・・【 orionの首飾り】★★★

旅行・東京散策 四季折々 春夏秋冬 名所 グルメ 銅像 植物 青春18切符 食べる所 気になるニュース 発見 画像等

🌱♨妻女山からの帰路 画像12枚

2017-10-23 07:47:17 | 2017年10月上旬🍎🌰長野市周辺・松代の旅
 妻女山からの帰路は、真田宝物館方面に出てホテルに帰ることにしました。
 まっすぐ帰るのと距離が同じ位だったので
1▼象山と妻女山の山々です。はっきりした山の名前の区別はわかりません。

2▼戦国時代・武田軍の別動隊が象山から妻女山を密かに進軍した山々と想像すると創造力が増します。

3
4
5▼大きなマメがあったので撮りました。「ナタマメ」だそうです。

6
7
8▼途中、農道より真田宝物館方面へ出ることにしました。

9
10
11▼ここでも遠くの焚き火の煙が目立って見えます。

12▼ここで撮った写真が本日外出した最後の画像となります。
 やはり、歩き疲れていたと思います。ホテル到着の歩行数は、2万歩近くでした。
 到着後は、温泉三昧となりました。

■□■2017.10.23月曜日更新

orion787ブログ:)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

🐗🐗🕸🕷妻女山もう一つの入口 画像16枚

2017-10-22 10:44:39 | 2017年10月上旬🍎🌰長野市周辺・松代の旅
 妻女山展望台と招魂社の出入り口は、もう一つあります。
1
2▼ 妻女山散策路入口
展望台まで徒歩7分
招魂社まで徒歩8分

3▼この入り口は、地元の人しか分からないような場所にあり、車道の入り口から入り、山道から下山すると出方がわからないことが起こります。

4
5
6▼イノシシの防護柵です。

7
8▼注意 入山する皆様
これは、イノシシの防護柵です。
扉を開けたら必ず閉めてください!
松代地区住民自治協議会

 但し、車道から入り、散策路から下山した者には、防護柵の説明・注意書きは100%ありませんでした。
 
 防護柵で人がへこませたところから越えざるを得なかっのです。おかげで内股にすり傷ができました。
 どういうわけか破傷風になるかなと思いました。
 ほかの計画立てた行く予定の場所は、断念して取りあえずホテルに戻ることにしました。
▼この注意書きは、裏側からはわかりません!

9▼下山する散策路の様子です。

10
11
12
13
14
15
16▼実際は、向かって右側のカードレールの辺りから山道に入り下山しました。山道通る道にクモの巣が張ってあり、人があまり通らない道だと思いました。

■□■2017.10.22日曜日更新
選挙は、晴れていた日に不在者投票しました。
orion787ブログ:)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

🏞🍙妻女山展望台・その他 画像10枚

2017-10-21 07:38:06 | 2017年10月上旬🍎🌰長野市周辺・松代の旅
1▼焚き火のモニュメント?です。

2
3
4
 これは「川中島古戦場・八幡社一騎討ちの像」の場所にも同じ焚き火がありました。
5▼「川中島古戦場・八幡社一騎討ちの像」の焚き火のモニュメント?の画像です。

6▼あずま屋?風休憩所です。

7
 ここで、松代パーキングエリアで購買したオニギリで早めのお昼🍙を済ませました。景色がよかったのとオニギリもコンビニとは一味違うおにぎりの具が多かったので、美味しく頂きました。(^^)
8
9
10
■□■2017.10.21土曜日更新
orion787ブログ:)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

■□■松代妻女山招魂社■□■画像12枚

2017-10-20 07:37:23 | 2017年10月上旬🍎🌰長野市周辺・松代の旅
 妻女山展望台の隣に、松代妻女山招魂社があります。

 ここでは、信州松代観光情報のHPの松代妻女山招魂社の説明文と自分で撮った写真のみ載せます。
 戦争で亡くなった方々のご冥福をここでお祈りいたします。
1
■信州松代観光情報のHPから引用しました。■
松代妻女山招魂社について

 松代妻女山招魂社は、戊辰戦争の際松代真田藩の藩士として従軍し、戦死された五十二柱の御霊を祀るために、第十代藩主真田幸民が明治二年に建立した神社であります。

 その後時代は流れ、日清、日露、満州・日中そして太平洋戦争終結までの間、度重なる国の危機に際し尊い命を祖国日本のために捧げられた郷土の戦没者969柱の御霊を合祀してある慰霊施設であります。

 現在我が国は、経済大国となり世界各国より注視の的となっております。これもひとえに国民の努力もありますが、ひたすら日本の平和と繁栄を願って命を落とされた諸霊の尊い犠牲によるものと思われます。

 平和を願い、二度と悲惨な戦争を起こさぬよう、毎年九月の第二日曜日を「慰霊の日」と定め、追善供養を行っております。

松代妻女山招魂社奉贇会

2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
■□■2017.10.20金曜日更新
orion787ブログ:)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

🏞🏔妻女山展望台 画像16枚

2017-10-19 15:44:40 | 2017年10月上旬🍎🌰長野市周辺・松代の旅
1▼妻女山・展望台登り口から少し上り、景色の良い場所から撮りました。

2▼景色の良い場所からみた、上り坂の様子です。

3▼景色の良い場所からみた、下り坂の様子です。

4▼妻女山・展望台です。
 入口付近から写真を撮りながら、ゆっくり登りましたが、約15分位で展望台に到着しました。

■案内板の内容です。■

川中島古戦場

妻女山
 ここは、一五六一(永禄四)年九月十日の第四次川中島合戦の折り、越後の上杉謙信が陣を設けた山。

 ここから川中島平は一望でき、海津城の動静を伺い知ることができた。

 同年九月九日、海津城からもくもくと立ち上る煙を見た謙信は、武田方の戦いの準備を察し、その夜、山を下り千曲川や犀川を渡って八幡原の信玄の本陣を目指した。

 この様子をのちに頼山陽(江戸時代の儒学者)が「鞭声粛々、夜河を渡る・・」と詠んでおり、ここから南西約1㎞には「雨の宮渡し」の跡が乗っている。

 なお、展望台の登り口に
「槍突き(尻)の泉」がある。
 謙信が槍の石突きで突いたところ、水が湧き出たという伝説があり石碑が建っている。

長野市

※尚、画像の文字が鮮明でないため、あて字?を入れた箇所があります。m(_ _)m
5
6
7
8▼展望台の様子です。

9
10▼川中島合戦図

11
12
13▼赤坂橋方面です。

14▼松代パーキングエリアの近くで、
焚き火?の煙が見えます。上杉謙信も武田軍の炊飯する様子をこのように見たと想像します。

15▼遠方に見える白い建物は、松代ロイヤルホテルです。そこから歩いてきました🚶。(^^)

16
■□■2017.10.19木曜日更新
orion787ブログ:)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加