おせっちゃんの今日

平凡な主婦の平凡な日々のあれこれ帳です。
自分への応援歌でもあります。

遊びが労働に変わる

2017-02-27 12:34:32 | 雑記
2月24日、朝日新聞夕刊に、清水ミチコの「まあ、いいさ」というエッセイがありました。その中になるほどなと思える、含蓄のある言葉を見つけました。おせっちゃん風に短く編集しました。

タレント仲間と石垣島に遊びに行きました。漁師のおじさんが、釣りにつれて行ってくれました。初めてだったけれどこれが面白い。魚が釣れるたびに、驚きとともに、何と面白いものかと知りえました。
2時間ほどたったときです。おじさんが突然叫びました。
「もう、止めた方が良い。帰るぞ~」。
「やだあ~。なんでもう帰るの?!」
「あんまり魚が釣れ過ぎると、労働に変わるのサ」。
唸りました。遊びが労働に変わる、という短い言葉に。
遊びというのは、どこかで切り上げるから面白いものなのか。時間と欲に流されると快楽はすぐに消えていくものなんだ。もしかしたら小さいころに覚えた釣りには、おじさん、今とは全然違う喜びの思い出があるのかもしれない。

いくら好きな面白いことでも、どこかを境に、遊びから労働に変わってしまうのでしょうか。楽しみから苦しみに変わるものなのでしょうか。
遊びの時間を楽しむためには、シャカリキに目いっぱい遊ぶのではなく、余裕がいるのかな。

ちょっと意味合いは違いますが、今朝の「折々のことば」には、S・シルヴァスタインの絵本「ぼくを探しに」(倉橋由美子訳)が取り上げられていました。
球体のぼくには、欠けた部分がある。その足りないところを探しに旅に出るが、がったんごっとん、上手く転がらない。でも虫や花と遊べるし、穴ぼこにも落っこちる。やっと欠けを見つけて、真ん丸に形が整うと一直線に転がってもう誰とも遊べない。欠けているところに僕はあった。

何らかの足りないところがあってこそ、ゆったり時間が流れて、遊び心が生まれるのかな。

朝日新聞の土曜特別付録に「サザエさんを探して」という、記事があります。古いサザエさんの漫画を振り返り、その時代を解析するものです。
先日、1956年1月30日の漫画が取り上げられていました。

一コマ目・・・波平が南極探検の記事の載った新聞を読みながら歩いている。
二コマ目・・・同じく波平が人工衛星の記事を読みながら。
三コマ目・・・同じく宇宙旅行の記事をと見ながら。
四コマ目・・・波平、ふと目線を上に。「オ、梅のほころびたのを見逃すところだった」。

せかせかせかせか、しているだけではなく、時には周りを見回す余裕は欲しいか。

現在、多くの人が掌の中のスマホの画面を見続けています。時には他に目線を移してみようではありませんか。余裕が大事ですよ~。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

町会のお役目

2017-02-25 14:52:03 | 雑記
2月もあと何日か、年度末が近づいてきます。
この時期になると来年度のお役目を引き受けてくださる方を探すことが悩みの種になるのです。

我がD4丁目町会は、11区に区分けされています。その区が更に2~4班に分けてあります。
区に理事さん、班にお当番さんを置いて、例えば会費の徴収、敬老記念品の配布など、お世話に当たっていただくようにお願いしてあります。

私が属する区、班は、住居の逆時計回りに順番に引き受けるように、さして不都合もなく、決まっています。長年のうちに、うんとお年を召した方がお役御免を申し出られたりしますけれど、皆さんお互いさまと、パスさせて差し上げているようです。

ところがたまにこうした順番に回るのではなく、適当にできる人にお願いしていた。ところが、一つ一つの家が、代替わりで何軒もの建売住宅になり、そこに越してきた新しい住人は、なじみがなく、町会のお役など引き受けたくない、私は町会には入りません、知らない人の中でお役目などとんでもない、という方続出なのです。
こうした新しい方をそれではとパスさせると、今までお役を引き受けていた人まで、私だって引き受けたくないわ、町会脱退よ。と言い始めることになるようです。

町会自体が、任意加入団体ですし、誰しもお役は重荷になるのかもしれません。でもいざ大災害が起こった時などは、ご近所は助け合わなくてはならないでしょうし、避難所では町会が単位となって運営されていくようになるのだと思います。こうした非常時に、顔見知りがなく、各々が孤立している人間関係は厳しいと思うのですが。

