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南部アフリカ大自然の旅 8

スワコプムントを後にし、バスで昨日飛行機で着いたウオルビスベイへと向かいます。途中映画スターのブラット・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが出産のため3ヶ月滞在したという別荘地も通りました。ウオルビスベイは昔は捕鯨の基地だったようですが今は漁業の港です。

こんなボート2隻に分乗して海に突き出ている砂嘴の生き物を見に行くラグーンクルーズをします。出発するとまずはかもめがえさを求めてやってきます。操縦兼案内人の漁師さんが魚を投げるとうまくキャッチします。

しばらくすると漁師さんがボートを止めて「ちょっとお友達を待ちましょう」と言います。誰かが乗り込んでくるのかなと思っているとこのアザラシ君がジャンプして海から船の中へ。野生ではありますが、観光客に慣れてしまっているようです。えさももらえますし。身体を触ってみると表面は濡れていますが中のほうの毛は乾いています。

しばらくそのアザラシ(オッティーちゃん)と遊んでボートを進めると、イルカがあの独特の流線型の身体で海面から飛び上がります。こちらはあまり近づいてはくれません。海のどこから飛び上がるか分かりませんし、そのすばやさに写真は取れませんでした。私たちのほうのボートには来てくれませんでしたが、もう1隻のほうにはペリカンも来たのだそうです。

砂嘴に近づいてきました。白い砂の上にあちこち黒い塊が見えます。なんだろうと思ってみていると近づいてみてびっくり。アザラシの群れなのです。雄1頭が雌 40頭ばかりを従えて、大きな集団を作っているのだそうです。この群棲にはびっくりしました。

クルーズを終えると港では漁師さんが、生牡蠣を殻から出しては勧めてくれました。「旅先で当たったら・・・」とちょっと躊躇する気持ちもありましたが、こんなきれいな海で獲れて、目の前で開けてくれるのですから大丈夫と一つ口にします。おいしい!!。一つ食べるのも沢山食べるのも同じことよとばかり、一緒に勧めてくれるシャンパンを飲みながら貪り食いました。勿論当たりませんでした。ナミビアからは大量の牡蠣が日本に輸出されているのだそうです。

昼食を済ませていよいよナミブ砂漠の見所に飛びます。

パイロットを含めて6人乗りのこんなセスナで1時間弱飛びます。ハンサムなパイロットさんでした。いとも軽々と飛び上がりますがちょっと緊張。




眼下にはこんな砂漠が広がります。ちょっと汚れたガラス越しでよく撮れていませんがお目にかけます。眼下の砂漠に電柱が延々と連なっています。電気が引かれているのです。




簡単に地ならしをした滑走路に着陸。ナミブ砂漠の真ん中、ソッサスブレイに着きました。ウワ〜っ、と暑さが身に迫ってきます。ホテルについてから温度計を見ると、日陰でも38度、たぶん直射日光の下では42・3度はあるのでしょう。

今日から2泊するお宿は、こんなテントホテルです。写真左のコンクリート部分に玄関・洗面所・浴室(シャワーのみ)トイレがあり、ベッドが二つ並ぶ寝室は右のテント作りのところになっています。窓もテント作りでチャックで開け閉めです。
何しろ砂漠の日中は暑い。活動はできません。ただ部屋でごろんとして日が落ちるのを待ちます。部屋に冷房はなく扇風機があるのみです。それでも湿度が低く、テント作りだからでしょうか、耐えられないほどではありませんでした。旅に出て3冊目の文庫本を読んで過ごしました。

砂漠に沈む夕日です。何か厳粛な気がしてきます。
日が沈むと急に涼しくなります。




夕食には、暑さでばててはいけないからと、添乗員さんが日本から持ってきたそばをゆでてくださいました。そばつゆも持ってきたのだそうです。ゆでた蕎麦をさらすのにもミネラルウォーターを使いましたからどうぞご安心をと、誠意ある心遣いに一同大感激。

明日は早朝に起きて、朝日に染まる砂丘を見に行きます。
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南部アフリカ大自然の旅 7

