法律の勉強頑張っちゃいます

司法書士試験の勉強やってる、おらの日記

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立場

2006年06月24日 01時53分20秒 | 日記
児童虐待(福祉関係を法的立場からみる)ゼミで疑問があります。
疑問と言うより、教授との「立場」の違いで疑問が度々浮かびます。

教授はNPOで弱者を守る立場にいます。
もちろん授業はそちらの立場からの意見・事例・話が100%なのですが、
私の考え方はどうも現場の人たちの立場にあるようで、時々教授に突っ込みを入れたくなるんです。

時間もないし、空気的に言えないんでスルーしてますが、
私の考えは大雑把に言うと
「奇麗事だけじゃ物事語れないよ!!」です。

周囲には保育士・介護福祉士・中学校教員・カウンセラーやってる友達や先輩が多いと言うことは自然と私が選んで作ってる友達って事だから、やっぱり私の考えって、教授と同じ考えの人から指摘を受けまくる考えなんでしょうね・・・。

それは良いとして、例えば、お金の問題で、
介護医療高い、幼稚園・保育所の費用高い、って教授は言うけど、
中には手当て受けて生活して貯金2000万とか、手当て受けながら高級車乗ってる人がいるわけで、
そっちの問題を取り上げず一方の立場から話を進めるってのに毎度疑問があるんですね~~~。

なんで、私はもっと勉強進めていく中で、教授に質問や反論を理論と資料使って出来るようになったら最高かなって思ってます。

教授の考えも逆からの考えも世の中になくちゃいけない考えだから。

では、2年ぶりに風邪ひいてるんで今日はこの辺で。
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残酷な言葉で傷つける親~残酷な言葉の持つ力~

2006年06月05日 00時19分31秒 | 児童虐待について
どんな親でも時には口汚い言葉を子供に浴びせる事もあるかもしれない。これが必ずしも言葉による虐待とはならない。

じゃあ、言葉による虐待の定義とはなんだろうか?
それは、子供の「身体的特徴」「知能」「能力」「人間としての価値」などを日常的執拗に酷い言葉で攻撃を加えるのは虐待である。

言葉で傷つける「コントロールしたがる親」には2種類あると言われている。

①ハッキリと悪意のある酷い言葉や汚い言葉で露骨にののしるタイプ

②一見悪く言っているようには聞こえない、「からかい」「嫌味」「屈辱的なあだ名」「はっきりと分からない微妙なあざけりやけなし」などの、より陰険な方法で執拗に苛めるタイプで、「ユーモア」という外見を取り繕っているタイプ

特に後者の親の例として子供に冗談で言う言葉は
「この子はうちの子じゃないに違いない。顔も似てないし、、、」など。
この言葉を聞いた子供はどう思うだろうか?
時には単なるジョークと思えず怖くなることもあるのではなかろうか?
しかし、ジョークを言った親は、
「冗談が分からないやつだ!」「ダメナ子だ」「情けない」と。

そして、この親に共通しているのは子供が大人になってからも言い続けることである。子供の、からかえそうな部分が見つかれば絶対に見逃さず、酷い事を言って、すぐ善人の様な顔をする。

このような親に育てられた子供の略全員は、自分が対人関係において極度の神経質だと言う事が、親から酷い事を言われた事に関連しているとは全く気が付かない。

この言葉の暴力によって身に付いた、人に対するネガティブな反応は対人関係で同じように繰り返される事になる。
人の言動に対する過敏な反応、不信感、内気な性格、「自分は弱い奴だ」と感じる事しか出来ない大人になると言うのだ。


これはとても分かりやすい理論だと思う。

一番落ち着くはずの家で、幼い自分には理解できない冗談を言ってくる親と毎日顔を合わせて過ごしていたら、心身健康な子供が育つはずがない。

しかし、どの研究者も言うのが「親の性格は変わらない」である。

そりゃそーだ。今年25歳になる私でさえ性格変えろ!と言われて努力はしても少しでも変われるか?と聞かれたら、うんとは言えないだろう。

親は40年、50年、60年・・・それ以上生きている。変えろと言う方が酷だ。

『毒になる親』の著者スーザン・フォワードは「親が変わる事に期待してはいけない」と言っている。

しかし、最後に毒になる親の特徴として「子供やそれ以外の人間に対しても謝ると言う事をしない」と言っている。子供は親が謝る姿を見て決して見下したりはしない。むしろ、以前にもまして尊敬出来るようにもなるのではなかろうか?

