平らな平原(雪原)がただただ広がる中をまっすぐに伸び続ける道をひたすら走る。
運転はおかげで簡単だが、単調で飽きてくる。なのでハナ歌を歌ったりして気を紛らわす。だんなは本を読んだり(よく車の中で読めるものだといつも感心。私は酔うのでゼッタイできない)寝ていたりしていた。

バンフに戻ったのは夕方5時半ごろ。最初に泊まったところと同じホテルにまた泊まった。ここのホテルが一番私には居心地がよかった。
部屋が比較的ゆったりしていたことと、椅子とかバスルームのカウンターなんかが使いやすい数と大きさだったこと。
今回の旅、最後の夜となりました。


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カルガリーとドラムへラー

2011年03月28日 | 子ども・家族
昨日のブログで間違って書いてました。
バンフに着いたあと夕食をとって、それからカルガリーに向かったのでした。1時間半ほどで着くには着いたのだが、市内に入ってからホテルを探すのに時間がすごくかかってしまった。
それは行きかたをきちんと調べておかなかったからなんだが。
なんとか探し当てて着いたら11時。また遅くなっちゃったよ。

カルガリーはそれほど規模は大きくないものの、ダウンタウンはバンクーバーをもう少し小さくした感じで、都市は都市だなあ、同じように見える・・というのが感想。
しかし平らな土地だということはよく分かる。バンクーバー周辺は山が見えたりする坂道も多い土地であるが、カルガリー周辺はひたすら平ら。
高速で走ってきても、バンフの辺りは雪山に囲まれていたが、だんだんカルガリーに近づくにつれて、平らになってきた。

3日目はカルガリー市内の散策。特別どこに行くってことを決めてなかったので適当に出かける。
7月に開かれるスタンピードというお祭りがここでは有名でそれ用の広い会場がある。冬場はなにもないのだが、駐車場の入り口で聞いたら「何にもないけど、中を走っていってもいいわよ」と通してくれた。
スタンピードとは、カウボーイのお祭りである。ロデオ、馬車の競争、乗馬ショー(?)、カントリーミュージックショーなどといったカウボーイ関連の催しものがたくさん開かれる。
かなり有名らしく期間中はたくさん人が訪れるようだ。

しかし今は何もない冬・・・なかでは工事やら整備やらしている人たちがいるくらいだ。そんななかをぶらぶら歩いたりしてる私たち。変である。

そこを出てダウンタウンへ向かう。駐車するところを探して、だんなは駐車料金はゼッタイに払わないという自身のポリシーを捨てて3時間12ドルも払って停めることになった。
カルガリーのダウンタウンで面白かったのは、主たるビルとビルをつなぐ空中廊下がいっぱいあってかなりの距離を外に出ることなく進むことができること、
それと道路を走る路面電車。
どちらもバンクーバーでは見ないので興味深い。
路面電車なんてヨーロッパみたいだわ~

カルガリーの市庁舎内にあるカフェテリアで昼食。安く済んだし、気軽でよかった。味もなかなか。
カルガリーは私たちが今回訪れた市のなかでガソリンが一番安かった。1リットル1ドル12セント。その値段をバンクーバーで見たのはいったいどれくらい前のこと??
今、バンクーバーは1ドル33セント位するのだ。
この値段の差は、アルバータ州の税率の低さに関係している。
アルバータは州の消費税がつかない(連邦政府の5%の消費税だけってこと)。BCでは連邦政府の消費税5%と州の消費税として12%もつくんだ。

3時過ぎ、カルガリーを出発。明るいうちに次の市につくように・・・
カルガリーでホテル探しに苦労したのは暗かったせいもあって余計大変だったので、教訓としまして。
次の目的地はドラムへラーだ。
交通量が少ない楽そうな道なので私が運転していく。
表示どおり進んでいったら、いきなり「舗装されてない道になります」というサイン。

ガタガタ道がいつまでも続き、これは困るよ~と思っていたら
「ドラムへラーへの別の道はこちら」というサインがあった。
少し遠回りになるがあと30kmもガタガタ道を走るのはイヤだ。
そこからはスムーズな道が続く。
ひたすら平らで、ずーーーーーーーーーっと向こうまでまっすぐの道が続いているのが分かる。周りは平らな何もない大地がただ広がっている。
すごいなぁ、カナダってこんなに地形の変化があるし、とにかく広い。
雪が残っているので平らな雪原がどこまでも無限に広がっているように見える。
そんな道を1時間以上走っていってようやくドラムへラーへ到着。
ここは小さな町でほんとに何もない。見事に何もない。
そんなわけでホテルはすぐ見つかり、ここでは犬も部屋の中で放していいというのでちょっとは出しておいてあげることにした。

