もんく [英語ダメでもマレーシアで働いてみたよ]

インドネシアや台湾なんかにもいたのです。(since Oct. 2004)

2016年の反省

2016-12-31 23:17:53 | マレーシアでニャー
今年の反省点?
なんだそりゃ?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

あなたはまだ「マレーシアは安全」などと思っていませんか?

2016-12-29 13:34:44 | マレーシアでニャー
これまでも、そして今も、「マレーシアは安全」と
言われているかと思うし、そう信じている人も多いかと思う。

でも、自分はマレーシアにこうして実際にいる身として
本当の事を言わなければならないと考えている。


今のマレーシアは安全ではありません。
マレーシアは治安の悪い国です。


先週末の金曜日、12月23日、お昼過ぎの事。
そこはKL郊外の中規模のある街。
うちの工場のネパール人作業員6名が住んでいるアパートに
強盗が入った。

強盗はマレー人で人数は2人。
犯人は鍵を壊して部屋に侵入。
たまたま夜勤で昼間部屋にいた1名から携帯電話と現金を奪って行った。


話はそれだけでは済まなかった。
その後の26日、今度は犯人グループは大挙して12人で押し入った。
26日は公休でほとんどが出かけていたため部屋にいたのは1名。
直しておいた鍵を壊し、窓の鉄格子も破壊し侵入。
盗る者物が無いと思い残っていた1名の顔を何らかの武器で打ち逃走。

打たれた者は左眉を負傷し5針程度を縫う事になった。
(彼はクリニックに行った後、
膨れた傷痕をバンダナで隠しながら休まず仕事に就いている。
痛々しいが休んでしまうと残業代含めて月に約4万円から
国に仕送りするお金が減ってしまうのだ。
その意味でも痛々しい。)


さらに翌27日の夕刻。
この時にはほとんどが仕事で出ていた時刻だったが、
再度数名(人数は不明)がまた鍵等を破壊して侵入。
何を持って行かれたかは不明。

この時は近所の人が見ていたとの事。
連続して3回も同じアパートの部屋に賊が来たのである。



これに先立ってそこから少し離れた華人の多く住む地域でも強盗事件が発生。
この時にはマレーの家庭が襲われたとの事。


さらに少し前、日本からマレーシアに渡航してきたばかりの
日本人が襲われた事件も2件あったとの情報も入ってきていた。




マレーシアの最近の景気は良くないとマレーシア人は言っている。
仕事を探すのが困難になってきているとの事。

そうなると強盗などの事件が増えるとも言う。
これはデータが無いので本当かどうかはわからない。


もし、仕事が無くて強盗と言う行為を選択すると言うのが本当であれば、
これは通常の危険を通り越して相当危険な国だと言わねばならないだろう。

日本でも景気が悪くなると犯罪が増えると言う情報はある。
実際に増えるのかもしれない。
「かもしれない」と言うのは行政機関が発表するデータでそうなっているらしいから、
たぶんそうなのじゃないかと言う話。

つまり、日常生活を送る中で本当にそうかどうか、実感はあまりない。
今時はニュースを見ると少年犯罪が...、犯罪が凶悪化...、
などと言うのである1つの事件に似た事件が多く報道されて多くなったように
感じないでもないが、ニュース報道から来る感覚と実際は全く違っている。


さて、これがマレーシアではどうか?
全く逆である。
報道などよりも身の周りに感じる実感の方がはるかに大きい。

知っているあの地域で起きた。
友人のさらに友人が被害に遭った。
今回のように毎日顔を見ているあの人に起きた。
そう言う事がかなりある。

しかもほとんど犯人は捕まっていない。
どうせ警察に言っても捕まりはしないし
仮に捕まったにせよ盗られた物は戻って来ない。
であれば、仕返しが怖いので警察には言わないと言うのも聞く。
また華人においては悪い話を他人にしてはいけないと言うのもあるらしい。

つまり、我々が知る事の出来る犯罪情報は実際に聞くより
はるかに多い可能性が高い。


だから1つ言える確かな事は、
「マレーシアは危険な国」と言う事だ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ここはアーミーじゃない

2016-12-28 13:13:13 | マレーシアでニャー
日本にはマネジメントと言うのが無いが、
マレーシアにはあるらしい。

あるか?無いか?と言うと、確かにあるかもしれない。
が、完全に100%、コンプリートリー勘違いしている。


それは何故か?
マレーシアのマネジメントは、
単に”命令する”と言う事に過ぎないからだ。

上から言われたら有無を言わさず、理由もクソも無く、
それをやれ、と言う事だ。
これをマネジメントと言うのか?、と言われれば、
確かに軍隊などではそうして皆さん動くわけだから
マネジメントでは無いとも言えない。


マレーシアでは人の上に立つと言うのは命令する身分になる
それ以外の何物でもない。
他の意味は全くない。

なので皆そうする。


土曜日の朝、朝礼をする。
現場の管理者、彼は元は作業員だった事があるので
言わば”叩き上げ”と言って良い人だ。
彼がその朝礼でよく言う事は、
「トイレなど、喫煙所以外でタバコを吸うな!」だ。

