おせっちゃんの今日

平凡な主婦の平凡な日々のあれこれ帳です。
自分への応援歌でもあります。

いろいろ…話題に行き詰って

2017-06-24 08:35:59 | 雑記
先日痛めた腰、これはほとんど気にならないほど治ってきましたが、脚の異常なだるさが取れません。医者は同じ腰からのものだとおっしゃいます。しばらくリハビリにお出で、とのこと。引き受けている会合などがない限り通っています。電気をかけて、療法士さん(というのでしょうか)が脚を持ち上げたり、曲げたり伸ばしたり、自分ではとてもここまではできないと思うストレッチをしてくれます。

係りになってくれた療法士さんは、さあ、まだ独身のお兄ちゃんでしょうか、それとも家庭を持っている人でしょうか、少なくとも我が息子Kよりはずっと若いと思われる人です。決してイケメンではありませんが、治療をしながら、親しみ深く話しかけていい感じの人です。

「あれ、ブローチきれいですねえ。手作りですか?」。以前ブログ記事にした、つまみ細工のブローチを付けていました。「ああこれ。区民センターの講習会で習って作ったのよ」、答えながらびっくりしていました。男性が、年寄のブローチなどに興味を持って、褒めてくれるなんて。わが夫や、息子、つけていることにも気が付かないと思います。どうせ話題にもなりませんから私も強いて話題にもしませんが。世の中にはこんな男性もいるんだなあ、と感心しました。


一昨日、葉室 麟の「紫匂う」を読み上げました。この作者の作品は好きでよく読むのですが、この作品は特に気に入りました。
ちょっとした事情があって、恋した人とは添えなかった女性が、他の男性と結婚。二人の子をなして何年か経ちます。昔の恋人・・・一度だけ結ばれた・・・が、藩のごたごたに巻き込まれ、逃げてくる。これをかくまって助けようとする。凡庸だと思っていた夫が実は素晴らしい男だと気づいていく、その夫の素晴らしさ。読者も引き込まれます。一読の価値がある作品と思いました、

今朝の朝日新聞。「竜馬がゆく」「坂の上の雲」の自筆原稿が発見されたと。司馬遼太郎の推敲の跡から、作者の作品への思いが伝わってくると。
「竜馬」のラストシーンは、「天はその若者を惜しむように召し返した」という最初の表現から、激しく手を入れた跡が残り、「天が(略)その使命が終わったとき惜しげもなく天へ召しかえした」と修正してあるとのこと。

今、ほとんどの作家がパソコンで原稿を書いているようです。効率的であろうとは思うのですが、こうした作家の息遣いや、推敲の跡が残らないということは、寂しいことと思うのです。
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思ってございます・・・これ変

2017-06-23 15:16:44 | 雑記
つい最近の朝日新聞 朝刊 天声人語に、はびこって来た変な語法が取り上げられていました。
まず、天声人語氏の文章から(私が適当に要約しています)

国会の質疑で違和感を覚える言い回し。「思ってございます」「感じてございます」。聞くたびにムズムズした感覚に襲われる。

言語学者・尾谷昌則・法政大教授の解説。
「ございます」は「あります」を丁寧にした言い方。「思ってあります」と言わない以上、それを丁寧化した「思ってございます」はおかしな表現となる。
尾谷教授が国会議事録で用例を探してみたら、「感じてございます」は1947年(戦後まもなく)の衆院で見つかった。復員兵に衣食の払い下げをする役人が使っていた。
「思ってございます」はずっと下って1973年人事院幹部が「疑問に思ってございます」と使っている。
今世紀に入って急増しつつある。「思ってございます」が急増し、「思っております」は減りつつある。

永田町だけに限らない。教授自身、数年前に飲食店で「左右に同じ料理が並んでございます」と店員に言われて驚いた。
なんにでも「ございますを付けてしまう」。過剰な丁寧化現象。

私自身も経験しました。区民センターの教養講座で現地見学会一日バス旅行をしますが、一昨年と、昨年と偶然同じバスガイドさんでした。そのガイドさんが「・・・ございます」派でした。
天声人語氏ではありませんが、ムズムズのしっぱなしでした。

