冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して16年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

ミックスの子供は可愛いか?

2010年12月30日 | 子ども・家族
日本語では通常ハーフというが、英語ではミックスといわれる、いわゆる違う人種の父母から生まれた子供。
ハーフだと半分って意味だから双方の血が半分半分はいっているという意味では当たってはいるのだけど、語感がね、半人前の人間みたいでしょ。
英語のミックスは犬とかの雑種にも使われます。いろんなのが混じっているって感じですな。

さて我が家の子供はいわゆるミックスである。純日本人の私と白人のだんな(イギリス系とスコットランド系とあともしかして他にも入っているかも・・ってのがなんかややこしい)の組み合わせだ。
うちの子も含め、白人とアジア人のミックスの子は独特の顔立ちをしていると思う。白人でもないし、アジアでもない、どちらでもない顔つき。
その中でも白人寄りという子とアジア人寄りっていう子がいる。
よくミックスの子は可愛い、といわれるがそれはこの「どちらでもない顔立ち」のせいではないかと思う。
白人からみてもアジア人からみても、自分たちの種族に典型的な顔立ちではないから違って見える点において、可愛く見えるのではないか。

しかし、可愛いかどうかは好みの問題もあるのでなんとも判断しがたい。私から見て「かわいいなぁ」と思う子供があなたから見てそうでもないこともある。
ミックスの子が可愛い、と一般によく言われることに関しては、「親の見た目による」というのが私の考えだ。

私が勤めているスーパーの前オーナーはポルトガル系カナダ人なのでいわゆる白人である。だんなさんは中国系だという。2人の子供はもう成人しているが2人とも美男&美女。「すごくきれいだよねぇ~~」とたいていの人が感嘆する。

果たしてうちの子は・・・可愛いねぇ、とお世辞でいってもらったことはある。が、はっきりいって顔は可愛くはない。そりゃ、自分の子なので私たちにとっては可愛いのは確かだが、器量の点では中の下ってとこだろう。
スーパーのパートに来ていた人が「あなたの子供もミックスなんだね。オーナーのところの子供なんてすごくきれいだもんね!!写真あったら見たいなぁ」というので見せてあげた。
一瞥して、「あ、うん。。。ありがと」
って!お世辞でも可愛いねとか言ってくれよ!
・・わが子の器量がいまいちなのは、私だけが思っていることではないことがよく分かるだろう。
これはひとえに親の器量のせいである。上に書いたオーナー自身も美人だし、だんなさんは見たことないがきっと格好いいんだろうと想像がつく。やはりきれいな顔立ちの両親から出ないと、器量のよいのは生まれないってのは自明の理だ。
トンビは鷹を生まないのである。

ここに住んでいればたくさんのミックスの子を見かける。白人&アジア人、白人&黒人、などなど。
だから日本に比べて顔立ちが多種多様だ。それを見慣れていると、日本に帰るとみんな同じ顔で改めて「帰ってきたなぁ」と思う(自分もその似た顔の一人なんで落ち着く)。若い子なんて化粧ばっちりであったとしても、その化粧がみんな似ているのでやっぱりみんな同じ顔に見えるってのも、日本らしい。

一緒に暮らしていると自分の子供はミックスの顔とは意識しないが、日本に帰ると「やっぱりちょっと違うか」と気づかされる。娘は年をとるにつれアジアの色が濃くなっているので、ぱっと見あまりわからないが、息子はもう少し分かりやすい顔立ちだ。
見知らぬ人はたいてい息子の顔を見て「あれ?ハーフかな?」って思い、お姉ちゃんを見ると「あ、こっちもよく見るとハーフっぽい」、そして私の顔を見て「やっぱりハーフだわ」と確認する。

顔とは関係ないが、うちの子たちがいかに日本人でないかは、仕草で気づかされる。
日本に帰るとそれが顕著になる。ちょっとした仕草が「それ、日本の子はやらないよなぁ」と思い、あらためて自分の子供を「あんたたち、外国人みたいじゃん!」って再認識したりする。

まぁ、顔は何とでもなるさ。人の好みはいろいろだからね。
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チャー助(犬)と私の絆(?)

