オレンジな日々

広島在住のシンガーソングライター
Mari(マリ)の日記です。
音楽大好きな日常を綴っています。

次のライブ

♪♪G.A.P. vs Peppermint Leaf ×2days ライブ♪♪

日時:2012年7月13日(金)、14日(土)
出演:G.A.P./Peppermint Leaf
場所:神戸チキンジョージ
   (神戸市中央区下山手2-17-2 Tel.078-332-0146)
   広島LIVE Cafe Jive
   (広島県広島市中区薬研堀2-13 Tel・Fax 082-246-2949)

※詳しくはinformationをご覧下さい。

父のこと

2012-05-19 | 人間関係

ふたたびお久しぶりです。
1週間ぶりの日記です。

今週16日水曜の未明に父が亡くなりました。
病院に再入院した父と、月曜に「また来るね」と別れ、広島に一旦戻った火曜の夜半過ぎに、妹から電話で父の死の知らせを受けました。
覚悟はしていたものの、まさかこんなに早いとは思っていなかったので、ちょっとショックはありました。
看護師さんの夜間巡回の時に呼吸が止まっていたそうなので、眠っているうちに息を引き取ったようです。

夕方見舞いに行った母と妹とも、いつも通り「じゃあまた明日くるね」と手を振って別れたそうです。
誰にも死に際を見せない「カッコつけ」な父らしい死に方だな〜と思いました。

一昨日の前夜式と昨日の告別式にもたくさんの人に参列していただきました。
頑固で人付き合いが苦手な父だったので嫌われてるんじゃないかって心配してたけど、それなりにたくさんの人に愛されてたようです。
久しぶりに会った親戚、小さい頃お世話になった近所のおじさんやおばさん、懐かしい人たちと再会できたのは嬉しかったです。

子供の頃の私は、自分の取り巻く世界を把握しきれてなくて、いつもどこかぎくしゃくしていた気がします。
故郷に帰るとそういうぎくしゃくした自分を思い出してちょっとイヤになるけど、あの頃の自分がいて今の自分がいるのだと、改めて思います。
親子や家族って一番近くにありながら一番不器用な愛情表現しかできない関係。
気持ちを伝え合ってもどこかぎこちなくて、言い残した言葉ですぐに胸が一杯になってしまう。
父と私も、思えばたくさんケンカもしました。

病院に見舞いに行って、熱いタオルで父の顔を拭いてあげたとき、気持ち良さそうに笑ってくれたことが最後の思い出になりました。

「お父さんごめんね。ありがとうね。」
いろんなことがあったけど、やっぱりお父さんの娘で良かった。
お父さんの娘として恥ずかしくないように、これからも頑張るね!!

「あなたに会えて ほんとうに良かった 嬉しくて 嬉しくて 言葉にできない」
(小田和正『言葉にできない』より)



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母との時間

2012-05-12 | 人間関係

お久しぶりです。
あんまり久しぶりで、ブログの書き方を忘れてしまいそう・・(笑)。

実家暮らしは何かと忙しいです(汗)。
自宅介護で家族で看ていた父ですが、やっぱり入院することになりました。
入退院を繰り返し、いろいろ振り回されましたがやっと落ち着きました。
入院先のK病院は、父のような老齢の患者さんが多く、最期の看取りまで引き受けて下さる良心的な病院でした。
主治医のI先生も看護師の皆さんもいい人ばかりでひと安心。
病院嫌いだった父も穏やかな表情になっていました。

1週間どっぷりこちらにいた私も、そろそろ広島に戻るつもり。
母のことは多少心配だけど、これからずっと家事を代わってあげるわけにも行かないしね。
次に帰るのは父にいよいよまさかのことがあった時なんでしょうね。
そう考えるとちょっと切ないけど、私は私の人生を生きなくちゃ。

昨日は母の衣替えの手伝いをしました。
もう着ないだろう服を3分の1くらい処分しました。全く・・服がありすぎるーー!!
戦中戦後の物の無い時代を生きた母は、物を捨てるのが大の苦手。
処分しても処分しても、一向に減る気配のない洋服の数に少々うんざり・・(汗)。
でも中には母が自分でオーダーしたり、自分で縫ったりしたという一点物の服なんかもあり、作った時の思い出話を聞いたりして結構楽しかったです。

綺麗なブルーのベルベット生地のオーダーメイドのスーツをもらました。
小さな母のスーツが私に入るか心配だったけど、なんとか入りました。
・・でもやっぱりちょっと痩せよう(苦笑)。

両親の古いアルバムから私が生まれた頃の写真を見つけたのでiPhoneに取り込んでみました。
 
(父と私)(母と私)

赤ん坊の頃の私のベストショット!(笑)


自分が両親からたくさんの愛情を受けたこと、改めて忘れずにいようと思います。
お父さん、お母さんありがとう。

 

