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今となっては、2年前の新風舎倒産劇は洒落にもならない。ましてや、我が努力作、パースゴルフ場ガイドブック「Golfing Westralia」を新風舎から刊行したことは駄洒落にもならなかったのです。
海の藻屑と消えた[Golfing Westralia]を救わんと、加筆、修正した「Golfing Westralia」を文芸社から再刊行しました。
Amazon,楽天をはじめ、ネットで取り扱っています。
なお、新風舎刊行物[Golfing Westralia]を半額の¥1000にてお分けします。
ホームページのメールから送付先を賜り、
代金受け取り後、発送いたします。送料は当方で負担します。
ニュージーランド・ゴルフ旅日記を始めました。
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旅を終えて
なぜパースを選んだのか、何を思って苦労して全うしたいのか、何がそこまで駆り立てるのか、と聞かれたことがある。人様が疑問に思われることが私には疑問である。ひっくり返して考えれば、私はそれほど変り者なのかとへそ曲がりに思ってしまう。なぜならば私は気の向くままに、好きなことをやっているだけであるからだ。部外者から見れば異常なほどに早起きをしてまでもゴルフだ、釣りだ、登山だと出かけるように、好きなことをしている限りでは、そんなことは苦労というよりは、その過程も楽しみになるであろう。
「はじめに」に書いたように、ことの切っ掛けはリタイヤー数年前の海外初旅行のパックツアー「東海岸3都市めぐり」である。まるでベルトコンベアーに乗せられたように移動させられる旅からは、与えられたものをただ受け取るだけで、旅をしている実感を味わえず、消化不良であった。このパックツアーへの不満が引き金である。リタイヤーしたら時間は十分にあるから、その時間を旅のやり直しにオーストラリアで使おうと思ったのだ。その際に、単なる観光旅行では物足りなさ、味気なさを感じるに違いなかろうと考え、旅の友にゴルフバッグを持参したのが事の始まりである。
なぜメジャーの東海岸でなく、マイナーのパースを選んだか。3ヶ月間滞在するのである。それにはケアンズ、ゴールドコーストは町が小さく、すぐに飽きが来るだろう。シドニーからは都会の索漠を感じて敬遠した。と同時に他人と同じことはしたくない、前例があることはしたくない、日本人が多いところへは行きたくない(これは当てが外れた)という気持ちも働いた。
パース近郊にあるゴルフ場を調べ上げたら、30コースあった。ゴルフ場の場所とゴルフ場への道順を探しながら、パース初訪問(2000年)にして20コースを廻ったのだ。この時点で考えたことは、残り10コースを回れば「パースのゴルフ場をすべて回った」とひと区切りが付くとともに、ひと区切りの達成感、満足感、征服感を味わえるのだ。もし、10コースを残したままで止めにしたならば、ただ単にパースでゴルフをしたことがあるという、ひとつの経験に過ぎない。それどころか逆に、まだ回るコ−スを残していながら中止したという、達成感、満足感、征服感とは正反対に挫折感に凹むことになる。これではまたパックツアーのときと同じように、消化不良に陥るとも思えたのだ。ならば来年(2001年)も訪問して「パースのすべてのゴルフ場」を廻り終えて、達成感、満足感、征服感を味わいたいものだ。この過程の連続がその後の南部へ、北部へ、さらには内陸部へと西オーストラリア全域に展開していったのである。
それらの記録をまとめたものが 拙書「Golfing Westralia」である。必ずや参考になると自負する。
所変われば品変わるとはよく言い当てたもので、サンドグリーン(砂のグリーン)や砂漠の中のゴルフ場や麦畑の中のゴルフ場などと、予想だにしなかった我が目を疑うような未知の物事に遭遇する。同じゴルフでありながらも都市部のゴルフ場と田舎のそれとには存在事情に相違がある。行けば行くほどに、知れば知るほどに、なぜ、どうして、それから、もっともっと知りたいとの意欲が湧き出たのだ。
そして驚いたことに「第二の人生の指針に」と意外な話が降って沸いた。冒頭に書いたように私は気の向くままに、好きなことをやっているだけである。口幅ったいが、ただ1つ言えることは、寝ていようが起きていようが時間は万人に平等に与えられ、そして流れる。同じ生きるなら夢を持ち、希望をかなえるように時間を使いたい。誰かの文句じゃないけれど、夢と勇気と若干のお金があればいいのだ。感動して、そして達成感、満足感、征服感に浸りたいものだ。私は体が動く限り、夢を追い続ける。
聞き漏らしたもの、見落としたものがまだまだある。人混みを避けて、いつもシーズンオフを狙って行っていたがトップシーズンにも行ってみたい。そしてオージーたちと一緒にラウンドしたい。もともと芝生のコースは変化が少なかろうが、ベアーグランド、ベアーグランドと書き続けたコースが、ベストシーズンにはどんなフェアウエイの様子を見せるか見てみたい。
また、新線Mandurah Line開通後の変貌も見たいものだ。と興味は尽きない。
