おせっちゃんの今日

平凡な主婦の平凡な日々のあれこれ帳です。
自分への応援歌でもあります。

木造3階建て

2017-04-24 17:12:25 | 雑記
建築技術が進歩したからなのか、建築基準法が変わったのか、このところ我が地域では、新築が木造3階建になる場合が多いのです。
道を挟んで南側に、3階建の建売が2軒並んで建ちました。我が家にはほとんど影響はありませんが、隣の義兄のうち、そのまた隣のうちは、かなりな圧迫感と、見下ろし覗かれるという感覚に襲われるだろうと思います。
都会では、何しろ貴重な土地です。土地は小分けになり、空白は少なくなり、上に伸びるのは仕方のないことなのでしょう。
自分のところは影響を免れたのですが、夫は「兄のところは丸見えだよ~」と気にしています。「南に道路があるため日当たりには影響がないだけ幸いと思わなくてはでしょう」と答えることにしています。

子どもが小学高学年の頃を思い出しました。
その頃、まだ戦前建った古い、大きな日本家屋に暮らしていました。古い大きな2階家でした。
小学高学年になったところで、MaもKも自分の部屋を欲しがり、部屋数は十分にありましたのでそれぞれ2階に個室を持たせました。

上に述べた3階建て2軒が建ったところに、仲良くしている方の家がありました。両家の子どもは同じ年頃で、どの子がどちらの家の子か分からないほど行き来して暮らしていました。
ある時そちらのママが「ねえ、知ってる?かんかん(Kの幼い時の愛称)が夜遅くまで何をしているか把握してるの?」と。そちらの家からKに与えた部屋がよく見えるのだそうです。「何だか随分遅くまで明々と電気をつけて、起きているようよ。注意した方が良いよ」とのご注意。Kに訊くと「うん、商店街の抽選の投票用紙をいっぱい書いていたの。たくさん出す方が当たる率がいいでしょ」との答えでした。

夫は九州に家族より半年早く単身赴任していました。留守宅では母親の責任大です。それからはときどき夜中になってKの部屋に行ってみました。え?いない。布団を敷いた気配がない。Kがいない。はあ?どこに行ったの?まさか、夜遊びに抜け出したか?

親に分からないように抜け出すのは易しい家でした。古い古い建物で、2階のガラス戸などは上手く動かさないと平行四辺形に変形する代物で、鍵などかかりはしないのです。Kやそのお友達などは面白がって、木に登って、2階から出入りしたりしていたのです。

まさか・・・と思いながら押し入れをあけて見ましたら、その上の段に布団を敷いて寝ていたのです。「かんかん、なにしてるのよ!」。う~んと寝とぼけた声で、「お友達、みんな新しい家でベッドでしょ。どんな気分かな~とやってみたんだよ」。

一件落着でした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

大金・ひよこ草

2017-04-22 14:49:45 | 雑記
お金って有るところには有るんやね  大阪府 石田貴澄

今朝の朝日新聞 「朝日川柳」の句です。このところ大多数の日本人が等しく持った感想でしょう。
普通の街の情景の中に、4億円近いお金の入ったスーツケースがあり、これはめったにないことと思っていたら、すぐ近くの空港ではそれ以上の別な金が、あわや海外に流出するところだったといいますし、東京のど真ん中銀座でも4千万円が強奪されたと言います。ここ2・3日で慣れっこになって4千万では、ああ、今回は少額ね、と思う自分にびっくりします。
とはいえ、年金暮らしの年寄りには、「大金」と思うばかりで、想像もつかないお金です。

***********************


暖かさとともに、庭の草の伸びること伸びること。見る見るうちに荒れ果てた茂みになってしまいました。ここ3年ばかりアキレス腱を痛めたりして、自分ではやらず、シルバーさんを雇っていましたが、あまりにおさぼり主婦だと思い、今回は自分でやろうと、草取りを始めました。一時に根をつめると、老いた身体が悲鳴をあげそうなので、3・4回に分けてやることにしました。一日1時間ほどです。
それでもしゃがんだ姿勢を続けた後立ち上がると、イテ・テ・テ・テと声をあげなければなりません。ポンコツ身体です。

いろいろはびこっていますが、この度はハコベが大きく広がって場所をふさいでいます。やわらかそうな草ですが、根は結構丈夫です。広がっていますので取り去ると広範囲が効率よくきれいになるのが気分良しです。

