2007年5月号(通巻435号):目次



《V時評》
不安が人を惹ひきつける
 ・・・早瀬昇(大阪ボランティア協会 事務局長)

《特集》
「自治」と市民セクター
座談会:われわれはどうしたら市民自治が実現できるのだろう
 ・・・後房雄(名古屋大学教授)
    野々上愛(高槻市市会議員)
    阿部圭宏、磯辺康子、吐山継彦

新連載
《だから私はこれを買う ~選りすぐりソーシャルビジネス商品》
リユース食器(地域環境デザイン研究所ecotone)
 ・・・岡村こず恵

《うぉろ君の気にな~る☆ゼミナ~ル》
自治州(区)って?
 ・・・ラッキー植松&千葉有紀子

《語り下ろし市民活動》 
「何とかしなきゃ!」激動のアフガニスタンに通い続けて②
西垣敬子さん(「宝塚・アフガニスタン友好協会」代表)
 ・・・近藤鞠子

《ゆき@》
ボランティアの法則です(*^^*)
 ・・・大熊由紀子(福祉と医療、現場と政策をつなぐ「えにし」ネット)

《この人に》
綿井健陽さん (ジャーナリスト)
 ・・・岡村こず恵

新連載
《どーなる?どーする!裁判員制度》
「悲願の市民参加」or「現代の徴兵制」?
“知れば知るほど参加したくない制度”の不幸
 ・・・大門秀幸

《コーディネートの現場から ~現場は語る》
一人ひとりにこだわったボランティアコーディネート
 ・・・竹田純子(京都市北青少年活動センター)

《私の市民論》
市民活動こそ地域の文化
 ・・・恩田怜(環境政党みどり関西共同代表)

《わたしのライブラリー》
製作委員会方式について考えるための本
 ・・・小笠原慶彰

《3つ星》
祇園アコースティック(京都市)
 ・・・村岡正司

《レポートL&R》
「府庁NPOパートナーシップセンター」(京都府)が誕生して1年
 ・・・森川惠子(京都府NPO協働推進課) 
非暴力がみえる・平和が聞こえる・楽しく平和を伝えたい
「ピース with アクション」に参加して
 ・・・保村美佐江(NPO法人SEAN  教育部門「G-Free」スタッフ) 

《VOICE NPO推進センターの現場から》
OSAKA(大阪府)は変わるのか?
 開拓性、創造性が問われるNPOのチカラ
 ・・・水谷綾(大阪ボランティア協会)

《リレーエッセイ 昼の月》
会議は踊らない

《ウォロ・ニュース》
「助成する側・される側のコミュニケーション不全を解決する」調査報告書刊行
ほか

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2008年5月号(通巻435号):V時評

不安が人を惹ひきつける


編集委員 早瀬 昇

■阪神タイガースは絶好調なのだけれど…

 関心のない方にとっては、どうでも良いことだろうが、我が阪神タイガースが絶好調だ。
 本稿を執筆している4月21日現在、15勝4敗。防御率上位10傑に4人の投手が顔を出すなど投手陣がすこぶる調子が良い上に、2千本安打を達成し打点首位の金本選手や打率2位の赤星選手、出塁率3位の新井選手など攻撃陣も好調。投打の歯車が噛み合って、ここ数年にない好成績をおさめている。
 しかし…だ。いわゆる「貯金」が11もあるというのに、正直なところ、不安でたまらない。過去に12連敗を2回も喫したことがあるのがタイガース。過去の辛い体験がよみがえり、この好成績でも「高所恐怖症」ともいえる心理状態におちいってしまう。そこで、つい今日も試合の行方が気になって仕方がない事態になってしまう。