このあとは舞台をニュージーランドに移すが、ニュージーランドが一段落した後に、再度パースを訪問したい。手がけたことには子供の成長振りを見るように愛着が湧き、可愛いものだ。
追記:ひと区切りがついたところで長期休暇を取ることにした。
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2007年6月21日(木)
7年越しの西オーストラリア、ゴルフ場めぐりの旅を終了
今夕、17:15発の便にてパース国際空港から帰国する。3月26日に成田を発ってから3ヶ月が経とうとする。ビザの有効期限が切れる前に出国しなければならない。往路でバリに3泊した。タクシーやマッサージの勧誘に五月蝿く付きまとわれるは、土産店の客引きの声が煩わしいはで街中をぷらぷらしづらい。だから復路はバリを素通りだ。乗り継ぎに要する1時間15分の待ち合わせをして、明朝8:50に成田に着くはずだ。
2000年から始めたゴルフ場めぐりの旅は、Perthを含めた北は熱帯のBroomから南は南極海に面する Esperanceまでのインド洋沿いのゴルフ場を廻ったのだ。Norsemanを除けばYHAを繋いだ結果がこうなったとも見做せる。
西オーストラリアゴルフ協会に加入するコースは232コース。未加入分を含めても250コース程度と推定して、28(にっぱち)の法則(注1)に照らせば50コースを、ルートの法則(注2)を適応すれば16コースを回れば数の上からだけでは西オーストラリアの全コースを回った、と見做せるのだ。既に64コースを回っているから、数の点だけから見れば、私の「西オーストラリアのゴルフ場めぐり」は十分に法則を満たしている。
拙書、パースのゴルフ場ガイド[Golfing Westralia]はこの時点までであるが、パースの全ゴルフ場を網羅。廻ったゴルフ場の数だけからすれば28の法則にも、ルートの法則にも適合する。
しかし数の力だけをもって西オーストラリアのゴルフ場はこうだ、と言い切るには躊躇する点がある。それは廻ったゴルフ場が余りにもインド洋沿いに偏在しすぎているということである。これで果たして西オーストラリアのゴルフ場を的確に言い当てることが出来るのだろうか、という疑問符が付いたのだ。それを解くにはサンプリングの範囲を広める必要がある。ならば、インド洋沿いから離れた地域のゴルフ場をも廻ればいいのだと思った。そこで、われながら此処まで西オーストラリアのゴルフ場にのめり込み、乗り掛かったからには西オーストラリアのゴルフ場をもっと知ってやろうと、インド洋沿いから離れた内陸部を廻ることにしたのだ。これが今回(2007年)の旅を計画した次第である。
そんなわけでインド洋沿いから離れ、内陸部へ足を伸ばすことにした。移動手段に公共交通機関を使うことが私なりの旅のこだわりである。バスが通る内陸部の町を辿り、辿った結果が、図らずもオーストラリアを代表する麦畑地帯(Wheat Belt)の南端Esperaceから北限Northamptonまでの麦畑地帯のど真ん中を縦断したことになる。そして麦畑のなかのゴルフ場でプレーをしたのだ。
もっと西オーストラリアを知るためには、麦畑地帯を越えて、より内陸部に行くべきか否かを考える。ところが今回の内陸部(麦畑地帯)より更に内陸部は紛れもない砂漠地帯である。砂漠地帯の人口は麦畑地帯にある町の人口、数百人程度よりさらに少なくなるであろう。人口が少なくなればゴルフ環境は一層悪化すると予測される。それはPerthの東600KmのKalgoorlie、北東570KmのMt Magnet、北900KmのCarnarvonなどの擬似砂漠地帯での体験から推測できる。Mt Magnetのメンバー数は2人だった。一を聞いて十を知るを以ってすればKalgoorlie、Mt Magnet、Carnarvonより良いゴルフ環境になるとは予測し難いのだ。したがって、敢えて行くには及ばないと判断した。
サンプリングの範囲を広げる目的で、内陸部にあるゴルフ場を廻った。そして新らたに10コースをサンプリングに加えたのが今回の旅である。これで総計75コース廻ったことになる。内陸部を廻ったことにより、法則に数字を代入して導いた結果よりははるかに精度高く、「西オーストラリアのゴルフ場を回った」と断言できるのだ。
注1)28(にっぱち)の法則。イタリアの経済学者パレードが提唱した所得分配の経験則である。「所得者の2割の者だけで全所得の8割をせしめるという法則」である。人、物、金と諸々の事象に2対8の比率が当てはまるようだ。
注2)ルートの法則。「 100 人を理解させるには、√ 100 、すなわち 10 回の説明が必要である」ということだ。
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2007年6月20日(水)
Marangaroo Golf Courseに行く。