山口県ではこのハコベを「ひよこ草」と呼んでいました。
戦後の食糧難の時、鶏を30羽ほども飼っていました。卵は貴重な蛋白源です。とはいうものの現金収入のない我が家では、病気の時でもなければ自家用にはしませんでした。売って現金を得たのでした。

配合飼料などという高尚な餌はありませんでした。精米屋さんに行って、米糠を分けてもらい、それに草を刻んで混ぜて与えていました。卵の殻を丈夫にしなければと、アサリの殻を細かく砕いて、それも与えていたような記憶があります。

この鶏の餌の草を集めてくるのが私とらい太の仕事でした。田舎ですから、そこいらじゅう草はあるのです。でも鶏が好んで食べる草は限られていたのです。その中でも特に喜んで食べるのが、ハコベ(ひよこ草)でした。

子ども心にも、いい草を与えて、たくさん卵を産ませなければと、自分たちの働きにかかっている責任を自覚していたのでしょう、頑張っていい草を探していました。
田圃の畔を歩いて探していて、とぐろを巻いた青大将を踏みつけそうになって、悲鳴を上げたこともありました。

子どももそれなりに一所懸命生きた時代でした。
コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

こんな言葉

2017-04-21 15:28:37 | 雑記
昨日の日経新聞朝刊、スポーツページの「逆風順風」に「受け継がれる魂の言葉」と題して、野球界で受け継がれている言葉が解説してありました。

今季限りで引退を表明した岩村明憲は座右の銘が「何苦楚魂(なにくそだましい)」だとのことです。
逆境にめげず戦い続ける反骨精神を表すという。野球人生の中で、大怪我もあり、順風満帆ではなかったけれど、なにくそと頑張ったのだといいます。

この言葉は、岩村選手が、打撃術を授かった中西太さんから伝えられたものだが、その中西氏は三原監督から受け継いだのだそうです。脈々と受け継がれてきた精神が球界の無形の財産になっているのだと。

「善敗己由」。「ぜんぱいおのれによる」という言葉も受け継がれるかもしれな。、中国の古典に由来する言葉で、良いことも、悪いことも原因は自分にあるというような意味とのこと。
この言葉を大事にしているのは西部の栗山巧です。
子供の頃、父親が鉄腕稲生和久さんから貰って来た色紙にかかれていた言葉。「巧君へ」と書かれていたという。

こうした言葉によって、魂は受け継がれていくのだろう。岩村・栗山からまた次の若い人へ。


10日ばかり前から始まった昼時、5チャンネルのドラマ「やすらぎの郷」(倉本聰脚本)が面白くて、見ています。そのドラマの中での台詞にこんな言葉がありました。

「段がありますよ。気を付けて。岸信介が言っています。『風邪ひくな、転ぶな、義理を欠け』と」。倉本聰さんの創作なのか、本当に岸信介が言った言葉なのかは知りませんが、うん、と肯けました。風邪ひくな、転ぶなは日常誰でも思うことですが、さいごの「義理を欠け」はう~んと考えさせられました。

歳をとってからの処世術に、これは大事なことかもしれませんね。
私より5歳年上の夫は、かなり年寄り臭くなってきました。親はもうとうに亡くしていますが、伯父伯母・兄弟姉妹・知人などに亡くなる人が出てきます。その葬儀に出かけるのが、心身ともに負担のようです。よほどでないと、義理を欠いてしまっています。

おめでたい方では、年賀状の数を減らしています。シーソーゲームのように一年おきに細々と続くほどの人には、思い切って義理を欠こうとしているようです。

淋しいことというか、必要な身辺整理というか。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

迎賓館

2017-04-20 17:10:12 | 雑記
ザ・ロープの作品展に感動して、その後の会食を楽しみ、「また、作品展をやるときは招待してね」と頼んで甥夫婦とは別れました。

さて、まだ2時半。どこかいいところはないかしらということになりました。らい太は夕方も自由な独り者。私もうまい具合に夫が「夕ご飯いらないよ」と出かけた日でした。フリーです。

さてどこに?
らい太が「迎賓館の見学はど~お。今日は確か予約なしでも少し並べば入れる日だと思うよ」と言います。グッド・アイディアと話はまとまりました。お天気は上々。おまけに幸いにも、午後も3時近くになっていたため、ほとんど並ばずにはいれました。

