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バッハ「マタイ受難曲」Ⅱ2017.7.13

2017-07-13 20:46:01 | 日記

ダ・ビンチ「最後の晩餐」<イタリア旅行をした息子夫婦のプレゼントから>

「マタイ受難曲」について今から書こうとしているのは、ユダヤ民衆とイエスについてです。
まことに身勝手で残酷な民衆に迫害され、死に追いやられても、なお彼らのために祈りをささげるイエスについてです。

「憎しみと愛」この絶対矛盾のテーマをマタイは書にし、バッハは受難曲として、キリスト教的世界を構築しました。

バッハによって荘厳な叙事詩として聴衆の私たちを圧倒しますが、そこに描かれている「神の子」イエスは実に人の子として、時に苛立ちを述べ、不安に苛まされ、ついには地獄の災禍を背負い昇天します。神の奇蹟は生前には現れません。このままでは暗黒の叙事詩で終わってしまうのです。

ところが、神の意志はちゃんと働いていることを明かすようにChoral NO.15.17,44,62で天上からの声が私たちを包むのです。それを端的に表現しているNO.44から引用しますと「あなたの行くべき道と、あなたの心を傷つけるものを 天国を司る最も忠実な守り主にゆだねるがよい。雪や大気や風に対して、道を 進路をそして行く手を与えておられる方は、あなたが歩むべき道をも開いてくださるでしょう。」

このChoralはフォークシンガーのポール・サイモンに多大の影響を与えたのでしょう。彼は「American Tune」でこのように歌っています。

I dreamed I was dying
I dreamed that my soul rose unexpectedly
And looking back down at me
Smiled reassuringly
And I dreamed I was flying
And high up above my eyes could clearly see
The Statue of Liberty
Sailing away to sea
And I dreamed I was flying

https://www.youtube.com/watch?v=RKvMuvMgZas

天上へ浮遊していく魂を表現するにあたって、サイモンはどうしてもバッハのコラールから逃れることができなかった、と僕は思うのです。逆に僕はサイモンの歌を通してバッハの「受難曲」にたどり着いたのでした。

ちょっと脇道に入ってしまいましたが、このコラールによって、イエスの受難は民衆救済のために神からイエスに課せられた責務だ、と私たちは無明の中で一条の光にすがりつくことができるのでした。2017.7.13記

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