おせっちゃんの今日

平凡な主婦の平凡な日々のあれこれ帳です。
自分への応援歌でもあります。

植物教室・・・箱根強羅公園

2016-10-01 13:55:48 | 
午後は、箱根強羅公園を散策しました。
ここは大正3年の開園でフランス整型庭園として国登録記念物になっています。
概ね左右対称になっており、噴水池を中心に、バラのアーチや、ツツジ、藤、紫陽花、モミジ、桜、ボタンなどが植えこまれています。
敷地の一角には、お茶室と日本庭園もあり、また熱帯植物館もあります。



野草の観察教室には少しはずれますが、楽しみました。
見られた植物少々を載せてみます。

🌟 マルバフジバカマ

北米原産の帰化植物です。真っ白い花を咲かせて美しいのですが、繁殖力が強く、日本の在来種を放逐してしまうので、嫌われ者になっています。



🌟 イヌショウマ




熱帯植物館にはこんな植物もありました。

🌟 メディニラ(熱帯ノボタン)



🌟 パイプカズラ



これでおしまいですが、一つ心覚えに書き加えます。

26日、種の旅立ちで、ガマを取り上げて、一つの穂に種が20万個もあると教わったと書きました。さて20万個?どうして数えたのでしょう?いくら根気の良い研究者とて、20万個はねえ?
講義の中で種あかしがありました。

🌟 穂を円筒形とみなして、表面積を計算します。
🌟 1センチ角(面積1㎠)に切った粘着テープを穂に貼りつけます。
🌟 テープを引き離すように引いて、穂の一部を取り出します。
🌟 種の数を数えます。
🌟 その数に、表面積を掛けます。

長々お付き合いありがとうございました。


 
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植物教室・・・箱根湿性花園の花たち 3 

2016-09-30 14:19:29 | 
一昨日、昨日の続き

🌟 ツリバナの実

実の殻が五つに割れている。名前のごとく枝に吊り下げたようになっており、可愛い。



🌟 マツムシソウ

外側の花びらが大きくなっている。より虫たちにアッピールするため。
ヒマワリなどもそうである。



🌟 サワギキョウ

花の大写しと群落





🌟 ノリウツギ

和紙を漉く時のノリに使った。



🌟 サクラタデ



🌟 ウド

山菜として重宝されるが、こんな大木になってしまうとなんの役にも立たない。
ウドの大木。



🌟 オクトリカブト

猛毒。花粉を運んでくれるハチたちはなぜ毒で死なないのか。花だけは無毒。



🌟 タニジャコウソウ

草を振ると麝香の匂いがすると言われているが、やってみても匂わなかった。



🌟 テンニンソウ

写真ではそうでもないが、この草の葉は良く虫に食われてしまう。葉脈だけになった葉が天人の羽衣を連想させるというので、この名がついたという。



🌟 イビセラ

在来種の野草を見せてくれる植物園だけれど、こんな外来種も鉢植えで育てていた。
かぼちゃによく似ているが、実が違うし、葉の表面には透明な水のようなものが分泌されている。指で触ってみると、べたべた粘着性を持っている。
これで虫を捕まえるらしい。ただ、この虫を栄養にする仕組みは無いようである。
食虫植物に進化の過程にある植物とのこと。



くどいようですが、明日は午後行った強羅公園の植物などを書きます。自分の記録です。お許しを。



 