室内は撮影禁止ですから、パンフレットからスキャンした画像を載せます。
ヨーロッパのお城の内部のように、きらびやかではないけれど、白壁に彫刻の金箔が上品な華やかさですし、それぞれの部屋が、いかにも日本的な控えめなしつらいでした。シャンデリアや大理石の柱などは重厚です。
お迎えする外国のお客様にも、この和の美しさが解っていただけるかと、見学いたしました。









このほかにも、和風別館があるようですが、こちらは、完全予約制のようで、見ることはできませんでした。

建物を出て、主庭と呼ばれるお庭に出ます。噴水が急に気温の上がった晴れた空に美しく映えて吹き上げています。国宝だそうです。
本館を背景に撮った写真をお目にかけます。

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

ザ・ロープ帆船模型展 2

2017-04-18 14:23:34 | 雑記
昨日に引き続き帆船模型の力作を載せてみます。あまりの素晴らしさに自分の記録のために残したいのです。関心のある方ご覧になってください。

会場にはベテランの方から、教室に入って初めての作品という方までの作品が並んでおりました。
甥が「これは見る価値があるよ」と案内してくれたもの。

彫刻が特にお上手な方の作品。



「顔を見てください。いい顔でしょう」と作者はニコニコ顔で解説してくださいます。自分の作品が可愛くて仕方がないといったご様子です。

大ベテランの方の作品



船から突き出ている櫂。これが易しそうで難しいのだそうです。細い線が櫂の先では水を搔くように平らになっています。これを、これだけの本数、同じにそろえて作るというのが、根気が要り、難しいのだそうです。
ニコニコと元気に説明してくださる方、年齢を聞いてびっくり。90歳を超えていらっしゃるようです。打ち込むことがあることが若さを保つ秘訣なのでしょうか、本当に若々しい方でした。

後はパンフレットからスキャンしたものを載せてみます。









いつまでも眺めていたいような思いですが、強いて切り上げて、銀座で会食。話題はやはり制作のこと。1月に亡くなった兄のこと。親しくおしゃべりをしました。長兄とは年が離れていて、一緒に過ごしたことも少なく、甥二人とは、我が家の子どもたちとは従兄弟同士とはいえこれまた年齢が違いあまり交際がありませんでしたが、船のつなぐ縁で楽しいおしゃべりでした。



コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

ザ・ロープ帆船模型展

2017-04-17 14:53:06 | 雑記
有楽町の東京交通会館ゴールドサロンで開かれている展覧会です。長兄の長男・K.Ⅰ・・・我が子MaとKの従兄、私の甥です・・・が出展しているのです。私もこの種の展覧会は初めての体験で、どんなものなのか分からないまま、らい太と出かけたのでした。
これがまあ!見事さにただただ感心し、その緻密さに恐れ入るしかないものでした。

まずはK・Iの作品をお目にかけましょう。


ロイヤル・キャロライン。1749年に建造されて、19世紀初頭にリフォームされたイギリスのジョージ2世の王室ヨットの48分の1だそうです。図面をもとにキッドは使わずに、全てを自作したので完成までに6年かかったのだそうです。

外装の彫刻はツゲで一つ一つ自作したもので、写真ではお見せできませんが、室内のフローリングは寄木細工なのだそうです。下に彫刻のほんの一部をお見せします。

船腹の彫刻



船首の彫刻



ヨットだから帆も張りたかったけれど、そちらに目が引き付けられて苦労の彫刻が見てもらえないかと敢えて張らなかったのだそうです。彫刻は金色に塗ったけれど、「木地のままの方がいかにも彫刻らしくてよかったのではないか」との仲間の意見もあったとのこと。

自宅にはほかにも何隻か作品が飾ってあるそうです。

奥さまのお話。
東日本大震災の時は、マンション13階は揺れが激しかったのだそうです。彼女は倒れそうになるテレビを支えながら、あ~、船が壊れる~と胸がつぶれる思いだったのだそうです。少しおさまったところで、恐る恐る頭を巡らせ、飾り棚の方を見るとまあ、棚から飛んではいるのですが、床に軟着陸をしたように少しも壊れないでいたのだそうです。
被害に会われた方には申し訳ないけれど、こんなに安堵したことはなかったとのことです。

明日は他のお仲間の船をご紹介します。

コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

本を読む?