2010年12月29日 | 子ども・家族
最近、みんな忙しくてあまりかまってもらっていなかったうちの犬、チャー助。
学校があるときは、私は朝ちょこっと外に出してせいぜい長くても15分程度で家に戻る。とりあえず用を足してくれればさっさと帰るのだ。
「もうちょっと散歩したい・・・」と思う犬の心うち(と思っているかどうかは推測)も無視無視。
その後は子供をせかし、用意して、怒涛のように出かけていかねばならぬ。

学校から帰ってきても、母はPCの前で仕事したり、メールチェックしたり、ブログ書いたりしていつのまにか3時のお迎えの時間。犬は「お母さん、お帰り~」と寄り添ってくれて「お散歩、行く?」と期待しているようだが(あくまで推測)無視無視。

子供を迎えにいったら、友達の家にいったり、習い事に連れて行ったり、とほぼ毎日夕方まで出かけてしまう。
帰ってきてようやく犬の散歩だ。
それも「夕食の支度があるから・・」とやっぱり縮小版。
夜になってだんながちょっと長い散歩に連れ出すこともあるが短いので済まされることもある。

週末になってようやく私が長めの散歩に出せるようになる、というのがここ数ヶ月のパターンだった。

やっぱり1人で置いておかれてさびしいらしく、細切れながらも家にいる私にちょこちょこ寄ってくる。甘えているらしい。犬というのは健気だよね。ひたすら飼い主の注意を引こうとしている。可愛いんだよねぇ。人によってはそれがうっとうしく感じる人もいるかもしれないが、私はそういうことはない。

冬休みになってうちのメンバーがこぞって家にいることが多くなり、チャー助の散歩もいつもよりちょっと長くしてもらい、ちょっと嬉しいに違いない(もちろん、推測だが)。

たまに家の裏あたりの原っぱみたいなところで人がいないときを見計らって、チャーをリードから離してみる。
こいつはいったん離すとなかなか戻ってこない。そのくせ離れすぎないように距離を置き私がいなくならないように観察している。しかし私が近づくとささっと逃げてつかまらない。
飼い主として甘くみられている、のは確かだが、ちょっといい子できちんと戻ってきてリードをつけるまで近くにいられることがあったので、なんとなく自信をつけた私。
それなのに、最近またそんな私の自信をあざわらうかのように、戻ってこなくなったではないか。
やっぱり最近あまりかまってあげなかったからかしらー。私&チャー助のきずなは脆い・・・

この前も逃げられて私が家のほうまで追いかけ、というのを繰り返していくうち、車の通る道(タウンハウス敷地内なのでほとんど通らないが)のほうまで来てしまったので、
「追いかけっこをして車に轢かれたら怖いし」と心配になってきた。
早く捕まえないと。
なのに、なのに、敵はどんどん逃げていく。
と、うちの側の緑色のどデカイ共有ゴミ箱の裏へ入っていった。チャンス!
あそこにごみの食べ物が落ちているに違いない。
で、なにやら口にくわえてこっちをちらっと見て「あ!やぱ!!」というそぶりをしつつ、食べ物の誘惑にかてずまた食べようとしている。
そこですかさず、がっと捕まえるとくちからごみも落ちた。
心境としては「あああ・・・食べ物が・・(がっくり)」というところだろう。
チャー助くん、キミは食い気に負けた。

長いお散歩の後はトリートをあげるのだが、今日は悪い子だったのであげなかった。
もっとも犬に対してこういう罰は全然効果なし。犬にしてみると何が悪かったとか全然分からないのだもの。
単に私の自己満足みたいなもんです。

今日もチャー助は布団の上で、茶色い丸い毛玉になって寝ている。
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サンタさんきましたか?

2010年12月28日 | 子ども・家族
我が家では子供へのクリスマスギフトとして父(だんな)、母(わたし)、日本の祖父母からそれぞれプレゼントをもらう。父と母からは1個以上もらい数は結構ある。
それプラス、サンタさんからのギフトも1個ずつもらえるのだ。
なんてたくさん!

