昨日は、山梨市正徳寺にある根津記念館へ行きました。
山梨県って何個か市があるのですが、県外の人には
ややこしすぎるんですよ・・・。山梨市は甲府市ではなく、お隣。
他にも甲州市だの、”おんなじ意味ジャン!”と叫びたくなるような
市町村名多数・・・。でもどこも車で20分くらい…(汗)
日本の小さく区画されすぎた市町村名は世間の狭さ、視野の狭さを
物語ってしまいますね・・・知ってます?オーストラリアでは
ビクトリア州だけで日本一国入ってしまいます・・・。
ところで、その根津記念館!
ココは大変オススメです。行って良かった。なんだか静謐という言葉が
ピッタリな場所でした。日本が誇れる建築。ビエラの世界です。
昭和初期には偉大な日本人がたくさんいたんですね。
私は根津喜一朗さんを知らなかったのですが、東武鉄道の創始者で
財閥といえるほどの巨財をなした人だそうでした。
東武って、あまり親しみがなかったのですが、現在はスカイツリーを
建てている人たちなのだそう・・・。
生家のお屋敷が一般公開されています。
パンフレットではステキさが分かりにくいのですが・・・行って見ると
作りに創意工夫と巧みの技がほどこされ、西洋文化の影響も垣間見えつつ、でも迎合していない
『日本の”正しいお金持ち”の美しい住まい』となっています。
日本の美意識を再確認する場として、あるいは外国人に紹介する場として
最適です。 着物を着たり、お茶やお花をしたくなります。
こういう家に住めば片付けなんてやる気が出て当然という気が
してきます。
■ 日本家屋の構造
母屋 + 迎賓館(復元) という基本に、蔵や茶室が足された形になっています。
さらに、出入りに使う、門は門とは言え、売店を兼ねている立派な建物。
時代劇に出てきそうな門です。これそのものが文化財指定されています。
脇に展示館が景観を損なわない土蔵風の建物で作ってあります。
一つ一つのゆとりある作りをると日本人として忘れかけている誇りが
ふつふつと沸いてきます。
なにしろ、大きいのです!玄関だけで現代の住まいでいうと6畳くらいありますから。
一番素晴らしいのはお庭!
お庭と一体化した日本の生活が分かる。
日本のおうちって、蔵や浴室、といった機能部分はあとから付け足しなんですよね。 大阪や京都にある狭い古い日本の建売分譲住宅でも
風呂やキッチンは一番家の中の暗くて陰気な場所に配置してあり、
もう少し生活することに価値を置けないものか?と感じていました。
風呂やキッチンは毎日使うものだし、毎日の生活がかかわってくる場所
ならば、もう少し格上げしてやってもいいものなのに・・・と。
しかし、根津のお屋敷では、キッチンも風呂やトイレも陰気で暗い
ことはありません・・・それは十分なスペースが用意されているから。
風通しも良く、十分広いと日陰にあることはむしろメリット。食品も
痛まないし、匂いも広がらない。 家の北側にあるとはいえ、日の光が
入らないわけではないんですね。
・・・そうした快適空間を実現の鍵は風通し。そして風通しの鍵は
お庭。
一つ一つは小屋のようでそれら小屋が連結されたような形になっているのですが、付け足された感じに感じないのは、中央に配置された
庭のせい。 お庭を囲んで回廊状なので、つけたしとは感じられないのです。
すべての建物がお庭を前景にしていて、庭を眺める絶好のポイントなのです。
日本のおうちでは、庭は背景ではなく、庭を眺める、庭が見える場所が特等席だ、ということが分かります。
■ 広い家=自信?
日本が近代化=西洋化して失ったもの・・・それは自信かもしれません・・・ ふとそんなことを考えてしまいました。
このお屋敷は立派な財閥のお屋敷で、財閥化する前から豪農だったらしいですから、
規模的には一般市民よりもちろん、当時から大きかったと思うのですが、
近所にはあと2〜3件は白壁の同じくらいの規模のありそうな農家と
思しき豪邸がありました。
私自身は住んだことはありませんが、母方の実家では母が子供の頃に住んだ
家は、ここまでではなくとも、門と母屋、庭や蔵がある家だったと聞いています。
そうした家にあった玄関や床の間、お庭、今も昔もすごく広々としてステキだ
と思うのですが、それを形だけ真似、規模を縮小したのが日本の都会にある
平均的な分譲住宅の間取り。 つまりスペース的妥協の産物・・・。
たとえ住んだことがなくても、私達のDNAは元を知っているので、そうしたものを
見るとどうしても妥協の産物だ、とわかってしまうのではないでしょうか・・
こうした立派な日本の家に行くことで、日本の誇りを取り戻せる気がします。
でも現代の建築はスペースは小さいのを前提とせざるを得ません。
スペースに縛られた上で伝統を貫くと妥協の産物が生まれざるを得ませんから、そうではなく、新しい住まい方、日本人のライフスタイルに
あった住まいが求められているのだと思いました。
そういう意味で、無垢の木、ミニマリズムなデザイン、作り付けの家具、床に座る住まい方、ウォークインクローゼット・・・これらは正しい方向のように思います。日本人は昔から直線的なスッキリとした
美を愛してきたんじゃないかと思いました。
山梨県って何個か市があるのですが、県外の人には
ややこしすぎるんですよ・・・。山梨市は甲府市ではなく、お隣。
他にも甲州市だの、”おんなじ意味ジャン!”と叫びたくなるような
市町村名多数・・・。でもどこも車で20分くらい…(汗)
日本の小さく区画されすぎた市町村名は世間の狭さ、視野の狭さを
物語ってしまいますね・・・知ってます?オーストラリアでは
ビクトリア州だけで日本一国入ってしまいます・・・。
ところで、その根津記念館!