■プロサッカークラブが売るのは「苦痛」

 先日、こんな気持ちになる理由を明快に解説した記事をみつけた。4月16日の日本経済新聞・スポーツ欄に掲載された「フットボールの熱源」と題する吉田誠一記者のコラムがそれだ。いわく…。
 Jリーグのゼネラルマネージャー講座で、講師となったリバプール大学のローガン・テイラー博士が受講者に「プロサッカークラブは観客に何を売っていると思いますか」とたずねた。
 「夢を売っている」「感動を売っている」「熱狂を売っている」…。こうした回答が一般的だろうが、テイラー氏の答えは違った。「プロサッカークラブは苦痛を売っているのです」というのだ。
 ひいきのチームが先制されれば、ファンの心は痛む。負けてしまったら、なおのことだ。リードしても、いつ追いつかれるかとヒヤヒヤ。勝ったとしても、今の私のように、次の試合は…などと心配の種は尽きない。
 私自身の感覚としては「苦痛」というよりも「不安」なのだが、ともあれ、なるほど自分は阪神タイガースという不安の種を心の中に抱え込んでしまったのかと、いたく納得した。
 この「不安」を甘受するようになってしまったのも、ある種の一体感を私がタイガースに感じているからだが、プロスポーツでは、このファンとの一体感を高める工夫がさまざまな形でなされている。中でもプロサッカーは、わざわざファンを「サポーター」と呼び、地元開催ゲームを「ホーム(我が家の)ゲーム」と呼んで、その立場を積極的に位置づけている。テイラー氏の解説を知ると、こうした仕掛けは特にプロサッカーでは意図的・意識的に設計されていることがわかる。

■市民活動への応用は?

 市民活動はスポーツほどにスリリングではないから、一喜一憂するまでの事態にいたることは、そう多くはない。しかし、私たちの活動の「サポーター」の輪を広げようとする際、テイラー氏の解説から得られるヒントもありそうだ。
 市民活動を進める上では、解決しようとする問題へのアプローチの仕方はもとより、活動資金やスタッフ、活動拠点の確保など悩みはつきない。しかし、「いつでも、どこでも、誰でも、気軽に、楽しく」がキャッチフレーズとなる時代、あまり深刻な雰囲気をただよわせていては、誰も近づいてこないのではないかと考えてしまうこともある。
 でも、テイラー氏の解説をふまえれば、「サポーター」を増やすことは、この悩みを共有し、いわば「苦痛」や「不安」を共に感じる人の輪を広げることだ、ということになる。
 だから、この「サポーター」に対して、ことさらに悩みを隠すことはない。Jリーグや阪神タイガースが示すように、「苦痛」や「不安」は、時に人を惹きつけるからだ。なんにも不安を感じさせない順風満帆で進められている活動を、わざわざ支援しようとする人は少ないことを考えてみれば、このことはより納得しやすいだろう。つまり、自分たちの活動を取り巻く状況の厳しさやしんどさを率直に示すことも大切なのだ。
 実際、NPO法が成立するかどうか剣が峰状態だった1997年冬、危急の事態であることを伝えようと「緊急集会」と名づけた集会に全国から多くの関係者が集い、運動の輪が一挙に広がったことがあった。「緊急というから来た」と言われ、不安を伝えることの威力を知ることになったのだ。

■共感でつながりあう組織へ

 先のコラムの後半に、テイラー氏の講義を聞いた受講者の一人が「苦痛を感じてくれるのは、そこに愛があるからですよね。サポーターという言葉は、クラブのために苦悩してくれる人と定義づけることができる」と気づいたとの記述がある。
 特定のクラブへの「愛」というと閉じたイメージになりやすいから、市民活動では「共感」と言い換えた方が良いだろうが、支援者確保にはこの点も重要だ。人びとの熱意を集める集団とは、共通の目標実現といった機能的・組織的なつながりだけでなく、同じしんどさを共有しあっているといった感情に訴える情緒的つながりも大切にしなければならないのだ。
 つまり、団体の活動目標を明確に示して賛同者を募るということだけではなく、互いの苦労を分かち合う懇親会や同じ場と時間を共有する合宿など、情緒的に結びつきが深まるプログラムの実施は、市民活動の組織原理の上でも、とても大切なのである。
            *
 さて、この原稿を書き終えた4月22日、阪神タイガースは中日ドラゴンズに8対0で大敗してしまった。だから言わんこっちゃない。これから連敗がはじまるんじゃなかろうか…。
 皆さんが本稿を目にする時、タイガースはどんな状態だろうか。私にはそれが心配でたまらない。
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2008年5月号(通巻435号):特集