さて、クリスマスイブ。「早く寝ないとサンタさんが来ないよ!」と何度も私が通告しているのにもかかわらず、興奮してしまっているのか2人ともなかなか寝ない。
ほっといて私は私の用事を済ませたりして、12時近くに部屋に上がっていった。その間にも何回も2階に行って「早く寝なさい!」と繰り返していたのだが。

結局12時近くまで2人とも起きていたため、「もう明日になっちゃうじゃない。サンタさんは来ないよ」と最終通告。でもやっぱり寝なかったので、サンタは来なかったのでした。

翌日、クリスマスにいろんなギフトをもらったけどサンタさんからのはもちろん無し。
「だって寝てなかったから、サンタさんは「じゃー、さよなら~」って素通りだよ」と私。
納得いかない・・・て顔していたけど、他にもいろいろギフトをもらったせいか1個くらいなくてもまあいいかと思ったようだ。
うむー、なんか効果薄で、私が納得いかない。
ここで大いに反省して欲しかったんだけど。

私が小学生のとき、クリスマスイブには枕元にプレゼントが置かれていた。
クリスマス近くになると、親が「サンタさんに何をお願いしたの?」と聞いてきてさりげなく欲しいものチェックをしたものだ。
でもプレゼントは1個のみ。考えに考えて1個に絞ったんだっけ。
それに比べるとこっちの子供は、親、祖父母、おじ、おば、そしてサンタからと様々な人からギフトをもらう。恵まれてるなぁ。
そんなだから、クリスマス前ともなると子供が作る「欲しいものリスト」は長いものになる。そのうちの多くを手に入れるんだもんなぁ。

クリスマスは宗教的行事でもあるが、多くの人が子供たちのためのものとも思っている。実際、そうだよね。

ところでサンタさんが来なかった件、「でもマミーもダディーもサンタさんからもらわなかったじゃない。寝てなかったからなの?」と娘。
「私たちは大人だから、サンタはもう来ないんだよ」
っていうかその質問・・・サンタさんのことよく分かってないんじゃないか?
こんなだもの、ギフトをもらえなかったからといって残念でもないのかもしれないなぁ。

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クリスマスが終われば年末行事

2010年12月27日 | 生活
我が家のクリスマスはどこに行くわけでも、誰に会うわけでもなく、静かに過ぎた。
子供たちはプレゼントをたくさんもらって満足。

私は友達から借りていたDVD、「Lord Of The Ring」の第2部と第3部を2日続けてやっとみた。1部をみたままその後が続かず、「まだ、みてないの・・・?」と友達に言われてこの休みに絶対みる!と決めてたのだ。
だって長いので時間がなかなかとれなくてぇ、昼は子供がいるし、私も学校にいっていたし、夜はだんなにテレビ取られちゃうし・・・と言い訳がましい私。時間は作らなくてはできないものなのだ!

ともかくみれたのだし。とても面白かった。迫力の戦闘シーン、スリル満点な駆け引き、壮大な景観。結構深い世界観。それほどファンタジー作品は好きではないが、この映画は楽しめる内容だった。ちょっとバイオレントなところもあって子供には怖いかも?とも思った。うちの子たち怖がりだからなぁ。
戦闘シーンを見ながらだんなが「うーん、クリスマスに、平和な映画みてるなぁ」と一言。はい、すいませんね。

クリスマスが終わって、今日はボクシングデー。
店によってはすっごい目玉商品を用意しているため、朝の4時とかから行列作っているっていうところもあるそうだが、今年もそうだったのかな。
私はスーパーのパートに行き、2つトレイを作った。同僚が「去年に比べてトレイの注文が減った気がするね。去年は一昨年に比べて減ったと思ったけど」毎年、少しずつ減っているってことか。
世は不景気といわれて実際引き締めムードはある。
新聞のアンケート結果によると、今年は去年に比べて出費を抑えたと答える人が多かった。

次は年末行事だ。とはいっても大掃除らしいこともせず、いつもどおりの掃除で済ませてしまうグータラな私。「だってここは日本じゃないし」という便利な言い訳を盾にしておる。
することと言ったら、日本の店に行って食料品を買い少しお正月気分を味わうくらい。
おせちはどうせ私が主に食べることになり、もったいないので買わない。(作れないし)
おもちがあれば、うちの場合は十分だ。

それより年の終わりに向けて、一年を振り返る気分。
今年もあわただしく過ぎてしまった。
やり残したことがあるかな?と考えてみるも、もともとやろうと思っていたことってなんだっけ?
そんなことを考えている暇もなく日々は駆け足で過ぎ去っていったのだった。
来年のことを考えてみても、一日一日を過ごしていく、健康に気をつける、とかいうことしか浮かばない。

