オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

望月京「パン屋大襲撃」

2010-03-12 | 日本オペラ
<日本初演/サントリー音楽財団創設40周年記念公演>
2010年3月12日(金)19:00/いずみホール

指揮/ヨハネス・カリツケ/杉山洋一
東京シンフォニエッタ
ヴォクスマーナ

演出/粟國淳
美術/横田あつみ
照明/大島祐夫
衣装/増田恵美
音響/有馬純寿

ミヤ/飯田みち代
クニ/高橋淳
チコ/大久保光哉
パン屋/畠山茂
店長/太刀川昭
店員/吉原圭子/井上雅人


 昨年のルツェルン音楽祭で初演された「パン屋大襲撃」は、現代日本の作曲家の内、最も才気走った女流と目される望月京の初オペラである。今回の日本初演で東京の二回公演は完売したらしいが、ここ大阪は八百席のいずみホールで七割程度の客入り。社会現象となったベスト・セラー、「ノルウェーの森」と「1Q84」の村上春樹原作と考えれば不入りだが、望月京の知名度と現代音楽の観客層からすれば、今日は盛況の部類に入るのかも知れない。

 原作の「パン屋襲撃」は単行本七頁、その続編とされる「パン屋再襲撃」は同じく23頁の短編で、何れも起承転結のハッキリしたコント風の作品。正編の「襲撃」の方は全く他愛のない内容で、腹を減らしてパン屋を襲った二人組が、店主にワグナーを聴くならパンを食わせると持ち掛けられて応じ、「トリスタンとイゾルデ」を聴きながら満腹するまでパンを食う、只それだけのお話。短い内容の半分近くを、客のオバサンのメロンパンとクロワッサン選びの描写に費やした、ちょっと気の利いた小咄程度の作品と思う。この掌編は「二時間後、我々は互いに満足して別れた。『明日はタンホイザーを聴こう』と主人は言った。部屋の中に辿りついた時、我々の中の虚無はもうすっかり消え去っていた。そして想像力がなだらかな坂を転がり落ちるようにカタカタと動き始めていた」と締め括られる。

 だが続編の「再襲撃」では、「その事件から我々が受けたショックというのは見かけよりずっと強烈なものだったと思う。我々はその後何日もパンとワグナーの相関関係について語りあった。果して我々のとった選択が正しかったかどうかってね。でも結論は出なかった。それは疑いの余地なく呪いのようなものだった」と云う事になり、随分と様相を異にしている。恐らく前作では無自覚だったモティーフとテーマに、著者は後になってから気付き、続編の「再襲撃」で意図的に展開したと思われる。或る真夜中に新婚夫婦が、「理不尽と言っていいほどの圧倒的な空腹感」に襲われる。この特殊な飢餓感を、夫は前回のパン屋襲撃の際と同じ飢餓感だと妻に語る。夫の話を聞いた妻は、「もう一度パン屋を襲うのよ。それも今すぐにね」「それ以外にこの呪いをとく方法はないわ」と、断言する。

 二人は中古のトヨタ・カローラに乗り、パン屋を探して深夜の東京の街を彷徨う。パン屋を見付ける事の出来なかった二人は、スキー・マスクを被ってマクドナルドへ乗り込み、散弾銃で従業員を脅してビッグマック30個を強奪し、ラージ・カップのコカ・コーラは現金を払い入手する。このまま永遠に続くかとも思えた飢餓は、二人が十個のハンバーガーを食べ、コーラを飲むのと共に消滅する。至極シンプルだが幾らでも深読み出来る、どうにでも解釈可能な寓話で、創作オペラには打って付けの題材だろう。オペラ台本は「再襲撃」のストーリーへ、前史としての「襲撃」をフラッシュ・バックで組み込む形にしている。当初は英語で執筆された台本を、作品のテンポの速さとリズムを強調する為、作曲者がドイツ語に翻訳させたそうである。

 「襲撃」は81年・冬樹社刊行の糸井重里との共著「夢で会いましょう」に、「パン」の題名で所収。「再襲撃」は86年・文芸春秋刊行の短編集に表題作として収録されている。僕はオペラを観た後に本棚を探索し、両方を見付けて読んでみた。「再襲撃」は印象的な小説で記憶に残っていたが、その前編としての「襲撃」の存在は、これまで全く忘れていた。このオペラ製作のプロジェクト・チームは、オーストリア・スイス・イギリス・ドイツ・イスラエル等の多国籍部隊らしいが、みんな随分熱心に村上春樹を読んでいるのだなぁ、と感心すると云うか呆れると云うか。

 演奏時間は一時間強と短いオペラで、開演前に作曲家と演出家へのインタビューがある。望月は普段は独りで全て決めているが、オペラは製作グループとの協同作業で楽しかった。自分としては聴き易い音楽を書いた積もりで、これは音楽の“コスプレ”だと述べていた。演出に付いて、昨年の初演の際はお話のアナーキーさを勢いで見せる、スピーディーでスラプスティックなTVドラマ風だったが、今回は行間を読み取る、日本人らしいグレーな表現や漢字文化を強調し、飢餓感に関する時代背景・人となり等を掘り下げて解釈する演出と述べていた。これに付いて僕の観終えた後の感想は、「ああそうですか」しかなかったけれども。それと演出の粟國が、村上春樹に“先生”の敬称を付けるのには、聊かの違和感を覚えた。

