2008年9月号(通巻438号):目次



《V時評》
大学の社会的責任(USR)を問う
 障害者雇用率という観点から

 ・・・筒井のり子

《特集》
学校で取り組む市民教育
 ・・・牧口明、岡村こず恵、吐山継彦、藤原孝章(同志社女子大学教授)

《うぉろ君の気にな~る☆ゼミナ~ル》
テキスト・マイニング
 ・・・ラッキー植松&吐山継彦

《語り下ろし市民活動》 
福岡だからこそ! ボランティアだからこそ!
市民で映画祭22年(2)
前田秀一郎さん(福岡アジア映画祭ディレクター)
 ・・・杉浦健

《だから私はこれを買う 選りすぐりソーシャルビジネス商品》
乾燥糸こんにゃく(有限会社 トレテス)
 ・・・村岡正司

《ゆき@》
医療事故遺族がボランティアになるとき(*^^*)。
 ・・・大熊由紀子(福祉と医療、現場と政策をつなぐ「えにし」ネット)

《ウォロ・バルーン》
 ・・・今里舞、加納大輝、堀井隆弥

《この人に》
佐竹紀美子(マイケアプラン研究会世話人)
 ・・・村岡正司

《コーディネートの現場から ~現場は語る》
相談内容からみえてくるもの
 ・・・垂井加寿恵(神戸市中央区社会福祉協議会
           中央区ボランティアセンター)

《なぜ、協働するのか。~NPOと行政の協働実践クロスロード》
大阪府政改革に問いかける「協働」のゆくえ
 ・・・水谷綾

《VOICE NPO推進センターの現場から》
居心地の良い拠点地へ
 ・・・塚本真美(大阪ボランティア協会)

《市民活動で知っておきたい労務》
パートタイムやアルバイトの公的保険加入は?
 ・・・石田信隆

《わたしのライブラリー》
討議デモクラシーと新しい市民参加の手法を知るための3冊
 ・・・近藤鞠子

《3つ星》
まだま村(大阪府茨木市)
 ・・・大谷祐理子

《リレーエッセイ 昼の月》
水着騒動

《ウォロ・ニュース》
NPOの冊子、報告書を国会図書館に!
ほか

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2008年9月号(通巻438号):V時評

大学の社会的責任(USR)を問う
障害者雇用率という観点から



編集委員 筒井のり子

■大学もPRの時代
 8月24日、北京五輪が閉幕した。過去最長の聖火リレーは、各地でチベット弾圧への抗議行動、さらにそれに対する中国国内の反発を引き起こし、開幕前に大いに物議を醸したことを思うと、痛ましい大事件や混乱もなく閉会式を迎えられたことを、まずは素直に喜びたい。
 オリンピックと言えば、前回のアテネ大会終了後、東京のとある大学の前を通りかかった時、ギョッとして立ち止まったことを思い出す。4、5階建ての建物の最上階から、「祝・金メダル ○○○○さん」と選手名がでかでかと書かれた巨大な幕が3枚(メダルの色は違うが)垂れ下がっていたのだ。これでもかというほどの幕の大きさに、大学もここまで露骨に宣伝する時代になったのかと興ざめしたのを覚えている。4年前といえば、関東の大学のP
R競争が激化しだしたころだろうか。
 関西では、今年の春から夏にかけて熱さが増した気がする。ある有名私立大学が、3月に全国中継されたサッカーW杯アジア3次予選バーレーン戦で、マナマ国立競技場のピッチ脇にパネル広告を設置。何度もテレビ画面にアップされて話題となった。また、本格的なテレビコマーシャルを開始した大学もある。7月のある日には、JRの車内が様々な大学のポスターで占拠された。オープンキャンパスのPRポスターだ。

■市場原理に翻弄される大学
 こうした広報戦略の激化の背景には、いうまでもなく、18歳人口の減少と90年代以降の法的規制緩和による大学・学部の新設ラッシュや定員増加がある。その結果、日本の大学への入学希望者総数が入学定員総数を下回る、いわゆる「大学全入時代」を迎え、大学教育の質の低下や定員割れの問題が起こっているのである。実際、この7月には、日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)が、今春の入試で定員割れを起こした私立大学が昨年度から7・4ポイント増えて47・1%(短大は67・5%)になり過去最高になったと発表している。
 もはや、高等教育機関といえども、市場原理によって淘汰される時代に入っており、各大学は好むと好まざるにかかわらず、受験生獲得のために過剰とも言える宣伝やサービスを行わざるを得ない状況に置かれている。