特別なことをしたいわけではないし、特別な人になりたいわけでもない。
思うに、人間には相応のやるべきことってのが課せられている気がする。
だから、来年もやらなくてはいけないことをきちんとこなしていくのが目標・・・
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クリスマスソング

2010年12月26日 | 生活
まだまだクリスマス関連の話。

クリスマスというビッグイベントのために様々な歌が歌われている。
この時期、クリスマスソングばかり流すラジオ局もありクリスマスムードは嫌がおう無しに高まるってもの。

私にとって印象深いクリスマスソングは、デビッド・ボウイとビング・クロスビーがデュエットした「リトルドラマーボーイ」。このビデオを見たのは80年代半ば。実際は1977年のものだったようだ。
2人の異なるタイプのアーティストのデュエットが美しくて印象的だったので今でも憶えている。
デビッドボウイの歌声がいいんですよー。

私が見たときでも、この組み合わせって!?って思ったけど、77年に流れたときもやっぱり人々は少なからずびっくりしたらしい。
それはバンクーバーサン(新聞)の今年のクリスマスイブの記事を読んでわかったこと。
その頃デビッドボウイはいわゆる前衛的で実験的なポップカルチャーのアイコンともいうべきアーティストだった。化粧をしたり中世的な雰囲気を漂わせていたしね。一方、ビングクロスビーは正統的きまじめなアーティストって感じで、2人は対照的で相容れない感じなわけだ。
その2人がデュエットをしたというので世間は驚いた。今でこそ、違ったジャンルのアーティスト同士のコラボはそう珍しくはないが、その当時は結構画期的だったみたい。

そんなわけで、人々の記憶に残り、今でもその曲が流れる。
コメディアンがパロディ化することも何回もあったそうで、どれだけその当時そして現在に至るまで注目されたかよく分かるというもの。

もうひとつクリスマスソングといえば、バンドエイドの「Do They Know It's Christmas Time At All?」。
80年代、イギリスのなんちゃらっていう(名前忘れた)バンドのリーダー、ボブ・ゲルドフがイギリスのアーティストたちに声をかけてチャリティーソングを歌い、収益金をアフリカの貧しい人々に寄付したというもの。
私が知る限り、複数のアーティストが集ってチャリティーソングを歌うさきがけとなったのが、この曲だったと思う。その後、アメリカも「俺たちもやるぜ!」と「We Are The World」を出したんですね。
実際は、こっちのほうが有名みたいで(特に日本では?)アメリカの強大さというか、自己宣伝の激しさとか物語っているなぁ、と思う。

その当時、イギリスポップはとても流行っていてその名だたるアーティーストたちがたくさん参加した。
今も、もちろんクリスマスソングとしてラジオで繰り返し流れる。
それを聞くたび、私は懐かしく思う。ちょうどティーンエイジャーの頃で当時の記憶もセットでよみがえってくるせいかな。
みんなで歌っていても特徴のある歌声はすぐに誰って分かる。有名どころは合唱部分以外にもソロパートがあるしね。デュランデュランのサイモン・ルボンとか、U2のボノとか、私の大好きなスティングとかねー。

クリスマスソングではやはり教会系の賛美歌が美しいと思う。
ずっと前だけど、友人が通う教会が合同でクリスマスの賛美歌を歌うコンサートに呼んでくれた事があった。
友人も参加するというので、楽しみに見に行った。
聞いたことのある曲だけど、歌詞は知らない曲。どれも美しい旋律で、合唱となると感動的だった。
時に、参列者も立ち上がって賛美歌の本を手に一緒に歌う。
教会にいっている人なら慣れているだろうけど、私はまごまご。ページを探すのも一苦労だ。
でも、厳かな雰囲気、歌を通して神を讃える美しさには、クリスチャンじゃなくても感動してしまった。
クリスチャンのくせに教会には行かないだんなまでも、「なんか教会にいくのもいいよな」なんて言い出す。
(そのくせ次の日にはけろっと忘れていたが)
こういうのも、クリスマスマジックかな~。
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クリスマス、いいこと。