言うとしばらくは効果がある。
しかし1か月、2か月するうちにまた同じ事を言わなければいけない。
「喫煙所以外でタバコを吸うな!」


彼は正しい事を叫んでいる。
彼ばかりでなく、常に部下を持つ上司と言う身分の人間はそうする。
正しい事を言う。
大きな声で命令する。
また同じ事が起きるとまた叫ぶ。

マレーシアではこれ以外にマネジメントは無いと言って良い。


が、それでダメなものはダメだ。

誰も文句言わない正しい事を大きな声で叫ぶ。
その事自体に飽きるべきなのだ。
ダメなものはダメなのだから。

言われた時は良い。
次第に見ていないところで同じ事をする。
言われないと仕事をしなくなる。
問題が影にどんどん隠される。

正しい事を言う自体が影を濃くしてしまう。

ここで見ているからこの鉄砲を持って敵に向かって走れ。
戻ってくるやつ、止まるやつは後ろから銃殺だ。



現場管理人には
「ここはアーミーじゃない」と教える。
君にお願いしているのは命令”コマンド”ではなく、
”アレンジ”なのだと。
君は命令係でなく、サポートする人間なのだ。
だから組織図上で彼らの上にいるのではなく、
下から支える立場なのだ。

と言っても、これは文化に立ち向かうようなもので
なかなか治らないのである。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

何にも無いのに年末ムード

2016-12-27 13:13:13 | マレーシアでニャー
マレーシアでこの年末年始を祝う人、いない。

なぜなら、6~7割はムスリム、
中国人は中華正月が1か月先にあり、
インド人はまたそれとは別にある。
少ないキリスト教徒はクリスマスを祝うにしても
年末年始は特に何も無い。

ここに来て年の終わりと始まりを特別視するのは
月をカウントしていた昔のカレンダーを
いつの頃からかバッサリ切って捨てて
なぜか太陽をカウントするカレンダーに全ての記念日を
写し取ってしまった極・少数派の日本人だけなのだ。


が、なぜか今週は道が空いている。
朝の通勤時刻に走り易い。

オフィス、空いている。
人がけっこう少ない。
(荷物が入る予定なのに税関手続きできるのか?)


溜まっていた有給休暇消化週間なのだろう。
別にそれがダメとは全然言わないし、むしろそれで良いと思う。


が、マレーシア的に困るのはいつも言う事だけれど、
休んでいる人の仕事がその期間誰にも出来なくなって遅れる事。
マレーシアの場合自分の仕事を他人と共有するなんてのが出来ない、
と言うより嫌がる。極度に。
セクショナリズム満開なのでいない間に代わりに誰かができる
そんな可能性が極度に無い。

しかも、休んでいるんだから仕方ないだろう、
と思っている節がある。


これ、別に休暇だけの問題ではない。
例えば、誰かが調子悪くてクリニックに運転していかないといけないとする。
その人間がクリニックまで運転している間、誰も何もできなくても
仕方ないだろうと行く前に申し渡しとか準備もして出ない、
なんて事もザラ。

わざとやっているのか、気が回らないのか、
それとも両方なのか?

ま、わざとなら突っ込めるわけだけれども、
気が回らないのはもっと困る。
これは直らないかもしれないから。
(マレーシアの人は1度に1つの事しかできないと言うのがホントに多いのだ。)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

メイド・イン・チャイナ、イン・マレーシア

2016-12-26 22:46:24 | マレーシアでニャー
先日、スーパーマーケットに行くとレジの近くに
BOBOIBOYのキャラクター人形が売られていた。

ボボイボーイとはマレーシアで今人気のアニメ。
テレビや映画で見られるらしい。

その人形が1つ1つ箱に入れられて大きなスチールのカゴの中に。
きれいな個装箱表面はちゃんと中が見えるようになっていて
キャラクターがちゃんと3D化されてポーズをとっている。
出来はけっこう良いようだ。

裏を見ると、
何と、
メイド・イン・チャイナ!

おお!
日本ではこう言うのは当たり前になってしまって
驚く事も無いが、
このマレーシアで、
マレーシアのアニメグッズまで中国製になってしまっているとは!

値段はどうだ?
おっ、何と20リンギ超えている。
日本円に直すと多分500円かそこらと安いが、
マレーシアではこれ、2000円超の感覚だ。
つまり安いものではない。

日本的にはちょっと頭が混乱してくるかもしれない。
なので解説を以下に。

マレーシアで売っている中国製のいろいろな物、
日本と同じでほとんどが安物と言って良い。
雑貨から家電製品、その他いろいろ。

高い中国製はアメリカなどの会社が自社ブランドで作り
世界にばら撒いている物。
ディズニーその他のオモチャに代表される物。

マレーシアのオモチャはほぼこの2種類、中国製のいい加減なやつと
アメリカのキャラクター物で構成されていると言うわけ。


で、今回のボボイボーイはマレーシアで企画された物。
実は無い事は無いが、売っているのは珍しい。
オモチャ関係はアメリカにやられているし、
中国製はそのパクリ品を山ほど送り込んで来る。
マレーシアのキャラクターは筆箱やノートなどに
印刷した物ばかりで立体になったにはほとんど無い。