先日来、一つの区で来年度の引き受け手がいない、どうしようと申し出られたところがありました。とりあえず、あなた様が続けてというわけにはいきませんか、というと、私はまだ小学生の子どもがいるし、勤めてもいますから、今年一年が終わるのを指折り数えて待っていたのです。もう一年はできません。とのこと。
一度順番を崩すと、そのあとはますます引き受け手が無くなると思います、とおっしゃっていました。

副会長をやっている私が、考えてみる、と言わざるを得なくなりました、私とて、この地域の地のものではありません。その問題の区のあたりは手掛かりがないような状態です。区の名簿をたどっていてあ、この方と目が行きました。息子Kの小学校の時のお友達のお母さんです。ほとんど親しくお付き合いはしてない方ですが、これも手掛かり、訪ねて行ってお願いしました。もう80に手の届く歳よ、来年一年だけよ、ということでしたが、どうやら引き受けてくれることになりました。

1年経った来年の交代の時はどうなるのでしょう。とにかく今年は乗り切った。

それにしても人のつながりの希薄なことです。以前もこうした綱渡りの班があって、苦労したことがありますが、その時はとうとう何軒かの人が脱退してしまわれ、残った人も集金をする人がいないから振り込みでということになったのです。結局一年で、つながりが全くないのは心細いと、話し合って元の状態に帰られたのでしたが。

その時のとうとう脱退された方。私も最後に言葉を投げつけました。「避難所などでは町会単位で動くことになると思いますが、そんな時お困りになることがあるかもしれませんよ」。と。

その時の、若い方のお返事が忘れられません。
いいです。そうした非常時の時、いちいちこの人は町会員、この人は属さない人と区別ができるとは思いません。結局同じになると思います。其れなら、脱退しても同じじゃあありませんか。とのことでした。

虚しいですね。


コメント (7)
この記事をはてなブックマークに追加

12年経ったのですね

2017-02-23 22:47:19 | 雑記

急降下・急上昇の気温の変化に振り回される、今年の2月です。振り回され、目を回して、ぼんやりしている間に、もう2月も残りが少なくなりました。う~ん。ため息が出ます。

あ、そうだ。お雛様を飾ってやらなくては。お雛様は、3月3日が過ぎたら、すぐにしまわなければ、娘の婚期が遅れるなどと言われて、片付けをせかされるものです。
娘ももう52歳のおばさんになり、三人の子どもに恵まれてもいますから、お雛様の仕舞い遅れではびくともしないと思いますが、あまりの短いご登場では、お雛様が可哀想と、今日、飾り付けました。

といっても事は簡単です。娘の7段飾りは、もう10年にもなりますでしょうか、氏神様の八幡様にお願いして焚き上げていただきました。その時残したお内裏様とお雛様も、5年程前に、近所の子供園に引き取ってもらいました。
玄関の下駄箱の上、2階の棚の上には、区民センターの実技講座で作ったお雛様をほいっと置けばお仕舞です。玄関は、桃の花の色紙の前に。2階は金屏風の前に置きました。赤い毛氈とで、春が一気にやってきました。

お雛様を飾りながらふと思い出しました。パソコン教室でブログを教えていただき、恐る恐る初めて書いた記事に、確かお雛様のことを書いたな。あれは一体いつだったのだろう。バックナンバーを遡ってみました。
2005年2月14日が初投稿でした。

まあ、今年は2017年。ということは12年も続けていることになります。よくもよくも駄文を綴ったことと我ながらあきれます。
時に苦しみ、時に楽しみ、生活の一部になっているようです。

読んでくださる皆様にはお礼申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

しびれ

2017-02-23 15:41:20 | 雑記
もう10日も前になるでしょうか、左脚がじんじん、じんじんしびれを感じるようになりました。脛の筋肉が固く、だる重く、太ももから踵のあたりまでしびれるのです。
先月長兄が亡くなって、葬儀に踵のある靴を履いて出かけ、それが原因で、脛の筋肉が痛んだと、勝手に自己診断をしていましたが、どうもそんな簡単なことではなかったのかもしれません、