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植物教室・・・箱根湿性花園の花たち 2 

2016-09-28 22:02:43 | 
昨日の続き

🌟 キバナアキギリ

サルビア ニッポニカ  日本で日本人によって発見された。



🌟 アザミ と タムラソウ





写真上がアザミ。下がタムラソウ。え?どこが違うの?
葉をよく見てください。葉先がとがって、棘のあるのがアザミ。棘のないのがタムラソウ。

タムラソウは花粉を媒介してくれる蝶などがとまった時のみ、花粉を出す。

🌟 オミナエシ

秋の七草のひとつとして良く知られているところ。



🌟 エンシュウハグマ

遠州羽熊。羽熊はヤクの毛のことで、転じて毛槍を指す。花がそれを連想させることからの名



🌟 タカクマヒキオコシ

高隈山でよく見られる。ヒキオコシは病で倒れてしまった人に与えると起き上がるという効能があるところから付いた名。漢方薬として用いられたのでしょう。



🌟 アケボノソウ

ごく小さい花だが、花びらに模様。それを曙の空の月と星に見立てて付いた名。
写真にはアリが何匹か映っていますが、蜜によってきているのです。



🌟 ミゾソバ

観察中陽射しが強くなって、ピンクの色が飛んでしまいましたが、可愛い花でした。
葉の形が牛の額に似ていることからウシノヒタイと呼ばれることも。



🌟 アサマフウロ

雄蕊が2段構えになっていて、より長時間花粉を出すようになっている。また、雄蕊が花粉を飛ばし終えてから、雌蕊が開くようになっている。同じ花での受精を防ぐ工夫です。



🌟 ナガホノシロワレモコウ と ナガホノアカワレモコウ




ワレモコウは良く知られていますが、同じ仲間にこんな穂の長いものもあります。
ワレモコウの仲間は、穂の上から下へと花が咲きます。

🌟 ハマナスの実



つづく



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植物教室…箱根湿性花園の花たち 1

2016-09-28 15:59:06 | 
秋の長雨が続き、やきもきしていましたが、昨日は上天気でした。せたがや自然保全の会の皆さんに講師についていただいて、8~9人の班に分かれて秋の植物を観察してきました。
野の花ですし、写真の技術が頼りなく、いいご報告にはなっていませんが、よろしかったらご覧になってください。

🌟 イヌサフラン これは園芸種だと思います。



🌟 オヤマホクチ

ホクチは火口、火打石で火を起こしていた時代、この植物の葉を乾かしたものにまず燃え移らせていた。
またこの葉はうどんやそばを打つ時のつなぎにも使った。



🌟 シオン

西日本に多い。ただ背高く成長する草のため、生け花に使われることも減って来て、昔ほどは見かけない。



🌟 ガマズミの実



🌟 キミノガマズミ

上の赤い実の方が見かけることが多いけれど、こんな黄色の実の物もある。



🌟 ヤマボウシの実

実の表面には粒粒している。食用になる。



🌟 ダイモンジソウ

花の形が「大」に似ているから付いた名。
これは園芸種で「かぐや姫」と名付けられていた。



🌟 ホトトギス

園芸種でよく見かけるが、これは野性です。



🌟 キイジョウロウホトトギス

キイは紀伊。
花の中をのぞくと、ホトトギスに特徴的な、斑点がある。



🌟 アミメヘイシソウ

網目模様のある瓶子様の形が特徴。これは花ではなく葉が変化したもの。
底に雨水をため、そこに細菌を繁殖させて、落ち込んだ虫を溶かしてしまう。
食虫植物。



🌟 ツリフネソウ

昨日登場させましたが、再登場。



写真左のくるりと巻いているところに蜜があります。マルハナバチが花に潜り込むのにちょうどいい大きさをしています。

明日に続く











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秋の植物教室・・・種の旅立ち

2016-09-26 15:17:01 | 雑記
企画運営に関わっている区民センターの人気コミュニティー講座、秋の植物教室が開催されました。
今日が、事前講座で2時間の講義。明日は観察一日バス旅行で箱根湿性花園と強羅公園に行きます。
講師には「せたがや自然環境保全の会」の皆様をお招きしてあります。

植物のホルモンについてもお話ししてくださいましたが、ブログでご紹介するのには実験の図などが載せにくく割愛します。

植物の種の旅立ちについてのお話をまとめてみます。

植物は春、芽吹き、若葉を茂らし、花を咲かせる、その時が美しく、関心を引きますが、これらは皆、実を結実させ、それによって種を栄えさせることが、目的なのです。結実した種をいかに遠くに、広く散布させようかと、いろいろ工夫しているのです。

🌟 風を利用する

タンポポが、綿毛を飛ばすのは身近で誰もがふ~っと吹いてみたこともあるでしょうか。
ここでは一例にガマを取り上げてみます。誰もが知っているかと思いますが、ガマの穂はソーセージ状態ですよね。それが結実すると下の写真のようになります。