結局、無かったのはマレーシアで作れないからなのだ。
まず、樹脂型作るのにコストが高い。
たぶん日本で作るのとあまり変わらない。
成形の品質管理、ちゃんとやるとけっこう高い。
オモチャ程度だと中国製に品質で絶対負ける。
色付け、これは品質でマレーシアは無理だろう。
人形の頬っぺたの微妙なグラデーションとか
はみ出さないように髪の毛の色を付けるとか。
実際の労働力は外国人になるから中国には負ける。

マレーシア製のオモチャも見るけれど
どれも低品質のものばかり。
しかも凝った物は無い。
元々色の付いた樹脂をいいくつか成形して組み合わせた物。
それにシールが貼ってある程度。


そうなると一番簡単で良いのは
やはり中国で作ってもらうと言う選択肢。
自分たちに突出した点が何も無いのに完成品だけ求めるために
中国に任せようとする。
そうした事について当のマレーシア人は
何も疑問を抱かない。
だからマレーシアで買える物は中国製ばかりになっている。
変な言い方だけれども、カモにされている事に気付いてないと言える。


マレーシアは途上国の中でも自動車メーカーもある
工業国っぽくなって来ているけれど、
中国が相対的に良くなっている事を差し引いても
中途半端な存在になって来ているのは確かだ。

このままリンギの価値が下がって
外国人がマレーシアから出て行ってしまう事になったら....
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

詰め込み教育、詰め込まれ教育

2016-12-23 13:56:28 | マレーシアでニャー
昼前に現場管理者にある仕事を終わらせるように指示した。
結果から言うと、全くできなかった。


今日は金曜日なので昼休みは12時45分からといつもよりちょっと遅い。
そして昼休みはお祈りの時間があるのでちょっと長くて
だいたい14字半程度まではOKになっている。
だから午後は短いのだ。

そうしたわけで、昼前に一仕事終えておきたかった。


昼休み50分前に連絡が来た。
まだ準備が終わっていないと。

言い訳無用、50分あればできる。


23分前、さらに連絡。
午後に延期したいと。
理由はツールの破損があって修理依頼した。

いや、まだ20分あるからあきらめるなと返信。
代りの物はある。交換に時間はかからない。
つまりそれは理由にはならない。


そして12時45分、今度はこちらから送信。
結果は?
何もできていない。


はっきり言うと、これは予想通りだ。
50分前に問題があると言った時、23分前に延期と行った事、
彼は50分前にもう心の中であきらめていたはずだ。
そんなのすぐにわかる。


この結果を変えるにはどうすれば良いかと言うと、
実はこれも簡単。
その場に行って早くせよと言って睨んでいれば良い。

が、あえてそんな事はしない。
いつもそれをやっていると見ていない時に仕事をしない人間を作ってしまう。
時間はかかるが、ここはあえて見ないまま、自分でやると言う事を
いつか選択するのを待つ事にしている。





自分が学校教育を受けた時代、
そのやり方は詰め込み教育と言うものだった。
(今でもそうかはわからない。)

子供なんて何が重要か、将来何が必要かなどわかるわけない。
そしてその必要性などと言うものを子供にわかるように説明する、
そんな事はなかなかできるものではないわけで、
どうしても子供が何と言おうと知識を詰め込むと言うやり方をする。
子供にとっては相当に苦痛だ。
しかも義務教育だけでも9年間、その後高校へ行くとさらに3年間だ。

それだけの時間があれば猫は6世代先までも進むだろう。
なのに人間はまだ子供扱いで一人で何かできる状態にはほど遠い。
(ちょっと猫を尊敬したくなったのではないだろうか?)


そんなやり方に関して、今になって思うのは、
同じように詰め込み教育と言うのを受けても人によって大きな違いが出た、
と言う事だ。
小学校の友人にもあの東大へ行った人もいた。
あまり友達がいないのでよくわからないが、多分それなりの
世間的に言う"成功した"みたいな人もいるだろう。
知っている中ではヤクザになったのもいた。

同じところで同じ先生に同じ事を聞かされて同じ宿題をやっていても
その先は人によっていろいろだった。
その違いってのは何かと考えると、
けっこう単純な事だ。

自分でそれをやろうと思ったか思わないか、それだけだ。



ドラゴン桜と言うドラマを見た。
VCDでマレーシアで見ているのでみなさんより100年遅れて見ている。

東大入るにはコツがある。
上手いやりかたが。
なるほど、そうだったのか、と。
でも、それを日本中の誰もがやるかと言うと、
それはない。
相変わらず東大に入る人はそれなりの事をやっているし、
入らない人は絶対に入らない。

入れないのでなくて、入らない。

ドラゴン桜の中の登場人物で合格した人は自分で参加しようと思った。
そこから始まっている。
そこからしか始まっていない。

当たり前と言えばなるほど完璧に当たり前。
今頃そんな事に気付くなんて....