Wanneroo市営18ホールのパブリックコースである。もし日本のどこかの市が市営ゴルフ場を造ろうとしたならば、世論はそれを容認するであろうか。おそらく、喧々囂々たる反対や非難が巻き起り、市営ゴルフ場は実現しないであろう。しからば同じく税金を使って市立図書館を設立しようとした場合に、世論はどのような反応を示すであろうか。ゴルフ場に対するほどの非難は起こらないと推測する。図書館はいいが、ゴルフ場はだめ。日本の社会はゴルフに税金を使うことを認めない理由は何か。ゴルフ人口が如何に多くとも社会がゴルフを認知しないからであろう。それはなぜか。ところがオーストラリアでは市民が楽しむゴルフには税金を費やすことを容認する社会である。だから市営ゴルフ場が存在し得るのだ。Marangaroo以外にもCarramar, Hamersleyと市営ゴルフ場がある。ただし市営ゴルフ場の趣旨は腕試しをさせるコースではなく、プレーを楽しんでもらいたいコースなのだと実感した。バンカーは少ない、ドッグレッグの度合いは穏やか、起伏はゆるい、そんなコースレイアウトの傾向が匂うのは市営コースならではである。したがって既述したようにバンカーの数と質がそのコースのステータスを誇示するかのようなバンカーは皆無であった。フェアウエイ・バンカー3個、ガード・バンカー3個とは、余りにも中途半端な在り方だ。しかも数少ないバンカーはクローバリーフスタイルのような凝った形ではなく、深さも浅く、ゴルファを余計なトラブルに巻き込ませたくないと気配りするかのような平凡なバンカーである。いっそのことバンカーを無くしたほうが良かろうにとさえ思うのだ。それとも、ゴルフ場にはバンカーというものがあるのだぞ、と遊びのゴルファに暗示するつもりなのか。
歩測してみたら、50歩X30歩とは比較的大きいグリーンである。かついたって穏やかなグリーンなのだ。
1番、10番、11番、18番はテイグランドからでは前方を見通せない稜線が左右に走っているものの、その他のホールはほぼ平らなフェアウエイである。
左ドッグレッグの7番ホール。このコースで唯一の池が左コーナーにある。池を避けて右に打ったのだろうが、ボールは右のバンカー脇のラフの中にある。二十歳前後だろうか、キュートな女の子が孤軍奮闘している。釣りする馬鹿に見る阿呆よろしく、つい数えてしまったら空振りを繰り返すこと8回である。同伴の女性が代わって打ってあげるわけにも行かず、「遊びだから打ちやすいところに出したら」と言うはずもない。
助けようもなく、ただニタニタ笑いながら眺めているだけである。一見くつろいだ雰囲気のなかにも、連中はたとえ遊びのゴルフであろうともルールを厳格に守るのだ。
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2007年6月19日(火)
The Vines Golf Clubに行く。
Ellenbrook CourseとThe Lakes Courseとの、2つのコースがある。これまでは、予約するたびに毎回Ellenbrook Courseを指定され、The Lakes Courseでプレーする機会に恵まれなかった。「パースの全ゴルフ場を廻った」と公言してはばからない手前、どんなコースかと問われてもプレーをせずにはコースの説明に窮し、偽り表裏と言われかねない。確かにThe Vinesの一部でプレーしたことは紛れもない事実であるが、1コースでも廻りこぼれがある限り「パースの全ゴルフ場を廻った」と公言するには、いささかの躊躇いが無きにしも非ずである。また、私自身が心の底から「俺はやったぞ!」と言い切ろうにも、喉に引っ掛かるものを感じる。今回をもって一連のゴルフ場巡りの旅を終了させる心積もりであるから、ぜひThe Lakes Courseでプレーをして、「パースの全ゴルフ場を廻った」を完成させたいものだ。予約時に、またEllenbrook Courseと指定されたが、Ellenbrook Courseはもう何回もまわったから、今回はぜひThe Lakes Courseでプレーさせて欲しいと懇願した。すると12:30のテイオフならばいいよ、となった。大方の人は午前中に廻り、午後は空きが出るのだ。12:30のテイオフということは、そういうことであろう。ゴルフ場散策でもすればいいや、と、早めの時間に現場についていた。空いていたのだろう、スターターは何時スタートしてもいいよと伝えて来た。願ったり叶ったりである。
コース名が象徴するかのように、池であったり、クリークであったりと水絡みホールが際立つコースである。最大の特徴は打ち上げ、打ち下ろしとなるアップ・ダウンはないものの、いずれのホールもグリーンに近付くにつれフェアウエイに存在する凸凹の度合いが激しくなる。そして、バンカーの数が増えるのだ。その間に、池、クリークが介在する。
たまげた!! 4番ホール、パー3、203。グリーン左手前に大きな縦長のバンカーがある。バンカーはこの1つだけである。しかし手前80あたりから凸凹の大群がグリーンに近付き、そしてグリーンを取り巻くのだ。その様はフリースタイル・スキーのモーグル用スロープにあるような瘤が隙間なく、凸凹同士が密着して敷き詰められているのだ。しかも高低差が身の丈ほどある凸凹である。瘤だらけと表現する程度を超越した瘤だらけである。本当にたまげた!!