今日はヨハネスブルグを後にして、飛行機で2時間15分ばかりかかるナミビアのウォルスベイまで飛びました。飛行機から地上を見ているとはじめは緑の多い大地が見えますが、そのうち砂漠に変わってきます。ナミビアの西部は一面砂漠です。ナミブ砂漠です。ウォルスベイの空港からバスで30分、今日の目的地スワコプムントへ。ナミビアはドイツの影響が強く残っている国で、現地ガイドもドイツ系の人でした。

スワコプムントは大西洋に面したリゾート地です。この写真に打ち寄せている波は大西洋です。「北に飛ぶから暑いですよ」と言われていた割にはうす曇のせいか涼しくさわやかでした。それでも海で泳いでいる人もいました。
スワコプムントにはヨーロッパからの人だけでなく、夏には42・3度になるナミビアの内陸部の人たちも避暑にやってくるのだそうです。

いったんホテルにチェックインした後は「この街は安全だから」と言うことで夕食まで自由散策。と言っても街も繁華街などありません。ぶらぶら歩いて海に出て撮ったのが上の大西洋の写真です。海に防波堤のように突き出た橋の先まで行ってみるとそこはこんな鳥が羽を休める場所でした。このあたりでは海の所々に鳥の羽休め場が作られているのです。何のためでしょう?・・・鳥の糞を集めるのだそうです。集めた糞は肥料にするのだと。それもなんとヨーロッパまで輸出するのだそうです。

今夜のお宿のスワコプムントホテルです。このホテルはもともとは鉄道の駅舎であったものを改装してホテルにしているのでした。そういわれてみると駅のようでしょう。中庭にはプールです。




リゾートの地らしくホテルの隣はカジノです。乾燥した地には他の植物はあまり育たないのか、たいていのところがこのナツメヤシの木が植えられていました。




今日は移動日であまり記事にすることがありません。明日はいよいよこの旅の大自然の2番目、ナミブ砂漠の奥のほうまでセスナで飛びます。

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ヨハネスブルグは大都会です。2010年のサッカーワールドカップの開催国として、空港をはじめあちらもこちらも工事中です。それはいいのですが、また世界一犯罪の多い都市でもあるのです。アパルトヘイトは廃止されても、その影響で依然として貧富の差は大きく、そこへ人が集まってくるから、危険な地域になるのでしょう。とても自由に街を散策することなどできません。私たちは宿泊も比較的安全という近郊のサントンに泊まりましたが、そこでさえホテルから外へは出ないようにとの注意がありました。




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南部アフリカ大自然の旅 6

先日来の大自然の旅で疲れた身体を休めるためにも、今日はヨハネスブルグとプレトリアの見学です。まずはじめはヨハネスブルグの「ゴールドリーフシティ」です。

1886年ヨハネスブルグで金が発見され、ゴールドラッシュの時代を迎えました。地下3千メートルまで掘られた金鉱跡がテーマパークになっているのです。「ゴールドリーフ」とは「金脈」の意です。入り口ではこんなお迎えです。

公園には新しく子供の喜びそうな遊具なども設置されていますが、こんな実際に使っていた機械も設置されていました。金を含んだ岩石を運んだり破砕したりしたもののようです。




坑内の様子です。金鉱脈に沿って、はじめは人力で、後には電気が使われ電気ドリルで掘って行ったとのことです。借りたヘルメットをかぶり、カンテラで足元を照らしながらの見学です。中では採掘のデモンストレーションもやってくれましたがものすごい音です。
3万人ほどの労働者が24時間4交代制で作業をしたとのことですが、そのうち3000人は中国人だったとのこと。身体の小さいアジアの人たちは大活躍だったようです。。報酬は金の粒で与えられ、労働者は他人に盗まれないようにお腹にまきつけていたといいます。お腹周りいっぱいになると止めていったとのこと。また入坑するときには入り口に自分のカードを置き、作業が終わって出て行くときにはそのカードを持って出て行く制度だったとの事。カードが残るとその人が中で負傷でもして残っているということになり、見つかるまで探したのだそうです。日本では佐渡の金山などでは、罪人や無宿人を非人間的に働かせたようですが、ここではそうでもなかったようです。

外に出て、金の延べ棒の作り方実演を見学。金鉱石から取り出した金は幾度も高温でどろどろに溶かして不純物を取らなければならないのだそうです。幸い金は高温にしても蒸発したり品質が変わったりしない金属なので、精製が可能なのだそうです。
真っ赤に溶けたものを二人掛りで型に入れる。
冷めてから方から取り出した延べ棒。おおまぶしい!!触ってもいいよとのことで触ってみる。親指と人差し指2本で持ち上げられたらあげるよとのことですが、これは無理無理。