■CSR……大学での展開は?
 さて、これだけイメージ戦略やPR競争が進んでくると、やはり気になるのは、その実態である。言葉を変えれば、組織として社会的責任をどれだけ果たしているのか、ということだ。
 企業においてはここ数年、CSR (Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)に関する活動が大きな展開を見せている。CSRに関心を寄せるNPO関係者は多いが、そのNPO自体の社会的責任(NSR)にも言及されるようになっている。同様に、CSRに関する授業を開講したり、研究会や公開セミナーを行ったりしている大学はたくさんあるが、その大学自体の社会的責任=USR(University Social Responsibility)がもっと厳しく問われるべき時代になっているのではないだろうか。
 大学の主な使命は、学生に対する教育と各分野の先進的な研究である(加えて、第三の使命として「社会貢献」があげられることもある)。このことから、本来、民間企業以上に高い倫理性が求められ、その組織や運営のあり方に説明責任を果たすことが重要だと言える。

■障害者雇用率から見ると……
 一口に「USR」といっても、その内容や評価指標は多様である。組織としては「研究」「教育」「経営」「大学文化」それぞれにおける社会的責任、また個人レベルでは「教育者として」「研究者として」の社会的責任について検討していかねばならない。あるいは、内部監査制度、事業評価制度、法令遵守、情報公開、個人情報保護、環境への取り組み等といった取り上げ方もあるだろう。とても、すべてを語ることはできない。そこで、ここでは、一つだけ取り上げてみたい。たとえば、障害を持つ人の雇用についてである。
 周知のように、民間企業、国、地方公共団体は、「障害者雇用促進法」に基づき、法定雇用率に相当する数以上の障害者を雇用しなければならないことになっている。大学はというと、国立大学に関しては、04年度から独立行政法人化したことで、はじめて国や地方公共団体と同じ2・1%(従業員56人以上の企業は1・8%)という法定雇用率が課せられることになった。
 07年に厚生労働省が行った調査では、全国91の国立大学法人の約6割にあたる51大学が法定雇用率を未達成であるということがわかった。また、私立大学に関しては、05年度の厚生労働省による調査データによると、全国919校(短大・専門学校含む)のうち、雇用率を満たしているのは約44%と半分以下であった。

■教育機関で障害者が働いている意味……法令遵守を超えて
 さて、企業と異なり、国立大学法人は雇用が不足している障害者数に応じて納付金を払う制度はない。まして私立大学に関しては、マスコミ報道などで雇用率が言及されることすらない。すなわち、大学自身が、どれだけ教育機関としての自らの使命に照らしてこの問題をとらえることができるのかが問われるのである。
 ノーマライゼーションの推進や多文化共生、あるいは市民社会の意義が語られるこの時代に、日々通う大学において、当たり前のように障害を持つ人が働いているということの意味は、学生にとって大きいはずだ。法定雇用率を守ることは当然行わねばならないが、法令遵守を超えた議論がしっかりとなされる大学でなければならない。それが、教育機関としての大学における社会的責任ということではないだろうか。
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2008年9月号(通巻438号):特集

《特集》学校で取り組む市民教育

牧口明
岡村こず恵
吐山継彦
藤原孝章(同志社女子大学教授)

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2008年9月号(通巻438号):この人に

人とつながるコツ? 
それはいかに“いらん事を言うか
言わんか”に尽きるわね。

佐竹紀美子(マイケアプラン研究会世話人)

急速に”超高齢社会”へと突き進む日本。00年からスタートした「介護保険制度」は、介護の担い手に対する意識を「家族」から「社会」へと大きく転換させるきっかけとなった。
京都の「マイケアプラン研究会」では、制度スタート時より、「自立」「地域とのつながり」という観点から、当事者を主体としたケアプラン作成の提案を行っている。同研究会の設立から現在まで、世話人として同団体をリードしてきた佐竹紀美子さん。そのもうひとつの顔は、いろんな活動を通じてつながった多彩な人たちとの絆を深め、さらに新たなフィールドを切り拓く”仕掛け人”としてのものだ。
すべての市民活動の原点ともいえる佐竹紀美子流”人つなぎの極意”。同研究会の10年を追いながら、その素顔に迫ってみた。