13番ホール、パー3、156。グリーンの左右、手前に、それぞれ2つずつのクローバリーフスタイルの深いバンカー。4番ホールほどではないものの、グリーン手前はやはり凸凹だらけ。平らなフェアウエイがグリーン周りに限って急激に凸凹するとは余りにも作為的である。
考えてみれば、ボールが然るべき距離と狙った方向に舞い上がる、すなわちボールが空中に漂う間の地上の状態は池であれ、凸凹であれ、谷であれ、なんであれ理屈のうえでは「そんなの関係ない」はずである。プロがアイランドグリーンを狙うように。しかし、それにはそれ相応の能力が求められる。所がどっこい、そうは問屋が卸さないのが悲しいかな。網膜に潜伏している残像がボールを思惑とは裏腹の方向に運ぶ作用をするのだと人は言う。現にその通りになるのが悔しい。
グリーンを褒めるべきか、けなすべきか。よくもあんなものを造ったものだと口でけなして心で褒めよう。18番ホールのグリーンは左右70歩、奥行き30歩と馬鹿でかいグリーンである。ピン位置しだいでは、オンしただけでは喜べないグリーンなのだ。ピンと最短距離に結んだ方向に打ったのではカップインしない激しい起伏がたんとある。グリーン周りに配したマウンドの裾をグリーンに引っ張り込んで、グリーン上に余計なうねり(ポテトチップ)を形成する。つるつるさが加わり、一旦乗ったボールがグリーンの外に転がり落ちるのだ。全く意地悪なグリーンである。ここでも6月16日付きで述べたホール雑感が図星である。テイショットの200、グリーン狙いの150〜100辺りが壷を押さえる。
西オーストラリアでの唯一のプロツアー The Heineken Classicを開催するコース、かつ全オーストラリアでトップクラスのリゾートコースとの折紙つきコースである。したがってコースの質量を云々するには及ばないであろう。そして、お値段もトップクラスである。
こぼれ話
1)バスを待っていると、見知らぬ人が愛想笑いを浮かべながら「Hallow, How are you?」と近付いてきた。「Have you some cigarette?」とねだる。私はこの種のものにはすべて「No」で通した。
2)ゴルフ場からの帰りのタクシーが遠回りをした。信号を右折すれば駅前に出るところを直進した。やられたと思ったが時既に遅し。料金を払うときに「お前、遠回りをしたな」といってやった。行き$27。帰り$35。タクシーの運ちゃんは世の東西を問わず、、、のようだ。
3)ゴルフの帰りにMidland駅のホームを歩いていた。後から歩いてきたオバサンが、キップを落としたよ、と、教えてくれたのだ。今年から駅に改札口が設置されたからキップを粉失すると改札口を出られなくなる。この場合、一体どうなるのだろうか。日本の場合は、始発駅からの料金の3倍の料金を要求されると聞いているが。オバサンに感謝だ。
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2007年6月18日(月)
Glen Iris Country Clubにゆく。
パースからバスで行くならば、Murdock Park ‘n’Ride でTurnbury Park Dr行きに乗り換えるルートがある。Perth〜Murdock Park ‘n’Ride間のバス便は相変わらず本数が多いが、その先のTurnbury Park Dr往復の時刻表が大きく変わっていた。Murdock Park ‘n’Rideからの始発が9:50AMから10:53AMに繰り下がり、帰りの最終便が4:46PMから1:40PMと大きく繰り上がっている。そしてバス停との行き来に要する時間を差し引くとゴルフ場に滞在できる時間は2時間程度となる。これではゴルフどころか、お使いさえも、真っ昼間から終バスに間に合うかなと気を揉む有様である。そんな訳で、プレーが出来そうもないから行こうか行くまいかと数日来、迷いに迷っていたのだ。しかし、行かずに未練がましく後悔するよりも、行ったが叶わなかったのだと無念がるほうが、俺はやるだけやっての結果だからと、気が済むと思い、行くだけ行くことにした。
以前のMurdock Park ‘n’Ride 〜Turnbury Park Dr間のバスの乗客は私1人、多くて3人、それも途中で降りてまた私1人となる。こんな状態でこのルートは採算が取れるのかなと余計な心配をするほどに乗客は少ない数であった。案の定、私には不都合であるが便数を減らしたのだ。
バス停からゴルフ場周辺がたいした様変わりである。過ってはゴルフ場脇をBerrigan Drがただ1本貫通しているだけの何もない空き地地帯であった。ところが見るからに真新らしい商店街が出現していた。しげしげと物見をする時間の余裕はないのだ。この際は一刻も早くゴルフ場に行かねばと、早足で通りぬけたから、どんな種類の商店があるのやらは気に留めなかった。しかしファーストフードの看板だけがなぜか目に入った。いずこの地域も新しい道路1本、電車1本が通るとその沿線が様変わりするように、Mandurah線が開通すると沿線は様変わりするのだなと思いながら商店街が出現したことだけを脳裏に納めてゴルフ場に急いだ。
帰りの最終便は1:40PMである。不運にもバスに乗り損ねた場合のことに配慮して、ここからタクシーを呼ぶことが出来るか否かとプロショップでたずねると、「お安い御用」との返事であった。これでひとまず帰りの足の不安は解消だ。
アウトコースははっきりと覚えているのだがインコースは何故か印象に薄いのだ。そこで少ない時間の関係からインコースから先に廻った。ラフ幅がたっぷりとあり、セパレートする樹木が疎であるから、空が明るく開けて、天空もゴルフ仲間と感じる開放感漂うフェアウエイである。重厚な樹木に囲まれたコースでは味わえない空の広さを感じる開放感あふれるコース環境である。