お昼はゆっくり中華料理屋さんで昼食。おいしい。午後は首都プレトリアに行きました。行政府が置かれているところです。ちなみに立法府はケープタウンに、司法府はブルームフォンテンにおかれているのだということです。

小高い山の上に巨大と思われる開拓者記念館が建てられておりました。はじめに南アフリカに入ってきたボーア人と(オランダの農民)、後から入ってきたイギリス人との戦い、後にイギリスと同盟してアフリカの地を治めて行った歴史などがぐるりに彫刻で現されている建物でした。
確かにアフリカに文化を入れ発展させてきたのは白人だったのでしょうが、その後長い黒人との確執もあったわけで、白人サイドからのこんな立派な建物を、黒人の人たちはどう見ているのだろうとちょっと複雑な思いがしました。

その記念館からのプレトリアの眺望。手前塀の幌車はボーア人たちが使っていたものとのことです。




プレトリアは7万本のジャカランダの木が並木にして植えられているので有名な街です。春(日本では秋)にはそれがいっせいに咲き誇るのだそうです。日本の桜に比較して言われます。咲き残りというか狂い咲きというか、あちこちに少し咲いていました。ピンクというより濃い目の紫で桜に似ているとは思いませんでしたが。

このほかに、金貨で有名なクルーガー大統領の保存した住居やユニオンビル(大統領が就任式をするところで有名)などにも行き、一日が終わりました。昨夜と同じホテルに宿泊。
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南部アフリカ大自然の旅 5

朝早く起きて、コーヒーで目をパッチリさせて、活動をし始める動物を見に行きました。こんなジープに乗ってチョベ国立公園へサファリドライブです。




さいさき良く、公園に入る前にハンティングドッグ(リカオン、アフリカン・ワイルド・ドッグとも呼ばれる)を発見。写真などで見たことのあるハイエナに似ていました。急激に数が減っている動物だそうです。

インパラの群れが草などを食べながら移動します。インパラは薄茶色の身体のお尻の所に3本の白い毛の筋がありますので見分けがつきます。




お尻を向けてしまって失礼!!僕バブーンです。猿の一種の、日本語で言えば「ヒヒ」です。ヒヒの群れとインパラの群れは相前後して移動しています。ヒヒが木に登って新しい葉を落とすので、インパラはその葉を食べようと近くで行動するのだそうです。

昨日より少し近くからカバを見ることができました。大きな背中です。うんと遠くで2頭のカバが大きな口をあけて吼えあっているのが見えたのですが、いかんせん遠すぎて写真にはなりませんでした。また1頭だけ地上を歩いていたのですが、すぐ木の後ろになって写真になりませんでした。

皆さんに期待していただいたかもしれませんが、今日は写真はこれだけです。ライオンが出るかもしれないという地域にも行きましたが空振り。象もキリンも出てくれませんでした。ホロホロ鳥・三色ウミワシ(ボツワナの国鳥)・カワセミ(とてもきれいな色)もいましたけれど、写真にならず・・・でした。ちょっと期待はずれのサファリでしたが、昨夕方サービスしてくれたので良しとしましょう。
それにしても自然のままの森の中にいろいろな動物が生きているわけですから、たとえばライオンがインパラを捕らえて餌食にするということも起こっているわけなのです。自然ということはそういうことなのですね。

8時30分、ホテル出発でもう一度ジンバブエに入国、ビクトリアフォールズ空港から南アフリカ共和国のヨハネスブルグへ飛びました。ヨハネスブルグ近郊サントンのヒルトンホテル泊。

ボツワナは政情も、経済も安定している国です。入国するとすぐ気のつくことは道がとてもきれいに整備されていることと畑も沢山見られることです。経済が破綻状態のジンバブエと同じように、白人から農地を解放したのですが、そのとき白人とよく話し合い、農業のノウハウを学ぶことができたのだそうです。
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南部アフリカ大自然の旅 4

