オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

ドニゼッティ「愛の妙薬」

2009-03-08 | イタリアオペラ
<錦織健プロデュース・オペラVol.4>
2009年3月8日(日)17:00/兵庫県立芸術文化センター

指揮/現田茂夫
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
ラガッツィ

演出/十川稔
美術/升平香織
照明/矢口雅敏
衣装/小野寺佐恵

アディーナ/森麻季
ネモリーノ/錦織健
ベルコーレ/大島幾雄
ドゥルカマーラ/池田直樹
ジャンネッタ/田上知穂


 “お茶の間テノール歌手”、錦織健が芸術総監督兼プロデューサー兼プリマ・ウォーモを務める、「愛の妙薬」全国巡演の、今日は西宮公演である。上演に関する実務は、某音楽事務所が担当しているようで、健ちゃんの仕事は専ら、営業でチケットを売る事らしい。「出来るだけ多くの場所で、出来るだけ多くの人にオペラを楽しんで欲しい」「日本中に潜在的なオペラ・ファンはまだまだ眠っている。そういう人達にオペラの魅力を知って貰い、公演に足を運んで欲しい」と云う、実に真っ当な理由に拠ってはいるが、普通個人では行わない企画を独力で立ち上げ、しかも興行的な成功を収めている、錦織健ちゃんは本当に天晴れと思う。今日の公演も客席は九割方埋まり、まずはご同慶の至りである。

 企画のポリシーは、「ビギナーにはブッフォ」だそうで、演出も「漫画チックに楽しいお伽噺風」と云うコンセプトに沿ったもの。つまり、書き割そのものなセットの前で、コスプレみたいな衣装を着た歌手達(ネモリーノだけ汚いけど)が、それっぽい演技をする、学芸会プロダクションである。もちろん、初めてオペラを観る客層に的を絞った上演なのは、予め分かっていた事なので、観ていて面白い演出とは思わないが、その点に不満を述べる積もりはない。では、我々のようなオペラ擦れした観客は、この上演の何を楽しめば良いのか?これをアケスケに言ってしまえば、今日の錦織健一座の上演は、今回が初役となる森麻季のアディーナを聴く為だけのものだった、と云う事になる。

 僕が森麻季を聴くのは、一昨年行われたドレスデン・ゼンパーオーパー日本公演の「ばらの騎士」での、ゾフィー以来だが(兵庫芸文「メリー・ウィドウ」のヴァランシエンヌ役は、出産の為に交替している)この時は、あの重量級アンサンブルの中でのゾフィーは、彼女にとって如何にも荷が重い、と云う意見が一般的だった。しかし、どうやら森はドイツ語よりもイタリア語の方が得意なようだし、アジリタの技術も今日のアンサンブルの中では抜群で、彼女のアディーナは実に見事なものだった。

 森の声質にはネットリした舌触りの、漉し餡のような滑らかさがあり、イタリア語のデュナーミクに沿った、濃厚な歌い回しがある。だから、何気ないレチタティーヴォも、彼女は声そのもので聴かせるし、二幕最後のアリアでは、持ち前の技巧と超高音を駆使し、日本人として最高度のコロラトゥーラを聴かせてくれた。この人の声量不足を指摘する意見は良く聞くが、それを言えばキャスリーン・バトルも、そう言われ続けた訳で、レジェーロな彼女達の歌声への批判としては、的外れな指摘だろうと思う。

 ネモリーノの錦織には、残念ながらテノールらしい声の輝きはなかった。パセティックな暗い声での表現力はあるのだが、イタオペらしい明るい音色になる場面で、レジェーロな軽やかさがなく、力み過ぎる喉声が辛い。はて?健ちゃんは、こんなに貧相な声だったかと怪訝に思い、記憶を手繰れば、実は僕が彼の生の声を聴くのは、今日が初めてかも知れない。テレビ画面で見慣れている錦織の事を、既に聴いた事のあるように勘違いしていたのか。彼の実力を把握出来ていない僕に、確言は出来ないが、先月の名古屋公演では風邪の為、口パクで演技だけしたらしいし、まだ本来の出来に戻っていないのかも知れない。

 ドゥルカマーラとベルコーレには、池田・大島の両ベテランを配したが、全11回公演と云う得難い機会だけに、ここは実力ある若手を抜擢し、経験を積ませたい処。また、レチタティーヴォにはチェンバロを使うと、チラシ・プログラムに明記されているにも関わらず、実物は電子音のキーボードで、かなり興醒め。オーケストラは40名程で、この人数は小回りが効いて悪くない筈が、木管はまだしも、弦楽にリズムの軽やかな切れ味は、一向に感じられない。それは、今日の指揮者の解釈が如何にも表面的で、舞台上を煽る覇気を感じさせない事と、同根の問題だろう。交通整理に徹し、ソツなくこなしてはいるが、ブッファらしい情熱に欠け、歯痒い思いの募る伴奏だった。

 錦織君は人柄は良さそうだし、当意即妙な会話も出来て、テレビ・タレントとしての才能はあるのだろうが、今日はテノール歌手として、あまり華を感じさせなかった。そもそも、プロデューサーとして会議に出席したり、営業で外回りしたりするのは、風邪のウィルスを貰いに行くようなものだろう。藤村実穂子さんの場合、レストランで隣の人が煙草を吸うと、食事の途中でも店を出るし、風邪の伝染るのが怖いので、美術館の列にも並ばないのだそうだ。どちらが良いとか悪いとか云う問題ではないが、この二人はプロ歌手生活に於ける対極の存在だ、とは言えるかも知れない。
『音楽』 ジャンルのランキング
コメント (4)   トラックバック (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 藤村実穂子リーダー・アーベント | トップ | ブリテン「ルクリーシア」op.37 »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ひろ)
2009-03-10 20:11:02
TBありがとうございました。

兵庫では錦織さんは歌われたのですね。
でも、まだ100%の状態ではなかったようですね。

このプロダクションは、森麻季さんが出演されなかったら、全く魅力がないですね。
ひろさん (Pilgrim)
2009-03-11 20:30:22
 コメントありがとうございます。

 でも、主役二人が揃ってこその、ベルカント・オペラでしょう。圧倒的な歌さえあれば、演出には目を瞑れる、そう云うものだと思います。
Unknown (dolce-vita)
2009-03-13 18:08:48
TBありがとうございます。
森麻季さん、ホントにうっとり聴き惚れてしまいました。
オペラビギナーなので難しいことはわかりませんが、あんなに釘付けになったのは初めてです。
すごく楽しめました♪
またお邪魔して勉強させていただきます。
dolce-vitaさん (ピルグリム)
2009-03-15 09:02:02
 丁寧にご挨拶頂き、ありがとうございます。
>舞台装置はまるで絵本のようで場面が変わる度、
>ページをめくるように展開してた。
に同感です。

 読んで楽しいブログを目指している積もりですが、コムズカシイ内容になる場合も多いです。dolce-vitaさんと共に、勉強して行きたいと思います。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

2 トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
錦織健プロデュースオペラ 愛の妙薬 (ひろ@音楽的生活)
10月からチケットを買っていたオペラです。 風邪のため、どうしようかギリギリまで迷ったのですが、 なんとか快方に向かい、楽しむことができました。 とにかく、咳さえ出なければ周りに迷惑を掛けることもないですので。 それに、僕にとっては高額チケットですので、...
オペラ「愛の妙薬」@愛知県芸術劇場 (Serendipity !)
 2月27日夜、昨年末に錦織健が「オペラ講座」で解説したドニゼッティの人気オペラ