それにしても・・夕食食べるところあるのかな?
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温泉・・っていうか温水プール

2011年03月27日 | 子ども・家族
さてバンフに着いた翌日。
有名な観光地であるレイクルイーズへ行くことにした。
だってすごく綺麗だって聞くし、バンフ行くならやっぱりいってみたいし。
運転しろ、といわれたので私が運転する。交通量は少なく怖くないぞ。
(やっぱり冬だから少ないのね、きっと)

走ること45分くらいで到着。距離にすると60kmくらい。
雪だらけじゃん。写真で見たレイクルイーズはエメラルドグリーンの美しい湖だ。しかし目の前に広がっているのは雪山に囲まれた白い湖。
「あれ?湖は?」「マミー、もう湖の上に乗っているよ」
え!湖は凍っていてその一部に私は乗っていたらしい。おー、よく見てみると雪が降り積もっているがその下には厚い氷があるではないか。
エメラルドグリーンは?!!
あとで友人から聞いたところによると、「5月だって凍っていることがあるんだもん、当たり前だよ」・・・・そうなんだ。
雪山と白い湖、それでも綺麗ではありました。

はからずも雪で遊び(雪遊びはする予定ではなかったが、ブーツはもっていっておいて正解でした)
そこで昼食を取ったが、たいしたものでもないのにやたら高い料金でちょっとむっとした。お店はそんなにないし、観光地だし、この設定なんだろうけどさ。

午後はどうするかってことになり、行きの道中、ラジウムホットスプリングっていう表示があったね、そこによっていく?となった。
バンフへの帰り道だしね。
そして私がまた運転した。

少し走ったら出口サインがあり、出てみたら「104km」などと書いてあるではないか?!そういうのは高速のサインにも書いておいて欲しい。
遠いじゃん!!
しかし気を取り直してそのまま進む。制限速度90kmとかなっているから、まぁ順調に行けば1時間ちょっとで行けるか・・・
と思ったものの、山道で降りたり登ったりカーブしたりと、それほど楽なドライブではない。暗かったら怖いだろうけど、交通量も少ないしそれほど緊張しなかった。疲れたけど。

ホットスプリングに近くなると道路が岩山に挟まれた所を走ったりする。
着いてから知ったのだけど、このドライブ中にアルバータからBCに入ったそうな。つまりこのホットスプリングはBC州にあるのです。

温泉、ということなのだが、硫黄のにおいもしないし(どっちかというとプールの消毒剤の塩素のにおいが・・・)温水プールだなぁ。屋外だし。
温水プールよりは温度は高いので、大きなお風呂ってところか。
もちろん水着着用。広いお風呂で泳いだりするこどもたち、私はまさにお風呂に入っているようにつかっておりました。
カナダにいると大きなお風呂にゆったり入るってことはなかなかできないので、やっぱり気持ちいい。

出てから一休みして、帰りの運転はだんなに任せた。ありがたい。
バンフに戻って夕食をとって、また疲れてホテルに帰還。2日目終了です。
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アルバータ州への道のり

2011年03月27日 | 子ども・家族
20日日曜日、午前8時半
我が家は春休みの旅行に出発した。
行き先は隣の州であるアルバータ。
本日の目的地であるバンフまでは840kmくらい。少なくとも10時間はかかるだろうし、途中で休憩したりすることを考えるともっとかかるなぁ、ということでなるべく早くに出発した。
・・・・我が家の場合、8時半って結構早いのです(だんながのんびり屋なので)
ちなみに犬も連れて行きました。そのために旅行先は車で行けるところになったようなもんだし。

工程のほとんどはだんなが運転した。私は全体の3分の1程度の運転をしただけ。カナダを横断する高速道路#1を東方面にどんどん進む。
ホープという所で#3に入り(この辺りまでで約2時間)それから#5に入る。この#5とはコカハラハイウェイという名前であり、かなり標高が高い位置を走っており、雪が残る山のなかを抜けていくような感じだ。私自身はホープより先にいったことがなかったので、「これが雪が降るとクローズしちゃうハイウェイね」とやっと実感。
道は広く、状態はよいので、みんな結構飛ばしている。制限速度の100キロ(ところにより110キロ)なんてとっくに越している。

カムループスというオカナガン地方では大きな都市で、また#1に戻るのだがここからは私が運転を変わる。
高速に乗るのは怖い私だが、この辺りになるとあまり混雑していないので、合流もラクで怖い思いはしなかった。
道もほとんど平らで(もう山は越えたので)運転も容易。
2時間と少しの運転後、レベルストークという街から先ももう少し私が運転することになっていた。
が、レベルストークとゴールデンという街までの道が雪崩発生の恐れあり、ということで閉鎖されてしまっていた。
そのとき、時刻は午後4時半ごろ。
開くのは午後8時ごろの見通しだという。ええーー?