今日は国境を越え、ボツアナに入国します。

ザンビアとボツアナはザンベジ河を国境にしています。バスで港・・・といってもただの川岸ですが・・・までいってこんな船で国境の川を越えます。私たちはグループだけで小さなボートに乗りました。大きい船には車も乗り込んでいました。フェリーといったところですね。

ボツワナ側に上陸したところでパスポートを示し入国。しばらくバスで走ります。道路わきに土山があると思ってみているとこれは蟻塚だとの説明。今夜のお宿のモアナ・サファリ・ロッジに着きました。モアナは現地語でバオバブの木のこと。ホテルの真ん中にこんな立派な木がありました。写真でよく見るマダガスカルのとはイメージが違いますが。




ホテルで一休みして、夕方からボートサファリに出かけました。動物たちは夕方水をのみに川岸に出てくるのだそうです。動物たちが動くのと、ボートがあまり近くには寄らないため不本意な写真が多いのですがお目にかけます。

まずワニ発見。これが悠々たるもの。すぐ近くまでボートを寄せてもピクリともしません。うるさそうに少し目を開けるだけ。動いても怖いけれど、ちょっと物足りない。
すぐそばの木の枝にはナイルオオトカゲもいましたが、保護色というのでしょうかほとんど写真になりませんでした。

アフリカ象は家族(?)でお出まし。象はとても親子の愛情が深いといわれています。泥水を盛んに身体につけるのは虫除けだそうです。




猿の群れも水をのんでいます。人間に近い猿は、手で水を掬ってのむのかと思っていましたが、身体をかがめて直接口をつけて飲んでいました。




クードゥーの雄と雌(?)。角のないほうは雌ではなくインパラかもしれません。雄の角が立派です。そういえば昨夜はこの肉を食べたのだった。




川の浅瀬に立つ木には鳥の群れ。鵜だと思いますが(?)

キリンの群れも水をのんでいたのですがシャッターチャンスを逃してしまいました。残念。長い前足を左右に広げて姿勢を低くし、長い首を下に伸ばして水を飲んでいました。

下の大きい写真は手前の水の中にちょっと頭をのぞかせているのがカバ、向こう岸が象。ちょっと遠かったのですがどうにか撮れました。カバは暑い日中はほとんど水中にいて、体温調節をしているのだそうです。カバは豚の仲間で泳ぎは苦手。足は川底につけているのだそうです。






夕食には日本食が恋しいだろうと添乗員さんがチンするご飯と「すし太郎」で散らし寿司を作ってくださいました。ホテルでは歌手が弾き歌いをしていましたが、わたしたちのためでしょう、「ふるさと」と「上をむいて歩こう」を日本語で歌ってくれました。疲れは吹き飛びます。

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南部アフリカ大自然の旅 3

滝見物でぐっしょりぬれた靴や衣服を着替え、夕食までは自由時間。ヘリコプターで10分ほど空からザンベジ河と滝を俯瞰するオプションもありましたけれど、かなり高いところを飛ぶようで、あの迫力は感じられないだろう、そばで見た圧倒的な印象を大事にしようと、夫と意見が合い、参加しませんでした。後で飛んだ人に聞くとそれなりに面白かったということで、失敗したかなとちょっと後悔しました。

その代わり広大なホテルの敷地内を散策。

お猿さんを発見。かなり沢山群れをなしています。このお猿、はじめ心無い人がお菓子でも与えたのでしょう、人間が手に持った袋の中には美味しいものがあると学習してしまったようです。油断しているとかっぱらうのだそうです。ぬれた靴を部屋の外に干したいけれど、お猿に取られるかもねと心配したことでした。

縞馬の群れも発見。せっかくいい具合に集まっていたのに、折悪しく車が通ってシャッターチャンスを逃しました。残念!!アニメで我慢してください。




枯れ木がオブジェのようだね、趣のある池だねなどとのんびり話しながら水際にたたずんでいました。「おや、何か立て札が」。乏しい英語力で単語をたどると「ワニがいます。注意!!」でした。