《特集》「自治」と市民セクター
 座談会:われわれはどうしたら市民自治が実現できるのだろう

後房雄(名古屋大学教授)
野々上愛(高槻市市会議員)
阿部圭宏
磯辺康子
吐山継彦





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2008年5月号(通巻435号):この人に

綿井 健陽さん(ジャーナリスト)


テレビメディアは、被害者の視点をベースにした報道がほとんど

 今から9年前の1999年4月14日、山口県光市で事件は発生しました。事件のことは、おそらくみなさんもどこかで見聞きしておられると思います。しかし、この事件が起きた当時、あるいは一審、旧・二審の裁判のことを明確に覚えておられる方は、それほど多くないのではないでしょうか?
 この報道は、最高裁審理が始まった06年頃から、マスメディアが取り上げるようになりました。ただ、メディアといっても新聞メディアはそれほど詳細に扱っていません。飛びついたのはテレビメディアでした。
これでもか、これでもか、と言わんばかりに、朝、昼、夕方、夜、夜中、週末とほとんどすべての番組で繰り返し報道されました。そして、内容は遺族の声を中心に構成したものがほとんどでした。
 私自身は、この事件はきわめて悲惨な事件であり、重大な裁判であると認識しています。だからこそ、実際に何が起きたのか、元・少年はどんな人なのか、何を思っているのか等、慎重に調べてほしいと切に願っています。しかしテレビメディアによる報道は被害者の視点をベースにしたものがほとんどです。そこで最高裁判決の頃に、私はこの事件・裁判を自分なりに追う決心をしました。私のスタンディング・ポイント(立ち位置)は、テレビメディアの視点とは逆に元・少年の側からこの事件を調べるということです。

報道されない被告人や弁護人の事情

 この事件では、弁護人への大バッシングが起こりました。きっかけは、最高裁の弁論期日(裁判の当日)においての弁護人の欠席です。「弁護人がドタキャン」「裁判を引き延ばした」などの表現で報道され、抗議や脅迫の電話が弁護人に殺到しました。しかし、その事情は、報道内容とずれがあります。
 まず、弁護人が弁論を欠席したのは事実です。しかし、この事態を理解するには、最高裁の弁論期日がどういうものなのかの理解が必要です。最高裁が弁論を開くということは、これまでの判断を見直す可能性、つまり今回の場合、無期懲役から死刑に変更することを意味します。しかも弁論は、最高裁の場合は通常1回で結審されることがほとんどです。最高裁の弁論期日は、非常に重要な意味を持っています。
 今回の場合、当時の弁護人は最高裁から弁論を開く連絡が入ると、さらに慎重に主張を検討するべく、新たな弁護人を入れたいと意向を伝えています。そして新弁護人が被告人に会って話を聞くと、これまでの裁判で認定されている事実とまったく違うことが分かりました。新弁護人は、事実関係をもう一度十分調べる時間が必要なため、最高裁に弁論期日の延期を申請しましたが、これまで一般的に認められてきたこの申し立てが、すぐに却下されました。また、新弁護人は弁論期日の前日に欠席届を提出しています。当日に弁護人が欠席することを知っていた裁判所や検察官は、被害者遺族に連絡することができたはずなのに、わざとなのかそれを伝えていません。実際に公判は開かれ、つまり被害者遺族が裁判の傍聴をするために山口県から東京都の最高裁に出向いてから、弁論が行えないという事態が発覚しました。これまでの事実関係が誤りであるにもかかわらず、判決が出されることに対して、弁護人がたとえ裁判を欠席してでも抵抗するのは仕方がありません。しかし、こうした被告人や弁護人の事情は、報道ではほとんど扱われません。