近頃、中途覚醒という夜中2時3時に目覚めてしまう癖に困っていましたが、そこにこの痺れが加わりました。夜、考えることは暗い方へ暗い方へ落ち込んでいきます
近い身内に、筋肉がだんだん弱って来て、全く身動きが出来なくなり、寝たっきりのまま何年も過ごした難病の人がいましたので、ついつい、これはあの難病の初期症状ではないか、などと心配になってくるのでした。

医者嫌いの私も、整形外科に駆け込みました。町医者ですが、評判のいい医者です。「しびれ」と訴えますと、え?それは調べないと。しびれは難しいのですよ、とのこと。レントゲンを6枚くらいも撮りました。現像したものを見ながらの説明。
「立派なものですよ。背骨や股関節などきれいなものです」
「首からということはありませんか」
「う~ん、この痺れは首からとは思えないけれど・・・」
ベトナム跳び下り事件で痛めた首ではなさそう。

「紹介状を書きますから、MRIを撮ってきてください。きちんと調べておいた方が良いと思います」。
はいはい、やっていただきましょう。大音響の中、輪切りの写真が1時間待つ間にできました。
それをもって再度整形に。

「脊椎も大丈夫ですね。強いて言えば下から3番目がちょっと痛んでいるかなあ。でもこんなのは問題ではありませんよ。様子を見ましょう。きっと自然に治りますよ」
「運動不足解消に、ウオーキングを習慣づけているのですが、続けていいでしょうか」
「ああやりなさい、やりなさい。いいことですよ」
「無理しない程度の軽めにしましょうか」
「無理していいですよ。ただ激しい痛みがあるときは止めること」
「脛の筋肉が固くだるいのですけれど・・・」
「湿布薬を出してあげるから、貼ってみなさい脊椎に神経が当たっているのだと効かないかもしれないけれど、まあそのうち治るから」
「我が家は冬おこたで暖を取っているのですけれど、正座ばかりはして居れず、足を投げ出すのですが、この姿勢をするとしびれがひどくなるような気がします」
「ああ、その姿勢は良くないかもしれないよ」

今座布団を二つ折りにしたものをお尻の下に敷き、正座風に足を折り曲げて座ってみています。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

香り

2017-02-22 16:41:17 | 雑記
半年ほど前でしたか、3・4日前の新聞記事がもう一度見たくなって、ネットで探しました。うまく見つかったのですが、それ以降メールで「朝日新聞デジタルヘッドライン」というのが入ってくるようになりました。

つい先日、こんな記事が配信されました。
名鉄バスが、昨年11月から、お客様へのサービスとドア付近から香りが発生する「香りバス」を運行した。喜ばれると思いきや、化学物質過敏症の人から健康を害するとクレームがついたのだそうです。公共空間での香りを巡って議論が沸き起こっているのだそうです。

同じようなことは、東急電鉄でも、駅のアロマ発生装置に対して反対意見があり、熊谷市でも市役所本庁や市立図書館で否定されることになったのです。

化学物質過敏症は身のまわりにある微量な化学物質に反応して、頭痛・めまい・咳などに苦しむのだそうです。患者数は70万~100万とも言われているとのこと。

様々な人が暮らしている共通の空間。一方に良かれと思うことが他方には苦しみのもとになることもあるのですね。

香りについては、こんな経験があります。ざっと満員のバスの一番後ろの席に座っていました。隣は空席でした。少し前の席に座っていた男性が、倒れ込むように隣の空席に移ってきました。
「いやア、安物の香水をつけやがって、気分が悪くなったよ」と相当怒った声で、罵っていました。
もしかしたら、この方、過敏症の人だったか?

先日、アロマリップクリームを作った記事の時、書いたと思いますが、私は嗅覚を失っています。嗅覚を失うということは、味覚も鈍くなります。愚痴を言っていたら娘のMaが同情のかけらもなく、あっけらかんと言いました。
「いいじゃあないの。鼻が悪ければいい臭いがかげない代わりに、悪い臭いも感じないでも済むじゃあないの」