2010年12月26日 | 生活
クリスマス時期の資本主義的、商業主義的な側面は、批判もされることが多い。
実際、そんなに物を買い込むの!?って思うほど、たいていの人がいろんなものを買う。
その反動で、1月はほんとに、閑古鳥なきまくりです。
ギフトをいろんな人からもらい、いらないものだから返品、という人たちでクリスマス明けのカスタマーサービスも込み合うのも変な感じ。

そんなネガティブな部分もあるものの、クリスマスならではの良い点ももちろんいっぱいある。
まず街や人が活気づくこと。華やかなデコレーション、ひっそりとしていても落ち着いた美しさのある飾り、などなど、クリスマス関連の飾りはとても美しく見ていて平和で幸せな気分になる。
にぎやか過ぎるのもイヤだが、やっぱりある程度にぎわった界隈を見るのもやっぱり楽しい。
そして人々が大抵はとても幸せそうであるのも良い。

イブの日に働いたのだが、レジの女の子と休憩時間にちょっと話した。
今日はお客さんがみんなハッピーで感じがいいのよ!と嬉しそう。
ちょっとしたことで文句を言う人もいるもんだが、今日はみんなにこにこ、あまりこだわらず、最後に「merry Christmast!」といって楽しげに去っていく・・・
「それはクリスマスだからだね」と私がいうと、「そうなんだろうねー」とうなずく彼女もにこにこ楽しそう。
いい雰囲気のお客さんに感化されているのかな。そういうのを見るのもクリスマスの良い点だね。

みんな幸せな雰囲気にしてしまうのは、クリスマスマジックなんだろうな。

また、クリスマス時期はいつもより人々が寛大になる。
チャリティー団体に寄付をするとか、人のためになることをしたいと思う時期がクリスマスなのだ。 
子供たちの学校で他のお母さんと話したとき、
「今年はワールドビジョンを通して、アフリカの子になにか寄付をするというのを、子供たちとやったのよ。ネットでカタログが見れて、ヤギをあげるとか選べるのよ。ヤギを寄付してそれで生活の糧を得る助けになるように」
という。
もう1人が「私はアフリカの子供のスポンサーになることにしたのよ」という。
みんなすばらしい・・と感心するだけの私。
賢母はこのように子供に人を助けることのすばらしさを教えるのですね。

みんなハッピーで平和なクリスマスを過ごせたでしょうか。クリスマス当日は実に静かです。みんなそれぞれの家で幸せな思い出をまた作っているのでしょう。


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イブも忙しい

2010年12月25日 | 生活
今日はクリスマスイブだ。
お店はたいてい6時くらいで閉まるし、オフィスも半日で終わったりする。
そのあとは、家族と集う時間になる。
しかし、夕方くらいには「あ!あれを買い忘れた!」ってなにかしら出てきてあわててお店に走る人が多い。
だからスーパーも閉店間際があわただしい。

私は今日は10時半から働いた。お店は他よりちょっと早めの4時閉店。もちろんその表示はちょっと前から出していてお知らせしているが、誰が見ているというのか、ってくらいたいていの人は無頓着だ。
そんなわけで、「6時くらいまではあいているだろう」と高を括って4時過ぎにやってくるお客さんが閉まっているドアの向こうで。「ええーーー?」という表情をしているのをみることになる。

4時に終わって片付けることが多いので(次の日が休みになるため)、30分間片付けの時間があり私のシフトは4時半まで。
この店が一年で休むのは2日だけ。クリスマスと元日だ。

今日はやはりイブなので忙しかった。惣菜部門はいつもとあまり変わらないけどね。たまに「ハムを800グラム」なんていう、普段ありえない注文をするお客さんがくるくらい。
お店全体としてはとても忙しそう。惣菜部門のカウンターから見ている限りでも、人がうようよしていたし、レジが4つ全部開放するのも(いつもは1つか2つしかあけない)この時期だけではないだろうか。
それでもレジでは人が並んでいてイソガシそー。
そして惣菜部門よりはベーカリーのほうが忙しそうだった。

それにしても。みんな何を買いに押し寄せてくるのだろうか・・・
明日は休みだから、それに備えて食料品の調達、家族や友人と集まるからそのための食べ物の調達、誰かのうちにお呼ばれしていれば何かしら持っていかなくちゃならないだろうから、そういうものを買いに来る・・・などなど。
買うものは結構ありそうなのだ、通常は。
私は、あまり普段と変わりない買い物リストだけど。クリスマスくらいはちょっと豪勢に何か作るかも、ってことでちょっといつもより多めに買っているかな、それでも。
あまり張り切っても太っちゃうしね。
この時期は一般に肥満度が高くなるのですな。