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父との時間

2012-05-07 | 人間関係

父の介護で実家に帰っています。
初めての介護体験。知らないことがいっぱい。

オムツの替え方、体の拭き方、痰の取り方、シーツや衣服の直し方、飲み物の与え方・・・。
ヘルパーさんは手際よくさっさとこなされて、さすがプロの技です。
最初はわからなくて見てるだけでしたが、よく見てるとなんだかできるようになるものです。
父の体を拭きながら、こんな風に父の体を隅々まで見ることなんてなかったなあ・・と不思議な感じです。

退院してからほとんど寝たきりになって、脂肪も筋肉も落ちてしまった父の腕や脚。
子供の時に抱っこしてもらったことや、父の手に掴まって前廻りや後ろ廻りをしたことを思い出すと、ちょっと切なくなりますが、まだ意識と会話ははっきりしてる父となんだか談笑もできて、いい時間がもらえて良かったと思います。

「さよならの時の静かな胸
ゼロになるからだが 耳をすませる

生きている不思議 死んでいく不思議
花も風も街も みんな同じ」

(『いつも何度でも』覚和歌子作詞・木村弓作曲 より)

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家政婦のミワ

2012-04-27 | 人間関係

ライブが終わってすぐ次の日から4日間、父を見舞いに実家に帰っていました。
そんなわけでライブレポがまだ書けていませんが、許してね。

父は1月末に倒れて、入院→手術→退院→自宅介護という状態。
介護疲れで今にも倒れそうな母のために、先週半ばから一時入院してもらいました。
その入院の間に家の掃除や片付けを手伝うのが、私の今回の里帰りの目的。

ひと呼んで「家政婦のミワ!!」

こっちの押し入れの中の物を全部出して、とか、あっちの棚の上の物を降ろして片付けて、とか細々とした母の注文に「承知しました!」、と言わんばかりに、せっせとよく働きましたよー(笑)。
幸い、里帰り2日目はお天気もよくカラッと晴れたので、洗濯物もよく乾き、洗っては干しを3ラウンド。
3日目は雨だったので、洗濯したタオルケットを乾燥しにコインランドリーに出かけたり、父の帰宅後に必要な介護用オムツなどを買いそろえたり、雨の中またよく動き回りました。

いや〜〜〜我ながらよく働いた!(笑)

そして昨日は父の退院日。
入院先のR病院のI先生、主治医のO先生、ケアマネージャーさん、看護士さんなどの協力を得て、これから父の最期まで母を中心に家族が自宅で介護する毎日が始まります。
鼻や喉からチューブを入れるのはイヤだという父の希望をきいて、延命治療は何もしないことになりました。

I先生にすすめられて読んだ『「平穏死」のすすめ』という本。
この本の内容が私たち家族にはすごく役立ちそうです。

人は大体の場合、水だけで1ヶ月、何も食べたり飲んだりできなくなったら5日で命が尽きるそうです。
人間は何も食べなくなって死に近づくと、脳からβエンドルフィンという脳内モルヒネが自然に出て、幸せな気持ちのうちに死ねるそうなので、できれば父にはそういう死を迎えてほしいなと思っています。

点滴を毎日500CC入れて、お湯と牛乳はたまに飲むという父。
これから先、どんなふうに死に向かっていくのかわからないけれど、家族みんなで父の最期を見送りたいなと思います。
死に向かう日々は、あの世への誕生準備の日々ですね。

「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか
石飛 幸三
講談社




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春だね〜。

2012-04-06 | 人間関係

つい3日前の台風のような嵐が去って、広島はいきなり春です。
桜の花がどんどん咲き始めてますね。

個人的にはちょっぴり気がかりなことなんかもあったりして、100%手放しで桜の季節をホケーーッと楽しむゆとりがあるようでないのですが、まあ、たまにはこの一瞬は全て忘れて花に没頭でもしたいものです。
行事続きの4月は、始まったばかりですけどね。

テンプレートも桜の花にしてみました。
この写真はもう7年前の桜。
Mari's Fine Dayの写真ページに載せてる写真から紹介です。

この年に小学校に入学した娘は、明日、中学に入学します。
それから時は流れ、今年もこの桜は花をつけました。
来年もこの桜が見れるといいな。

「届けて、この想い あなたの心まで
 しあわせの形が今 見えたような気がした」

(Peppermint Leaf「桜色の季節(とき)」より)

遠く離れたあの人にも、このしあわせな気持ちが届きますように。



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父のその後

2012-03-07 | 人間関係

先月末に手術を終えて退院してきた父のその後。
家に帰ってもあまり気力が湧かず、食事も摂ろうとしないので母が参ってると妹からメールがありました。
挙げ句には「もう、はよ死のごた(死にたい)。」と言い出して、母もどうしていいかわからないと言う始末。

実家に帰った方がいいのか、帰っても逆に母を疲れさせるだけなのか・・
悶々と悩んで先日の朝、母に電話。

案外元気そうな声で、今日は大丈夫、とのこと。
なんでも前日の夜、父の妹にあたる叔母がやってきてくれて、
「兄ちゃん、死のごたんなら死んでも良かばってん、せめてふっくらして死なんば。」って言ってくれたそうで、しぶる父をなんとか説得して病院に連れて行き点滴を打たせたそうです。
翌日は床屋に行ったそうで、元気を取り戻したみたいです。

