冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して16年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

日本代表、アジアカップ優勝おめでとう

2011年01月31日 | 生活
こっちではほとんど取り上げられていなかったが、日本がサッカーのアジア杯優勝とのことで。
アジア杯だし、ここは北米でカナダは出てないんだから当たり前なんだが、話題に全然上がってなかった。新聞のスポーツ欄にはちょっとは載っていたかもしれない・・・スポーツ欄はほとんど見ないので気づきませんでしたが。

ワールドカップだってカナダは出場してないから、盛り上がっているのは出場国から来た人たちばかり、イタリアとかスペインとか・・・
サッカーはやっぱりマイナーなスポーツなのである。
それに比べると、ホッケーはやっぱり国技ともいうべきの人気の高さだ。

ホッケーのことはニュースにしょっちゅう出ているし、今はシーズンだから毎日毎日、ホッケーニュースが目に入る。
前にも書いた気がするけど、カナダでホッケーをする子どもの数は、他の全世界のホッケーをする子どもの数を合わせたものよりも多いんだそうだ。
それだけ多くの人が一度はやっている。
うちのだんなだってやったことはあるんだしねぇ。

それに比べてサッカーは。
プレイする人の数はもちろんぐっと少ない。日本ほどの熱狂度はまず望めないね。サッカーのリーグもあってトーナメントなどおこなわれているんだが、あまり注目されないのもさびしいところ。
別にサッカーファンじゃないのだけど。

そんな人気はいまひとつのサッカーを我が家の子どもがリーグに入ってやっているところ。サッカーは外でやるスポーツなので天候に左右される。雨ならプレイするが、雪だともうできない。あまりに雨続きでフィールドがぐちゃぐちゃだとできないこともあるし、今までに練習や試合がキャンセルされたことも何回かある。外だから見に行く親も寒い!!!

それに比べると、ホッケーはいいなぁ、と思うのは室内なので天候に左右されない点。親も寒いところで見ていなくていいのだもの(観覧席は暖房が入っている)。いいなぁ。
サッカーはやるのも見るのも根性がいる、というか、基本的に寒冷地向けじゃないんだろうな。

さて日曜日。娘の試合に連れて行った。今日は天気がよかったので観覧も辛くないぞ。試合は3対2で勝ち。久々にかちました。前回は0対0の引き分けだったし。勝ったのは、エースストライカーがぶっちぎりに走り抜け、それを相手チームがとめられなかったから。ディフェンスがあっという間に抜かれ、ゴーリーと一騎打ち。ゴーリーもすごく上手なわけでもなく、あっさり入れられてしまい、なんだかかわいそう。ディフェンスがもっと頑張ってあげて欲しいところ。

点数が入ると見ているほうのテンションもあがって、「よし!」「いけいけ!」と応援も張り切る張り切る。
私はこっそり小さめの声で(日本語なんで・・)声援を。

帰るときに息子が「マミーって男らしいよね」と一言。
なんで!?
「声とか・・」どうも話し方とか男っぽいというらしい。
いかんなぁ、
ということで、今年は女らしさの追及だ。

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仕事最終日

2011年01月30日 | 仕事
このたび、近所のスーパーでのパートを辞めました。

オーナーに告げたのは2週間前。電話で伝えたのだけど(私の勤務する日にはいないことが多いため)「あ、そう」って感じ。随分あっさりとした・・
新オーナーに代わったのが去年の11月末。それから何人もの人が辞めた。そのうちの半分くらいは旧オーナーが新しくビジネスを始めたダウンタウンの店舗に移ったようだ。

今日が仕事最終日だったのだけど、オーナーは勤務してなかったから会わなかったし、マネージャーはいたけど何も言ってこなかった。
確かにオーナーが代わってからは短い期間だったけど、「今まで勤めてくれてご苦労さん」くらいはいってくれてもいいような気もするが。
ここのところ辞める人が多かったので、「辞めるならいいよ、ご勝手に!」という気分になっているのかもしれない。
私のほうも新オーナーとはほとんど顔を合わせたこともなく、親密感もなんも感じないので、何も言われなくても特別なんとも思わない。
むしろ、あまり知らないオーナーと「お世話になりました」的あいさつをしないでラクだったかも。