正確な事実に基づいていない批判

 今回の事件で、最も多い弁護団への批判に、「弁護団は被告人の発言を誘導・捏造している」というものがあります。
 07年8月以降、私は元・少年の面会を続けています。面会は1回20分、連続2日をおおよそ毎月1回のペースです。彼は、拘置所の中で新聞、ラジオ、雑誌などから、メディアで自分がどう扱われているかよく知っています。だから、自分が話したことなのに、弁護団が言わせていると批判されていることには、彼は怒りややるせなさを感じています。
 また「弁護団は事件を死刑廃止運動に利用している」との批判もあります。確かに弁護団には死刑廃止運動に関わっている弁護士もいますが、そうでない人も含まれています。また、法廷においても、本件の死刑の適用基準については触れていますが、死刑制度廃止そのものを主張したことは一度もありません。こうした正確な事実に基づかない批判が繰り返し報道されています。

対立図式で並べて報道する難しさ

 今回の裁判報道の難しいところは、「死刑を求める遺族」対「死刑反対の弁護団」という対立図式で常に報道されることです。同じニュースの中で、この二つを並べて、あるいは対比して報道するには無理があるように感じます。
 遺族会見は記者からのこんな質問で始まることが多いです。「本日の法廷を終えて、感想をお聞かせください」。それに対し、遺族から「聞くに堪えない3日間だった」「支離滅裂で合理性がない」「鋭い目でにらみつけられた。今日ほど憤りを感じたことはない」などの感情や感想が述べられます。
 一方の元・少年は、当然ながら直接会見を開くことはできません。弁護団は記者から「今日の裁判でどういう証拠が採用されたのですか?」などと質問されます。そして弁護団は、「被告人はこう話しました」「次の裁判ではこれを立証します」などとコメントします。それは、手続きや証拠の説明など、どちらかと言えば傍聴席で取材していた記者への補足説明になりがちで、一般の人には分かりにくい内容です。当然ながら、情に訴えるような内容にはなりにくい。つまり端的に言って、「テレビ的」ではないわけです。性質の異なる会見や法廷イラストなど限られた情報をもとに、ひとつのニュースとして並べて、比べて報じることに、かなりの難しさを感じます。

メディアが被害者と一体化してよいのか

 被害者遺族の悲しみや喪失感、怒り等は、他の人には受け止められないほどの感情だと思います。そして遺族男性は処罰について何度も言及し、一貫して極刑、つまり死刑を求めておられます。この点について、我々はどう考えればよいのでしょうか。
 「遺族の感情を考えると…」。テレビのコメンテーターやニュース、近所での世間話などの場面で、この事件についてよく語られる枕詞です。この言葉の後に、感想やコメントが続きます。その際、被害者と自分を置き換えて、感情のシンクロ(同調)が起こります。僕自身も遺族の会見をテレビで見ていると、遺族の感情や感想に引き込まれます。被害者の感情を想像することは重要なことですし、むしろやるべきことだと思います。しかし、その後が問題です。被害者と一体化して、例えば処罰を求めるような姿勢であってよいのだろうかという疑問があります。極刑に同調する意見は、ネット上をはじめとして激しく主張されています。
 被告弁護団の一人が、「遺族の被害感情と処罰感情を区別しなければならない」と指摘していました。私も、これは非常に重要な要素だと考えます。もちろん、これを遺族に求めるのは酷なことです。そんなことを言われる筋合いはない、という話だと思います。しかし、メディアや社会の側には、ぜひこの視点を考えてほしいのです。刑事裁判は被害者の処罰感情だけで、刑罰の量刑が決まるわけではないからです。

