DEAD MAN WALKING

骸が動いたのだ。儲け物と思え。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

Twitterを辞めてみたよ。

2017-08-12 23:43:15 | 日記
こんばんわ。

下郎と申します。

25歳の毎日社会人です。
建設業のとあるメーカーで勤務しております。
死ぬ程辞めたいです。宜しくお願い申し上げます。


さて、僕は先月まで所謂ツイ廃に片足突っ込んでたんですが、ここ一ヶ月、Twitterを辞めてみました。

というのも、僕のツイを見るに見かねた見ていた友人からの勧めで、「つぶやくのやめてみると考えがすっきりする、まとまる、オナ禁のようなもの」との事だったのでしばらくやらないことにしたのです。
ブログも彼からの勧めです。あらゆる事に失敗してきた僕にはもう何も残ってないので、友の勧めにルパンダイヴで飛びついた形です。

もともと、Twitterは自分の思った事を文字可及び可視化する為に活用しておりました。
生来、人と議論する場を構築できない
(そもそも周囲と議論出来るほどのリテラシーとコミュ力を有していない)人間なので、本来であれば下を向いて口を塞ぎながら生きるところだと思いますが、このツールはいい。1人で延々と喋っていられる。
その毒に魅入られた僕は、
抑鬱性が高めに設定された生活で生じた有害な心のあれこれの捌け口として、Twitterを大いに活用しておりました。

僕はよくよく自分の人生を焼け野原と形容します。中途半端に詩的でイラっときます。
かつて、僕の心象風景が焼け野原になった過程で、もう本当に何もできないプチ鬱になった事がありました。
その期間の不毛さからくる反動なのか、今になってはとにかくアクションを取り続け、もがき続け、考え続ければどこか素晴らしい場所に辿り着くのではないか、何かをし続ける事が前に進む事、諦めない事なのではないかと信じ込んでいました。

違いました。

そこは墓穴。毒の沼地。
前に進んでいるつもりで、その実掘っても掘ってもどこにも辿り着かないトンネルを只ひたすらに掘り進んでいたに過ぎなかったのでした。

世の中には前向きなアクションならば全て肯定されるという事はありません。
善意から生じた過失致死。交通事故。善かれと思って…な行動。それらが許される事がないように、この世にはどうやらやっちゃダメなアクションというものがあります。(みんな知ってるね!)


ブ男が好きな女の子に告白した事によって精神的複雑骨折みたいな結末を迎える事は当然世の中には往々にして存在します。(悲しい事に告白された側も相応のダメージがあります)
僕はそれを中学生卒業くらいの時期に実技にて学習していた筈ですが、既に焼け野原と化した我が人生、もうどうにでもなってしまえと破れかぶれになっていた結果、やらなくていい事、見せなくていい自分の醜い部分も全てTwitter上にて露呈させてしまいました。

多分、上西議員が「言わなくてもいい事も言うのが議員の資質」とかいうどう逆立ちしたって腑に落ちない支離滅裂な意味不発言でご自身のTwitter活動を正当化していた心境もこれに近いです。
どんな理由があっても「くたばれレ○ズ!!」という発言をいい大人がした事が正当化される事はありません。「私を倒して世界をよくして欲しい...」と思ってない限りは。

「僕の思った事をただ文字にしているだけ」などと横柄な姿勢でTwitterをやっていたつもりはありませんが、なんというかもう必死でした。
大きくマイナスのところにいる自分は自分のクソみたいな人生から何か一つでも掴み取らないといけない、一つでも多くの気づきがなくてはならない、死にたくないetc...、そんな焦燥感も胸の奥にあった気がします。
とにかくすがるように、懺悔するように、抱えきれないものを吐き出すようにTwitterに書き込んでいた気がします。
一つでも多く、一つでも多く。そしてそれらの中から一つでも多くの気づきを、と。
その焦燥感から僕はTwitterに呟くのが辞められなくなりました。
(前に人に「つらいなら吐いた方がいいよー」とアドバイスをした事があります。今でも間違いではないと思っています。間違いだったのはこのような地獄に到達してしまうほど愚かな僕の口からそれを言うことのみです。)

もはや自分でも止められない臨界状態にあった僕に待ったをかけてくれた友人には感謝しきりです。皮肉抜きにして、一度殺してくれてありがとうと思っています。


「DEAD MAN WALKING.」


元々死刑囚が死刑台に向かう際に監守が発する言葉なのだそうです。

僕は死刑を待つ囚人ではない。

今迄はそうだったかもしれない。(どちらかというと逮捕されるのに怯えまくり逃げまくった凶悪犯罪者という感じ)


焼け野原に転がっていた死体が、再び歩き出す。


そんな思いを込めて、このブログのタイトルにしました。

僕は、いつも間違えます。生き方を、接し方を、選択を、色んな事を人一倍間違えます。自分の考えた事なんぞ間違えてるに決まってるなどという謎の脅迫観念もプリインストールされています。
それでも、不様でも、みっともなくても、またすっ転んだりくたばったりしても、前に進みたい。ゴミみたいな自分の人生を、何かの足しにしたい。役に立ちたい。
何でもいいから俺の好きな物について語りたい。
それらのあんな事いいなこんな事いいなを叶えるために、このブログを活用するつもりでいます。
(絵は、もしかするといっぱい見てもらえる可能性の高いTwitterの方にあげるかもしれません。)

なんやかやとごちゃごちゃのたまってきましたが、要はTwitterの機能がここに移設されただけです。今迄Twitter上で自動でお目に触れていた僕のヘドロみたいなツイートが激減し、お目汚しは発生しにくくなったかと思います。

Twitterに書くのが都合の良いことはTwitterにつぶやくと思いますが、「つぶやく」の範疇にとどめる程度にします。(今迄のはどう少なく見積もってもつぶやくの範疇を超えていたので)

そんな感じで。まとめたい考えや思った事があったりとにかく好きな物について語りたい時に更新すると思います。

以後、宜しくお願い申し上げます。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
   | トップ | Twitterを辞めてみての日々。 »

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事