最終日の今日は土曜日だった。土曜日は私はオープニングシフトだ。
コーヒーの準備をしたり開店準備をしたり、とやりながら「これをやるのも最後ね」とかちょっと思いつつ、全然感慨にふけらない。
辞めるのが惜しいこともないけど、この仕事から離れられてせいせいする!というほどの気持ちもない。

同僚はいい人ばかりでこの人たちと一緒に仕事をしたのは楽しかった。
だからお別れを言うときはちょっと淋しかったけど。

辞めることになったのはなんといってもオーナーが代わって以来、職場の雰囲気も変わっていったから。
いままで水面下でくすぶっていた問題がどんどこ表に出てきた感じで。
誰かのことを「あの人、仕事きちんとしないでゴシップばっかりなのよ!ここは仕事をするところなんだから・・・」
と批判する人がいる。それは本当のことで実際その人のやる気なさは目に余る。一緒に働く人がかなり害をこうむっているのは私自身も経験済み。
だけど、そういう風に文句を言うっていうのもゴシップなんだよねぇ。

そんなわけで雰囲気が悪いわけですよ。
そういう中で働くのにも疲れてきたところで、家に入りだんなの仕事の手伝いやらをすることとなった。
ぼちぼちやっている原稿を書く仕事も続けるし、何もしないわけではないけど、家にいる時間がちょっと増えてそれはそれでいい感じ。

そんじゃ、もうちょっと真面目に家事しようか・・・
(と気持ちだけはある)

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いまさらながら去年のことを思う

2011年01月29日 | 生活
1月も終わりになってから去年に起きたことを振り返ってみた。(年末みたい・・)
それはなぜかというと、去年の夏くらいから今年の春までに起きた大きな出来事などを盛り込みたい企画があるためだ。

いいね、それ、えーっと、去年ってどんなことがあったっけ?
思い起こそうとしても私なんて・・・
「龍馬伝」を一生懸命見ていたって事くらいしか浮かばないという情けなさ。なんだよ、これ?!って自分で突っ込みたくなります。

でもあったよね、大きなイベント。あ、オリンピックが開催されたじゃん。
しかし、それは2月のこと。夏以降という期間を限定しているのだ。
同様にワールドカップも入れられないということになる。
うーん、何があったっけ。

次に浮かんだのは7月に導入されたHSTかな。おかげでいろんなものが高くなりうらみつらみもありますので、おぼえているわけ。 
これはなんとか入れられそうな気がする。

あとはあとは・・・結局思い浮かばず、検索してみるか
となった。ようやくいろいろでてきた。チリ鉱山に閉じ込められた作業員の救出、北朝鮮による韓国への砲撃、尖閣諸島問題・・・
・・となるともっとローカルなニュースも欲しい。
まだまだ検索は続くのであった。

そういえば毎年恒例、子供の学校でのスキープログラム。
通常1月から2月にかけて3回行くのだが、去年はオリンピックのせいか2回だけだったが、今年は3回。
先週、今週と行ってきたが娘は楽しんできたようだ。
ウィスラーは行くのに2時間くらいかかるのがちょっと難点だが(そのため出発が朝6時15分と親にとっても辛いです。6時なんてまだ真夜中の暗さだよ)。

先週は出発時に大雨。しかしウィスラーは雪が降ったもののあとで晴れ間が出たそうでまぁまぁ良かった。今週は日中雨、それじゃウィスラーは雪だね、と言っていたら山の上のほうは雪だったが、降りてくると雨だったそうで「大変だったよ~」と娘。
スキーに行くときは雨はやっぱり困るよね。
楽しんだようだが、疲れたようだ。そりゃそうだわ。帰ってくるのが午後5時近く。12時間近くも出かけているんだもの。

息子はお姉ちゃんだけ行けてずるい・・とか言うかと思いきや、全然そんなことは思わないらしい。
「スキー、朝早くから大変だね」なんて言っている。やっぱり私に似て怠け者なんだ。
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お茶くみ

