酎天おやじの人間風景

他人に合わせることが苦手な酎天おやじ。
酎天おやじがこれまで見た人間や風景、これから会うであろう人間や見る風景。

阿蘇旅行

2016-10-08 13:38:49 | ひとりごと

今月4日・5日の1泊2日で夫婦旅行で熊本南阿蘇に行って来ました。

倒壊した家の片付けなどボランティア活動で被災地支援ができたらいいのですが、今のところ介護など家庭の事情で無理なので、ホテル宿泊だけでもと思い出かけました。

台風16号上陸の情報があり、家を出るときから風が強く心配していたのですが、途中の道中はいい天気で太陽も顔を出し、台風が近くまで来ている雰囲気はありませんでした。

それでも高速道路は益城に入る前から上り下りの車線が波打ったり傾いたり、車の窓から見える風景は家が倒壊したり、屋根にブルーシートがかけられた景色が続いていました。

熊本ICで高速を降り、ナビの指示通り国道57号を阿蘇市方向に進んでいるとナビでは通れるはずの迂回路が通行止めになっていました。

熊本方向に帰り、ミルクロードから大観峰廻りのう回路に入り阿蘇を目指しました。

途中で激しい風が吹き、台風が近づいているのを感じながら宿泊地の南阿蘇に向かいました。

阿蘇山の登山口から入りしばらく走るとTVで報道されていた倒壊した東海大生のアパートや一般の家があったりと地震から半年たっても復興の様子は見えませんでした。

道路は波打ち、いたるところに亀裂が入り、崩壊した道路に付け替え道路を設置してありました。

まず実際に災害現場を見るとTVの画面を通してみるのとは大きな違いがあり、ショックを受けました。


宿に着き2階の窓から見た阿蘇の風景は山崩れの跡はあるものの、昔の阿蘇山と変わりがないように見えました。


次の日、雨が降っていましたが、どうしても倒壊した阿蘇神社を見たくて再度阿蘇市に向かいました。

1時間くらい走り阿蘇神社に着くと、あの大きく荘厳な雰囲気を持っていた楼門は無残に潰れていました。

その時思いだしたのは『阿蘇神社と熊本城が身代わりになってくれた。』という話でした。


阿蘇神社を後にし南阿蘇村から西原村・益城町方面へのう回路、峠越えに向かいました。

途中の阿蘇市や南阿蘇村にも真新しい仮設住宅がありました。

西原村から益城の町に入ると道路わきの家は倒壊したり傾いたり、屋根の瓦がピアノの鍵盤のように一定の方向性をもって波打っていたりと、とても中で通常の生活ができるようには見えませんでした。


普通の生活・・・普通が一番だと改めて感じた旅行でした。


そんなことを話していたら今朝の阿蘇山噴火のニュース、びっくりしました。

鹿児島に住む俺たちにとっては桜島があるので噴火自体をそんなにびっくりしないのですが、数年前に突然噴火した新燃岳には仕事場から大きな噴石がホテル街のほうに飛ぶのを目のあたりにし怖くびっくりしたのを思い出しました。

阿蘇の人たちにとっては地震の被害と噴火のダブルパンチに復旧・復興が遅れるのではと心配ですが、人的被害がなかったという事でよかったと思います。

阿蘇の人たちの頑張りに期待したい気持ちで一杯です。

また近いうちに阿蘇を訪れたいと思った1日でした。






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