今日の散策では出会えませんでしたが、キリンもいます。昨日バスの中から見ることができました。ホテルの敷地内にこうした野生の動物がいるなんて、さすがアフリカです。

今夜は「王様の食事」といわれる有名なボマディナー。野外でローソクの火だけの明かりです。ザンビアには多くの部族がいるようですが、今夜はゴニ族の男女が歌と太鼓とダンスを私たちだけのために見せてくれました。1部は戦いのダンス。2部は部族の子孫を残すための性教育のダンスでした。アフリカの人たちのリズム感のよさと力強さにひきつけられました。
食事はインパラとクードゥー(ともにカモシカの仲間)の肉を焼いたものでした。

昨夜と同じザンベジ・サン泊。
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南部アフリカ大自然の旅 2

昨日船遊びをしたザンベジ河は、その少し下流でそのまま滝になります。世界3大瀑布の一つ、世界自然遺産のビクトリア滝です。今日はそれをご覧に入れます。

歩いて10分ばかりでザンビア側の滝に行き着くところに昨夜泊まったホテルはあります。朝外に出てみると真っ青に晴れているのに虹が出ています。にわか雨でも降ったのかしらと思っていると、ものすごい勢いで落ちる滝から立ち上る水煙がそのまま雲になりそこに虹が出ていたのでした。

まず再びバスで国境を越えジンバブエ方面から滝見物です。1855年にリヴィングストーン(英国人)により発見された「雷鳴の轟く水煙」です。幅約1.7キロメートル、最大落差110メートル。この時期は雨季に当たっており、水量は半端ではありません。滝に沿って遊歩道がついておりますが、ほとんどのところが水しぶきでカメラは出せません。辛うじて撮れたのがこの写真です。

遊歩道のそばの藪の中にブッシュバック(かもしかの仲間)を発見。どうやらうまくカメラに納まってくれました。




ジンバブエ側からの見物を終え、昼食。また国境を越えザンビアへ。今度はザンビア側からの見物です。乾季にはこちら側はほとんど水が流れ落ちなくなるということですが、雨季ならではのダイナミックな音と落下する水とに圧倒されます。写真はカメラの出せるところだけで撮ったものです。
落下する寸前の泡立つ流れ。
圧倒的な滝の迫力。
立ち上る水煙でほとんど滝も見えないほど。

立ち上る水煙は既に水煙とは言えず、まさにバケツの水をそのまま頭からかけられるような、台風時の豪雨よりも激しい勢いで水がかかってきます。旅行前の説明会で聞いていましたので、カメラはビニール袋にしっかり密閉し、ゴアテックスの登山用の雨具を着込みましたが、それでもフードから落ちる水が首筋から中に入り、Tシャツもぬれてしまいましたし、靴の中も水浸し、だぼだぼ状態になりました。

いやいや、すばらしい大自然の体験をしました。

あまり自分のカメラで写真が撮れませんでしたので、専門家が撮った絵葉書をアニメにしてみました。たぶんこれはもう少し水量の少ないとき撮ったものだと思います。私の写真でご不満のところはこれで埋め合わせてください。









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南部アフリカ大自然の旅 1

しばらくご無沙汰いたしました。昨夜遅く無事帰宅いたしました。お天気女なのでしょうか、この度もず〜っと上々のお天気でいい旅行をしてきました。自然が大きすぎるというのかいい写真がありません。特に動物は思うようにポーズは取ってくれず、また、遠くから見ることが多くあまり撮れませんでした。ご期待に添えないかと思いますが、しばらくは旅行記を載せます。よろしかったらお付き合いください。

10日夕方出発。成田〜香港・・・5時間10分、香港〜ヨハネスブルグ・・・13時間20分、ヨハネスブルグ〜ヴィクトリアフォールズ空港(ジンバブエ)・・・1時間40分。乗り継ぎの待ち時間を入れると丸1日かかって、やっと着きました。時差7時間でお昼到着です。

ジンバブエで昼食を済ませ、マイクロバスで(この地域ではいわゆる大型バスはありません)国境を越えてザンビアのザンベジ・サンホテルへ。

広い敷地の中に建つ、野外プールつきの大きなホテルです。いかにもアフリカのホテルらしくフロントの電気スタンドも河馬の木彫です。

午後ゆっくり休息をした後、夕方からザンベジ河クルーズです。広い河幅に豊富な水がゆったりと(大きな流れなのでゆったり見えますが、かなりの速度)流れています。

この時期は雨季にあたりますので岸辺の木々は水中に立っています。明日はこの下流で一気に流れ落ちるビクトリアの滝を観にいきます。

運がいいと水辺に動物も見られるということでしたが、残念!!