いよいよ閉店の4時近くなってくると、駆け込みのお客さんがどかどかやってくる。
4時間際に飛び込んできて買い物をする人が絶対いるので、最終的にレジを閉めるのは4時10分とかになっている。惣菜部門には間際にいろいろ買っていく人なんて来なくてほんと、よかった・・・

それにしてもクリスマスって大盤振る舞いの時期だな。
誰もが買い物をしまくっている。ギフトだ、食べ物だ、と買い込む買い込む。
子供たちはギフトでいろんな物をもらう。私が小さい頃クリスマスにギフトをもらっても1個だけだったのに私の子供たちは5個も6個ももらっている。恵まれてますなぁ。
それでも「何々ちゃんは、現金で200ドルももらったんだって!」とうらやましそうにいう。
そんなにあげる親(か、祖父母)がまちがっとる!まだ10歳だよ。

なんだかネガティブな方向に行っているが、クリスマスのいいな、という点については次回!
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あっというまに時は過ぎていく

2010年12月24日 | 生活
そういえば、21日は冬至だった。
こちらでももちろん冬至はある。正式に冬がこの日から始まるっていう表現だ。冬至にあたるWinterなんちゃらっていう英語もある。(わすれた・・)

日本のようにゆず湯に入るとかかぼちゃを食べるとかっていう決まりはない、というのが違いかな。
そういえば、日本にいた頃には一応冬至にはゆず湯に入ったっけなぁ。なつかしい。
こっちでは、お風呂に湯をためてはいることじだい、あまりやらないことだからねぇ。

それに、23日は天皇誕生日だったんだー、日本は祝日だったわけだ。日本の祝日はまさにこっちには関係なくどれもこれも忘れてきている。パスポートの申請に日本総領事館へ行かなくてはならなくなって、えっちらおっちらとダウンタウンまで繰り出したのに、日本の祝日で総領事館が休みになっていたときに、「がーーん、祝日だったのか」って思い出すくらい。
総領事館はカナダの祝日に加えて、日本の祝日にも休むのだ。働くならここがいいかなぁって思っちゃいますよね。

日本の母から電話をもらった。「今日はクリスマスなのよ」・・・ううーん、日本はもうクリスマスか。
こっちはまだ23日なんだけど日本は24日だ。日本の場合24日のイブのほうがクリスマスという感じで25日はもはやクリスマスは過ぎている。カナダは25日がクリスマス本番だ。そんな感じで時差があるのね。

私は、恒例我が家でのクリスマスパーティーを先週日曜日に行い、七面鳥も食べちゃったせいか、クリスマスが終わった気分がしていて「これから本番じゃん!」とはたと気がつく。
さて、何を作ろうか・・・・・
(などと書くと、さもレパートリーが多そうだが、少なすぎて献立が決まらないというのがホントのとこ)

ちなみに私はクリスマスイブに働くことになっている。きっと駆け込みで買い物に来る人が多いだろう。
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セーターの呪い

2010年12月22日 | 生活
今日、新聞を読んでいたら面白い記事があった。

セーターを編んで恋人に贈ると破局するという、「セーターの呪い」。
編み物が趣味で編み物クラブに属して編み物をせっせとするような人たちが、続々と証言。
「それは本当です」「私も経験あります」などなど。

彼氏にクリスマスにプレゼント、と思って得意の編み物でセーターを編んだら、あげたすぐ後かもしく完成する前に別れることになる。
そういうのって、日本でもいわれてたことあったなぁ、と思い出す。
別に統計を取っているわけではないから、それが本当かどうか証明はできない。
でも、こういうのってどこの国でもまことしやかにささやかれているのだね。