■10月にスタートするマイケアさんの連続講座(左ページ)のテーマは「介護とジェンダー」。時流を見すえた企画ですね。

 ちょうどウィングス京都(注1)さんから助成をいただけることになってね。ただ、何でもええんやなくて、「男女共同参画」というセンターの趣旨に合わせなあかんいうので、急遽考えたんですわ。とはいえ、75年の国際婦人年をきっかけに「グループ50(男女はフィフティ フィフ
ティ)」という会を立ち上げたり、ウィングスの設立など市政への提言もしてきました。そやからそんなに唐突なものやないんです。

 実はうちの会では助成事業は初めてで、10年間いろんなとこでワークショップやシンポしてますけど、みんな自主事業。そやからもう勝手がわからんで、ここんとこ何遍もウィングス通いです。でも慣れたらなんでもない。むしろ今回のような機会がないと、なかなかこんなテーマに着目しませんから、私たちもいい勉強になったしね。ほんま、ありがたいこと
ですよ。

■介護保険制度のスタートは00年。もう8年になるのですね。

 介護保険制度自体は画期的な制度やと思います。核家族化、それに共働き世帯が主流になりつつあった当時の日本社会は、家庭内介護だけではもうギリギリ限界やったんですから。95年に定年を4年残して役所をやめた後、義母の介護を4年間してましたから、私も実感しますわ。義母は介護保険が始まる直前に旅立ちましたが、当時は私が日常のケア(注2)をしつつ、週1回、まったく民間のヘルパーさんに来てもらってました。そのヘルパーさんと、もうむちゃくちゃ相性が合ったというか、ほんまええ人でね。資格を取ったばかりで、すごく意欲的に、かつ親身に義母に接してくださって。家庭内介護だけやと義母も私たち夫婦も、「到底持たへん」って思いましたね。
 見ず知らずの他人が家に上がり、下の世話までしてくれる…「そんな世間体の悪いこと嫌やわぁ」みたいな旧来の日本人の意識が、制度の普及につれて徐々に変わっていったのは介護保険のおかげです。

■「マイケアプラン研究会」の設立は99年、制度施行の前年ですね。

 当初、私たちが素晴らしいと思っていたのは、「利用者が自由にサービスを選び、事業者と契約する」という介護保険制度の理念でした。それがいつのまにやらどこかへ行ってしまって、「ケアマネ(注3)任せ」のお仕着せ制度にすり替わっていた。役所が作った介護保険の手引き書には、判で押したように「ケアマネに、ケアマネに…」。介護プランの自己作成(注4)ができるなんてどこにも書かれてへん。
 「なんかおかしいんちがう?」。そこからでしたね。今度の連続講座の講師にもなっている現代表の小國(注5)も、津止(注6)も、みんなこの疑問を感じていて。2人とも男やのに“マイケア産みの親”やて、よう言われてますけど(笑)。当時、津止は京都市社協にいたんです。それで社協がバックアップしてくれていろんな面で助かったし、事務局も当時は社協に置いてのスタートでした。設立は99年8月。国際高齢者年(注7)の年で、キックオフイベント「何とかしまひょ この問題」を開きました。当時は20人くらいのスタートでした。今では会員100人近くいてますけどね。02年に東京で会員の一人が全国ネット(注8)を発足させて、ずいぶん活動を広げてます。
 私も最初からのかかわりですけど、うちでは世話人、つまり運営委員を数人決めてます。その面々がね、介護関係の人ばかりでなくて、けっこう多彩な顔ぶれなんですよ。そやから続いたんやろか。
 でもね、みんないろんな自己主張持ってる人ばっかりでしょ。私なんか石橋を叩いて叩いて叩き過ぎて潰してしまうタイプで…、最近は追い詰めるタイプになっているかも(笑)。片一方では大風呂敷広げる人あり、もっと慎重にせんとあかん言う人ありで、そんなせめぎ合いをどう調整していくか。中には「天敵」同士みたいな人もいて、まあ今のように安定するまでに結構時間かかりましたわ。いろんな人が出入りしましたけど、商売のネタにしたい、みたいな考え方やと続かんみたい。でも私とこをヒントに、いろんな活動や事業を立ち上げ、頑張っている人もいますよ。まあ「来るモンは拒まず、去るモンは追わず」ですわ。

■そもそも「マイケアプラン」というコトバも、介護保険スタート時にはほとんど知られてなかったですね。今では普通名詞的に使われつつあるのも、佐竹さんたちの市民活動の成果といえますね。