被害者側の感情だけでは見えない真実

 こうした話をすると、よく言われることがあります。「確かに警察や検察の取り調べの実態もひどいものだろうし、マスメディアの報道もずさんだ。しかし元・少年がやったことは、あまりにもひどいではないか」、あるいは「両手を重ねて首を絞めたという犯罪事実が、遺体の痕跡と矛盾するという。しかし、結果として殺してしまったのだから、殺害方法は重要ではない」といった意見です。あるいは、長年にわたってさまざまな裁判を傍聴されてきた作家の佐木隆三さんが、こう述べています。「被告人は大弁護団に頼るのではなく、心の底からわいてくる言葉を明かすべきだった。そうして『生きて償いたい』と訴えれば、人々の魂に響いたかもしれず、残念というほかない」(『光市事件裁判を考える』より)。
 しかし、彼と面会をしてきて感じるのは、彼の場合、そう簡単にはいかないということです。はっきり言えることは、彼は反省をしていることは間違いありません。しかし、他の人に自分の気持ちや心をどう説明すればよいか悩んでいます。彼は、18歳で事件を起こし、現在26歳です。拘置所の独居房にずっと独りで過ごし、面会で弁護士や外部の人と話をするのは、ごくわずかです。それもアクリル板越しです。少年院での更生教育等も受けていません。弁護団の話では、家庭裁判所の調査記録によると、事件当時の彼の罪悪感の度合いは4、5歳レベルとされています。また、その後の弁護側の精神鑑定でも12歳レベルだろうと言われていて、事件当時非常に幼かったとされています。そして彼が中学一年生の時に実母が自殺しています。彼は母親に心を寄せていましたが、父親からは長年ひどい家庭内暴力を受けていました。この点も言い逃れだと言う人はいますが、小学校、中学校、高校の教員が、逮捕当時に警察や家庭裁判所の調査などで指摘しています。しかし、このことを裁判所は重視していませんし、報道でもほとんど触れられていません。何が彼に影響を与えたのか、なぜ彼がこんなことを犯してしまったのか。
 やはり私は、彼がこれまで何を発言してきたのかをきちんと調べたいし、そして、彼にはこれまで事件の事実を話せる環境がちゃんとあったのかということに注目しています。
 これから裁判員制度が始まります。裁判は法律の下に行われますので、法に照らし合わせて判断するための証拠と事実が何よりも必要です。証拠と事実を置き去りにしたまま、被害者の感情や世論の流れだけを見ていては、絶対に実像や真相は分からないと思います。
 だから、これからも、元・少年がいま何を考え、実際何をしたのか、どんな行動をしたのかという視点から分かることを僕なりに提示し、取材を続けていきたいと考えています。

まとめ 編集委員 岡村 こず恵

※本講演録は、大阪弁護士会、司法NPO~当番弁護士制度を支援する会・大阪主催、市民セミナー「なんで悪いことをした人を弁護するの? ~光市事件報道をめぐる問題点の検証と、刑事裁判・刑事弁護の本質を考える~」(08年2月14日開催)の一部をまとめたものです。

<参考資料>
・現代人文社編集部編『光市事件裁判を考える』(2008年1月)
・月刊『創つくる』(2007年9・10・11月、2008年1・3月)
・ホームページ アジアプレス・インターナショナル

●プロフィール●1971年生まれ、大阪府出身。ジャーナリスト。1998年からアジアプレス・インターナショナルに所属。これまでにスリランカ民族紛争、スーダン飢餓、東ティモール独立紛争、米国のアフガニスタン攻撃、イラク戦争などを取材した。2003年度「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞。ドキュメンタリー映画「リトルバーズ イラク戦火の家族たち」撮影・監督。著書に『リトルバーズ 戦火のバグダッドから』(晶文社)など。最近は、月刊『創』にて「逆視逆考」などで、光市事件の報道を検証する取材・ルポタージュなどを連載。ホームページ 綿井健陽Web Journal

光市事件とは
1999年4月14日、山口県光市にて事件発生。社宅で妻(被害者)と長女(被害児)が殺害されているのを帰宅した夫(遺族)が発見。同月18日に、被害者と同じ団地に住む少年(当時18歳、被疑者)が逮捕される。山口家庭裁判所へ送致されるが、同年6月、同裁判所が審判で「刑事処分相当」とし山口地方検察庁に逆送。殺人・強姦致死などで起訴される。1審・2審は無期懲役判決だったが、最高裁で「量刑不当」などを理由に破棄・差し戻しされた。昨年5月から始まった差し戻し控訴審は合計12回の公判が行われ、2008年4月22日に死刑判決が言い渡された。これまで被害者遺族の被害感情を前面に出した報道が繰り返され、被告人の弁護団に対する激しいバッシングに発展した。
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2008年5月号(通巻435号):わたしのライブラリー