一つの穂に種は20万個とも言われていますが、これが綿毛を付けてほぐれて、風で飛ぶのです。

🌟 自力での工夫

ツリフネ草。花を下にお見せしますが、水害の多い地方で、軒に船をつるして万一に備えている、その船に形が似ているところから付いた名前だろうと言われています。



ツリフネ草はホウセンカと同じ仲間で実が熟す頃になると、その莢が、ちょっとした刺激でもポンとはじけるようになっています。はじける勢いで実が遠く広く飛ぶのです。

🌟 赤い実

例えば南天。



赤は鳥が好む色です。まず色で惹きつけます。
でも、あまりに好んでくれて一羽がみんな食べてしまっては広く拡散はしません。そこで実に少し毒が仕込んであるのです。ある程度食べると止めて飛んでいきます。ほかの鳥に実が残るのです。多くの鳥が飛んで行っては糞をしてくれればそれだけ広く種が散らばるのです。

🌟 水を利用する

例えば水芭蕉。水の中で生きている水芭蕉は、結実すると実の固まった部分を水の中にばさりと倒します。水の流れで種を運ばせるのです。
また、フデリンドウという春咲きの小さな小さなリンドウがあります。実が熟するころは梅雨の時期です。草の一番上に種を置き、雨水を受けます。一杯になった水が流れ出る時種を流す仕組みです。

🌟 ヒッチハイク型

イノコヅチはおなじみですね。
同じように動物の毛に引っかかりやすいように鉤が付いた実の植物にオナモミがあります。
下に写真を添えます。



このオナモミはヒッチハイクをするだけでなく、自分でも工夫をしています。
種を二つに割ってみると次の写真のようになっています。



種がふたつ入っているのです。
一つは春芽を出します。あと一つは、夏の暑さを越さないと芽を出さない仕組みになっています。2段構えで、生き延びようとします。

植物が賢いのか、造化の神のお力なのか、いろいろ感心することばかりです。

写真のいくつかはインターネットからお借りしました。



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2016-09-24 14:16:33 | 雑記
シルバーウイークとやらで休日が多く、お稽古も、引き受けている諸々の仕事もなく、予定を書くカレンダーは余白が多いままです。日中家にいるときは12時の時報とともに始まる「徹子の部屋」を見ます。
22日、秋分の日はゲストは福山雅治でした。

間に合うように帰宅するつもりで図書館に行ったら本選びが長引いて、途中から見ることになってしまいました。
見始めた画面には、筋張った、血管の浮いた、手と腕が写された写真でした。

福山雅治は写真に趣味があるらしく、自分のおばあさんの手と腕をとったもののようです。
父親が早くに亡くなり、その後は祖母と母親がミカン農家を続けて生活をしていたのだと言います。祖母の手は労働の苦労が筋にも血管にも太い指の節にも刻み込まれたものだったけれど、それが慕わしく、美しく思われて撮った一枚だと説明がありました。

長崎を出て東京を目指した時、この祖母に借金を頼みました。あちらこちらからかき集めて渡してくれたのだそうです。後にアルバムを出した時、倍返しで送ったら「雅治は東京で何か悪いことをしているのだはないか」と心配していたとの思い出話でした。

徹子は、この写真を見ると、涙が出てきますね、とコメントしていました。
それだけの感動を与えるいい写真でした。

私の母も戦後慣れない百姓仕事に苦労した人でした。小柄な身体には似合わない大きな手でしたが、荒れて指の節はごつごつの手になっていました。
五兄のお嫁さん(義姉)は、とても暖かな、やさしい人でした。母は兄たちのお嫁さんは、みんないい人だと言い、「私は得をしたね、出来の悪い娘を出して、いいお嫁さんに来てもらって」と冗談を言っていました。中でもこの五兄のお嫁さんは気に入っているようでした。

その義姉が、母の手を取って「まあ、素晴らしい手。これで八人の子どもを育ててくださったのですね」と撫でさすっていたことがありました。
子供の私は不遜にも不細工な手と、育ててくれたありがたさを感謝していませんでした。恥じたことでした。
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体重