アルバータ州のバンフが今日の目的地でホテルも予約してある。
今日中にはつきたいが、8時に開くかどうかの確証もない。もし8時になっても開かなかったら諦めてレベルストークで1泊し、バンフは飛ばして次の目的地のカルガリーに行こうと決定。

3時間半をどうつぶすかってことで、まずは夕食をとることにした。
時間はたくさんあるのでゆっくり食事をする。
あとは車の中で待機したり、マクドナルドでコーヒーを買ってきたりしてなんとか時間をつぶす。
予定より早く開くかもしれないので、こまめに道路情報をチェックしていたが、午後7時半ごろようやく開いたというニュースが入る。

さすがに周りは暗くなってきていて私の運転ではかなり不安なのでだんながここからは運転。
しかし・・・山道でカーブも多く、こちらの高速道路は電気がないところが多いという状況、さらにセンターラインなどの線がはっきりと見えない。色を塗りなおしてくれ~って思うほど、ほとんどないところもある。
暗闇の中に道路が吸い込まれていくような感じにしか見えず、かなり怖い。運転しているだんなはもっと怖かっただろうと思う。
たまに対向車がやってくると、「ここがセンターラインだね」と再確認したりする有様!

山道だと、センターラインや外側のラインを越えると、ガリガリと音がするように道路に加工がなされている。
何回もそれを鳴らしながらもなんとか通り抜けていく。
ホント、はらはらどきどきのドライブで、制限速度の90キロってのはもはや出せそうにないかんじだった。

やっとこゴールデンという街へつき、そこからはBC州とアルバータの境はあと一息。それにしてもまだBC州にいるんだーー。
BC州ってかなり広いんだなぁ、と実感した。
アルバータに入る頃には道ももっと広く走りやすくなっていって、あとはそれほど怖くはなくなった。
バンフに着いたのは、午後11時半。大変でした・・・
もうみんなクタクタに疲れている。

ホテルの部屋に入って時計を見たら、12時半を回っていた。なんで!?って思ったら、アルバータ州は1時間時間が進んでいるのでした。
ああー、時差があるのかぁ・・・なんか1時間損した気分。

ともかく無事に着いた・・・
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春休みである

2011年03月20日 | 生活
こちらは21日から春休みだ。
1週間なので前後の土日をあわせると、9日間の休みになる。
なぜか私の住む市は例年通り1週間なのだが、周りの市は軒並み2週間の休みにしている。

2週間の休みにする理由とは、暖房代の節約、学校で働くスタッフなど経費節減になるということらしい。
実際どれくらいの節約になるのかは、私はよく分からない。

1年間の授業時間というのは決められていて、公立の学校はそれを守る必要がある。
休みを1週間増やすことによって授業時間をどう埋め合わせるかは、学校によって違うようだ。
あるところは、お昼休みを毎日5~10分短くする。あるところは朝の始業時間を5分早くする、といった感じに。
私の住む市では春休みを1週間伸ばすことの意味はあまりないとの判断らしい。

そういうことで我が家の子どもたちは来週はお休みだ。
我が家は家族揃って旅行に行ったことがない。厳密に言うと、キャンプで1泊というのは数回したことがあるのだが、遠出をしたり2泊以上の旅行というのはない。
いつも私が子どもと3人で日本に行ってしまうので、旅行はそれでおしまいなのである。
前にも子どもたちに「うちはどうして旅行しないの?」といわれ
「いってるじゃない、日本に」と答えた。
「それは旅行じゃない」と子どもたちは言う。「ハワイとかカリフォルニアとか行きたいー」などとのたまう。
それは経済的に無理でござんす。

この春休みは4泊5日で隣のアルバータ州に行くことになった。車で・・・
友達に話したら、「えー、寒いじゃん!大丈夫なの?」
そっか、考えてなかった。かなり浅はかな私。
寒いの苦手なのに。
そんなわけで、このブログの更新は5日くらいお休みです。