 私とこは「作成や手続きは誰がするか」にこだわってるわけやなくてね。「生活のプラン、人生のプラン」である「ケアプラン」の内容を、最終的に誰が決定するのか、みなさんに考えてほしいんです。それにね、作成の過程に、一緒に生活する家族、友人、地域の人がどのようにかかわってくるかも重要です。「自己作成」という「プラン作成+手続き」を毎月貫徹するんやなくて、自分のライフプランを十分に話せ、それを尊重してくれるケアマネがいれば、その人に手続きを依頼したらいい。良心的な独立型ケアマネや、ボランティアケアマネを見つけたら、しっかりネットワークを結ぶことです。最初はケアマネ活用でスタートして、慣れて
くれば自分で手続きをするのもいいですしね。
 『私にもつくれます マイケアプラン(入門と実践ガイド)』を編集発行したのも、こんな私たちの思いを発信するためです。ワーキンググループを作って、何度もディスカッションを重ね、00年11月に初版を発行しました。07年11月に改訂第2版を出しましたが、もう累計で2万部を突破したんですよ。見開きA3版で使いよいし、直接書き込めるワークシートを付けてるところと、うちの会の考え方をきちんと書いていて、単なるハウツー物ではないのが自慢です。「マイケアプラン」は私たちが生み出した造語と信じてますが、今ではかなり普通名詞的に使われているみたいでうれしいですわ。

■同研究会をリードする傍ら、「児童家庭支援センター博愛社(注9)」での相談員、「憲法九条京都の会」の呼びかけ人、それに桃山学院大学では「社会福祉援助技術現場実習」を担当し…という八面六臂の活躍ぶりですね。うまい時間の使い方の秘訣など、伝授してほしいです。

 ちがいますねん。こればっかりで休む間もなく動き回ってると思ってはる人が多いけど、実際は自分の趣味や、プライベートな交友に使ってる時間が多いんですよ。ご縁だけですわ、私の生活は。変なんですけど“テレパシー”“シンクロ”の連続でね。今まで知らなかった人でも、今後つながっていけそうな予感がしたら、どんどん付き合っていく。英語はまったくダメですが、外国の方とも楽しく付き合っていけるのも”ご縁と予感”からです。
 マイケアの活動にしても、みんな活動中はマイケアに関する話題しかせえへんでしょ。それが、偶然別の場所、別のイベントなんかで一緒になってね、へぇこの人、こんなこともしてる、あんな趣味持ってはるんや、って分かると、私、そっちのほうへひっついていく性向が昔からあるんです。
 そこで「ふーん、ふーん」と言うだけで、あと何もせえへんかったらそれで終わりですけど。猫がちょっかいを出す(注10)ように、ちょっとしたつながりが生まれたら、そっちの人たちとの交流の輪がどんどん広がる。夫にもしょっちゅう「またお節介して」と言われますけど、その時点から夫婦単位の付き合いにシフトするので人生何倍も楽しくなります。
 人とつながるコツは、いかに“いらん事を言うか言わんか”に尽きるわね。私のような人間がボラに目覚めたのも、ずっと昔、大阪の「ワインと音楽を楽しむ会」という集まりであるボランティアの方と知り合ったことに端を発してます。それが今の私のすべてにつながっているんです。つくづく思いますわ。偶然は必然を生み出すものやなあと。
 「介護」の“介”という字には、「人と人とを結びつける」という意味があるんです。書いてみたらわかるでしょ。「心の手」さえあれば、また別の人にどんどんつなげて行けますから。私の“ボラ”の原点かなあ。

インタビュー・執筆 
編集委員 村岡 正司

●プロフィール●
1939年京都市生まれ。社会福祉士、介護支援専門員、京都市介護認定審査会委員、京都市介護相談員。京都府立大学卒業後、京都市に就職、教育・福祉畑に在職。95年退職、義母の老いと共に歩み介護に専念。99年、京都発の市民活動団体「マイケアプラン研究会」の設立に参加、世話人に。「介護サービスのケアプランは、利用者が自分でつくるのが基本」という同研究会のビジョンを広く全国に提案するため、日々精力的に活動している。http://homepage3.nifty.com/mycare/