ココは大変オススメです。行って良かった。なんだか静謐という言葉が
ピッタリな場所でした。日本が誇れる建築。ビエラの世界です。
昭和初期には偉大な日本人がたくさんいたんですね。
私は根津喜一朗さんを知らなかったのですが、東武鉄道の創始者で
財閥といえるほどの巨財をなした人だそうでした。
東武って、あまり親しみがなかったのですが、現在はスカイツリーを
建てている人たちなのだそう・・・。
生家のお屋敷が一般公開されています。
パンフレットではステキさが分かりにくいのですが・・・行って見ると
作りに創意工夫と巧みの技がほどこされ、西洋文化の影響も垣間見えつつ、でも迎合していない
『日本の”正しいお金持ち”の美しい住まい』となっています。
日本の美意識を再確認する場として、あるいは外国人に紹介する場として
最適です。 着物を着たり、お茶やお花をしたくなります。
こういう家に住めば片付けなんてやる気が出て当然という気が
してきます。
■ 日本家屋の構造
母屋 + 迎賓館(復元) という基本に、蔵や茶室が足された形になっています。
さらに、出入りに使う、門は門とは言え、売店を兼ねている立派な建物。
時代劇に出てきそうな門です。これそのものが文化財指定されています。
脇に展示館が景観を損なわない土蔵風の建物で作ってあります。
一つ一つのゆとりある作りをると日本人として忘れかけている誇りが
ふつふつと沸いてきます。
なにしろ、大きいのです!玄関だけで現代の住まいでいうと6畳くらいありますから。
一番素晴らしいのはお庭!
お庭と一体化した日本の生活が分かる。
日本のおうちって、蔵や浴室、といった機能部分はあとから付け足しなんですよね。 大阪や京都にある狭い古い日本の建売分譲住宅でも
風呂やキッチンは一番家の中の暗くて陰気な場所に配置してあり、
もう少し生活することに価値を置けないものか?と感じていました。
風呂やキッチンは毎日使うものだし、毎日の生活がかかわってくる場所
ならば、もう少し格上げしてやってもいいものなのに・・・と。
しかし、根津のお屋敷では、キッチンも風呂やトイレも陰気で暗い
ことはありません・・・それは十分なスペースが用意されているから。
風通しも良く、十分広いと日陰にあることはむしろメリット。食品も
痛まないし、匂いも広がらない。 家の北側にあるとはいえ、日の光が
入らないわけではないんですね。
・・・そうした快適空間を実現の鍵は風通し。そして風通しの鍵は
お庭。
一つ一つは小屋のようでそれら小屋が連結されたような形になっているのですが、付け足された感じに感じないのは、中央に配置された
庭のせい。 お庭を囲んで回廊状なので、つけたしとは感じられないのです。
すべての建物がお庭を前景にしていて、庭を眺める絶好のポイントなのです。
日本のおうちでは、庭は背景ではなく、庭を眺める、庭が見える場所が特等席だ、ということが分かります。
■ 広い家=自信?
日本が近代化=西洋化して失ったもの・・・それは自信かもしれません・・・ ふとそんなことを考えてしまいました。
このお屋敷は立派な財閥のお屋敷で、財閥化する前から豪農だったらしいですから、
規模的には一般市民よりもちろん、当時から大きかったと思うのですが、
近所にはあと2〜3件は白壁の同じくらいの規模のありそうな農家と
思しき豪邸がありました。
私自身は住んだことはありませんが、母方の実家では母が子供の頃に住んだ
家は、ここまでではなくとも、門と母屋、庭や蔵がある家だったと聞いています。
そうした家にあった玄関や床の間、お庭、今も昔もすごく広々としてステキだ
と思うのですが、それを形だけ真似、規模を縮小したのが日本の都会にある
平均的な分譲住宅の間取り。 つまりスペース的妥協の産物・・・。
たとえ住んだことがなくても、私達のDNAは元を知っているので、そうしたものを
見るとどうしても妥協の産物だ、とわかってしまうのではないでしょうか・・
こうした立派な日本の家に行くことで、日本の誇りを取り戻せる気がします。
でも現代の建築はスペースは小さいのを前提とせざるを得ません。
スペースに縛られた上で伝統を貫くと妥協の産物が生まれざるを得ませんから、そうではなく、新しい住まい方、日本人のライフスタイルに
あった住まいが求められているのだと思いました。
そういう意味で、無垢の木、ミニマリズムなデザイン、作り付けの家具、床に座る住まい方、ウォークインクローゼット・・・これらは正しい方向のように思います。日本人は昔から直線的なスッキリとした
美を愛してきたんじゃないかと思いました。