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外国人の国外退避

2011年03月19日 | 日本のこと
毎日、新聞には日本の地震関連のニュースが載っている。
なので私も毎日目を通す。いつもよりも丁寧に。

昨日載っていた記事には、バンクーバー出身のカナダ人男性が「カナダ政府はカナダ人を見捨てようとしている」というような投稿を新聞宛にしたらしいというもの。

フランスやアメリカが自国民を日本から退避させるために、飛行機までチャーターしている状況を見て、カナダ政府はなぜ何もしない?とご立腹の様子。
この男性は仙台に住む英語教師で日本には20年以上住んでいる。日本人女性と結婚し、子どももいる。
このたびの震災で、原発の放射能漏れをひどく心配しており、カナダに逃れたいらしい。
しかし、仙台から東京まで出るのも大変だし、東京からの飛行機を取るのも大変で出られるかどうか分からない、という。他の国は自国民を退避させるための対策を講じているのに、なぜカナダは何もしないのか、というのが彼の主張。

これを読んでの感想は、「感情的になりすぎていて自己中心的な考えに陥っているなぁ」というもの。
たとえば、私が住むこの地で原発事故があったとする(BCには原発はないのですが例えということで)。そして放射能汚染を心配して家族と共に日本に逃れたい、と考える。ここまでは普通の感情でよく理解できる。
が、日本政府がそんな私のために飛行機を用意してまで国外退去する手続きを取ってくれるかというとそれはないだろう。
私は派遣されてきた大使館員でも駐在員でもなく、自分の意思で移住してきてこちらで家族を持ち、カナダの住民として暮らしてきている。
だから日本政府が「危ないから退避を勧告する」という案内を出したりする程度までを期待するだろう。

カナダ政府は「飛行機は飛んでいるので自力で帰ってきなさい」という姿勢を示している。
でもそれが当然だろうと思う。私がその立場だったら、どうしても国外に脱出したいのなら、やっぱりなんとかチケットを取って帰ろうとするだろう。

こんな風に騒いだせいか、政府も対応をとることにして、仙台から東京へ行くバスを手配するといった措置を取る事にしたそうだ。
件の男性は「でもさ、東京からのチケットを取るのも大変なんだけどなぁ、助けて欲しいんだけどなぁ」というように思っているようだが。

この男性は20年以上も日本に住んでいるならば生活の基盤はここでしっかりできているといえるだろう。
仙台市内に住んでいるのかどうかは分からないけど、彼と家族は被災もしていないようだ(そうだったらそういう記述があるだろう)。原発からは確かにすごく遠いとはいえないから心配な気持ちは分かるが。

でも自分の周りにいる日本人たちはどこかに行きたくても行けないだろうし、日々不安と戦いながら少しずつ生活を元に戻していくように努力をしているはずだ。この男性はそうした地域の一員ではないのだろうか。
自分だけが安全なところにいけたらそれでいいのか。
自分や家族を支えている地域社会や人々と共に、震災の復興の中で努力をしようという気持ちは全くないのだろうか・・・・
逃げたい気持ちは分かる、けれど、他の人の気持ちを考えていない自己中心的なものを感じてしまうのだ。

で、この記事を読んで、ちょっとむっとした私は心の中でつぶやいた。
「この人が騒いで、カナダの政府も「そりゃ悪かったねぇ、助けに行くよ」とカナダに連れ帰ってくれるならそれも結構。でも安全になった頃を見計らって、日本に帰ってこないでねー、カナダでお幸せに」
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岩手県に行ったときの思い出

2011年03月18日 | 日本のこと
今回の震災で思い出したことがあった。

もうはるか昔のことだが、新入社員として金融機関で働き始めた頃、岩手の宮古へ旅行に行った。かれこれ20年位前。
その頃、あまったれた学生根性をたたきのめすような厳しい社会の現実にぶち当たっていた私は、ふらっと1人旅をすることにした。というと聞こえはいいが・・・

行き先を宮古にしたのは特に大きな理由はないけれど、リアス式海岸を巡る観光船に乗りたいなぁ、かもめにえさをあげたいなぁ、などという動機だった気がする。

宮古で観光船に乗る前に時間があったので、海岸に行きウロウロ歩いていた。打ち寄せる波を見ているのが好きで(今も好き)ぼんやりそんなのを眺めていたら、後ろのほうから声をかける人が。
「おかしななこと考えているんじゃないんだろうな・・」
へ?と振り返ると、20代後半か30代前半と思われる男性が近づいてくる。
「ちょっと前に水死体が上がったんだよ、このあたりで」
なるほど、ぼんやりと1人で突っ立っていたので自殺をしようと思っていると考えたのかもしれない。
「いえ、海を見ていただけなんです」実際そうなんだったが、その人は信じたかどうか。