製作委員会方式について考えるための本
編集委員 小笠原 慶彰


 今月の三作は、南木佳士『阿弥陀堂だより』(2002年8月、文春文庫、505円+税)、小川洋子『博士の愛した数式』(2005年12月、新潮文庫、438円+税)、大岡昇平『ながい旅』(2007年12月、角川文庫、590円+税)である。この三作に共通することは何か。
 作者の南木と小川は芥川賞作家であるが、大岡は選考委員であったものの受賞していない。二人は男性、一人が女性。大岡は明治生まれ京都帝大出身で兵隊上がり、南木は団塊の世代で秋田大学医学部出身の勤務医兼業、小川は60年代生まれの早稲田卒業で結婚後の転身。『阿弥陀堂だより』は、1995年3月の『文學界』初出で文藝春秋社から単行本化、『博士の愛した数式』は、03年に新潮社から刊行、『ながい旅』は、82年新潮社の単行本を86年に文庫化し、角川書店から再文庫化された。初版の年代も出版社も区々である。

 では正解はというと、小泉堯史 脚本・監督作品の原作だということ。前二者は同名で映画化され、『ながい旅』は『明日への遺言』と題された。そして三作とも「製作委員会方式」で作られ、とあるエンターテインメント関連会社がリードした「クオリティ映画」だ。
 製作委員会方式とは、映画会社の名前が表に出るのではなくて、たとえば「『阿弥陀堂だより』製作委員会」というクレジットで配給される方式である。多数の出資者からの資金調達を可能にし、そのリスクを軽減するのが目的である。しかし、そのために出資者の数だけ要求があるという難点もある。ただ、芸能プロダクションの協力を得やすいし、テレビ局や広告代理店を出資者にすれば、PRには力を発揮できる。商業的には、関連グッズ・DVDの販売や貸し出し、テレビ放映などで映画興行だけに頼る資金回収よりは安全な投資ということになる。

 だがプロデューサーは、プレゼンテーションの難しいものではなく、よく知られている原作を使って企画を通そうとするだろう。その結果一般的には、リスクは低いが平凡な内容になる可能性が高く、冒険的な作品は作りにくくなる。出資者の立場やコンプライアンスとの関係で政治的なメッセージを直接表現しにくいなどといった制約も起こりえる。だが脚本、配役、スタッフ、製作方針等について、出資者の注文に応じていく過程で、逆にクオリティが高まることもある。「クオリティ映画」と自称する所以であろう。

 さて『阿弥陀堂だより』である。ストーリーは「医者ながら心の病を得た妻とともに故郷の信州に戻ってきた作家である夫。二人が出会ったのは、村人の霊を祀る「阿弥陀堂」に暮らす老婆、難病とたたかう娘だった。静かな時の流れの中で二人が見つけたものは…」といった内容である。原作は南木自身の体験に基づく私小説的色彩の濃い静かな作品である。
 映画の方は、夫に寺尾聰、妻に樋口可南子、老婆に北林谷栄、娘に小西真奈美を配し、ベテランの渋い演技が光る。撮影は、長野県飯山市で行われ、阿弥陀堂以外はオープンセットが作られていない。つまり「本物」だ。監督の言葉によれば「奥信濃の自然の中、むつみあって生きる人々を、日本の原像の一端として描こうとするもの」ということになる。