悪いと言われた"詰め込み教育"、
あれは本当は"詰め込まれ教育"だったのだと思う。
もし自分から好んで詰め込む、本当の詰め込み教育だったら、
それを選んだ人の結果は全然違うものになっているに違いない。

そして"詰め込まれ"を"詰め込み"に替えるのは
本人にしかできないのだ。





ところで現場管理人、まだ若い。
20代。
日本で言う高校レベル。
なぜこのマレーシアで大学へ行かなかったかはわからない。
(大学行ったと言うだけで給料が全然違うと知っているはず、と言う意味。)

経済的な理由か、はたまた最初から諦めていたのか?
もし諦めているのであればかれはもうこのままと言う可能性もある。
他にもうこのままで、と言う人間も知っているし、
確かにいる。

どうなるのだろう?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

苦しみたい遺伝子

2016-12-22 23:32:04 | マレーシアでニャー
誰もがあえて何か苦しもうとする事などは無い、
と考えていると思う。

好んで苦しい選択をしてみるとか、
好んで困難な境遇に入ろうとか、
きっと誰もが、そんなヤツはいない。

そう、普通は思う。

が、実際はどうか?
そんな事は絶対に無い。
多くの人間は苦しむ事が大好きだ。
世界中の誰もがそうかどうかはわからないが、
少なくとも日本人はその傾向が強い。
何かあるとすぐに規制を求める。
規制、法律で自分自身ががんじがらめになるのを
全然気にしない。

そのがんじがらめで安心を得ようとする。


さて、日本人だけか?
いやいや、このマレーシアでもそう言う人はいる。
特に中華系はそうだ。
他人を決まり事で縛ろうとする傾向は強い。
他人ばかりか、自らをもそうする。


今日、ある事でちょっとした話し合いがあった。
これまでのルールをちょっと変えようとする件で。
ルールを変えると自分たちにちょっとしたメリットがある。
が、同時に話し合いに参加していない下のレベルのスタッフの
勤務形態に影響が出る。


そう言う時、彼らは締め付け側の意見を言う。
下のレベルのスタッフの手綱が緩むのが許せないのだ。
下を締め付ける事に対しては何の躊躇も無いらしい。
それは同時に自分たちへの締め付けともなる。
あまり現実的とは思えないが、
彼らにはそうは感じられないのだ。
結果、締め付けが優先になってしまう。


根底には他人を管理したいと言うのもあるし、
中華系らしく管理されるのが普通と言うか、
好きなのだろう。
台湾、シンガポール、中国と中国人のいる国は全部そうなっている。
どこも例外無く強権国家だ。



こちらか側から見れば、
あの程度の事にルールなど無くとも
同じ所で毎日働いている者どうし、
ある程度信頼できるはずで、
どちらかと言うと管理も何もせずに放っておく方が面倒はないし、
そんな事にコストをかける事も無く平和でいられるはずだ。


ま、そう言うわけで、日系企業に中華系が多いのは
似たような嗜好を持つからなのか、と納得できそうだ。
日本人も中華系も同じ苦しみたい遺伝子の申し子なのだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

誰か死ななきゃわからない?

2016-12-21 13:48:35 | マレーシアでニャー
人前で事を荒立ててはいけない、
と言うのを昨日ちょっと書いた。

この習慣によって誰かが危険なめに遭うのじゃないかと考えている。


例えば、さっき、テクニシャンが鉄の板をグラインダーで切っていた。
グラインダーってのはヤスリの円盤みないなのがグルグル回転するやつ。
金属を切るとなると火花が出る。
その近くに溶剤がたくさん置いてあったので注意した。

さて、ここでよく考える。
もし発見したのが自分ではなかったらどうか?
テクニシャンは(スタッフ含めない)工場の中では中堅どころ。
現場管理の人間は歳もちょっと若いし入社も彼らより短い。
周りにいるのは外国人労働者。

さあ、誰が彼らに注意するだろう?
誰がテクニシャンの上司や安全管理者に連絡するだろう?

たぶん、しない。

もし火事になったり誰かが怪我や火傷をしらた通報はするだろう。
これは仕方ない。するはず。
でも、もしそのまま何も無く作業が終わってしまったらどうか?
多分、安全管理者も彼らの上司もその事は知らないままになる。

そしていつか、本当の火事になるだろう。
1週間後か、2か月先か、3年後かわからないが。
火種はきっと放置される。


人前で事を荒立ててはいけないと言う習慣によって
誰かが死ぬまでずっとそのままになるのじゃないだろうか?


こうした事を教育するのもマレーシアでは茹でガエルさんの仕事なのである。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

朝から呼び出しだ!