2016-09-23 12:36:42 | 雑記
大相撲秋場所も大詰めです。今日を含めてあと3日、豪栄道が2差を守って全勝優勝をするか、2敗で追っている力士が波乱を起こすか、テレビ桟敷でワクワクしています。

取り組みの合間合間にいろいろな解説が入ります。今場所の最初の頃、解説の北の富士、舞の海が、力士たちの体重について評論していました。
概ね、近ごろの力士は体重を増やすことが強くなる道とばかり思い込んでいるようだ。そして稽古の量は少ない人が多い。勢い、腹ばかり前にせり出し(これが有利に働くこともあるけれども)てくる。自分の体重を支え切れなくて、ちょっと躱されるとそのままよろっと土俵の外に出たり、前につんのめってしまうことになる。
もっと稽古量を増やし、基本動作をしっかりやり、下半身も鍛えなくてはいけない。それができていないから、怪我も多いのだ、との辛口評論。

この体重解説とともに、特集されたのが、つい先日癌で若くして亡くなってしまった千代の富士でした。

決して大きな力士ではなかった。おまけに肩の脱臼癖があった。それを取り口の変更を身につけ、道具を使った筋トレではなく、相撲の基本動作を繰り返し、他力士との稽古で筋肉の鎧を作って、肩の欠点を閉じ込めた。苦手とする力士のところには、まるで追いかけるように出稽古に押し掛け、徹底的に研究した。力士の強さは体重に比例はしない。

そう、あの筋肉質の締まった体を活かしたスピード相撲には惹きつけられていました。誰もがファンでしたでしょう。

9月21日の日経新聞に、その千代の富士の秘蔵っ子・千代翔馬が取り上げられていました。
千代翔馬は幕内2番目の軽量力士だ。彼は、親方(千代の富士・先代九重親方)から、「お前はこれ以上体重は増やすな」とアドバイスを受けた。それでも他の重量力士を見ていると、もっと体重が必要ではないかと、親方の助言に逆らって増やしてみたことがあるが、身体がうまく動かなかった。
それからは、親方の現役時代の相撲をビデオで見て、研究して稽古を積んだ。身体が小さくても勝てる自信がついてきた。稽古稽古である。

千代翔馬は、新入幕ながら、昨日見事勝ち越しを決めました。
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ぼっち弁

2016-09-22 14:59:45 | 雑記
習っているお茶の教室でいつも一緒にお稽古するお友達がいます。年齢は干支一回り以上違っていると思いますが、この歳になるとそのくらいの年の差はあまり気にならず、「おばさん」(?)同士で亭主になり、客になり、楽しんでいます。

そのお友達から聞いた話です。「ビックリしたのよ~」から始まる話でした。

教室に来る前に日本橋の三越をぶらりとしてきたのよ。その最後にトイレを使ったのね。そこでびっくり!!。若い女性が個室から出て去っていったのよ。そのあとにはいったら、そこにお弁当の折や割り箸、お茶のペットボトルなどが捨ててあったの。どう見ても、個室で便器に腰かけて、食べたとしか思えないのよ。場所も場所、いくらきれいな三越のトイレとはいえ、トイレよ~。

それを聞いて以前テレビで聞いたことのある「ぼっち弁」なる言葉を思い出しました。
大学生や、会社勤めの人が、一人でお昼を食べることを、気にして、とても嫌がるのだそうです。ひとりぼっちで食べるお弁当・・・「ぼっち弁」というのだそうです。
若者はこれをとても恥じるのだそうです。自分が寂しいと思うことよりも、他人がその姿を見て、あいつは暗いやつだ、仲間のいない人なんだ、可哀想、と思われているのではないかと恐れるのだそうです。
その行きつく先がトイレでのぼっち弁になるのだと。

おかしいけれど笑えない。でも同情するより、しっかりしなさい、他人の目を気にして自分を失うことは止めなさい、と叱りつけたくなります。

私の大学生時代というと、もう半世紀以上も前のことになりますが、朝2時限目からの授業に出るため、10時ころに登校すると、学食棟の窓から男子学生が手招きをしています。
「ああ、おはよう。朝昼兼用ですか~」
「Iさん、お金持ってる?俺、今日はノーマネーなのよ。でも腹減って仕方がないので今定食食べちゃったのよ。払ってくれない?」。