私が言いたい事は、親は性格は変わることが出来なくとも、子供に対して対等でいようと「意識」をする事は出来るとおもうのだ。対等でいる事を意識する事によって、「悪かった」と素直に心から謝る事が出来るようになるのではないだろうか?

子供はいつまでも子供ではない。親子の関係では「親─子」ではあるが、人間は誰しも年をとっていく中で、多くを経験し自分個人・独自の「考え」を持つようになる。親は子を個として尊重していかなければならないはずだ。

しかし、毒になる親にはこの「子供の思想の尊重」が出来ない。自立しようとする子供を妨げている事にも気が付かない。

もっと言うと、自分(親)が正しい事を教え続けて何が悪い?とさえ思うのだ。

だいぶ前にはなるが、女優の東ちづるさんが「私はアダルトチルドレンです」と書いた本を出した、
その中に「お母さんに謝ってほしかった」という文章がある。

アダルトチルドレンや毒になる親について色々述べたが、このような親に育てられた子供達の多くが思う事はこの東ちづるさんと同く、まずは「謝ってほしい」の一言ではないだろうか?

その後親から毒がなくなるか?と言う問題の前に、個として尊重する事が大切だと私は思う。

「毒になる家系」の毒素を次の世代に伝えないように親は「素直に謝る」という行動をとるべきだと考えます。
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真実を否定する事の強さ

2006年06月02日 02時16分02秒 | 児童虐待について
『毒になる親』読んでます。この本は、参考書ってより、寧ろカウンセリング本ですね。1999年に初版があって、現在10刷と明記されてました。

児童虐待を学ぶ上で、避けて通れぬ「教科書」になってるようです。

前回まで、虐待について虐待する親の種類や、子供の簡単な心理状態を挙げましたが、今回は心理学で言う『事実の否定』について述べようと思います。

この意味は
「自分にとって不都合なことや苦痛となる事実をそれほどの事でもないかのように、あるいはそんな事はそもそも存在しないかのように振舞ったり、又は自分をそのように信じ込ませる事」を言います。

これは人間が自己を防衛するための最も原始的で、しかし最も強力な方法と言われています。

精神的に虐待された子供は親を執拗に庇うというのは典型パターンですね。
傷付いてるはずの子供は、自分の周りに壁を張りめぐらせて親を擁護するのは「毒になる親」の子供が大人になってからよく見せるパターンの一つ。

例えば、本当は親に苦痛を強いられている子供が自分の親は重要な存在で称賛に値する人間だと主張したり、自分でもそう信じているのも一つです。

時には、親が立派な人間だと信じていたあまり小さい頃どんな事をされたのか忘れてしまっている事すらあるのだといいます。

多くの毒になる親の子供にとってこの「事実の否定」は簡単で無意識的な行動。

自分にとって好ましくない・苦痛と感じる出来事があったことは一応認めるけれど、そこに理由を付けてしまうのです。「理由付け」はこういった事実を正当化するためにしばしば無意識で行なわれるよう。

「自分が悪い事したから叩かれた・・・」「しつけだから仕方なかった・・・」
「怒ってばかりいたのは僕・私を間違ったほうへ行かせないためだった・・・」

これらは表面上納得しているが、彼らは、潜在意識の中では本当はどうなのかは知っています。しかし正しくて完璧な存在である親に怒りを向けるなど到底出来ません。

こうした「事実の否定」「理由付け」で苦しんでいる子供は大人になると、もう一つ大きな問題に関わる事となります。

結婚。家庭。

毒になる親に育てられた子供は自分の内心の怒りと落胆を、両親にではなく大切なパートナーに向ける事となっていくそうです。もちろん無意識で、本人はそれに気が付きません。

「怒りは向けるべき相手に向けなくてはいけない」
よく例で挙げられる人間の怒りの連鎖伝播はこれだ。

ある男が職場で上司に怒鳴られる。彼は行き場の無い怒りを持って帰宅。妻に当り散らす。妻は子供にわめき散らす。子供は犬を蹴飛ばす。犬は猫に噛み付く。

この原理の根元は「人間はネガティブな感情を本来向けなければならない対象からそらせ、より、容易なターゲットに向けてしまいやすい」という事があるからです。

続く
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心理的虐待 加害者の心理

2006年05月24日 16時37分58秒 | 児童虐待について
さてさて、この前のACの続きで、今日は『精神的な虐待』について話そうと思います。
そもそも幼児・児童虐待の『虐待』の定義でありますが、
虐待の軽度なものから、重度なものまで様々です。