ゴルフ場を広く見渡せば平坦である。しかし大きく波打つ起伏が洗濯板の起伏のように繰り返し続くと、平坦な地形から惹起する物足りなさを打ち消すフェアウエイになる。
どちらもプレーヤに警戒感を与える水絡みのホールと知的に配したバンカーはこのコースが一押しする個性となる。18ホールのなかで9ホールが池沿いだったり、池越えだったりと水絡みのホールに遭遇する運命だ。それを象徴するかのようにパー3の5番、8番、12番、16番はすべてのホールが水絡みのホールとなる有様だ。1つの大きな池に群がるようにレイアウトされた11番、12番、13番、16番ホールはすべて池絡みのホールである。
バンカーも効いている。6月16日付けに書いたドッグレッグとバンカーについて雑感のように、テイから150〜200前後の両サイドにはフェアウエイ・バンカー、バンカーでない場合はマウンドがその代役を果たす。グリーン手前100当たりに、バンカーが1つならず、群を成して3つ4つとあるホールは要注意だ。
グリーンは総じて大きい。縦長のものもあれば横長のものもあったりと一様ではない。そして大きなうねりがある。ボールが転がり落ちやすくするのか、舌をベロッと出したような傾斜が、あるときは手前に、またあるときは奥方向にと垂れている。
2番ホールの右側は住宅である。住宅に沿って180から急激に右ドッグレッグする。テイショットに使用するクラブはアイアンに限ると掲示板がある。9番ホールは、左側は数軒並んだ住宅が途切れるところ、200からこれまた急激に左ドッグレッグしていたのだ。ところが今回訪問してみると、テイグランドが右に大きく移動して、その結果はストレートなホールに改造してあった。危惧していた通りに、住民と何かトラブルがあったのであろうと邪推するのだ。
ここGlen Irisに限らずJoondalupにも The VinesにもThe Sancturaryにも住宅と接近してあるホールのテイグランドには「人身、器物事故を起こしたら自己責任」との看板があるだけである。ゴルフ場側は看板1枚で、だから忠告してあるだろう、ですべての責任を回避するつもりであろうが、この種の看板を目にするたびに、ゴルフ場側もそれ相応の安全対策が必要ではないかと疑念を抱いていたのだ。ましてアマチュアならば、ボールはあらぬ方向にも飛ぶことがあるのだと心得るべきであろう。さて、真の責任はいずれに?やはりゴルファかな。
Mandurah線が開通することにより一番影響を受けるのは、バスを使えなくなったGlen Iris Country Clubに行く場合である。最寄り駅はKwinana FWYと Armadale RDが交わるCockburn Central 駅となる。駅からゴルフ場までの距離は約3Kある。ゴルフ場へは開通後のCockburn Central 駅からの足次第となる。
ブランド名を盲信するお方はさておき、パースから遠からず近からずの19Kmである。パース市街からパース空港までの距離より短い距離であるからタクシー代の見当がつくであろう。
グリーンフィ:18ホール$25(週末$32)、9ホール$17(週末$19.7)
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2007年6月17日(日)
パースに生活拠点を持つ人や単なる旅行者はともかく、年金生活者がその年金を元手にパースで暮らそうとしても、過ってのようなおいしい生活は望み薄になりつつある。この引き金は2000年7月に消費税10%の導入をしたことと2001年のシドニー・オリンピックが物価上昇をもたらしたことである。それに加えて鉱山ブームに後押しされて、土地住宅も、生活物資の価額も高騰している。オーストラリア経済の好調が反映して為替レートにも影響し、最近の為替レートや物価高を考慮すると、年金生活をオーストラリアでの望みは必ずしも、いい思いは出来そうにない。
私が3ヶ月間、自炊をするに当たって買い物をしたレシートから値段を列挙すると下記のようになる。高いか安いかの判断は各自にお任せする。
為替レート(2007.5.29)T/C買106.85円、紙幣買112.30円、売 96.47円
(2007.6.09)T/C買113.05円、紙幣買114.58円、売 93.88円
(2007.6.17)T/C買110.77円、紙幣買110.77円、売100.47円
米(ミデアム)1kg $2.39〜$2.44/kg
食パン(白)650g $1.58〜$3.59
牛乳 2L $2.59〜$3.12
卵 (12個) $3.19〜$3.33
ジャガイモ $1.48〜$2.76/kg
ブラウン・オニオン $1.48/kg〜$2.36/kg
人参 $0.96〜$2.00/kg
トマト $2.98/kg〜$7.99/kg
茄子 $9.98/kg
レタス(1個) $2.29
マッシュルーム(カップ) $8.96/kg〜$9.98/kg
キャベツ (半) $1.09〜$1.58
キューリ $8.98〜$11.60/kg
エンドウ豆 $9.98〜$18.99/kg
生姜 $17.98/kg
セロリ $5.99/kg
バター(フローラ)(375g)$3.33
チーズ (50g) $1.99
白砂糖 (1kg) $1.59
塩 (170g) $1.85
キャノーラ油(1l) $2.70
水 (1l) $1.68
ツナ缶(185g) $1.13
ハム(125g) $4.09〜$5.28
イカ(200g) $3.95
ピンクサーモン(100g) $2.11
オレンジ $1.98〜$6.99/kg
バナナ $2.99/kg
リンゴ $3.47/kg〜$4.98
マギー・カップメン(5パック)$1.99〜$3.29
ネスカフェ(100g) $8.55
ガソリン $1.35/L前後
ビール (350cc) $2.50前後(箱買いすれば安くなる)パブでは1杯$3.5前後
タバコ 50本箱 $17.50〜$20.50