悪びれることもなく、堂々としたものです。勿論ひとりぼっちで食べることに何の抵抗も持ち合わせてはいません。うまくお金があって払ってやる方も、恩を着せるわけでもなく、また逆の立場もあることと抵抗はありませんでした。

おおらかな、のんびりした時代でした。
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親しき中にも思いやり

2016-09-21 14:55:58 | 雑記
先日美容院に行ったときのことです。ちょうど客が途切れた時で、私と美容師さん二人だけでした。髪を触ってもらいながらおしゃべりでした。私の白髪の話から、男の方の禿の話になりました。

美容師さんの話

主人が建築屋さんで、日中はヘルメットをずっとかぶっているのよ。蒸れることも原因の一つかしら、頭のてっぺんから後ろに掛けて薄くなっているのです。鏡に映したのでは見えにくいところなのね。
ある時後ろから撮った写真があったの。薄い後ろ頭が映っていました。
「これ、俺かい?こんなに薄くなってる?」ショックを受けたみたい。
「ああ、あなただけど、光線の具合かしらね。こんなに薄くはありませんよ」と言ってあげたのよ。だって可哀想でしょう。

私にもよく似た経験があります。姪が教会で結婚式をあげました。花婿花嫁が祭壇の前で健やかな時も、病めるときも、変らぬ愛を誓うところの写真ができてきました。手前に参列した私どもの後ろ頭が入っています。それを見て夫が、不審そうに言いました。
「これ、だあれ?あんたの横には僕が座っていたよねえ。僕、こんなに髪の毛薄いかい?」

私は率直に答えたものです。
「あなた以外の何者でもありません。正真正銘のあなたの後ろ頭です」
夫は珍妙な顔をしていました。

私は8人兄弟姉妹です。5人中4人の兄、それに父、理系人間でした。話をする時は、簡潔に、正確に、理屈に合うように話すことが求められました。言葉を必要以上に飾ったり、あやふやな不明瞭な言い方は、頭の悪いことになります。そのように鍛えられた私は、美容師さんのように、上手く柔らかく言いつくろうことができなかったのです。

これは私の短所ですね。

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こんな母親

2016-09-20 16:53:26 | 雑記
子どもの才能を伸ばすのに、母親(もちろん父親も)の姿勢が大きな影響を与えると、思いました。
一人はピアノの辻井伸行のお母さん。
もう一人は魚博士・さかなくんのお母さん。

🌟辻井伸行のお母さん
今日の「徹子の部屋」に母子で出ていました。

ピアニストに育てようなどとは思っていませんでした。ただピアノが大好きな子どもでした。我が家のモットーは「明るく、楽しく、あきらめない」でした。楽しいことをイメージして続けていれば夢は実現するものと思いました。
子供の頃、空想ですが、「コンクールでいい成績だったね。この調子なら、日本一になれるかもしれないね。世界一にもなれるかな」「そうだね。僕の名前が呼ばれるよね」などと、楽しいごっこ遊びをしていました。
褒めて育てました。

🌟さかなクンのお母さん
朝日新聞に大きく取り上げられ、その後「折々のことば」にも。

魚博士は小学生の頃友達が書いた落書きに惹きつけられました。図書館で調べてみるとタコでした。10日間も毎夕母親に蛸料理をねだり水族館で水槽にかじりつきました。、また、魚屋では魚を丸ごと一匹買ってもらい、それを観察しては絵に描く日々でした。
母親は「すごい、飛び出して泳ぎだしそう」と叫ぶ。母子は感動を共有した。これが魚学の道につながった。
担任の教師からは「もっと勉強も」と注意された。
その時の母親の言葉。「あの子は魚と絵が好きだからそれでいいんです」。

好きなことを好きなようにすることが、必ずしも成功への道につながるとは限らないかもしれませんが、親の引いたレールの上をいやいや、無理して進むよりはいいかもしれませんね。固定観念にとらえられた道ではない、好きなことで道を切り開いていくことは、例え成功しなくても、満足できるかもしれませんね。
悔いは残らないと思います。
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