2016-12-20 13:46:53 | マレーシアでニャー
現場管理をさせている男を朝から呼び出し。

始業時刻少し前に事務所に来るようにとメッセージを入れた。


昨日、たっぷり1時間ほど、すべき業務に関して言った。
これまでやっていなかった事。
遅れている事。
その意味。
期待される仕事のやり方。

別に今に今、急にそれを言っているわけではなくて以前から言っている。
が、満足できる結果が得られていない。

なので再度確認させたと言うわけだ。


あまり、こうしろああしろ、と言うのは好きではない。
なぜなら人はいくら業務とは言え自由であると思っているし、
やらなければいけない事は既にジョブスコープで知らされている。
どうやるかは本人に任されると言うのが基本なのである。

昨日のその結果、これまでのやり方を反省してやると言った。
なので今朝どう変わっているかを見てみたが、
実際には何もしていない。
昨日の今日で時間がまるで無かったわけではない。
が、すべき事ができていない。


と言うわけで、呼び出し。


例によってマレーシア人は失敗しそうな事は避けて通るクセがある。
こちらは失敗は許されると言っている。
が、長年のクセはなかなか抜けない。
言われたその場ではやるやると良い返事をするが
それはその場が良くなるための返事であって、
心からそう言っているのではない。


東南アジア的倫理感としては、
人前で事を荒立ててはいけないと言うのがある。
まさにそれだ。

仕事以外でもそうで、スーパーマーケットでも
他人との話の中でもそれは感じられる。
XXしても良いですか?とか、XXXは可能ですか?と問うてみた場合、
99%の答えは
"Can"である。
強調する時はキャン・キャンと繰り返して言う。
(日本人てきには子犬の鳴きまねっぽく聞こえて面白いと言えば面白い響き。)
キャンでない時はOKと言う。
これ、まさにマレーシア的だ。


こちらは別にその場の雰囲気を良くしたいなどとは全く思っていない。
あの人はうるさい、と思われても全然かまわない。
と言うわけで、これでまた進まなければ何度でも呼び出しだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

茹でガエルの仕事とは

2016-12-19 13:55:47 | マレーシアでニャー
何を隠そう、隠さないが、
自分はけっこう年齢が高い。

昔で言うならほとんどジジイだ。
江戸時代なだもうほとんど死期に近い。
先日、知り合いの子供(幼稚園)におじいちゃんと呼ばれて
ちゃんとおじいちゃんデビューした。

この世代、ゆでガエルと言われるらしい。
スイスイと水の中を陽気に泳いでいるつもりでいたら
気付かないうちに水がお湯になっていて....


が、気付かないうちにゆでガエルになっていたと言うのは
自分としては羨ましい。
歳行ったらボケた者勝ちと言うではないか。
茹ったカエル勝ちだ。
後の事は知らん。
だって死んでるのを知らないまま死ねたのだから。
シックス・センスの主人公みたいにずっと後で気付けば良いのだ。
その頃には本当に死んでいて、ああそうだったのか、チャンチャン。


だけれども、半茹での状態で気付いてしまったらちょっと不幸だ。
茹るまでのあとほんの少しの時間、やる事がある。
それもけっこうハードだとしたら。
いや、そう言う仕事はハードに決まっている。

何をせねばならないかと言うと、
これからはまだ茹ってない後進のカエルたちに
いろいろちょっとした事、面倒な事を教えないといけないのだ。


その仕事、何が面倒かと言うと、
まだ茹っていないカエルたちは自分たちにはそんな事関係ないとか
自分たちはもっと新しい知識が既にあってそんなの古いとか
そう言う事を思い込んでしまっている事。

でも、それは茹ってしまったカエルの自分たちも同じように
思ってやって来た事だ。
でも、後になってわかる。
全ての事は時間軸の上にあり、
新しい物事や知識も過去の知識の延長に過ぎないと言う事。
学習は理数系の科目であっても全て歴史を学んでいるに過ぎない。

そしてまだ教科書になっていない知識は、
これまた面倒臭い事に人の中にだけあったりする。
教科書になるにはちょっと時間がかかるのだ。



と、まあ、ダラダラ前置きが長くなってしまったが、
今の自分の仕事の多くの部分、多分60%は人作りになっていると思っている。
これ、マレーシアでやると言うのは日本に比べてもかなり大変だ。
なぜなら何も共通の認識や知識が無いと言って良いからだ。

彼ら、一応算数でも理科でも工学的な事でも習っているらしい。
が、求める(仕事に役立つ)レベルにはほど遠い。
(と、この事はいつも書いているのでここで詳しくは書かない。)

ただ、ある程度以上何かが出来なくては困る。
永久に誰かがああしろ、こうしろと子供とか犬のように
命令しているわけにはいかない。
何しろこっちは死にかけているのだから。




写真に書いたのは大野誠夫さんのクリスマスの歌のパロディ。
調べてみてください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