 『博士の愛した数式』はというと、 91年に『妊娠カレンダー』で芥川賞を受賞した小川洋子が、原作(04年に読売文学賞、本屋大賞を受賞)でもその独自の世界観を語っている。「交通事故のために80分しか記憶が持続しない初老の数学者が他人とコミュニケーションをとるために編み出した方法、それは数字をめぐるさまざまな神秘を話題にすることであった。「素数」「完全数」「友愛数」「オイラーの公式」などなど…。偶然にも彼の世話をすることになった「家政婦」、そして彼女を母に持つ子。その関係を軸にして展開される物語」といった内容だ。
 映画では、博士に寺尾聰、家政婦に深津絵里、息子に吉岡秀隆(子ども時代を斉藤隆成)を配している。余分なシーンやセリフのないシンプルな映画である。

 『ながい旅』の映画タイトルは『明日への遺言』である。恐らく原作から得た脚本の意図は、原作のそれと異なっていると受け止めてよいのだろう。原作者の大岡昇平は自身が応召し捕虜となって後、帰還。そして名声を高めた『レイテ戦記』は綿密な戦闘記録であり、戦記文学とされる。『ながい旅』は、戦犯裁判を「法戦 」と位置づけ部下を救うために戦い続け、
自身は死刑を覚悟した元陸軍中将の最後の生きざまを描いた作品である。
 映画ではその中将に藤田まこと、妻に富司純子、証人の孤児院院長に田中好子等を配し、ほとんどが法廷シーンという動きの少ない、それでいて躍動的な映画である。

 同じ人物による脚本・監督の映画とその原作を観比べ、読み比べてみると、なかなか面白い。そして資金の必要な事業を成功させるために多くの出資者を募り、その要望を満たしていくことは、必ずしも事業目的を拡散させる場合ばかりではないと思えてくる。 出資の動機はいろいろだとしても、少なくともその価値を見出している人たちがより少ないリスク分担で済むよう考え、さらに事業の本質を高めていく作業を生業にできるとすれば、そんな張り合いのある仕事はないだろう。
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2008年5月号(通巻435号):レポートR

「府庁NPOパートナーシップセンター」(京都府)が誕生して1年
京都府NPO協働推進課 森川 惠子

 この5月、京都府庁の旧本館に「府庁NPOパートナーシップセンター」(以下センター)が誕生して1年を迎えた。NPOと自治体との、またNPO同士の「協働の場」「交流の場」「相談の場」として、多くのNPOや一般市民に利用されるようになり、協働の動きが活発になってきた。
 「協働の場」「交流の場」として人気を集めた講座が「府庁旧本館さろん~もっと京都を知りたい~」(写真)だ。これは、NPOのメンバーが講師として、府民にそれぞれの活動対象である京都の伝統や暮らし方を紹介する講座で、延べ380人が受講した。
 大学・企業との協働の動きもでてきている。同志社大学大学院とセンターによる「NPO・行政・学生が協働で行う環境にやさしい地域づくり」講座を同志社大キャンパスで、10月から13回開講。今年度も継続する。企業との協働では「企業・NPO・行政のパートナーシップを探る」をテーマに、フォーラム「社会貢献と企業」やISO26000について学ぶ研究会を開催した。
 NPO法人などの活動を紹介する「活動展示コーナー」を巡る動きも多彩になってきた。例えば「ビオトープネットワーク京都」の活動展示では、メダカの棲むビオトープが出現。水辺植物やせせらぎの音がかもしだす豊かな自然のある環境づくりを目指すNPO活動への理解が一層高まったようだ。NPO活動の一端にふれられるこのコーナーは、今や府庁の新名所にもなってきた。
 「相談の場」としての機能では、協働に関する相談や法人の設立・各種の変更手続きなどに、専門のスタッフが面談や電話で、個別対応している。
 無料で利用できる会議室の利便性も、NPO関係者の間で認知されてきた。センターの利用者は、1日平均42人。センター開所前と比べて3倍以上増加した。現在の目標、「来所者1万人突破」も目前である。
 センターの開所時間は、午前8時30分から午後9時30分(土・日・祝を除く)。府庁で初めて夜間開所しているセンターの魅力も徐々に評価されはじめている。 センターの仕事内容や京都府内のNPO法人の活動状況の詳細は、京都府NPO協働ポータルサイトhttp://npo.pref.kyoto.lg.jpで紹介。センターのニュースをアップするページや、
「NPO法人をつくりたい・さがしたい」などのニーズに向けた情報提供、また会議室の空き状況も確認できる。ぶらりと立ち寄り、近況を報告してくれるNPOの来訪者が増えてきたのはうれしいことだ。
 しかし開所2年目のセンターは、これからが勝負どころ。さらにセンター機能を充実させながら、NPOを核として協働を実現させる拠点としての性格を一層発揮していきたい!と、11人のスタッフは張り切っている。チームワークは抜群だ!