平成12年に施行された児童虐待を防止するための法律では




しかしながら、軽度な虐待の場合には誰にでも加害者になる可能性が出てくるのではないだろうか??と疑問も生まれます。

けど、中には私たちの理解を超えた精神構造を持った親がいるわけで、簡単に言い尽くせませんが、
その虐待の行動様式が荒削りではありますが、いくつかに分類することが出来ます。
(以下参照:尚学社、児童虐待へとその介入)

1、育児不安から生じる乳児への虐待
2、完全主義の親による主に幼児への虐待
3、子供への愛情が欠如していることから発生する虐待
4、独善的で常識を超えた様、暴力の衝動をコントロールできないことによる虐待
5、未熟な親による虐待
6、性格障害、したがって社会的に適応性が悪く、他者に対して敵意や不信を隠さない親  による虐待
7、激しい暴力の衝動による虐待
8、明らかな精神障害による虐待
9、性的加害者の特徴
が挙げられる。

これらに対する問題点、対策案、の私見を今度また書き込みます!!
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児童虐待について

2006年05月20日 23時10分41秒 | 児童虐待について
私のゼミでは家族・相続法+社会福祉法や児童虐待について研究していきます。
私自身、数年前から興味があった問題です。
特に児童虐待、家庭環境学は結構本も読んでいて、
今から卒論書くのが楽しみだったりしてます。

今月、児童福祉施設における子どもの権利の問題を、行政法の視点から検討し、
施設における子どもの権利侵害に関する法学の立場からの問題提起と
児童福祉施設からの実務的観点からの意見とのやりとりをする研究会が
都内で行なわれますが、私も参加しようと考えています。

近年、幼児・児童虐待がマスコミにも取り上げられ、虐待する親の心理に加え、
虐待を受けた子供の心理と言うものもやっと研究が深まってきました。

虐待を受けた子供の心理傾向として『秘密保持の傾向』があります。
これは虐待と言う行為が子供に「口を閉ざさせる」
という心理的作用を及ぼすからと考えられます。

この『秘密保持の傾向』にも分類があり
①家庭内の事として秘密を守ろうとする傾向
②親をかばおうとする傾向 
③自分が悪いから虐待されたと考える傾向
④親から「捨てられてしまう」という不安

さて、ここまで書きましたが、皆さんが想像する「虐待」とは
「肉体・身体に対する虐待」が一般的だと思われますが、
(性的虐待もありますが・・・)
目に見えない「虐待」をご存知でしょうか?

数年前クリントン大統領が「私はアダルトチルドレンだ」
と発言した事で世に「アダルトチルドレン(AC)」という言葉が出回り、
以前より多くの人に認知されるようになりました。

これは子供っぽい大人の意味ではなく、
「機能不全家庭で育った子供」という意味になります。
なぜ、これが見えない虐待かと言うと、
親に身体を傷つけられた経験の無い子供でも、
精神的に虐待されている場合があります。
例えば、アルコール中毒のおやを持っていたり、
親が異常なまでに常日頃子供を怒鳴り散らしたり、
両親の仲が不和であったり、子に過剰な期待を寄せる。
又は過保護に育てられてしまったなど、原因は様々です。

安心して、癒される場所なはずの家庭で親に気を遣い常に緊張して育った子供が、
成人に達した時、親離れしていく際、精神的な違和感を覚え、
自分の中では原因不明のストレスとなって出てきます。

このAC(アダルトチルドレン)となってしまった子供の親も
又ACであると言われています。これが世代間連鎖と言われるものです。

現在日本ではこのアダルトチルドレンに対する法制度も福祉援助も無い状態です。
日本の家庭の8割は機能不全家庭で「愛情欠乏症国日本」と言う学者もいますが、

思うに、1億人中8000万人がACと言い切れるか?と疑問に思います。
確かに日本人は真面目で責任感が強い、そして自殺率も高い。

仮に、愛情不足で育った人が8000万人いたとしても、
みんな、それぞれにとっての「幸せな」生活を送ろうと、
家族、友人、恋人、先輩、後輩・・・様々な人と助け合い、時に甘え、
自分を認めてもらおうと、自分の考えを言い信頼関係を作っていく中で、
自分が自分である事を認識し様々な「愛情」感じて生きていくのではないでしょうか?

ACにはそうした「甘え」や「本音を話す」事が出来ません。
出来たとしても、『共依存』と呼ばれる二者関係にしがみついた場合のみに限られます。

続きは又書きます。民法やらねば!!!
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