うちは猫飼ってない、けど預かっている

2016-12-17 23:36:52 | マレーシアでニャー
夕刻、昼寝から起きたつぶあんと散歩に出た。

トコトコ、トコトコ。
警備員のスーパーバイザーのA氏がカブに乗ってゆっくり近付いて来て言った。
もっと良い猫飼わないの?
毛の長いのとか。

加えて、
その猫はクチン・カンプンだね。
などと言う。

クチン・カンプン…直訳すると
村の猫、田舎の猫、つまり雑種みたいな意味だ。


別にそれで怒るわけじゃない。
だってうちの2匹はもともと前住んでいた隣の家に来た
野良猫の子供たちなのだから、単なる雑種に間違いはない。

それにここはこの地域でも高級住宅地なのだ。
近所のアニマル・クリニックに行くと
彼の言う毛の長い、要はペルシャ猫系猫がたくさん来ている。
うちみたいにどこにでもいそうな猫を連れてくる人は稀。


だからと言って別に引け目を感じる事は全くない。

他の家ではきっとペット・ショップで高いお金を出して買ったのだと思う。
そりゃ、お金出せばいくらでも血統の良い、見た目の良い猫は買える。
それはそれで良い。

でも、残念だけれど、うちの雑種猫たちの方がずっとかわいい。
それは他人には全然わからない。
わからないに決まっている。
だってうちの猫たちは特別なのだ。

見た目の事じゃなく、
うちの猫たちは前にいたポコと言う母猫からの預かりものだって事。
引越しの時に不幸にも近所の猫に追われてポコは行方不明になってしまった。
今いるつぶあん、きなこは母とは一緒に行けず残されてしまった。
生後半年位でようやくオッパイから離れたところで
それまで一緒に暮らしていたおばあちゃんの黒、母のポコとも
結局離れる事になり、半野生だったところから
こうして人間にごはんをもらわなければ生きられないようになってしまったのだ。

と言うか、してしまったと言う方が正しい。

なので、彼らは大切なポコからの預かりものなのだ。
知らない人からは猫を飼っていると思われているはずだけれど、
飼っているのではなくて、
預かっているのだし、一緒に生活している。


だからもっと良い猫を飼ったら、と言われても
いろいろな意味でその指摘は間違っている。
うちは猫、飼ってない。


(なぜか今日も偶然写真と記事の内容がちょっと合っている。)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

みんなで仲良く踊ら・ない

2016-12-16 14:01:58 | マレーシアでニャー
明日の土曜日に会社のディナーパーティーがあるそうだ。

ある、あるとは聞いていたけれど、
興味が無かったのでいつやるのか今週まで知らなかった。
(今週って、月曜日と火曜日は休みだったから...)

それでいきなり歌の練習をするとか言い出して、
仕方ないから参加してみた。
工場の作業員はいなくてスタッフばかり。
全部で20人位だろうか?

メンドクセ、と思いつつ...
そしたら昨日になって歌だけじゃなく
おかしな踊りみたいなのもやるとか。
これは黙って不参加にしてしまおう。


台湾なんかもそうだったけれど、マレーシアでも
ある程度の規模の会社だとこうしたパーティーとか
運動会とかそう言うのをよくやる。
日本の会社よりやる印象がある。


自分に関して言えば、
こう言うのはかなり嫌いだ。
集団で何かいっしょにやると言うのが本当に嫌いだ。
その昔、昔の大昔に原宿に竹の子族と言うのが出たり、
最近ではヨサコイみたいなのが行われたり、
全くもってそんな事したい気持ちが信じられないのだ。

(それ自体を否定しているわけじゃなくて、
やりたいならやれば良いと思う。彼らには楽しいのだから。)

とりあえず、自分はやりたくない。
大学出てある会社に面接に行った時に、
研修で自衛隊に入ると言うのがあって、
それ以上検討する事なしにそこは断ったっけ。


それはそれとして、そう言う集団で何かするのが好きな人は
けっこう多いように思う。
仕事である人と知り合ったとする。
その人がそう言うのが好きなのは普段はあまりわからないけれど、
そうした場でいきなり踊りだしたりしたら、ちょっと感じる。
ああ、この人はこう言う場の中でこれまで生きて来たのだな、と。

営業の人だったら好きでなくても無理にやらねば、と言うのはあるが
そうしたのとは違ってするような人の場合。

変に踊ったりするのは一人でいる人がする事じゃないような気がするから。
特に日本人だと、この人は一人で何か決断できない人なのかな?
とまで想像してしまう。(わからないが。)


とまあ、それはこちらの勝手な思いに過ぎないけれど。


うちの奥さんのキャサリンさんは言う。
あなたはコミュニケーション能力が無い、と。
いくら何やっても人脈が作れないと。
うーん、そうだね。
仕方ないね。
さよなら。

(今日の写真はたまたま内容と合っている。)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

修理と言う悪夢

2016-12-15 13:36:28 | マレーシアでニャー
機械と言うのは使っていると問題が出てくる。
部分的に弱くなったり破損したりしてその結果、実害が出る。

日本で修理をお願いした後、
「はい、もう大丈夫ですよ。」そして、
「XXがこんな具合にダメになっていました。」それから、
「お使いになる時は△△△に注意してくださいね。」となる。

が、マレーシアでは、
「XXXを交換してOKです。」で終わる。
そしてまた何日かして、運が良ければ数か月して再修理になる。
また交換してこれはこんな物なのかなと言うところで我慢するしかない。
一説には良い部品が手に入らないと言うのがある。


が、見ていて感じるのはあながち部品の品質だけの問題とは言えない。
簡単に言うと、修理そのものが次の問題になっている。



例えば、オイル漏れがあったとする。(ほぼ実話)
修理する人間が何をするかと言うと、オイルシールやO-リングを交換する。
That's all ! Finish !