さすが叔母さん、見栄っ張りな父の性格をよく把握しています。
不謹慎ながらちょっと笑ってしまいました。
父も妹の前ではカッコイイお兄ちゃんでいたいんでしょうね。

人間、見栄やプライドは要らないと言うけど、死に際くらい見栄を張ってもいいのかなと思いました。
父や私を含めて「死」というものをまともに見て来なかった人は、死ぬ瞬間のイメージなんてしたくないものでしょうけど、「死」だってれっきとした人生の一大イベントなんだから、結婚式やその他の人生のイベントと同じように「どのように迎えたいか」を真面目に考えることも必要なんだとちょっぴり思います。

「ふっくらとした死に顔」で死にたいと思った父は、ちょっとはその瞬間まで頑張って明るい気持ちで生きようとしてくれるかな。
娘としては「カッコイイ父」のまま臨終を迎えてほしいなと思っています。
お父さん、せめてあと10年は生きてね!!

この映画のような父娘は理想だけど、無理だろうなあ〜〜。

実の娘さんがお父さんの最期を録ったドキュメンタリー映画『エンディングノート』
ステキな映画みたいです。
ただ今サロンシネマで上映中とのこと。
観に行こうかな・・。泣くだろうなあ〜〜。


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「ごめんなさい」が言えない人

2012-01-22 | 人間関係

小学生の時に友だちになったHちゃんは、「ごめんなさい」が言えない女の子でした。
小学校1年生のクラスで席が前後になってすぐに仲良しになったんですが、気が強い性格のHちゃんは、何か悪いことをしても「ごめんね」って絶対言わないので、もう1人の友だちのS子ちゃんと私はそのことでちょっと心を痛めていました。
悪い事をしたと思った時は「ごめんね」って言ってほしい。
S子ちゃんと私の2人は、子供なりにいろいろ画策してHちゃんに「ごめんね」って言う大切さを伝えようとしていました。
初めて、Hちゃんの声で「ごめんね」が聞けたとき、私たちは心で万歳をしたのを覚えています。

Hちゃんとはその後、無二の親友になり、Hちゃんが小学校3年生でお父さんの仕事の関係で転校するまで毎日と言ってもいいほど一緒に遊びました。それからは長い長い文通友だち。
今は年賀状のやり取りだけですが、今も大切な友だちです。

セルフヒーリングのホ・オポノポノは4つの言葉を唱えるのが基本。
「ごめんなさい」「許して下さい」「ありがとう」「愛しています」
この4つの言葉がなかなか言えない人っているものなんですよね。

この言葉が言えない人、それは一言で言えばネガティブなエネルギー状態の人。
ポジティブ、ネガティブという定義については肯定的、否定的というのが一般的な解釈ですが、
バシャールの定義は一風変わっていて、

ポジティブなエネルギーとは、結合する本質を持つエネルギー。
パワフルにつながり、創造的なエネルギーをひとつにする。調和的。
また、幾何級数的に急激に増加し、拡大してく力がある。
人の場合、その人の真実の自己と繋がっている。喜びを土台としている。

ネガティブなエネルギーとは、分離する本質を持つエネルギー。
一つ一つ個別に孤立させバラバラにする。
パワーを取り除いてしまい、さらに分離が深まるネガティブなエネルギーを生み出す。非調和的。
真実の自己と繋がっていない。怖れを土台としている。

BASHAR GOLD(バシャール ゴールド)99ページより抜粋)

と説明されてます。
自分が他人から分離している、神さま(または宇宙のエネルギーの元)から分離している、自分の中に嫌いな自分や許せない自分があって自分自身が統合していない場合、人はネガティブになってしまうんでしょうね。

「ごめんなさい」が言えると楽になれるのにな、って思います。
「ごめんなさい」と言った瞬間に自分や周りの人とエネルギーが溶け合うことを知ってほしいです。もしかしたら「ごめんなさい」すら言えないほどエネルギーが落ち切っているのかもしれませんけれど。

「生きとっていうとは、神さまに生かされとっとたい。」
これは私の父の持論ですが、人は自分1人で生きているわけではないから、もっともっと周りを信頼して安心して生きて欲しいなって思います。

昨日、実はその父が肺気胸で入院しました。
地元の言葉で「肥後もっこす」と言って「頑固」に服を着せたような頑固親父。
父に「ありがとう」や「ごめんなさい」や、ましてや「愛しています」なんか決して言ってこなかったけど、この場を借りて「お父さん、ありがとう。言うこと聞かないわがまま娘でごめんなさい。いつも愛しています。」って言いたいです。


(原田知世『空の種子』より)

無事に回復すれば1週間の入院だそうです。
元気になってほしいなと思っています。

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