(注1)ウイングス京都:京都市男女共同参画センター。1994年京都市が開設し、現在は指定管理者として財団法人京都市女性協会が運営管理を行っている。
(注2)ケア:マイケアプラン研究会の定義では、「心くばり」「注意深く」という意味。単に「看病する、介抱する」という意味だけではない。
(注3)ケアマネ:「ケアマネジャー(介護支援専門員)」。居宅介護支援事業所・地域包括支援センター・介護老人福祉施設等に所属し、介護保険の要介護認定者に対し、在宅介護サービス利用者からの依頼により、ケアプランを作成、ケアマネジメントを行う
(注4)自己作成:介護保険を利用するときの行政用語、「セルフプラン」とも言う。プラン作成と諸手続きも含めてすべて利用者が行うこと。「マイケアプラン」というコトバはもう少し広い意味を持っているが、各自治体の介護保険のパンフレットには、これらについて詳しく説明されていないのが当会の実態調査でわかっている。
(注5)現代表の小國:小國英夫(おぐにひでお)。マイケアプラン研究会代表。現京都光華女子大学人間科学部長
(注6)津止:津止正敏(つどめまさとし)。マイケアプラン研究会発起人の1人。立命館大学産業社会学部教授。専門は社会福祉・地域福祉・ボランティア論。
(注7)国際高齢者年:1991年、第46回国連総会において採択された「高齢者のための国連原則」(the United Nations Principles for Older Persons)、すなわち高齢者の「自立」(independence)、「参加」(participation)、「ケア」(care)、「自己実現」(self-fulfilment)、「尊厳」(dignity)を実現することを目的 とする。これらを政策及び実際の計画・活動において具体化する年になった。
(注8)全国ネット:「全国マイケアプラン・ネットワーク」。
    http://www.mycareplan-net.com/
(注9)博愛社:『ウォロ』2004年10月号(通巻399号)「まちを歩けば」参照。
    http://www.osakavol.org/volo/volo2004/volo3997.html
(注10)猫がちょっかいを出す:猫がちょいちょいと手を出してたわむれるように、物事によく手を出すをたとえていう。チョイ掻きであろう。(『大阪ことば事典(牧村史陽編・講談社学術文庫)』より)

自己作成のバイブル的冊子
『私にもつくれます マイケアプラン』改訂第2版
介護保険改定後の支援のプランの立て方、自治体の取組み、など自己作成のノウハウやすぐに役立つ情報満載。1冊500円 送料80円(実費)申し込みは、FAXまたはメールで
FAX 075-315-0551 mycareplan@nifty.com

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2008年9月号(通巻438号):わたしのライブラリー

討議デモクラシーと新しい市民参加の手法を知るための3冊
編集委員 近藤鞠子

自分たちのことは、自分たちで決めたい。政治のことはよくわからないけど、議会や役所に任せっぱなしにしたくない。そんな市民が政治に参加する道を探求するなら、まずは『市民の政治学』。それから『公共性』を手に概念を理解する。実践の一歩を踏み出すと決めたら、『まちづくりと新しい市民参加』を読んで「プラーヌンクスツェレ」を実践。この3冊は“それなりの市民”にきっとお役に立ちます。

■『市民の政治学― 討議デモクラシーとは何か』

 この本は、政治学には珍しい「一般市民向け連続講義」の書き下ろしだ。一般市民への語りかけをべースにしているが、それでも政治学の用語は訳語が多いし馴染みにくい。分からなくて当たり前。力を抜いて飛ばし読みでもいいから読み進めていこう。難解なことばも見知らぬ人名も、何回も出会いを重ねればいつの間にか顔見知りになる。
 ここでいう市民とはアメリカの政治学者ダールの言う「それなりの市民」。「古代の良き市
民」とも「近代の良き市民」とも違う。なぜなら、現代社会は複雑で規模も大きい。その上、
マスコミの操作性も考えると、完全な判断のできる市民を期待しても無理。民主社会におい
ては、「それなりの市民」が増えていけばよいのであって、完全な市民というイメージを想定したら、市民などは存在しなくなってしまう。「それなりの市民」は、問題が発生したときに政治に参加し、継続しなくても、パートタイム的であればよいというのだ。
 近代社会の変容や、市民社会の展開など、ドイツの社会哲学者ハーバーマスの『公共性の構造転換』なども解説しつつ、「討議デモクラシー」へと話を進めていく。著者は討議デモクラシーという用語を、ただ議論を尽くして合意に達するのではなく、異論を闘わすという意味を含めて使っている。そして討議デモクラシーの4原則として、第1に、運営が討議倫理に基づく討議であること。これは、誰でもが自由に発言でき、誰でも情報を自由に手に入れることができ、そのうえで同意の可能性を前提に話し合い、相手の意見をいれて自分の意見を変えるというプロセスであり、このようにして合意が成立する討議をいう。第2に、小規模なグループによる討議(グループ構成員は流動的なのがのぞましい)。第3に、討議することで生まれる意見の変化を望ましいこととする討議。第4に、その代表性ないし包含性と透明性を確保するための無作為抽出による討議であることを挙げて、討議デモクラシーの制度化がこれからの政治にとって欠かすことのできない課題であると述べる。
 日本の場合は、最近になってようやく国家的公共でない市民的公共が論議の対象となった。これまで「公」と「私」は上下関係にあり、「公」の中には市民はおらず、それは実質的に
「官」であった。それが安保闘争以来、市民革命を経験したことのない人びとが、はじめて権力に抵抗することを知った。あるいはその大切さを経験したところに安保闘争の意味があったと考えることもできる。そして、それが市民運動、住民運動に連なっていき、さらには現在に至るボランティア、介護、まちづくりなどの広汎な社会参加が生まれ、その結実として90年代に市民的公共性が説かれるようになったと言う。こうした概念を理解するのに、次の『公共性』が一助となるだろう。