2017-04-15 15:20:45 | 雑記
木曜午後のパソコン教室のお茶の時間に、読書が話題になりました。
まず最初は「村上春樹、読んだ?」という質問から始まりました。話し合いの輪の中にいたのは女性ばかり、50代から一番年寄で私の78歳でした。

どうも積極的に、勢い込んで「読んだ!」という人がいない。「おせっちゃんは?」と聞かれましたが、正直なところ村上春樹の作品は二つばかり我慢してどうにか最後まで読んだというところで、「どこが面白いの」という感想でした。そのまま返事にしたのですが、皆さん、そうよねえ、という同感の肯きが多かったようでした。

毎年ノーベル週間には、ファンが喫茶店に集まって待ち望むというし、先日出た新刊には、徹夜組も出て買い求めたと言いますよねえ。読む人が読めば面白いのかなあ。私たちより若い世代かなあ、と不完全燃焼のままその話題からは離れました。

次に話題になったのが、お決まりの加齢・老化現象です。
「読まなくなったわねえ」
「読もうと本は抱えるのだけれど、はかどらなくて・・・」
「そう、スピードが落ちましたねえ」
「読解力も劣ってきました。複雑な登場人物がいると、ごちゃごちゃになって関係が分からなくなる」
「そこに読むスピードが遅いと来ているから、次に読み始めた時、登場人物が解らなくなっている。え?この男誰??状態」

「主婦は昼間家庭にいると、本を読んでいても、あ、あれやっておかなくっちゃなどと気が散るのよね。本の世界に没入できない」
「夜寝る前は?」
「そう確かに自分だけの時間。でもねえ、前の夜、読みながら眠りに落ち込んでしまっているのよ。栞は挟んでいないし、おや何処からだったかな、と探り読みをするの。ああこのフレーズは読んだなあ、この会話にも覚えがある・・・どうやら、あ、ここだ、ここからだ。と探し当てた時にはもう眠くなってそのまま夢の国よ。同じところを幾晩も行ったり来たり」

は・は・は・はと笑って、コーヒータイムは終わりました。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

むくみ

2017-04-14 16:19:25 | 雑記
ポンコツになったなあ、とつくづく思います。
寝込むほどの不具合はないのだけれど、あちら、こちらが弱ってきています。
先の年一度の健康診断では甲状腺の腫瘍が見つかり、検査しなければならない羽目に。血液検査と超音波検査の結果、まあ、大丈夫だろう、念のため組織検査をと5月初めに予約を入れました。
多くの人が、大丈夫よ、と元気づけてくれるのですが、中に歯に衣着せぬのが高校のクラスメート。
万が一・念のためと検査をしようとするということは、万に一は悪いものだということよ。とズバリ。気の置けない友だから言える励ましの裏返し。
まあ中途半端の宙ぶらりん状態ということ。

もう半年にもなるでしょうか、初めは少しウオーキングが過ぎたかな、年寄りの冷や水だったかなと思うほどの脚のだるさが取れない状態が続き始めました。そこはそれ意地っ張りの私のこと、ここで挫けてなるものかと、ウオーキングは続けていたのです。

だるさはひどくなるばかり。それだけではなく、膝から下がむくんできたのです。骨の上を指で押すとポコンというほどではないのですが凹状態にへっこむのでした
これは整形に行って相談しなければかなあ、と思いつつ、延び延びになっておりました。

情報はいろいろあります。こうしたむくみには、それ用の圧力をかける靴下があるということで薬局で求め、履いてみました。夜風呂に入る前に外してみると、確かにむくみは改善されています。だるさも多少改善されているよう。これでいいのかなあ?

ただ、この圧力は相当なものです。履き、脱ぎするのにかなりの力が要ります。脚を圧迫する感じもかなりのものです。これって血流を阻害はしないのかなあ? 素人判断で身につけていいのかしらん?やはり整形に行かなくてはかなあ、と思うだけで日が経ちます。

そうこうしているうちに、血圧の薬をもらう月一の日が来ました。かかりつけの内科医へ行きました。ここは、控室で看護婦さんが血圧を測りながら「何か変わったことはありませんか」と予診をするのです。これは内科の先生に言うことではないかもしれませんが、足がむくんで、だるいのですと訴えました。

医者に呼ばれて座った途端に、「脚がむくむんですって。むくみは怖いこともありますよ。心臓とか、腎臓とか、重要な不具合もあるのです。あなたは2年程前の検査で、少しではありますが血流が逆流していると言われていますね。もう2年も経っていますし、再度調べましょう。連休明けに予約を取りましょう」。