2011年01月28日 | 思い出
今日ははるか昔の思い出話。

私が短大を出て銀行に勤めるようになったのは、もう20年以上前。
国際部というところに配属されて、外国為替やらを取引するディーラーさんのために事務処理をするという仕事についた。
銀行とはいってもここは顧客が一般の方ではなく、他の銀行さんであったので窓口業務の経験はない。

仕事の内容は面白くて思っていたより私に向いているかも、と思い個々に配属されたのは良かったな、と思った。

ところで私が入った頃は、新入社員(短大や高校を出て就職する女子は一般職、大学を出て就職する男子は総合職として区別されていた)である女子は、交代で早めに出勤し、みんなの机を雑巾で拭いて掃除する。
さらに女子新入社員は朝みんなにお茶を出すという仕事もあった。
だから給湯室は女子のたまり場的雰囲気。3時にはコーヒーやジュースなどを出す仕事もあった。
これは新入社員のときだけ、2年目からはお役御免になる。

社員は1人1人マイカップ(というか湯飲み茶碗だったが)を置いてあり、どれが誰のかを覚えるのが最初のタスク。
朝はみんな緑茶を入れるのでだっー、と淹れていける。
3時はジュースだったり、「午後の紅茶」だったり、コーヒー、紅茶だったり。リクエストに答えて様々なものを出す日もあった。
コーヒーならミルクいりか、砂糖入りか(何杯入れるか)ということを覚えていかなくてはならない。当然すぐには覚えられないので、一覧表があってそれを見ながら作業する。そのうちにだんだん覚えてくる、というわけ。

ちなみにこれらのお茶代はみんなから月いくら、という感じで徴収していて新入社員の1人が管理していた。

それから新入女子社員のもうひとつの仕事は、お客様が来るとお茶を入れて応接室に持っていくこと。こう考えていくとほんとお茶くみが仕事の一部になっていたよねぇ。

その頃はそんなもんだと思っていたからなんとも感じなかったけど、今、こういうことをやっている会社は少ないのではないだろうか。
その銀行を辞めた後は、外資の銀行に入りそこではもちろんお茶くみはなかった。各自自分の好きなようにお茶を入れたりするシステムだった。
だから私のお茶くみ経験は、最初の職場のみ。

最初の職場である銀行では、私が入社した次の年から女子の総合職をいれるようになり、大学卒の女性が2人この部署にも配属されてきた。総合職の場合、転勤がある、仕事内容がちょっと違う、などのほかに、制服を着なくていいというのがあった。一般職である私たち女子社員は制服を支給されていたのだが、総合職は自前のスーツを着てくる。

今思い起こすと、あれってセクハラ?っていうようなこともさりげなくあったりして、でもあんまりみんな気にしてなかったなぁ。
今のほうが、そういうことにみんなすごく敏感だとおもう。
昔はある意味、古きよき時代でもあったかも。悪い点ももちろんあって今は改善されていることも多いだろうけど。

2、3人の同僚と一緒に退社するときに、エレベーターで課長と会ったりすると、「じゃあー、飲みに行くかぁ」とスキンシップ(肩に手を乗せたりって感じ)つきでお誘いいただいたりしたことを思い出す。
当然のようにおごってもらっていたけど、課長さんも大変だったよねぇ。
まだ景気もいい頃だったし、やっっぱり「古きよき時代」だったかもなぁ。
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みそピー

2011年01月26日 | 食べ物
ある掲示板に出ていたトピックは味噌ピーナツについて。
トピック主さんには信じられない食べ物らしくて、だんなさんが見つけて買ってきて喜んで食べているのが、許せないそうだ。

それに対しての返事は大体、その食べ物OKですよ!人の好きなものをそこまで否定するな、というようなものだった。
確かに、主さんの強い否定は好きな人にとっては、「そこまでいわなくても」というようなものだったかな。
こういう公の場での発言は慎重さが求められるもんですね・・・・

さて私は千葉で生まれ育ったチャキチャキ(??)の千葉県民である。
そんな私に味噌ピーナツ(っていうか、千葉ではみそピーと呼ぶのが普通)は思い出深き食べ物だ。
給食にもビニールの小袋に入ったのが出てきて、それをそのまま口にもっていって食べるんである。むにゅーって押し出して。