■『公共性』
 本書を読めば、公共性がいかに人間に深くかかわり、時代も国境も超えて多くの人びとからどのように考察され議論されているかがわかる。
 著者は、公共性を共同体と比較して論じ、公共性の条件として、1、オープンであること、閉域をもたないこと。2、複数の価値や意見の(間)に生成する空間であること。3、差異を
条件とする言説の空間であること。以上を導きだし、公共性は、価値の複数性を条件とし、共通の世界にそれぞれの仕方で関心をいだく人びとの間に生成する言説の空間であると説明している。また、アーレント、ハーバーマス、カントをはじめ多くの政治学者、社会学者、哲学者の言説を読み解き解説しているが、市民的公共性、合意形成の空間、現われの空間、共通世界と意見の交換などの項は、今回のテーマに大いに関係している。
 特に合意形成の空間の項では、ハーバーマスの討議概念などにも言及し、「討議にとって、合意を産出すること以上に重要なのは議論の継続を保証する手続きを維持すること。討議は、そこに参加する者を正常化する効果をもつ。討議が開かれたものであることの意義は、不合理に公共的な光が当てられることにある」など、著者の考察は興味深い。コンパクトながら内容の濃い本になっている。

■『まちづくりと新しい市民 参加― ドイツのプラーヌンクスツェレの手法』
 「プラーヌンクスツェレ」とは「無作為抽出で選ばれ、限られた期間、有償で、日々の労働
から解放され、進行役のアシストを受けつつ、事前に与えられた解決可能な計画に関する課題に取り組む市民グループ」(創始者ピーター・C・ディーネル)のこと。70年代に考案され、ここ10年で注目されはじめた。市民派議員らの熱い共感を得て、その日本版ともいうべき「市民討議会」が、千代田区委員会や三鷹市などで実践されはじめている。日本プラーヌンクスツェレ研究会も設立された。
 この手法の特徴は、“市民的公共性”とも呼ぶべき合意像を浮かび上がらせる点にある。実施のプロセスは次のとおり。1、解決が必要な、真剣な課題に対して実施する。2、参加者は住民台帳から無作為で抽出する。3、有償で一定期間の参加(4日間が標準)。4、中立的独立機関が実施機関となり、プログラムを決定する。5、ひとつのプラーヌンクスツェレは原則25人で構成し、複数開催する。2人の進行役がつく。6、専門家、利害関係者から情報提供を受ける。7、毎回メンバーチェンジをしながら、約5人の小グループで、参加者のみが討議を繰り返す。8、「市民答申」という形で報告書を作成し、参加した市民が正式な形で委託者に渡す。
 この本では、「プラーヌンクスツェレ」とは何か、目的、実施の方法、多様な実例、効果、
意義、日本の現状まで100ページ足らずに分かりやすくまとめられている。著者の報告「地
域社会研究11、12、13号」(別府大学地域社会研究センター発行)も併せて薦めたい。日本での普及の矢先にディーネル氏が急逝されたのは、非常に残念なことであった。


『市民の政治学―討議デモクラシーとは何か』篠原一著
(岩波書店、2004年)
735円(税込)

『公共性』齋藤純一著
(岩波書店、2000年)
1,470円(税込)

『まちづくりと新しい市民参加-ドイツのプラーヌンクスツェレの手法』篠藤明徳著
(イマジン出版、2006年)
1,050円(税込))
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