これと似たようなことで、ときどき話題になることがあります。
「とんでもございません」という言い回しです。

「とんでもない」の「ない」は「ある・ない」の「ない」ではありません。「みっともない」などと同じく一続きの言葉です。それが証拠には「とんでもある」とは言いません。
従って「ある」の否定語の「ない」と混同して、「ございます」を否定して「ございません(とんでもございません)」というのは、変な表現です。

「とんでもないことでございます」というべきでしょう。
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文化・芸術ふれあい会

2017-06-22 16:10:20 | 雑記
昨日午後、区民センターの多目的室でS地区社会福祉協議会主催のふれあい会が開かれました。社会福祉協議会に賛同して加盟している個人や団体 が納めた会費の一部を資金として、地域の人々が親しく顔見知りになることを目的にして、ふれあい会を開いてくださるのです。

第一部 ジャズコンサート。
ボーカル MICHIKO・ピアノ 寺島 優樹・ベース 広目 亮



観客の年代が高く、今一つ乗りが悪く、「お行儀のいいお客様で、私たちもちょっと勝手が違って戸惑います」などとおっしゃっていましたが、聴き手もだんだん雰囲気にも慣れ、最後は手拍子も入り、湧きました。

第二部 手作りタイム
可愛い和紙の栞を作りました。その後ティータイムと抽選会。
籤運の悪いおせっちゃんは、初めから期待しないであきらめていましたが、なんと当たったのでした。
お菓子をいただきました。

第三部 落語
立川談志の弟子の「立川 平林(ひらりん)」さん出演でした。本名が平林 芳金で、師匠が「ひらりん」と名前を付けてくださったのだそうです。
落語で楽しませながら、母さん助けて詐欺や、悪質商法詐欺などに会わないようにと、啓発活動に力を入れているのだそうです。警視庁から6度も表彰されたのだとのこと。

この度も、騙されないという人ほど騙される・・・いろいろな例を笑わせながら話してくださいました。



第四部 おまけ・・・安来節

「日本一の安来節」を見ていただきます。との前口上。これが冗談なのか、本当にコンクールなどで一位になったのか、聴き分けられませんでしたが、見事な踊りでした。
ジフアニメにしておきましたので、ご覧になってください。

 

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姉の思い出

2017-06-21 16:45:12 | 雑記
昨日、姉の没年の歳になったと書いているうちに、古い記憶がよみがえりました。
ご飯茶碗とチーンという音が思い浮かんできたのです。

私が小学校の1・2年生の頃のことだったと思います。ということは昭和21・2年のことになります。まだまだ日本が貧しい時代でしたし、我が家も貧窮の時代でした。田圃を作り、山を切り開いて畑を広げ、食べ物はほとんど自給自食していた時代です。H市の中心の町まで出かけるなどということはほとんどありませんでした。

何の用事があったのでしょう。姉につれられて、街まで出かけたのでした。中心までは木炭自動車でしたが細々と通ってはいました。でも耐乏生活の二人は片道4キロの道を歩いたのだと思います。

他のことは覚えていません。記憶にあるのは、瀬戸物屋の店先です。姉が自分のご飯茶碗をえらんでいるのです。あれやこれや慎重に選んでいます。お店のおばさんがきれいな白地に紅葉した楓の葉が描かれたお茶碗を勧めました。指でチーンとはじいて、「いい音がするでしょう。薄手の上等のお茶碗ですよ。おまけしてあげましょう」と勧めています。

姉は両掌で包んで見たり、重さをはかるように片手で持ち上げて見たり、気に入った様子を見せながらも傍らにおいて、他のお茶碗を試し始めました。
子どもの目で見ても、先ほどのもみじの図柄のお茶碗の方が素敵だと思えました。
まだ迷っている姉を押すように私が言い放ったのです。「こっちの方が良いよ。これにしたら」と。

姉は困った顔をしました。値段のことを気にしていたに違いありません。お店のおばさんはこの時とばかり勧めます。とうとう思い切ったように、姉は紅葉のお茶碗を買ったのでした。

今から思うと、当時の我が家には買ってはならない高いものだったのでしょう。そのあと帰宅して、姉が母にどう説明したのかなどは、私に記憶がありませんが、当分の間「おせっちゃんが大きな声でこっちがいいというものじゃけん、断れなかったんよ」と言い訳をしていました。

お茶碗一つ、一大決心、一大消費だったのですね。
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70代最後の誕生日