甘く味付けされたみそのなかにピーナツがはいっているので、おやつ?って思う向きもあるが、佃煮、漬物なんかのようなちょっとした副菜にもなる。
私の実家では朝ごはんの食卓に、「お豆さん」、佃煮、漬物、などといった小鉢と一緒にみそピーが出てくることがよくあった。

掲示板へのレスを見ていると、千葉だけでなく他の県(とくに茨城の方からのレスが多かった様子)でもよく食べられているようだ。
ただ東京とか神奈川では知られていない感じ。

短大、そして就職してからは東京のほうに出ることが多かった私は、そこで知り合う人にみそピーのはなしをすると「え!なにそれ?」といわれ、逆にびっくりしたことを覚えている。「なんで知らないの?!」って。
それでひととき私のあだ名がみそピーになったこともあり。

そういえば千葉県民だからってわけではないのだろうけど、私の実家で使われる言葉も他の人に意味不明なのがいくつかある。

そのひとつが「あおなじみ」ぶつけたりするとできる青あざのことをわが実家ではこう呼んでいた。みんなそういうのかと思っていたら、就職してからその言葉を言ったら「なにそれ?なじみが青いってことであまり知らない人・・・とか?」なんていう解釈までされてしまった。
いや、ちがいますって・・・

もう一つは「こごる」、髪の毛がこんがらがっちゃってうまく梳かせない状態を「髪がこごっている」と我が家ではいっていた。
これまた通じません。
果たしてこれらの言葉は方言なのか、はたまたうちだけの言葉なのかはいまだ分かりません。

ところでみそピー、私はおいしいと思うんだけど、こちらの友人にお土産で買っていったところ、反応はいまいちでした。

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ドッグラン

2011年01月25日 | 生活
こちらの公園には、犬をリードから放して自由に駆け回らせるフィールドを用意しているところがある。ドッグランと呼ばれる。おそらく日本でも同様のものはあるとは思うけど。

今までこういったところに行ったことはない我が家の犬。
昨日、娘のサッカーの試合があったフィールドのすぐ近くにドッグランがあるので、うちの犬も連れて行ってそこに放してみようということになった。

木の柵で囲まれているが、柵の間から抜け出さないようにさらに金網も張ってある。これなら安心。
娘のチームにいる他のお母さんもチョコラブちゃんを連れてきていて、一緒に遊んだ。
といっても、チョコラブちゃんはボールを投げてもらってそれをとってくる遊びをしていたので、うちの犬はぼんやり見ていたり、とことこ歩き回ったりしていただけだけど。
うちの犬はボール遊びに興味がない。投げてみても追いかけるどころか「なに?」って顔してこっちを見ている。
こういうのは訓練もあるんだろうけど・・・ポメラニアンがこういう遊びをしているのってあまり見ないから(というか私自身は見たことない)、この犬種にはあまり向かないかな、と。

ドッグランで放してもらっても、なんとなくなにしていいやら・・・って顔つきであっちにちょこちょこ歩いては戻ってくる。
「あのー、おかあさん、つまんないんですけど・・・」といった風情だ。
なので少し遊ばせた後、またリードをつけて柵の外に出る。あとはたらたらと散歩をする。

フィールドに戻ってみたら、試合は前半があと少しで終わりそうなところになっていた。
娘はどこじゃいな、と探したらなんとゴールキーパーをやっているではないか。えー、大丈夫なの???
ゴーリーって、ボールが来ないときはヒマ~な感じだが、ひとたびゴールを狙われると責任重大。取れなかったり、落としちゃったりして入っちゃったらどうしよう・・・私のほうがどきどきしちゃったよ。

でも後半になったらきっと他の人と代わるだろう・・と思ったのに、後半も引き続き娘がやっていた。あれぇ~?
娘曰く、「いつもゴーリーやっている子が今日はお休みで、やりたい人は?って聞かれたから、やるって言ったんだ。で、他にやりたい人がいなかったから後半もやったの」。
私「どきどきしちゃったよーー、失敗したらどうしようって」
娘「えー、大丈夫だよー」
母は娘の腕を信用してないのがバレバレですなーー。