40本箱 $14.50前後
30本箱 $11.30前後
20本箱 $7.55〜$11.30
Tボーンステーキ $22/kg
ダイスド・ビーフ $16/kg
ステーキ肉 $17〜$27/kg
サーモン $28/kg
イセエビ(1匹) $22.98
ただし、肉類、魚介類は量り売りにつきレシートにはKg当たりの単価の記入がない。店先でメモした価額である。
魚屋の店先で見かけた魚の名前を羅列する。タコ、イカ、サケ、ひらめなどは見ただけで判るが下記の名前ではさっぱり分からない。白身のものである。青物は見かけなかった。
Nannygai, Frypan Snapper, King Snapper, Red Emperor, Herring, Mullet, Rankin Cod, Breaksea Cod, Skippy, Black Bream, Cobbler, Flovender, Raw Crabs, Jewfish, Groper, Skipjack,
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2007年6月16日(土)
Mandurah Country Clubに行く。
セミプライベートコースである。したがってビジター向けスタート時間は下記のような時間帯に割り当てられている。
月: 8:00−8:30 火:12:30以降 水: 8:00−8:30
木:12:30以降 金: 8:00−8:30 土:不可 日:電話くださいとのこと
グリーンフイ:9ホール$20(週末$24)、18ホール$29(週末$35)
当時、唯一の公共交通手段であるバスを頼りにすると、朝のスタート時間には間に合はないし、午後からプレーをしたのでは帰りのバスはなくなっている。そんなわけでパースからの日帰りプレーをしたくても、できなかった。しかし、2007年12月に電車の新線Mandurah Lineが開通したから、これでパースからの日帰りプレーは可能になる。終点Mandurah駅がゴルフ場への最寄り駅である。Perth始発5:30A.M.、 Mandurah発の終電8:20P.M.。所要時間は片道約50分である。
インド洋を望めるスタートの1番、10番が打ち下ろしとなるぶん、その裏返しで9番、18番は少々厳しい打ち上げのグリーンとなる。その間はすっぽりとユーカリに囲まれた環境である。多少波打つ起伏はあるものの、度肝を抜くほどの高低差ではない。むしろ、のっぺらぼうなフェアウエイよりは程よい起伏があったほうがプレーには気合が入り、変化の楽しみも沸こうというものだ。
バンカーの量と質がそのコースのステータス・シンボルのひとつを代弁するかのような印象を受けたとは、これまでにも何度となく触れてきた。まさしくその通りに、バンカーの質もさることながら量の多さとその位置を考えるとボールをコントロールする能力を問われ、意気阻喪するコースである。
パー3の場合、136,201,137,186とある。ワンオンが標準とするならば、グリーン周りのバンカーが与える威圧感は201,186では特に強い。
パー4の場合、第一の関門はテイショットがグリーンを狙えるところに落とせるか否かがその後の良し悪しに影響する分岐点となる。ドッグレッグはテイグランドから200〜250辺にある。逸れるとバンカー。飛びすぎると突き当たりのバンカーか林の中へとなる。
パー5の場合、セカンドショットがグリーンを狙える、足場のいいところに落とせるかだ。グリーン狙いとなるグリーン手前100〜150間にはバンカーがこれ見よがしに散乱する。バンカーだけには入れたくないが、狭くなったフェアウエイだけに行き先はボールに聞いてくれと運を天に任すしかない感じだ。
グリーン狙いが打ち上げとなる場合や砲台グリーンが結構ある。この場合、グリーン手前にバンカーが1つだけならば気持ちは楽なほうだ。時として、バンカーが団子状態の場合もある。逸れたボール、届かないボールには、容赦なくバンカーが待ち構えている。グリーン周りは言うに及ばず、行方定まらずのボールの受け皿をフェアウエイバンカーが担っているのだ。このようにしてバンカーの存在感を顕示するコースである。
16番ホールでコンペの連中に出くわした。おおむね中年以上のオジサンたちであった。そのなかに1人、男の子がいた。なんと、オジサンたちと同じテイマークから打っている。しかも、オジサンたちと、さして変わらない飛距離である。近くにいたオジサンが、12歳だよ、と教えてくれた。その口振りは子供のプレーに羨望と感嘆の入り混じった声で、意識的に12を強く発音するのだ。その坊やのスコアカードを見せてもらった。するとパーは数えるほどの少なさだが、悪くてもダブルボギーである。トリプルボギーを打っていなかった。こんなにバンカーが多いコースで、しかもオジサンたちと同じフィールドで、である。
あちらこちらとゴルフ場を渡り歩いているうちに、バンカーの位置とドッグレッグの位置に、なんとなく関心を抱くようになった。こんな観点からコースを注視してゆくとその結果は、次の3項目に集約されると思う。第1に、テイショトが200を越せるか否か。これは、ドッグレッグがテイグランドから200辺りの位置にあり、曲げるとバンカーや林に入るようにと。第2にグリーン手前100〜150辺りがグリーン狙いのエリアと想定する。したがって、その辺りにバンカーを配置して、スイングに支障のない足場を確保できるか否かと、ショットの正確さを求める。第3にグリーンから逸れるボールはバンカーに入れるである。加えてガードバンカーの規模をどの程度にするかである。コース設計はこんな具合であると私には映ったのだ。ただし、この間に高低差、水がらみ、樹木などの各要素が絡んでくることもある。Mandurah Country Clubも大まかにはこの枠に嵌まるコースレイアウトだと思う。