2017-06-20 16:17:35 | 雑記
今日6月20日は、私の誕生日です。70代最後のその日になりました。79年前この世に生を受け、長い道のりを生きてきたわけです。長い?いつからか、飛ぶように超特急で年月は過ぎていくようになりましたが。

それとともに、心身の衰えはどう隠しても誤魔化せるものではなくなりました。これからの人生がどこまで許されるものか分かりませんが、精一杯気張って楽しく生きていこうと思います。

以前書きましたが、髪のマニュキュアを止めました。根元からだんだん白くなり富士山状態ではみっともないと思っていましたが、これが案外うまくいきました。美容師さんが、早く全体が白くなるようにとちょうど季節も夏に向かいましたし、うんと短めにカットしてくれました。これが大成功。染め残しが薄茶色にゴマ塩に彩を与え、なかなかいい具合なのです。
友人知人から「似合っているよ~」「若返ったんじゃあないの」「髪型が素敵よ~」とお世辞が半分とは思いますが、褒めていただけるのです。その度に「白髪のおばあちゃんになったでしょう。顔のしみしわにはこの白髪頭の方が似つかわしいのよね」と答えることにしています。

79歳。干支一回り上の姉が亡くなったのはこの歳でした。姉を思う時、死は近いのだなあと、死を親しく感じます。クラスメートと話すのですが、思い煩うことはないのよ。人生しっかり生きてきたじゃあないの。見つべきことは見つよ。でももう少し元気で生きますか、と笑うのです。

先日、プリンターの買い替えを手伝ってくれた息子Kにお礼の気持ちもあって、少し早めのお祝い夕食をしました。今夜は何をとは計画しませんでしたが、夫が「ワイン買って来たよ」とのこと。父の日とともに祝いましょう。

幸せな79歳の出発です。
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2種類の評価

2017-06-19 15:22:07 | 雑記
少し古い新聞記事ですが(5月31日 日経新聞夕刊 あすへの話題)東京大学教授の西成 活裕氏がこんなことを書いていらっしゃいました。

カバンを買った。品物が多くて、なかなか決めることが出来ない。店員にも助言してもらって、5つばかりを選び、それらの中から決めた。
実際に使ってみると、まことにうまくできていると思うところあり、逆にここは使いにくいというところもある。
どうも私は求める時に、他のカバンとの比較ばかりして、商品そのものをちゃんと見ていなかったのではないか、と思った。

これは、モノだけでなく人を評価するときにも当てはまることではないかと思い至った。

「彼にはできたのに、どうして君にはできないの」と責めるのは相対的な比較である。
「昨日は出来なかったのに、今日は出来るようになったね」という、他人と比較しない評価。

この評価は、学校教育にも当てはまる。
入学から卒業までの伸び分こそが、学校が生徒に提供できた価値なのだ。が数値化が難しくて評価には使われにくい。

もともとできる人をちょっとだけ伸ばした場合と、あまりできない人を大きく伸ばした場合は、付加価値は異なるだろう。
ダイエットで50キロの人が2キロやせたのと、100キロの人が20キロやせたののでは意味合いが違う。


大学を卒業して、3年だけ、今から思うと、本当に自分が生徒だったとしか思えない、プロ意識のない教師でしたが、とにかく勤めました。
学期末には日常点、提出物、中間期末試験の点数など加味して成績表を作らなければなりません。
この時、ただ点数を並べるのは、機械的です。大して頭を悩ませません。ただ通知表にはその点数により、5~1の評価をするのです。もう忘れましたが、1と5は〇%、4と2は△%3が一番多いのですが☐%と決められていたのです。この境目に悩みました。ほとんど差がないのに一段階違う生徒が出てくるのです。

今の学校評価はどうなんでしょう。こうした相対評価はすたれているのでしょうか。目標とする勉学の完成度で・・・絶対評価・・・で評価されているのでしょうか。クラス全員が目標の90点を取れば全員5になっているのかな。
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思い切って

2017-06-17 15:52:43 | 雑記
我が家の庭のメインの木が2本あります。
1本は前庭の白木蓮です。以前ブログにも書きましたが、父が亡くなった時、ふるさと山口の屋敷うちの白木蓮がそれこそ満開の時で、夜目にも白く浮かび上がって見えました。まるで父の魂がそこに憩っているような気がしたものです。その時から私は白木蓮を父の木と定めました。今住んでいる家を建て庭を整備するとき、庭師さんに頼んで一本植えてもらったのです。