ディフェンスの子達が頑張ってカバーもしていたし、たまにはボールが来たけど無事取れていたし(すごい剛速球が来ることはまずないし)、ゴールはなんとか守れたようだ。
結果は0対0、双方とも点を入れられなかった。

うちの犬は「ぼくは何でここに来ているのかなぁ」という感じでぼんやり座って眺めていた。
たくさん歩いたので(ちび犬なのでこれくらいでも運動量は結構ある)疲れた我が家の犬は、家に帰って寝そべって過ごしてました。
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左岸

2011年01月24日 | 日本のこと
大ファンとまではいかないけど、好きなグループ、ムーンライダース。
実に30年以上やっているそうで、それだけでも尊敬に値しますねぇ。

日本を離れた今、あまりその音楽を聞くことはないのだけど、高校生くらいのときが一番聞いていただろうか。
その頃は音楽全般的にいろいろ聞いていた。今はそういうのから遠ざかっているなぁ。

ムーンライダースの曲ではないけど、鈴木慶一氏が作詞した「The Left Bank(左岸)」は、高橋幸宏氏が自身のアルバムに入れていたり、2人のユニットであるビートニクスでも取り上げられていた。
ビートニクスによるこの曲をはじめて聞いてから、ずっと心の中に残っている曲だ。

歌詞は一部忘れていたので検索して探してみて改めて読んでみる。
鈴木氏の詞には、相手のことが大好きだけど愛しきれない自分がいて、すれ違ってしまうような状況がよく出てくると思う。あとは、夢のこと(寝ているときに見る夢のほうね)とかシュールな内容のもの。
内容はすぐ分かるというより聞いた人の解釈で捉え方も変わってくるような感じで、きっとファンにしてみると様々な解釈になっているのかもしれない。

「左岸」の中で私の心に残っている部分は
「最強の敵は自分の中にいる、最高の神も自分の中にあるはず」というところ。
誰だって人は自分の中に最強の敵と最高の神を持っているんじゃないだろうか。つまるところ人は自分を見つめ、自分の心の葛藤と戦い、自分が納得いく生き方を求めていくものだし。

左岸というのはどこだろう。人によるとあの世を暗示しているともいうけど、この曲がそれを暗示しているかどうかは分からない。

以前、NHKで見た佐野元春氏のソングライターズという番組で、鈴木氏が聞かれた質問。死ぬ間際に残していく言葉は?それに対して、死者は残されたものの思い出の中に生きていくものだけど、きみはそういうものから解放されて忘れていっていいよ、といったような答えだった。
この世に未練がないようななんともあっさりした科白だけど、これは相手のことを思いやっての言葉なんだろうな。
でも残った人にしてみると死んだ人の思い出を抱き続けるのは、実は勇気をくれることだったりするわけで、それを拒否する言葉って実は冷たいかも、とも解釈できる。
死んだら無になる、だから自分がいたことも忘れてくれ、とは孤高の精神につながるようでもある。

凡人の私にはいえない・・・というか私は死に際の言葉などはなから浮かんでこないかなぁ。
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お寿司

2011年01月23日 | 食べ物
バンクーバー周辺はおすし屋さん(というか日本料理全般)もたくさんある。
日本人だけでなく、他の国籍の人にも人気のある食べ物だ。
カナダ人だって好きな人は多い。
ただ、カナダ人の多くは握り寿司よりは、カリフォルニアロールのような巻き寿司が好きなようだ。(太巻きや細巻きとも違う、日本以外でよくお目にかかる寿司ですな)

たくさんある店のどれにも行ったことがあるわけでは、もちろんないのだが
お気に入りの店といったら、ヘイスティングスにあるK寿司です。
日本人の寿司職人さんが経営している。
もうちょっと東のほうに韓国人経営の日本料理店などは、寿司が大きくてカナダ人には大うけしそうな内容だが、味のほうも大味で私には納得いかない。

もっともこちらで食べる寿司は日本人が握っていたとしてもなんとなく繊細さにかけるきらいがある気がする。
ただお値段の高い日本食の店だったらもしかしたらかなり日本の味わいに近い、もしくは日本で食べるようなおすしを出してくれるのかもしれない。ただお値段的に私が行って食べてみる、ってことはまずなさそうだからね。