理由としては、セーターを編むということは意外とお金もかかる(毛糸代ってバカにならない)し、労力もいる、のでそれが相手にしてみると「重い・・・」と感じられるのではないか、と新聞には書いてあった。
手作りのものをもらってしまうプレッシャーから、関係を見直すって方向にいっちゃって、別れを切り出すって流れになる。
もしくは、時間をかけた手作りのものをもらうほど自分たちの関係って深まってないんじゃないの?って思うようになり別れを切り出す。
または、作ってもらったものが好みじゃなかったというのも別れにつながる理由になるとか。
なるほどねぇ。
「手作りセーターは彼氏にあげるのはやめたほうがいい。だんなにだって作るのが心配だから、私はだんなにはセーターを編まないの」と新聞の中で証言している女性もいた。

日本で言われていたときも同じような理由だった。結局、手作りのものって重いんですね。
それにしても最近の日本ではセーターを編むって人は少ないんじゃないのか?
帽子、マフラー、などの小物は編む人がまだまだいそうな気がするけど。
新聞の記事には、セーターしか触れていなかったけどこうした小物なら大丈夫ってことかな?

「私は毛布を編んだんだけど、その彼には振られちゃって、毛布も返ってこなかった。捨てられちゃったかな。それとも使っていて私のことたまに思い出しているかな?今の彼にも毛布を編んだけど続いているのよ。毛布は呪いがないかもね!」という女性の談話が載っていた。
なんとなくほのぼの。

やっぱり手作りセーターを贈りたいなら、まずはあげても大丈夫かよく考えてみたほうがいいんだろうね。
私は作れないから関係ない話ですけれど。
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冬休み

2010年12月21日 | 生活
今日から子供たちの学校は冬休みだ。

私の学校も先週木曜日、つまり子供たちの学校の最終日とほぼ同じくらいに無事終了した。
最後の日は期末試験だったので、試験だけ受けていつもよりちょっと早く帰れた。結果はどうあれ、終わったし!(すでに期末試験まえまでの成績を先生が教えてくれていて、私はこのコースを無事パスできることは分かっていたので安心)
ついでにこのコースが私の高校卒業コースの最後のものとなった。すでにその証書を申し込む手続きも済ませたのであとはそれらを待つばかり。
実に4年かけてようやく終了。途中1年くらい何も受けない時期もありながらなんとか終わらせたので一安心。
本当はもう少しコースを取ろうかなぁ、とも思っていたのだけど、そろそろ勉強は一旦休止して他のことに専念したいとも思い。
また後にコースをとることもできるようだし、他の専門課程を探して受講するって事もできるだろうし。それはちょっと先のことで。

さて、冬休み。おー、気楽だ!
学校がないと、お弁当作りもない、学校への送り迎えもない、習い事も冬休みになるとほとんど終わってしまうのでそれらに連れて行く必要もない。
子供たちが家でだらだらしていたりするのが、ちょっと困るくらいで。でものんびりできて嬉しいのだよ。

こちらの学校は冬休みなどの長い休みにも宿題が出ることはない。うちの子達は日本語学校の宿題が出ているのでそれをやらせるくらいで、ハードルは高くない。
・・・・でも!息子に日本語の宿題をやらせるのはすごく大変だが。ほんとに日本語苦手で話すのはなんとかできているものの、読み書きがね・・・・・・・・
本人も一生懸命やろうとしていないもんだから、だらだらしていて進まない。
「わからなーい」と愚痴愚痴やっているから、教えてあげてるも「は??」ってなとんちんかんな反応が返ってきて「こいつほんとにバカじゃないか!?」って頭をかきむしりたくなる。

そういうストレスで血圧上がりそうな状況ではあるが(血圧上がりそうになると、犬を抱っこして気持ちを静める私)、日本語の宿題も莫大な量が出ているわけではないので何とかなるだろう。

ちょっと時間に余裕ができたので、あれこれ片付け物にようやく手をつけた。写真の整理(大変な量になっていて整理できるのか?)、子供が持ち帰ってきた書類、学校でやったプリントなどなどの整理(山積み)、
クリスマスプレゼントのラッピング(子供が寝てから出ないとできない)、などなど。
やることはいろいろあるのだが、夜11時を過ぎると眠くてしょうがなくなるので寝てしまう、そしてまたやることが片付かなかったり。
私の場合、12時までおきていると「とっても夜更かしをしてしまった」ことになる。
で、早起きかって言うとそうでもないから、すげー怠け者なんだな。

この冬休みでいままで遣り残してあったこと、どれだけ片付くかな?
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