こんな会話で済むほどのことならいいのですが。


コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

花咲か爺さんの灰

2017-02-21 13:07:59 | 雑記
昨日の日経新聞朝刊に表題の記事がありました。思わず引き付けられました。
読んでみると・・・

横浜市立大学の辻 寛之准教授らが「花咲か爺さんの灰」のように多くの植物で花を簡単に咲かせる薬剤を開発した。
芽が出た直後にかけると開花の時期が早まるという。

植物には「フロリゲン」と呼ぶホルモンがある。花を咲かせる時期になると葉が合成し、細胞内を通って茎の先端に移る。花のもとになる幹細胞を作る働きがある。

読んでいて、またまた不自然な。と否定的な考えが沸き起こりました。その時の私の頭に浮かんだのは、花屋さんに並ぶ生け花に使うお花でした。お花をお稽古していて、先生ともよく話すのですが、とにかく季節を先取りして、早く早く咲かせた花が出現してくるのです。
先日活けた花に、「コデマリ」がありました。「コデマリは自然界では初夏の花ですよね。それが2月からです。昔人間には季節感が変になります」と先生。
これはまあ、花咲か爺さんの灰を使ったわけではなく、温室で気温をあげるとか、室(むろ)で蒸らして咲かせたりするようですが。

ところが記事を読み進めると、もっと遠大な利用法があるようです。

イネや果物の開花時期を大幅に前倒しして、寒さや台風を避けての収穫ができる。
地球温暖化で気候が変わっても確実に花を咲かせる技術になるという。

先日、ハート形レモンと言う記事をアップしましたが、その中で、人工的に無理やり形を変えたりするのは人間の傲慢だともいえる、自然がいい、と言う考えと、一方、形を変えることで箱詰めや運搬などがしやすくなるのだ、許せるものもあると意見がいろいろでした。

温暖化の世の中で、人類の飢えを救うかもしれない、花咲か爺さんの灰。生きるためには食べなくてはいけないとなると、この灰は貴重なものかもしれない。許す許さないなどの議論以前のことかな。

コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

春の嵐

2017-02-20 13:02:30 | 雑記
台風を思わせるような強風が吹き荒れています。先日「春一番」が吹きましたから、これは「春2番」かと思いましたら、そういう言葉はないのだそうですね。
「春の嵐」と呼べばいいのでしょうか。

人生の春、自分でも制御できないほどの生命力の爆発に戸惑うことがあります。大人に反抗し、恋ごごろにさいなまれ、美しくも脆くも悲しい青春の入り口です。季節の春の嵐と重なります。

強風が吹きすさんでいるのに反し、気温は上がってきたようです。日本海に低気圧があって、それにまともに南風が吹き込むからだそうです。その低気圧が日本列島を離れると、また北から寒波が入ってくるとの予報でした。

先日、新聞の俳壇で「近づきて又遠ざかる春を待つ」・・・東かがわ市 桑島正樹

の句を見つけ共感を覚えたのでした。

こうした、寒さと、暖かさが交互にやってくる季節になると、父の毎年発する言葉があったことを懐かしく思い出します。
「三寒四温じゃのう。北の冬の神様と、南の春の女神さまが、力比べをしちょってんじゃ」と言うのでした。

これを書くのに、念のためネットで三寒四温を調べてみました。
冬の温かさと冷え込みが交互に一週間周期くらいにやって来ることを指していたようです。「今では春先の季節を言い表す言葉に変わってきているようだ」とも書いてありました。

いずれにせよ「春一番」と言う優しげな言葉でイメージする春ではなく、強風が吹き荒れます。
洗濯物が飛びそうで、今家内に入れました。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

思わぬ語源

2017-02-18 14:30:32 | 雑記
先日、浅田次郎の「赤猫異聞」を読みました。赤猫は火事で塀の上までちろちろと迫ってくる炎を指す言葉であり、また火から罪人を守るため、特別に牢屋から解き放す約束があるが、その罪人たちを指す言葉でもあるようです。
時は、明治元年暮。火の手の迫る伝馬町牢屋敷から解き放ちとなった訳ありの重罪人たち──博奕打ちの信州無宿繁松、旗本の倅岩瀬七之丞、夜鷹の元締め白魚のお仙を中心とした話でした。

こうした時代ものを読んでいると、話そのものの興味以外に、使われている言葉に思わず、「え?ああ?そうなの」と興味を覚えるものがあります。

🔴 ぼんくら

博奕打ちの信州無宿繁松の描写に使われていました。
彼は賭場の仕切りがうまい。===盆に明るい。
その逆に盆の上での勝負に対する目利きが暗いことから「盆暗」と書いて、負けてばかりいる人のことを指すようになったと。===間が抜けたさまの意となる。