だから日本に帰ってスーパーで買うお寿司だって「やっぱり日本のお寿司ってこれだよね、おいしいわぁ・・・」といつも感動してしまう。
日本の寿司にやや劣る北米寿司とはいっても、K寿司はおいしいお寿司のほうに入ると断言しよう。
私の中では一番のおいしさだ。

私がここで頼むのはいつもアソート寿司、つまり何種類かの握りが入っているもの。他のものにしてみようかなぁ、と思いつつ結局いつもこれを頼んでしまう。
だってそんなにしょっちゅう買いに行くわけではない。久々に買いに行こう!(我が家ではいつもテイクアウトなのです)ってことになればやっぱり好きなものを頼んじゃいますな。

で、楽しみにして待ってて(たいていだんなに取りに行ってもらうので、「お寿司まだ帰ってこないかなぁ」と楽しみにしているわけ)
いただきます、と食べてやっぱりおいしいわぁ、と喜ぶのであった。

今日は仕事に行って一日立ち仕事でくたくた。
こんな日にここのおすしを食べて労働をねぎらう、ささやかなる幸せ。
さらに寝る前に寝酒のように赤ワインでも飲んでさっさと寝るのがいいですな。私は赤ワインが好きなのだが、ちょっとしか飲まないので毎日飲んでも1週間くらいもつ。たまにだんなにががーーっと飲まれてしまってあっという間になくなってしまうのが悲しい・・・・隠しておくしかないか?
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お友達と食事

2011年01月22日 | 食べ物
久しぶりに会う友人とランチを一緒にした。
その友人は10年以上行っていない、というパスタレストランに行くことになった。
ここは一皿のボリュームがとっても大きいのがウリの人気店だ。
行列がいつもできていてその行列がまた人を呼ぶという連鎖反応を引き起こしている感じもある。

私もこの店にはかなり前に行ったきりなので、じゃ、久しぶりにということになった。
この日は朝方にいきなり雪が降って「え!雪?」と心配したものの、すぐに雨交じりになり、午後からは本格的に雨が降ってすぐに雪はいなくなった。
そんな天気だったせいか、いつもより人の入りが少ない感じで、行列ができることなくスムーズに入れたのは良かった。

ここのメニュー、たくさんあるんです。
それを一つ一つ眺めていくうちに、どれを頼めばいいか分からなくなってくる。
・・・どうすれば~?と思って、とりあえずソースはトマト、ホワイトソース、クリアソースとあるからそこから選んでみる。そして何が入っているか、どんなパスタかで選ぶ。でもものすごく悩んで結局いつも同じようなの頼んじゃうんだよね。

今回私は、イタリアンソーセージだのベーコンだの、オリーブだの、フェタチーズだの好きなものばかり入ったのを選んだんだけど、なんかよく考えてみると前に来たときにもこれを頼んだような記憶が・・・
今度は違うのを食べてみよう!って思って入るのにこれじゃあねぇ。

おいしいんだけど量が多いのでそのうち飽きてくる・・・
半分くらい食べて、気分的にも「もういいかなぁ」となってきた頃、店員さんが「包んでいいかしら~?」とやってきた。
ここは量が多いのでほとんどの人が残して持ち帰るため、店員さんもそのつもりでいるようだ。「持ち帰りように包みますか?」という質問ではなく、「もうお包みしましょうか?」っていう質問の仕方にそれが表れてるでしょ。

発泡スチロールの入れ物に入れてもらった、おもちかえりパスタはその日の私の夕食になった。夜に仕事に行ったので、その前の腹ごしらえに。

そのあと、カフェに移動してお茶していったのだけど。
バンクーバーのダウンタウンにも店舗がある結構名の知れたカフェ。コーヒー一杯もスターバックスよりちょっとお高め。なんか量は少なめに感じるけど気のせいかな。
いわゆるレギュラーコーヒーを頼む。こういうのはちょっと前に淹れてあって大きなポットに入っておいてある。時間がたったものだとあまりおいしくない。酸味が出ていたりしてね。だからタイミングにもよるんだけど、私の頼んだものは果たして・・・
あまりおいしくありませんでした(泣)
でも、お友達とお茶しておしゃべりするのはとても楽しいので、まぁ場所代だと思ってしまえばこんなもんですね。