The New York Times( May 19, 2008)紙に興味深いコラムを見つけた。
林に打ち込んだボールを拾って、ボールについた泥を拭いていると白い煙が立ちのぼり、なかから妖精が現れた。そしてその妖精に、1つ希望をかなえるとしたら何を望むかと聞かれた。
1)常にストレートな300ヤードのドライバーショットか、
2)6フィート以内のパットは常に入ることか、
3)ピッチングウエッジがフラッグから常に6フィート以内に寄ることか、
4)バンカーショットがピンから常に2フィート以内に止まることか。
結論、ひとつだけ良くてもだめだ。(There is no perfect choice)
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2007年6月15日(金)
Burswood Golf Clubに行く。データはガイドブックGolfing Westralia参照
Burswoodにはプレーよりも、むしろ練習のために通った回数のほうが多かった。毎日が日曜日の私はバスの本数は減り、予約は必要となり、料金は若干余分にかかり、そして混んでいる土、日はコースを避けて、ここの練習場で時間つぶしをしたものだ。ドライビングレンジからアプローチ・グリーン、パッティング・グリーンまでとゴルフにとって要の施設がそろってあるから体力が許せば朝から晩まで練習が可能である。
10日の日に予約をした。その時に、1人で廻りたいと申し出たら、「混んでいるからだめだ。4人分払えばいいよ」と、私は冗談半分に、相手は本気に受けたのかもしれないが、もちろん、そこまでして1人で廻る気持ちはない。ついでに、マイクでスタートを促す呼び出しのセリフはなんと言っているのかを知りたくて尋ねた。スタート時間が来るとマイクを通じて、次のスタートは誰々さんですよ、と知らせるのだ。そのときの決まり文句は「Next on the first tee will be Mr. X」だそうだ。
予約をしてある場合でもゴルフ場によって、スタートの仕方はまちまちである。Burswoodのようにマイクで知らせるコースもあれば、マーシャルが指示するコースもあれば、スタートを待っている人と時間を比べ合わせるコースもあってと様々である。空いていれば、とっととテイ・オフしても構わない。
予約時間は11:10AMのテー・オフである。その前に練習でもするかとスワン川沿いにあるドライビングレンジで打っていた。練習ボールはまだ半分も残っているころ、係員がドライビングレンジまで来て、時間前だがスタートしてくれと言うのだ。同じ組で廻る人がちょうど練習場に居合わせたのだろうか。3人を呼び集めて、一緒に廻るようにというのだ。Tomと Daveと名乗る。私と3人で廻ることになった。それにしても、係員は3人の名前を呼び出すでもなく、3人の打席に出向いて3人を集めたのだ。係員の人を憶える能力には感心、いや恐怖さえ感じる。われわれは見られているのだと。
オーストラリアに来てからは、同伴者を伴うプレイは今回で3回目となる。麦畑地帯では誰もおらず1人であったし、土日を避けてのプレイも1人で廻ったから、誰に気兼ねすることなく気ままにプレイ(これをプレイと言えるかどうかは怪しいが)をしていた。したがってルールに関しては一切お構いなしのプレイである。しかし同伴者がいるとそれは許されない行為である。「ゴルファは紳士である」との前提に立つスポーツであるからルール上はどうなる、エチケットはこれでいいのかと一挙に神経を強張らせ、大いに緊張する。
Tomはルールに詳しいというか、五月蝿いというか。Daveがブッシュ脇のボールを打ちあぐねていると、Tomはルール解説を始める。このような人と一緒だと私も抜かりなくボールを処理しなければ恥をかきそうだ。
私がフェアウエイを外して、ボールは水際のほうに飛んだ。「水が好きだね」と冷やかされる有様だ。確かに数回は水際に打ち込んだからだろう。水絡みのホールが多いゴルフ場である。私はいつものペースで歩いていた。ところがTomと Daveは私より前を、しかも早足で進むのだ。自分たちのボールのほうに向うのかなと思うと、そうではなく私のボールを捜すためであった。同伴者のボールを一緒に捜すことはエチケットである。私はそのことを十分に承知している。しかしなにも、そのために早足で進むことはあるまいに、いつもの歩きでいいと思うのだ。ところが私があとから追いかけて行く形になったことは張本人の私が先を越されて気恥ずかしい限りであった。
私がグリーンを外したときには「寄せて、ワンパットでパーだよ」と励ましてくれるDaveである。しかし私は「計算上はその通り。ところがそううまく問屋が卸さない」と愚痴ってしまった。
前の組を待つ間にTomが写真を撮り始めた。プレイに夢中になり、カメラを持ってきたことを忘れかけていた私もカメラを取り出す。お互いのカメラを見合わせると偶然にも2人のデジカメはキャノン製の全く同一機種である。それを知ったTomは、「Nice choice!」と。Tomがナイスと選んだ機種だから私の選択は良い品定めをしたとでもいいたい素振りに聞こえる。深い意味はないのだろうから、素直にいいカメラだと思えばいいのだ。ちょっと複雑な気持ち。
Daveは9ホールで引き上げた。そのあとはTomと2人で廻る。気がつくとTomはドライバを使っていないのだ。なぜかと聞くと、270くらいは飛ぶが、曲がるのだそうだ。だから3番アイアンで代用するのだと。私のドライバーとTomの3番アイアンはほぼ同じ飛距離である。私は70歳というと、それなら上出来だと慰められる始末である。ためしにドライバで打ってみたらとTomをそそのかした。するとTomが言うとおり、ボールは見事にスライスして池ポチャだ。「ほらね」とTom。