賭博用語から出た言葉などとは、全く知りませんでした。知らないまま使っていました。

🔴 「うわまい」を撥ねる。

「うわまい」は「上米」だそうです。浅田次郎はこんな風に使っていました。牢屋で罪人には一日米4合が飯として与えられる。本当は5合与えられるのだが、1合は撥ねられて(取られて)牢屋を管理する不浄役人たちの安俸給の足しにされる。まさに「盗人の上米を撥ねるである」と書いてありました。

私は「上前を撥ねる」だとばかり思っていました。
ネットを開いてみると
「上前」は「上米(うはまい)」が転じた語。 。
上米とは江戸時代に神領などで年貢米を通すために課した通過税のことで、転じて、仕事や売買の仲介者が取る手数料を意味する、と説明がありました。
語源となっているのは「上米」なのですね

また違った本の中にあった言葉ですが

🔴 あけぼの・・・太陽が昇る明け方のこと。
これは”明け+仄か”が語源。「あけほのか」の発音が変わって来たもの。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ハート形レモン

2017-02-17 15:05:24 | 雑記
2・3日前の小さな小さな新聞記事(朝日だったか、日経だったか)。
バレンタインデーを当て込んで、広島県尾道市瀬戸田町では、ハート形のレモンがお目見えしているとのこと。
初夏の頃、特製の型枠に入れて成長させると、ハートになるのだそうです。

一瞬、ほ~!可愛いかな、と思ってしまいました。次の瞬間、不自然だ、人間の傲慢だ、こんなところにお金をかけて。(でも採算が合うからやるのだろうな)などと否定的な思いが湧きました。

こんなことも聞いたことがあります。スイカを立方体にするという。この方が荷造りがきちんとゆき、輸送が簡単になるんだということだった。

胡瓜は、真っ直ぐになるように、重りを付けて下に引っ張るんだとか。長さも何センチさとかにきちんとそろえるんだと。これも箱詰めが簡単なことと、主婦に見た目で選ばれるようにということだと。

う~ん、と唸ってしまいます。ここまで人間の欲望のため、自然に逆らっていい物やら。

子育てで、今でもほろ苦く思い出すことがあります。
我が家の門から玄関までのアプローチは、傘も差しにくいほど狭いのです。それでも隣との境の塀を緑にしたいと思いました。厚みがなく育つもの・・・とある年、鉄線を這わせようと苗を植えました。細竹(プラスチック製)をぴったり塀につけて方眼に張りました。

苗は順調に伸び始めましたが、そこはそれ自然の法則で、南へ南へと伸びていきます。変に几帳面なところのある私は、竹の方眼を一面隠すようにしたいと思いました。
南に延びるツルをくるりと折り返して、紐で結わえて、強制します。それを見た子供たちが言いました。

「あれごらんよ。おばさんは、おいら達をああして意のままに躾けようとしているんだぜ~」と。

ハッと、反省させられたことでした。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

我が家のバスタオル風景

2017-02-16 17:33:06 | 雑記
昨日バスタオルのことを書いていて、愉快な風景が思い浮かんできました。孫5人が小学生、幼稚園生の頃のことです。

わが夫は、2・3年前からぐっと食欲が落ち突き出ていたお腹も細くなりました。短手、短足、胴長の日本人体形はどうしようもないものの、身体の動きも軽くなったようです。

その細くなる前は、その日本人体形に丸々ふくれた立派なお腹で、どう見てもデブでした。
その暑苦しい太い体形の人の至福の時が、夕食前にお風呂に入り、上がるや否やググっとビールを飲むときだったのです。

風呂は熱い好き、長風呂です。夏の風呂上りは真っ赤にゆだって、何のために入ったかわからないほどの滝の汗です。飲んだビールもそのまま汗になって流れ出ます。下着など着ておれる状態ではありません。
ではどうする? 厚めの長尺のバスタオルが用意してあります。素っ裸の太鼓腹の上に巻いて少し汗が引くまで過ごすのです。

夏休みには、山口から娘一家が押し寄せてきます。息子一家も加わります。孫5人、このじいじのバスタオルスタイルが大いに気に入りました。少し背の伸びた子から、まだ幼い子まで風呂場にかけてあるバスタオルを使って、じいじの真似です。キャッキャとはしゃいで笑う甲高い声が一層雰囲気を盛り上げます。大から小へと背丈順に並んで行進するバスタオル子ども軍団でした。女は顔をしかめながらも、笑ってしまうのが毎度のことでした。

少し品の悪い家族ですが、和やかな我が家の風景になっていました。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加