それが土が合ったというのでしょうか、まことに勢いよく大きく茂り、毎年3月初めには、道行く人からお褒めの言葉をいただくほど見事に白い花を咲かせるのです。
木蓮は、花が終わった木にはもう来年のつぼみがついているのです。蕾が付いた枝を切り詰めるのは可哀想と一年延ばしにしておりましたら、どんどん大木になっていきました。庭の他の木が勢いを失いますし、部屋の日当りも阻害されます。
昨年末に植木屋さんに、一年花は我慢しますから、いい時期に思い切って詰めてくださいとお願いしておいたのです。今日来てくれました。

もう一本は、中庭の東塀際に隣のアパートを隠すように植えている金木犀の木です。今の家を建てる前の古家の庭にあった木をそのまま植え替えたものです。これがまたこの場所があっているというのでしょう、毎年かなり切るのですが、背が高くなりすぎます。思い切ってばっさり詰めてくれました。2枚目の写真がその切り口です。無残ですが、すぐまた芽を出し伸びますからとのこと。

元気に回復してね。手荒でごめんね。





職人さんが入っていると出かけるわけにはいきません。整形のリハビリもお休みです。先日来やろうと思いながらできなかった思い切った片づけをすることにしました。まとめて粗大ごみに出そうと思います。

🔴 編み物をしていた時、簡単な織機を使って布を織る授業がつけ足されました。その時の織機が不用品になっています。
🔴 母や姉から下がってきた和服、ずいぶん重宝に着ていますが、どうしても着ない真夏の薄物など、この際思い切って処分と決めました。らい太が友の会で使うかと、勝手に送りつけました。不要ならそちらで処分をしてくれとメールもして。
🔴 その和服が入っていた茶箱、これが粗大ごみに。
🔴 息子Kが、「置き場がないんだよ。置かせてくれ」と持ち込んだまま、引き取らない海外旅行用のケース2個が場所ふさぎ。「要るの?要らないの?」と電話で確めたら、「古いもので、そのものが重くて物を入れると重量オーバーになるんだよ捨てて」とのこと。処分代がかかるのだけれど、まあこっちで負担してやるか。
🔴 木綿綿の重い掛け布団がある。今どき、この重い布団は使わない。我が夫婦に死が訪れた時、山口から娘一家が上京するだろう。5人前は布団が必要。それだけは残して(客用に備えてある羽根布団と化繊綿の軽い布団)。掛け布団5枚を処分することに。

思い切りの一日。
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頓馬なこと2題

2017-06-16 15:02:51 | 雑記
今月から、ハガキが10円値上げ、62円になりました。このことは重々承知していました。
先日もちょっと書きましたが、じいじフレンドと52円ハガキは5月中に使おう、と訳の分からない理屈をつけて、用事もないのに雑文を書いてはやり取りしていました。
二人とも結局全部を5月中に使い切ることはできませんでした。

あちらから、10円の切手を貼り添えて葉書が来たのは1週間も前のことだったでしょうか。切手は朱鷺をデザインしたものでした。
一昨日、徒然なるままにハガキを書きました。
「朱鷺の助けを借りてお葉書します」の書き出しでした。買い物途中で投函しようと例によって手の持って家を出ました。勿論、切手を貼り足さなければ・・・と言い聞かせながらです。

でも老いた頭は働きませんでした。ポストを見るや否や、反射的に手に持ったハガキを投函してしまいました。あ~・・・と思った時は「後の祭りよ~🎵」でした。

どうしようもないのでメールを打ちました。これこれしかじかだから、もしそのまま届いたら不足分立て替えておいて。ごめん。と。
昨日付箋を付けて、我が家のポストに舞い戻ってきました。今度こそ、朱鷺を貼ってポストに入れました。

それにしても頭の働きが弱っていますねえ。

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先日スーパーで紙1リットルパックの牛乳を求めました。家に帰って冷蔵庫に入れようとした時、あれっ、と思いました。ほんの一滴ですが、牛乳が手についたのです。あれ・れ・れ・とは思いましたが、大して気にせずいつものように扉のポケットに立てました。