で、何でそこから漏れたのか?
謎のままだ。
交換したら直ったからそれで終わり。

そのオイルシールの内側のシャフトから漏れていたのか?
それとも外側?
内側だったらシャフトの状態はどうだったの?
汚れていたとか錆びていたとか何か付着していた?
外側のハウジングは?
圧力か何かかかり過ぎていなかったか?
オイルは汚れすぎていたり金属粉が混じっていなかった?
温度は?


いや、交換して漏れないからこれで良いんだ、となる。
さていくらか日数が経って、オイル漏れ再発。

さて、あの時の修理は何だったんだ?
また交換しましたよ。終わり。


全てにおいてこんなレベルなのである。
こんなレベルにしてしまう環境と言うのもある。

作業するのはだいたいテクニシャンと言うレベルの人間。
これは工業高校卒レベルとかそのあたりだと思ってもらうと良い。
つまり手を動かす仕事で中間管理職とまでは行かない。
その上はエンジニア。
こっちは中間管理職で手を”全く”動かさない。
汚い油汚れなんかには絶対触らない。
だから作業着なんか着ないでワイシャツに革靴。

この両者の間で原因追究は宙ぶらりんの状態になる。

テクニシャン、修理が仕事と思っている。
エンジニア、命令するのが仕事と思っている。
テクニシャン、知識は学校で習ったけどそんなの忘れた。
エンジニア、知識あるけど実物知らない。


そう言うわけで、修理なんてものを1度してしまうと
永久に何か部品交換をしなければならなくなる悪夢の繰り返しとなる。


ここまで読んで、みなさん、マレーシアで機械て大変だと思うかもしれない。
が、残念な事に機械って言うのはみなさんが乗っている自動車も入るし、
建物とか家電品なんかもその仲間なのだ。
ご愁傷様です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ノート、それもエンジニア用

2016-12-14 22:27:00 | マレーシアでニャー
エンジニアの人、どんなノートを使っているんだろう?

そろそろ手帳をみなさん買うシーズンだけれど、
手帳はシステム手帳だといろいろ組み替えられるから
まだ何と無くどうにかなりそう。

でも、基本的に手帳はスケジュール帳が主になっていて
広々とした紙にデータやアイデアや図面や
要は頭の中のゴチャゴチャをぶちまけるのに
良いか?、と言うと???

これまで周りにいたエンジニアと呼ばれる人たち、
どんなノートを使っていただろうか?
思い出してみてもほとんどダメ。
特徴あるノートと言うのも無かったようだし、
もちろんエンジニア専用と言うのも無いと思った。

さらに、もちろん、マレーシアにそんな気の利いた物、
全く探せない。
マレーシアのノートは大学ノート、
小学生用の表紙がザラ紙の薄い薄いA5ノート、
よくわからないけれどやたらと表紙が丈夫なノート。
たいした物が無い。

自分の場合、5mm毎に縦横に点が打ってある
ノート、つまり方眼の一種を使っている。
絵とか表とかグラフとかいろいろ、定規を使わなくても描ける。
定規無しに描けるって事はそれだけでちょっと速い。
速いと何が良いかと言うと
考えるスピードと描くスピードが近くなる。
考える事を邪魔し難いのだ。


多分、これが重要なのは人間の頭の構造が関係していそうに思う。
ちょっとした思い付きがパッと頭の中に出てきて
少し時間が経つと薄れて消えて無くなってしまう。
浮かんでいるうちに書き留める、描き留めるのが必要なのだ。


と言うわけで、そう言うノートを探したところ、
ダイソーにあった。
背中がリング止めになっているが、リングが1つでなくて2つ。
中央だけリングが無いのは持ち易いようにとの事。
こんなのが日本では100円で売っているなんて、と今更感心。

で、現場管理の2人にも1つづつ買ってやった。
使えるかどうかは別だけれど、まあRM5なら良いだろう。


ところで、マレーシアに良いノートが無いのは
(あると言う人もいるかもしれないが、はっきり言って見た目だけ。)
やっぱり書く人がいないからだろうと思う。


元の話に戻るけれど、エンジニアの人、
どんなノートを使っていますか?
何か良いノートってありませんか?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Lot10 伊勢丹、ぜーんぜん高く無い!