涼しくなった夕風に吹かれながら船上でビール。同乗したドイツのグループとも交歓。川に沈む夕日を眺めます。

日が沈むと急速に暮れていきます。




ジンバブエは貧しい国です。財政はほとんど破綻状態なのだそうです。現在の大統領がヨーロッパに親しまず、アパルトヘイト時代に支配していた白人から、土地を取り上げ国民に分け与えたのはいいのですが、白人と対立関係になってしまい、農業のノウハウを学べないまま土地だけ手に入れた国民が、産業としてなりたてられなくなったのだそうです。

経済成長率はマイナス、失業率は70%を超えるといいます。平均寿命は38歳。寿命は短くなってきているとのこと。その原因の大きなものがエイズ。30%ほどの人が罹患しているとか。

立派なホテルは国民の生活とはかけ離れたもの。観光でお金を落とすのもこの国のためと割り切っても、何か心が痛みます。



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旅にでてまいります

「南部アフリカ大自然の旅(ビクトリア滝・喜望峰。ナミブ砂漠)」というツアーに参加してきます。明日3月10日夕刻に成田を出発し、23日遅くに帰宅いたします。
そんなわけでしばらくブログをお休みいたします。どんな旅になるか分かりませんが、いい写真が撮れましたら帰って来てからお目にかけます。

先ほどスーツケースを送り出しました。この度、香港からヨハネスブルグまで乗る南アフリカ航空は荷物の重量が20キログラムまでと、制限がとても厳しいのだそうです。旅行社から各自自宅で量ってみて超過していないようにしてくださいと念を押されていました。

さてそこでクイズ。
体重計にスーツケースを載せると大きすぎて秤の目盛りが見えなくなります。どうしたら重量が量れるでしょう?

答え。
まず荷物を持って自分が体重計に乗ってその目方を見る。・・・A
次に自分だけが秤に乗る・・・・・・・・・・・・・・・・・・B
A−Bが荷物の重さ、です。旅行社の説明会で習ってきました。ちょっとした発想の転換ですね。頭は柔らかくしておかなければいけません。

では行ってまいります。
留守の間のテンプレートに沈丁花の香りをおいておきます。
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謝罪しなければならないほどのものかしら

1週間ばかり前の新聞にこんな記事がありました。(朝日新聞・日経新聞ともにほとんど似た報道でした)。

川崎市立の中学校で遅刻者への指導として、遅刻の回数にあわせて、「イエローカード」「校長先生と面談」「地獄へ直行」と書いた場所に、該当する生徒の名前を書いた付箋紙をはった模造紙を、廊下に貼りだした。7・8人の名が張り出されたが「地獄へ・・・」に貼られた生徒はいなかった。

これについて、校長が「遅刻を減らそうとしたが、間違った指導だった」と謝罪した。その指導を試みた教諭も「やり方が間違っていた。申し訳ない」と生徒に謝罪したという。

これを読んだとき、私は「え、こんなことで校長や教諭が謝罪をしなければならないの」と思いました。そして次に、「先生と生徒の関係が(もしかしたら生徒の保護者とも)冷え切ってしまっているのかしら」と思いました。

「地獄へ直行」は取りようによっては少し過激な表現かもしれませんが、先生と生徒の絆が温かく結ばれていれば、そして教師が生徒から信頼を受けていれば、たとえその場所に貼り付けられても、「や〜あ、先生やりましたね。参ったな。でも遅刻したほうが悪いもんな。やられたな。地獄行きかあ」と冗談混じりですむ話ではありませんか。
それが校長謝罪などになってしまうのは、よほど両者間がぎすぎすしているのか、過敏になりすぎているのかではないのでしょうか。

私が中学生の頃は、遅刻回数どころかテストの点数まで全員一覧表になって貼り出されたりしていました。何の問題も起こらぬどころか、上位のものは上位で、中間どころは中間どころで、下位は下位で「○○さんには負けたくなかった」といい意味で競っていたものです。変な劣等感はなかったと記憶しています。

勿論「けしからん」などと突き上げてくる保護者などいませんでした。

反対のお考えの方も多いかと存じます。ご意見お聞かせくださいませ。

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