それから何時間後に、扉を開けてびっくり、扉のポケットの底だけでなく、庫内の底一面に牛乳が流れているではありませんか。
主婦歴半世紀以上、パック不良で牛乳が漏ってしまうなどの事件に遭遇したことはありませんでした。あの一滴手についた時、きちんと確かめるべきだったと悔んでみてもこれまた、後の祭りよ♬でした。

夕方の気のせく時間に冷蔵庫の棚を外し、掃除をする羽目に。ところが困ったことに冷蔵室と野菜室との仕切りの底板がどうしても取れません。悪いことにその部分は、2重になっていて、その間にも牛乳が流れ込んでいるのです。どうにか外そうと焦ります。よく見ると、ねじが見えました。
ホイホイ、このねじで止まっているのかな?外してみました。底板は取れないままなのに、自動製氷機の部品がころりと外れてしまいました。それも2重の底板の間に遭難してしまったのです。もはやわが手ではどうしようもなくなってしまいました。

6・7年前買った時の説明書を引っ張り出しますが、こんな修理のことは書いてありません。困った時の相談室の電話番号はありましたのでそこにかけました。「電気製品は5年間は部品など保証しますが、お宅はもう切れていますから、上手くいくかどうかわかりませんよ」などと脅かしながらですが、翌日来てくれることになりました。

冷蔵庫本来の機能は少しも壊れていないのに、ねじを緩めて部品が転げ落ちたばかりに、全体を買い替えなんて・・・と心配で、その日の夜の眠りは浅かったのです。
翌日来てくれました。さすがにそのメーカー専門の修理屋さんです。ちょっとした底板外し技もクリア、製氷機の部品もきちんとつけてくれました。

勿論牛乳もきれいに拭き取りました。修理費は出張費も含めて7000円ばかり請求されましたが、冷蔵庫買い替えも頭をかすめた事件でしたので、あまり負担にも思わず払いました。

プリンターと言い、ハガキ・冷蔵庫と言い、いろんな事件が主婦を襲います。
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三角折り

2017-06-15 15:56:23 | 雑記
朝の主婦仕事をしながら、羽鳥モーニングショーを見る(聞く)ことにしています。
昨日のその中で「トイレットペーパーの三角折りは止めるべきか」と言っていました。

ある病院のトイレに「トイレットペーパーの先の三角折りは衛生面の観点からお止めください」と書いてあったのだそうです。それを見た人が、写真に撮ってFacebookか何かに投稿したのだそうです。瞬く間にそれが拡散して、「折る」「折らない」と話題になっているのだそうです。

番組では、灯を落として、特殊な薬品を吹きかけて、手についていた汚れがほらこんなに紙に移っていますよ。これがノロウイルスなどだったら、よかれとしてやった行為が、病原菌の拡散の手助けをすることになりますよ、と言っていました。

私は、細かい神経を持ち合わせない人です。折って出たことがありません。折ることが後の人に対する礼儀などとは思ったこともありません。これが折れていたといって気分がいいですか? 公衆トイレは、大抵のところが行列です。その人たちを無駄に待たせて折るかねえ、と考えるのが私です。
番組のコメンテーターも折る派折らない派が拮抗していましたが、結論としては

神経質になれば、汚れはどこにでもあるし、少々の汚れでいちいち病気になっていては、この世で生きてはいけませんよ。でも病院などでは確かに、折らない方が良いのでは、とまとまったようでした。

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昨日わが家の台所の水道蛇口にこんな浄水器が付きました。長年ダスキンのハンドモップを使っているのですが、昨日は交換日でした。係りの人が「長年使っていただいたお礼に浄水器を付けて差し上げることが出来ますが・・・」というのです。
私の頭の中には蛇口の先にちょっとしたものを差し込むものをくれるのかと思い「じゃあ戴くわ、ありがとう」と言ったのです。
「取り付けておきましょう」とこんなものが付いたのでした。

水流を、普通の水が出る・浄水のフィルターを通った不純物(塩素やトリハロメタンなど)を取り除いた水が出る・洗い物をする時水が跳ねないように工夫したシャワーで出る・の三つのバージョンを使いこなすのだそうです。