●問い合わせ先
府庁NPOパートナーシップセンター(NPO協働推進課)
京都市上京区下立売通新町西入藪ノ内町 京都府庁旧本館1階
電話 075-414-4210 FAX 075-414-4230
京都府NPO協働ポータルサイト http://npo.pref.kyoto.lg.jp
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2008年5月号(通巻435号):レポートL

非暴力がみえる・平和が聞こえる・楽しく平和を伝えたい
ピース with アクション」に参加して

保村 美佐江(NPO法人SEAN 教育部門「G-Free」スタッフ)

 リズミカルに力強くシンプルにアフリカンドラムが響く!
 その原始の音に共鳴、突き動かされるように、子どもたちは、からだ全身からあふれる躍動感を表している・・・。
 去る3月29日、ドーンセンター(大阪市)で“わたしたちができることは?”をテーマに第6回“ピース with アクション”(以下ピーアク)が行われた。
 主催団体のエンパワメント・センター代表である森田ゆりさんは長年メキシコとアメリカに在住し、平和運動、先住民族の運動にかかわると同時に、子どもや女性への暴力防止に取り組んできた。ピーアクの集いの根底には、基本的人権をベースに長年培ってきた暴力防止の理念がある。
 森田さんは「あらゆる暴力にNO!の声をあげるために非暴力のタンポポの綿毛を四方に吹き散らそう」とタンポポ作戦を提唱。これはタンポポの綿毛が飛び散るように、どんな暴力に対しても「NO!」という声を世界に広げ、タンポポが地に根付くように非暴力の思いや行動が社会に根付くことを願ったものだ。
 「子どもがわかる・子どもが見える」という平和への集いであるピーアク。その特徴は、平和への具体的な行動やモデルが見えることである。未来バンク事業組合の田中優さんの基調講演「戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方」では、戦争がいかに破壊的な暴力であるかを、わたしたちの日々の経済活動を含んだレベルから捉えなおし、お金を環境と平和に役立てて持続可能な社会をめざそう! オルタナティブな社会作りを模索しよう! という提言があった。
 また、憲法9条の是非を問う全国街頭シール投票やピースウォークも紹介され、いずれも草の根の活動から人びとの関心を喚起し、一人ひとりの市民が考え、行動するきっかけを作りだしている。ロビーでは平和への想いを書き込むコーナーや9条世界会議への参加をアピールするブースなども見られた。
 ステージでは朴保さんが「あなたにも わたしにも なにかできる」とパワフルに歌い、背高女(写真)が登場。自分で作ったスティルツという竹馬上の装具を付けて行進する背高女は、非暴力の声を上げ、「戦争を容認する社会では子どもや女性への暴力はなくならない、“しかたがない”、“わからない”はやめて、戦争も環境破壊も“NO!”とあきらめないで伝えよう」と呼びかけた。
 最後にDron-co Brothersが登場。第1回ピーアクのころ、10代だった彼らが作った「まだ見ぬあなたへ」が、平和への想いが人をつなぐことを願って、歌われた。
 歌あり、笑いあり、楽しくリラックスした空気の中で平和について語り合う・・・。「平和である」ということは誰かが持ってきてくれるのではなく、一人ひとりがつながり、それぞれの持つ平和のpiece(ひとかけら)を集め、積み重ね、PEACEをともに築いてゆく作業なのだと強く感じた。
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