このお店、ネームバリューもあるせいかお値段がやや高めでもお客さんは入っていると思う。この辺りで大きめな店舗を構えているのはここくらいだし。「ここのコーヒーが一番おいしいね!」という評価も聞くので、それを求めてお客さんも来るのだろう。
私はそれほど、おいしい、とは思わないのだけど。もしやエスプレッソだとかを飲めばおいしいのかもしれない(でも高いから・・・・・・)
やっぱり「コーヒーなら家でのめるから外では飲みたくない」というけち根性の私には分からない良さがあるのだろうか??

けち根性だけど、友達とお茶するのは大好きなのでこういうときはカフェに入りたくてしょうがない。家で飲むからいいや、って思うのは一人で「コーヒー飲みたいな」と思ったときだけである。さっさとかえって家でコーヒー淹れようってなるわけ。
はっきりいってカフェのレギュラーコーヒーなら家で淹れても同じくらいのクオリティーだと思う。

さて先のお店だが、高いのは店員さんが多いせいではないか?
必要なのだかどうだかわからないけど、カウンターの後ろに3人も4人もいて・・・忙しいときなら必要なのかなぁ???


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ネガティブ思考

2011年01月21日 | 生活
私はもともと、あまりネガティブな考えをしないほうだと思う。というよりあまり物事を真剣に考えていない、ぼんやりしたタイプだ。
だけど、別に何も考えいないとか、苦悩したことがないわけではもちろんない。人間誰だって生きていれば、悩みとか辛いこととかやり過ごしていかなかなきゃいけないもんだ。

昔はなしたことがある男性が、自分が学生のとき人生についてとか、自分のこととかでいろいろ悩み苦悩した、そういうのをノートに書き綴ったりして・・・云々というようなことを言った。
「そういうことを経てきた人間でないと厚みがない、君なんか苦悩したりしてなくて、そういうのはどうかと思う」というようなことをいわれて、さすがに心外じゃ!と思った。
悩みやコンプレックスを感じることのない人間なんているわけないじゃないか!自分だけが特別みたいなことを言うのはそれこそどうかと思いますが。

ところで最近の私は、どうもネガティブ思考に流れていく。
まぁ、どうせうまくいかないから・・・とか、私の運気はさがっている、とか、やっても意味ないし・・・とか。
そんなわけでいつも以上にやる気なし子さんになりがちだ。
いかん、いかん・・・

しかしどうしてもそうなってきちゃうのだから仕方がない。心がけてポジティブ思考に変えていくように努力するほうがいいんだろう。
その努力をしたくない、という気分が勝っちゃうのよね。
これは抗ってはいけない・・・と開き直りつつある。
心のあり様を無理に捻じ曲げてもいい結果は生まれない気がする。
がんばってポジティブ、ポジティブ!と張り切ってもやっぱりこういうときはうまくいかない気がする。
明日は今日より素晴らしい日が来る、と心から思える時もあるんだけど、
低調気分だと、「今日は昨日の続き、明日は今日の続き・・」ってなっちゃう。
こういうときは、低空飛行でやらなくちゃいけないことを黙々とこなす、というような姿勢でいたい。

気分に合った言葉って言うのにぱっと出会うときってありますよね。
今の低調気分にぴたっと来たのは、中島義道さん著、「働くことがイヤな人のための本」(新潮文庫)の最後のほうで、曾野綾子さんの文章を抜粋している部分。
死に易くなる方法はないか・・・中略・・・人生を暗く考えがちのひとがいるとしたら人生はほとんど生きるに値しない惨憺たる場所だという現実を、日々噛みしめ続けることである。そうすれば死に易くもなる・・・・

こういうのを読んで、それはイヤだ、そういう考え方はしたくない、と思える好調なときもある。いまの低調気分だと「そうだよねぇ」と妙に納得するから、人間の心模様って不思議である。
私は常にこういう考えで人生を捉えるつもりはないが、そういう考え方をしているほうが楽だなぁ、と思えるときってやっぱりあると思う。
そしたらそれにゆだねるのも1つの手だなぁ、って思う。
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