お茶やコーヒーを入れる場合とか、お米を炊く場合とかはフィルターを通した水を使うと味も香りも違うのだそうです。
これまた神経の荒い私にはの見分ける繊細さがないと思われるのですが、。。。おまけに私は臭覚を失っていますし。。。
とにかくありがたく使ってみようと思います。

でも、係の人が去ってから考え付きました。
フィルターは交換が必要なのだろうな。きっと本体をサービスすると誘い込み、今から先フィルター代で稼ごうとするのかな、と。
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近所で起こっていること

2017-06-14 15:37:41 | 雑記
我が家のあるところは、まあまあの住宅地です。すぐ近くに区立の公園もあって概ね満足して暮らしています。

でも、相続が発生すると、我が家もそうなのですが、兄弟姉妹が分割して相続するとか、売ってしまってお金で分け合い、郊外に引っ越していかれる方もあるようです。そのあとは業者が買い、何軒かの建売になったり、アパートが建ったりすることが多いのです。そうしたわけで、昔に比べればずいぶん建て詰まってきています。狭い都会の土地では仕方がないことではあります。それに広い敷地のままでは、到底手の出ない値段になりますから。

それでも時にはこんな問題も起こってきます。すぐご近所のことです。広い敷地のお宅の持ち主が亡くなり、お子様でしょうか売却なさいました。それが2分され、一方が普通の住宅になり、入居なさいました。町会にも入ってくださったばかりです。
もう一方の方の工事が始まりました。ご近所には建築を請け負った業者が挨拶には来たようですが、建主は何の挨拶もなく、建築許可の看板も立たないまま工事は始まったのです。建築業者に何が建つのか聞いたところ、「まあ、アパートと言ったらいいのかなあ」とあやふやな返事。これは・・・と思って突っ込んで聞いてみると、3・4畳の部屋で、台所の流しも、風呂もないものが15・6軒並んだ寄宿舎だとのこと。どういう設計になっているかと聞けば、他方を買って家を新築なさったばかりの方にずらりと15・6のエアコンが並ぶのだとのこと。

こんなことだったら、この場所に土地を買い家を建てはしなかったと、がっかりなさるやら、腹を立てられるやら。
建築許可の看板も立たないのでは、違法建築ではないかと手を回して調べたところ、アパートとしては許可は下りない建築だけれども、寄宿舎だから許可は下りているのだと、工事は進むばかり。

ここに、どんな寄宿生が入るのか分からないが、若い人なら夜中の出入りも激しくなるかもしれないし、騒音や、ごみの処理など、管理人も置かないとのことだから、どうなるかと、戦々恐々。
むやみに排斥するのもいけないことでしょうけれども、心配よ~と、言っていらっしゃいます。

同じ地域にこんな建物利用もあります。6畳と言っても畳が6枚というばかりで寸法は4.5畳ほどしかない部屋が、1階2階に2部屋ずつ、のアパートが詰めならべに10軒ばかり並んだ、他の場所にはそぐわない一角があります。
その1軒が急に工事をはじめ、エアコンを3個付け、湯沸かし器を1個取り付けました。初めは、4軒を1軒として持ち主が住まわれるのかなと思っていたのだそうです。ところが、大きなリュックを背負った外国人がやってきて、暗証番号らしきものでキーケースを開け、キーでドアーをあけどやどやと入って行ったのだそうです。中は一部屋にベッドが2客(3客かな)詰めならべに置いてあり、湯沸かし器が取り付けられたところはシャワー室になっているのだそうです。

いわゆる外国の観光客の安い宿になっているようです。管理人はいませんし、ご近所へのご挨拶・説明などまったくなかったのだそうです。

オリンピックを控え、外国のお客様を迎えよう、おもてなし・・・というのは解ります。一概に外国の方を排斥するわけではありませんが、部屋が狭いし、タバコなどは許されていないのでしょう、夜も遅くまで、家の前でたむろして、大声でしゃべったりしていると、やはり不気味なのだそうです。細い道を挟んだ向かいの家の奥さまは、夜は家から出られません、と嘆いていらっしゃいます。

自分の土地に、許可を得て、建築をする、なにが悪い、と言われると、なんとも言えないのかもしれません。でもまずご近所に説明をする、管理者がはっきり表に出て、問題があったら受け付ける態度を示すなど、常識的なことはしてほしいですよね。

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