ひとつ、グサッと胸に応えたことがある。それはTomに「ルールブックを読んだことあるか」と聞かれたことである。私は「ゴルフを始めたころに読んだきり」と答えた。昔はそうだが今はこうだとルールにも変更がある。確かに私はルールを勉強していないから、処理に窮したら周りの人に聞いて、その場を凌いできた。ルールに詳しい人から見ると無意識の何気ない動作にも「知らぬことに罰なし」では済まされない振る舞いを見抜くのであろう。「ゴルファは紳士である」となれば「知らぬは損、いや恥」である。私のボールが隣のホールに入ったときにTomの助言に従ってボールを移動したことがあった。私は内心、そんなことしていいの?と思ったのだが、ルールに詳しいTomの指示だからとボールを移動してしまったのだ。おそらく、この処理を見てTomは、あいつはルールに疎いなと見破ったのだろう。私は聞き間違えだと思うのだが。いずれにしてもゴルフをするからにはルール無知は赤面の至りである。
日本のゴルフ場で、勝ち負けを競っているわけもなく、単なる娯楽のプレイのなかでのことである。誰かが、木やブッシュの根元や足場が悪いところなどに遭遇して、進行方向に向っては打てないトラブルに陥り、その処理にどうしたものかと思案するときがある。そんな時に得てして耳にする言葉は「遊びでやっているのだから、打ちやすいところに出したら」という人が居る。これは完全にルール無視である。トラブルもゴルフの一環であろうにと思うのだ。一方、オージーたちは、たとえ遊びのゴルフであろうともルールを忠実に実行しているのだ。あるとき、私は地元の人たちの後ろにいた。その日はコンペでないから、まぁ言うなれば遊びのゴルフであろう。失礼ながら当然、ボールは林の中に入ることもあれば、ブッシュに打ち込むこともある。しかし後ろから見ていると、そこまで厳格にしなくともいいだろうと思うほどにルールに厳格な姿を目撃したのだ。ルール無視に慣れた癖は無意識に現れ、いつ大恥をかくとも知れないと自戒する。
19番ホールに行こうと誘われ、夜はNorthbridgeの飲むクラブに付き合った。
左がTom、右がDave。
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2007年6月14日(木)
午後、Woolworthで食材を仕入れ、いつもの帰り道を歩いていると、Forrest Chase (中央郵便局とデパートMyerの間)にあるステージでは、マイクロフォンと楽器のチューニングをしていた。チューニングの仕方は「マイクロフォンのテスト」、「マイクロフォンのテスト」ではなく [two]、 [two]と聞こえた。電子ピアノとドラムだけの単純な編成である。しかし準備の様子が純アマチュアのものとはちょっと違う、細かくチューニングするこだわりの雰囲気を感じたのだ。何でもいいから見てやろう。つまらなければ帰ればいいのだ。
肩を大きくさらけて、赤地に黒の縦模様が際立つ衣装を着けた女がいる。彼女が歌うのであろう。
フランスから来たと彼女が切り出し、フランス語と英語で交互に挨拶をする。ステージの向かいにテントを張り、Citroenを展示してある。スポンサーであるとの説明があった。フランス語を喋れる人はいますかと聴衆に向って問いかけると2人が手を上げる。フランス語はダメと思ったのか、その後は英語になる。
聴いてくださいといい、歌いだす。シャンソンである。
パダン・パダン、パリの空の下、カナダ旅行、ろくでなし、インシャラ、シャンデリーゼ等々とシャンソンファンには堪えられない曲目をメドレーで歌う。歌いながらステージ脇にたたずむ人の腕を引っ張り、ステージの上に立たせ、面と向かって語るように歌う。次は、ステージから降りて椅子に座っているオジサン、オバサンたちに語りかけるように。また通りがかりの人とさりげなく腕を組み、5、6歩歩いて、スーと腕を放すあたりはお互いに場慣れした仕草である。制服姿の女子高生らしき女の子が通りかかると、腕を組み5、6歩ステップしてスーと離れるタイミングのよさも場慣れした、この場にふさわしく、流れのいい見事な振る舞いである。
ちょうど通りかかった警察官にも彼女は腕を組むように誘いの声をかけた。さて勤務中の警察官が、その誘いに乗るかどうか、警察官の反応に興味津々である。お祭り好きで陽気なオーストラリア人とは言え、さすが警察官、職業柄をわきまえたのだろう。その誘いに乗ることなく笑みを含みながらも無言のまま素通りしたのだ。また、歌にあわせて踊りだす男も女も次々と現れた。ただし、いずれも年配者である。
ちょっと腑に落ちないことがある。2人のおばーちゃんが客席側で踊り続けるのだ。居合わせた、または通りかかったおばーちゃんにしては踊り易い派手な衣装をまとっているのだ。変に勘繰って、座を取り持つエキストラかなと思ってしまう。もしそうだとしたら余りにも高齢であった。
私は写真を撮り歩いて、うろちょろしていた。彼女には目立つ存在であったろう。近くに寄ったときに私の手を取って歌うのだ。イヴェット・ジローよりはかわいい。年のころ、目じりに皺が沢山あったが60には届いてはいないだろう。(On the right side of60)
終わりに近付いたころ、目を閉じて聞いてくださいといい、枯葉を歌う。
季節は冬。日中の気温が下がり肌寒さを感じる時刻には、枯葉は凄寥感を誘う一曲であった。
しんみりと静かに聞き入るよりも演奏に合わせて自分たちが踊って楽しむ気質が強いオーストラリア人にはシャンソンは不向きのジャンルのようである。人の集まりは50人程度と寂しい聴衆である。
これがもし、日本の銀座であったならば黒山のような人だかりになるであろうにと思うのだ。
なかには知らない数曲があった。しかし雑音にしか聞こえないハイビートなハード・ミュージックを押し付けられているなかで、久しく耳にしないソフトなシャンソンを聴き、私にとっては至福のひと時であった。
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