2016-12-12 23:59:59 | マレーシアでニャー
Lot10と言う緑の昔から変だ変だと思っていたビル。
そこにずっと以前から伊勢丹が入っていた。
KLの中でも最先端と言って良い場所。
つまり、マレーシアの銀座みたいな場所だ。
まあ、伊勢丹位あるわな。

が、ライバルがどんどん増えてその伊勢丹、
店内はきれいに保たれていたけれどお客さんが
あまり入っていない感じがしていた。
そうしたところ、ちょっと前に店を閉めてしまった。

ああ、あきらめちゃったのね、と思ったら
また戻ってくるよとなっていて、
最近その通りになった。

一応伊勢丹と言う事で、
KLにお住いの日本人の方々、行ってブログに書いていた。

声を揃えて「高い」と。
タワシが200リンギもしてそんなの誰が買うんだ!と言うわけ。
(200リンギ=だいたい5000円)

そうか、タワシ、わざわざ伊勢丹まで行って買わないな。
食料品も高くて売れなくて賞味期限迫っててどうするんだろう、
みたいな事も。

そうだな、いくら良いものでも賞味期限ギリギリだと買わないな。

まあ、連休でもあるし、いっちょ行ってその高いタワシってのを
見てみようかな、と。

と、まあ、地下の台湾屋台街みたいなところから入る。
別に期待なんてしていないから正面玄関から入る必要なんてないのだ。

と、台湾屋台街を抜けると伊勢丹、高級食品売り場。
東京駅の地下みたいな雰囲気。
どこどこ、何がどれだけ高いんだって?

あれっ?
別に高くなんてないじゃない。
そりゃ日本から運んで来るのだから割高ではあるよ。
でも、こう言うのってマレーシアの他どこ探したって売ってないし。
銀座の有名天ぷら屋の天丼、日本人の板前さんが作ってるのに
何と何と、たったRM30程度。
800円ほどしかしない。

その他の食材、食品だって運賃がいくらか乗ってるだけ。
銀座のデパートで買うと思ったらそれほどでもない。
しかもそれなりに良さそうな物を選んで置いている。

ぜーんぜん高くない。
もちろん自分がそのレベルの物を買うか買わないかは別だし、
マレーシアの他の店と比べたらかなり高い。
でもそれは値段の絶対値として高いだけで
比較できる物があるわけじゃないのだから
簡単に高いと言うのは無理がある。

だから言う、ぜーんぜん高くない。

と言うわけで、他のフロアに上ってみる。

けっこう感心した。
この店をコーディネートした人は、
日本の良さ、日本とか東京の変さ、
東京の面白さ、それを外国人が見てすごいとか
珍しいと思うだろうけれど、
そう言うのをよく知っているか研究している。

日本人から見ても、
東京より東京だ。

東京をすり潰してフィルターで濾して
濃縮して再構成している。

そりゃ、プライスタグいちいち見てたらものすごい高い。
でも、例えば化粧に使う刷毛の先っぽをちょっと触ってみてどうか?
こんなの他のどこにあるって?

たぶん無いだろう。
だってここはマレーシアなのだ。
高いとか安いじゃなくて、これが必要な人だけ買えば良いのだ。
(私は化粧しませんので…)

そう言う意味で、Lot10伊勢丹、
ぜーんぜん高く無い。

もともと日本だってデパートでわざわざ買い物するって
そう言う事だよね。

銀座の三越入ったところの案内の人に
XXXはどこにあります?って聞くと、
何も見ないのに、はいどこどこの売り場にありますと
数秒のうちに答えが返って来る。
無ければ別のデパート(ライバル)にありそうとかまで言ってくれる。

お金持っててそう言うのが必要な人が買うって事なんだと思う。
この伊勢丹はそう言うのじゃ無いのだろうけれど、
別のところで伊勢丹らしい事している。

KLとその近郊には高級っぽいショッピングモールがたくさんある。
日本より世界のブランド品その他いろいろ簡単に買える。
でも、どこも似たり寄ったり。

高いのはそのブランドだからって事でしかない。
名前が通っているから高いってだけで、
それ以上でもそれ以下でも無い。

そうして見ているとルイビトン、こんなにどこにもあって、
実は中国で安く量産してない?と疑いたくなるほど。
(そんな事ないと思うけど。)

つまり、みんなが良いって言ってる物を置いてるだけ。
簡単に元取れる商売してる。
安全なテナントたくさん入れればモールは成立する。
けど、どこも同じになっている。

スバンのサンウェイ行けば別にKLCCまで行かなくても…
みたいな。

でも伊勢丹は物のブランドじゃないから同じ事やってもダメ。
だから買うとか見て回るってのを
ちゃんと商品化している。
言うなれば日本テーマパーク。
物じゃなくて体験を売っている感じ。

これに比べるとあそこの東京ストリートなんて
単に並べてるだけでプロデュースされていないと言って良い。
けっこう貧相で、東京って付けといて問題無いの?
と言いたくなる。

と言うわけで、Lot10 伊勢丹、
私は大絶賛。

でも、パン、ヤマザキだったね。
ごめん、イメージだけで美味しいかどうか、
これは明日の朝、食べてからって事で…
コメント
この記事をはてなブックマークに追加