軌道エレベーター派

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専門書レビュー(2) Audacious & Outrageous: Space Elevators

2009-05-05 00:02:32 | 研究レビュー
Space Elevators
An Advanced Earth-Space Infrastructure for the New Millenium
D.V.Smitherman,Jr.(2006 reedited from 2000 edetion)

Audacious & Outrageous: Space Elevators
NASA(2000)

http://science.nasa.gov/headlines/y2000/ast07sep_1.htm


 写真左は1999年、米航空宇宙局(NASA)マーシャル宇宙旅行センターで開かれた、Smitherman氏を中心とする軌道エレベーター(本書ではSpace Elevatorだが、以下OEVと略す)に関するワークショップの内容をまとめたもの(2000年刊行のものの再版)。右はそれを要約したレポートで、NASAの公式サイトに掲載されている。トップにそれぞれ添えられているOEVの想像図(下段に拡大図を掲載)は多方面で利用され、OEVに多少でも造詣のある人にはお馴染みだろう。

 タイトルにある通り、1999年当時、目前に控えた新千年紀にお目見えするであろう巨大インフラの骨頂としてOEVを扱っており、21世紀中に実現することを念頭に置いてまとめられている。このため、想定されているOEVには、現在の技術がある程度発達した後に応用される様子がうかがえる。逆にいえばこの規模のOEVは「実現は当面無理。21世紀後半から可能」と随所で唱っており、建造のための研究ではなく検討部会による報告書的な色彩が強い。

 本書(ここでは主に出版物の方)の内容はOEVの原理をひもとき、ツィオルコフスキー以来のOEV史を概観した上で、現在の研究の現状を要約し、その発展予想をした感じで、OEVの基本原理と機能、必要な技術上の課題をほどよく簡潔に列挙してまとめてある。入門編として非常にわかりやすい。 NASAサイト版はこの要点をさらに簡潔にまとめてあるので、初めてOEVの知識に触れる人や、OEVに関する海外の文献を読もうとする人なら、まずこれから始めると良いかもしれない。

 すでに要約されている本書のレビューを行うことは蛇足かも知れないが、両者でわずかに違いもあるので、紹介しているOEVの形状を総合してまとめてみたい。赤道上に高さ50kmの基部を設置し、上空のケーブル突端には、カウンター質量として小惑星を持ってくるもので、昇降機の動力は電磁気推進型=リニアトレインを想定している。
 冒頭のイラストと併せて考えれば、ケーブルは単なる細い紐ではなく、リニア本体を包み込むガイドレールとして機能している形状が類推できる(ただし、糸巻きのような部分もあるので、あるいは吊り下げ型なのかも知れないが)。OEVと地上の結節か所は、重力的に安定しているという東経70度のインド洋上、モルジブ諸島付近。第二候補がガラパゴス諸島に近い西経104度の西太平洋上。この形態のOEVが「21世紀末近くには実行可能」だという。

 初出から9年近く経過しているため、炭素素材の供給源兼カウンター質量として小惑星を捕獲する案は、現在では見られなくなった感がある。この点に関しては、地球に近づいてくるまで待っているほかない小惑星を捕獲して、うまく地球の公転軌道に乗せるというのは、やはり無理があったと言わざるを得ないが、NASAがOEVについても検証を行ったことは特筆すべきだろう。
 反面、地上基部は高いに越したことはない。海上などにケーブルを下ろすタイプのOEVは、単純にケーブルが風に揺れることはありえるし、強風についてあまり心配の必要がないとしても、OEV自体の固有振動の原因(OEVは、タイプによっては振動の逃げ場がないという欠点を持つ。この場合は内部にこれを打ち消す機構が必要になるという指摘もある)にもなりうるため、本書で触れているタワー建築技術の現状と発展も、選択するOEVの型にもよっては重要な意味を持つ。

 本書では以下の5つの主だった技術の促進が実現を決定的にすると述べている。
 (1)カーボンナノチューブに代表される高硬度素材 (2)テザー技術 (3)地上基部の建築技術 (4)高速度のリニア技術やレール開発 (5)輸送効果と実用性(の向上)。

 OEVの基礎と課題をほどよく抑えてあるという点では他の専門書と同様だが、着目したいのは、上記のようなOEVの各所に用いられる要となるであろう技術の、スピンアウト面を丁寧に紹介している点だろう。いうまでもなく、OEVに用いられるすべての技術は既存のものであり、今も発達を続けている。
 本書は、こうした技術が今世紀の間にどれだけ発達するかということを視野に入れていて、「OEVに必要なこの部分にはこの技術が応用できる」、逆に「OEVの建造のためにこの技術が発達すればこんなことにも利用できる」といった相乗効果の広がりを読み解くことが可能である。
 たとえば、本書ではOEVの昇降システムに電磁気推進を想定しているが、その先行技術としていわゆるマグレブ(磁気浮上式鉄道。JR東海のものやドイツのトランスピッドなどが有名)に触れ、この技術の延長としてマスドライバーやレールガン(いずれも電磁気的に物体を加速させて発射するシステム)も紹介している。このほかタワーの建設技術や太陽光発電がOEVによって大規模に可能になることなど、それぞれの紙幅はわずかずつだが、各技術の応用の範囲がOEVにとどまらず、多面的な広がりを持っていることが理解できるだろう。
 また、本書はSF小説に発想の下地を置いていることこを公言し、「SFが現実になろうとしている」と語る。科学技術の発展が、夢物語を実現しようという情動に支えられていることをよく著わしている。

 本書が再版されたことは、近年のOEVへの関心の高まりの表れではないだろうか。ここで想定されている型のOEVはまだ道のりは遠いかも知れないが、文中にはクラーク卿の「(OEVは)誰もがそれを笑わなくなった50年後に実現するだろう」というよく知られた名言が引用されている。
 21世紀末までの長期的視野で書かれている本書の描くOEVの姿は、この言葉にふさわしいのではないか。

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