まあまあ、検査だらけ。これも老いか。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

イコール・ペイ・デイ

2017-04-13 15:59:59 | 雑記
昨日の日経新聞夕刊「フォーカス」に名取はにわさんが、男女の賃金格差是正を訴えていらっしゃいました。
名取さんは元法務省のキャリア官僚で、03~06年に内閣府男女共同参画局長を務めた人です。

「イコール・ペイ・デイ」とは何なのかご存じですか。私は全く分かりませんでした。名取さんの主張を読んでみると分かりました。
男性が1年間(1~12月)働いて得た収入と同額を女性が稼ぐには、年を越えていつまで働かなくてはいけないのか? その日をイコール・ペイ・デイと名付けているのだそうです。

2016年の収入格差に基づくと今年は4月7日がその日だった。男性より3か月以上長く働かないと稼げないのだそうです。

男女差が大きいほどイコール・ペイ・デイは遅くなる。米国の4月4日、フランスの3月31日には大差ないが、スペインの2月22日には遠い。

昨日は東大の入学式だったようです。会場の武道館には、満面笑みの親子が晴れやかな笑顔を見せていました。その様子をテレビで見ながらどうも胸にすっきりおさまらないことが報じられていました。
東大の入学者は男性が断然多く、女性は少数派なのだとのこと。これを同数にしようと、女性優遇の手段が採られていると言います。女性の住居費のいくらかを援助するというのです。
インタビューに答えている女性やその親が「助かります。ありがたいです」と何のこだわりもなく受け入れているようです。

私は女性ですが、なんだかすっきりしないのです。何故女性だけ?これは逆差別ではないの?女性は賃金など男性と同じを望みながら、こうした時は、素知らぬ顔で女性だけの優遇を取ってしまうの?
私は意地っ張りだから、お金は確かに欲しいし、もらえたらうれしいだろうけれど、なんだか潔くないような気がして、意地を張って拒絶するかもしれないと思うのです。

賃金格差があるので、その補填になにがしかを払うというのならまだ分かります。大学に入学した学生でしょう。女性ばかりが貧しいわけではないと思いますよね。そんな補助で女性の入学者が増えるのですかねえ。増やさなくてはいけないのでしょうかねえ。

私には分かりません。

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

ちょっといい話

2017-04-12 14:36:25 | 雑記
今朝の朝日新聞「窓」にこのお話は僕の作文形式で載っていました。東京都葛飾区立青砥小学校、堺凰煌(おうが)くんの卒業式です。

卒業式の日、ぼくは39度の熱が出て出席できなかった。やっと熱が下がったのでお母さんとお兄ちゃん、弟で卒業証書を受け取りに行きます。
いつもの通学路。あれ?同級生がいる。もう春休みなのに。声をかけたら少し慌てた様子。ほかにもちらほら同級生が学校に向かっている。
学校に着いたら、体育館に案内された。一人だから校長室ではないの?

体育館の扉を開けるとみんながいた。約40人が一斉に僕を見る。「音楽がないと寂しいよな」。入場曲のカノンを誰かが鼻歌で歌ってくれた。
名前を呼ばれて、練習どおりに背筋をピンとさせて校長先生から卒業証書を受け取った。振り返るとみんなの顔が見えた。涙が出そうになった。

集合写真を撮った後、「凰煌からみんなに一言」と担任の先生から言われた。
「ありがとうございました」と言った。

家に帰ってからおばあちゃんに電話した。
「今日卒業式してもらった。一人じゃなかったよ。みんな来てくれたよ」。
(おせっちゃんが適当にまとめました)

「みんなで卒業式をしてあげよう」。友達のお母さんが呼びかけてくれたのだそうです。
凰煌くんにとっては、忘れることの出来ない暖かな卒業式になったことと思います。一生の思い出の卒業式です。一生忘れない友情の卒業式です。
よかったね。おめでとう!!

***********************


フィギュアスケートの選手生活を終えると引退を表明した浅田真央さん。今日お昼に記者会見がありました。家にいましたので、見ておりました。
その様子はテレビで繰り返されることと思いますので割愛しますが、なんとも爽やかな会見でした。

ご自分でブログに書かれたように、「悔いはない」と言い切るほどに燃焼しつくされたのでしょう。こうした引退会見につきものの涙のない、爽やかな会見でした。最後の最後に不意に涙に襲われたのでしょうか、ご自分でも笑いながら後ろを向いて拭われましたが。

アイスショーの予定もすでに入っているようで、今後もフィギュアに関わって行かれるのでしょうが、どうぞお幸せに。お疲れ様でした。ありがとうございました。



コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加