それからその人は、ちょっと離れた場所を指差して
「これからそこで仲間たちと集まるんだけど、ちょっと飲んでいくか?」
と誘ってくれた。
オープンなところだし、ひと気がない場所でもないし、お言葉に甘えてついていってみた。
私はビールをほんのちょっと飲んだだけでもゆでだこのようになってしまうので、ほんの少し頂いてちょっとつまみを頂いて、この男性とその仲間の人たち(おそらくみなさん漁師仲間)の話を聞いていた。
みんな気のいい人たちだが、見ず知らずの女の子にこうもフレンドリーなのは、もともとの気質なのか、やはり私が自殺でもしかねないと思って気を使ってくれていたのかは、分からない。

「観光船に乗りたいので、これで失礼します。どうもごちそうさまでした」と挨拶をしたら、中の1人が「車で乗り場まで送ってあげるよ」と申し出てくれてありがたくお受けした。
私は観光船に乗り、美しい海岸線を楽しみ、かもめのえさを買ってあげてみて・・とやりたいと思っていたことを無事にできたのだった。
思いがけない出会いとあいまってとてもいい思い出になった。
人のやさしさをしみじみと感じた。

その後、海沿いを走る電車に乗って北上し、久慈に向かった。
窓から外を眺めていたら、さきほどパーティーをしていた場所辺りを通ったとき、みんなが立ち上がって電車の方に手を振っているのが見えた。
私が観光船のあとは電車で久慈に行く、と言っていたので、私に向かって手を振っていてくれたのかもしれない。でも、全然違う人に対してだったのかもしれない。電車は高い位置を走っていて海岸とは距離があるため、はっきりとは分からなかった。
だけど、私は自分を見送ってくれたんだ、と思いたい。
胸が熱くなるのを感じた。

あのやさしい人たち、ほんの一瞬間の出会いで、その後会うことはないけれど、どうしているだろうか。今に至るまで何度か、そんなことを折に触れて考えたものだ。
震災が起きて、また思い出されるあのときのこと。
あのとき、私はとても嬉しかった。みなさんが被害にあわれることなく、元気にしていられることを祈るばかりである。
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ヨウ化カリウム

2011年03月16日 | 日本のこと
毎日、新聞に書いてあることをしっかりチェックするようになった毎日。
今も、たくさんのページを割いて日本関連のニュースが載っている。

被災者の様子などの記事は、胸が詰まるような思いで読む。
今日の一面に載った写真は、自衛隊員に抱かれた赤ちゃんの写真。津波から逃れて助かった生後4ヶ月の赤ちゃんを抱いて、自衛隊員が微笑んでいる。一筋の希望の光のようで思わず私もなみだが出てしまう。

ビジネス欄では、BC州にある材木を扱う会社の株がグンと値上がりしたというニュース。これは日本の復興に大量の材木が必要とされ、カナダからもたくさん輸出できるのではという見通しかららしい。

そして大きく報道されていたのが、原発のニュース。
BC州のひとたちは、「放射性物質を含んだ風が吹いてくるのではないか」という恐怖を感じている。
太平洋の距離を考えると、その心配は要らないというのが専門家の説明だが、これからもしももしも悪化してチェルノブイリなみの事故につながったら、やっぱりこちらも影響が出るのではないか、という心配はあるようだ。
誰にも正確に予測できないことだけに、専門家の意見があってもやっぱり心配なようである。

日本でもがんを予防するといわれるヨウ化カリウムというものを手に入れようとする人が増えているようだ。イソジンを飲んだりして健康に被害を及ぼすなどという・・荒業も出ているようだが・・・これは別物で効かないという話も聞いた。

さて、これは英語ではPottacium Iodideとか言うらしい。
日本では品薄になってきて手に入りにくいということで、海外で手に入れて日本の家族に送るのはどうか、という話が友人から出た。
「でもきちんと届くのかな?」
「それが心配」
とかの会話が私たちの間で交わされた。
でもまあ、こちらで買わなくとも、とは思うが。

新聞にこれを飲むとがんを防ぐらしいという記述も載っていた。
お、これか。専門家によると「だからといってこちらに住む人たちがそれを直ちに買い、飲む必要はない」とのこと。
そこまで読んで、だんなに「買う必要ある?」と聞いたら
「もう売り切れだよ、きっと。だってニュースで流れたからねー」だって。
そういや、新型インフルが流行したときマスクを求める人が店に群がったってこともあったっけね。

ところで、こちらでの友人は関西出身が多いのだが、今回の地震について話していても「大変だよね・・」「心配だよね・・」とは言っているが、関西の人などは、どこか他人事のように感じているみたいだよね、と友人たちも言っている。
「関東と関西だと電圧も違うから電力をおくってあげられないしね」
「できることないよねぇ」とか・・・
その通りなんだけど、ちょっと寂しい気持ち。
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