 オペラはカサコソ云う効果音で始まる。その他にも色々な雑音が聴こえて来るが、これは無声映画に使われる骨董品のように原始的な効果音らしい。ザーザーとかバサバサとかいう音の続いた後はジャズになって、エレキギターとドラムスの音が専らとなる。主役の二人、ミヤとクニの会話にもシュプレヒェンが多用され、要するに音程のある音は結構少ないのである。東京シンフォニエッタは標準的な二管編成だが、この20名程のオケの音は効果音や電子音に邪魔されて余り聴こえず、もっとオケのアンサンブルも聴こえた方が、オペラは楽しくなるように思う。実は作曲者は演奏中、最後方の僕の席の隣りに丸椅子を置いて座っていたので、その辺りを訊ねてみたかったのだが、さすがにそんな勇気は無かった。

 前回のパン屋襲撃の再現シーンで、「タンホイザー序曲」の古めかしい録音が流されると、あれ?これって三年前にサントリーのサマフェスで観た、ジョン・ケージの「ユーロペラ5」と同じ手法じゃんか、と思い出す。そう云えば…と横の方を覗うと、あの際には舞台上で音響機器を弄っていた有馬純寿氏が、今日は望月女史の隣りに座り、エフェクト・ボードに向かってゴソゴソやっている。これって、まんまパクリみたいな気もするんですが…。

 「タンホイザー」の後は「神々の黄昏」の幕切れの音楽だったが、ここでリングを持ち出してしまうと、指環の呪いで特殊な飢餓に襲われるとか云う話になり、それでは安易に過ぎてパロディーにもならんのでは?と疑問に感じる。どうもヴァーグナーの音楽を持ち出すと、何でもオタクっぽくなる傾向があって宜しくない。この辺りの音楽はオスティナートのリズムの延々と続く上に、ヴァーグナーの録音を載せて聴かせるので、ここは原作通り「タンホイザー」と「さまよえるオランダ人」の序曲の方が、如何にも安っぽい効果のあったかと思う。

 歌手は主役の二人が、びわ湖の「ルル」でもコンビを組んだスペシャリストで、完璧に手の内に入れた歌を聴かせてくれる。ただ、何だか引っ掛かりの無さ過ぎで、もう少し難曲に挑戦しております的な雰囲気のある方が良いのでは、等と余計なお世話な事を考える。パン屋の親父の重厚なバリトン、店長のカウンターテナー、店員のソプラノの奇天烈な発声等、脇役の筈の三人がそれぞれ作曲家の狙った効果を外さず、美味しい処を攫ったのも、主役の二人を霞ませた要因だったかも知れない。飯田さんのレジェーロな声は美しいが、高橋君の方はファルセットが多く、スリリングな歌になり難かったのも、やや残念か。それとチャップリンの扮装をした“東洋の七人の賢者”、コーラスのヴォクスマーナの出し方は…もう少し面白く出来たように思う。

 オスティナートのリズムはパン屋再襲撃の間も続くが、強奪したハンバーガーで二人が飢餓を癒すと、ピアノとフルートの優しい音色が聴こえて来て、音楽も静かになる。オペラの幕切れは冒頭と同じく、カサコソ云う効果音で締め括られる。望月京は内面を掘り下げるのではなく、あくまで音響の組み合わせで曲を構築するタイプの作曲家で、押し付けがましい処のない、とても聴き易い音楽を書く人だ。「パン屋大襲撃」も全く小難しくはならず、キッチリと計算されたエンターテインメントに徹したオペラと思う。だから演出家も、余り難しい顔をせずにノー天気な内容を、もっとハチャメチャにやって欲しかった。

 望月はプログラムへの寄稿で、村上春樹以外の小説は殆んど読まない旨を述べている。これを額面通りに受け取って良いのかは知らないが、作曲家だろうと普通の会社員や主婦だろうと、本は村上春樹しか読まないと云う人種を、僕は全く信用していない。村上春樹を相対化出来ない連中が村上春樹を語るのは、とても背筋の寒いものだが、望月が単なる面白いお話として「パン屋大襲撃」をオペラ化した事に付いては、特に問題はないとも思っている。
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2 コメント

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Unknown (feltmountain)
2010-04-09 22:52:03
Pilgrimさん


こんばんは。
コメント有難う御座いました。
遅くなりましたが半端なお返事をさせて頂きました。。

ところで、もうちょっとどうにかならんかったか、というヴォクスマーナの演出ですが、数週間前に演出をいじったのではないかと思います。
というのも、僕の席最前列だったのですが、公演の2~3週間くらい前でしたか、東コンから電話があって、何かと思えば「演出上の都合で最前列を使いたくなったので、1列さがって貰えないか?」とのこと。
それでどっちに転んだのか、良くなってアレだったのか否かはわかりませんが…


でも、前の席に座られて、時には数十センチの距離で色々やられたりした身としてはその点はそれなりに面白かったのですが(笑


ところで、仰っている通り、村上春樹以外殆ど小説を読まない、というのは凄いですね…
読まないことが凄いのでは無く、そう言いきってしまえる事が凄いと思います。
でもそういう方って案外多いんでしょうね、村上春樹好きな人には。


それでは、こんなところでひとまず失礼します。
feltmountainさん、 (ピルグリム)
2010-04-12 20:14:20
 こちらこそコメントありがとうございます。

 それって、もし誰か一人でも拒否したら、チャップリンは舞台上に
留まっていたと云う事なんですかね。まあ、演出って結果が
全てですし、観て面白くなかったから、あれは失敗なのでしょう。

 村上春樹しか読まないと云う事は、村上春樹がこの世に存在しなければ
小説を一切読まない訳で、作曲を生業とする芸術家が
それで済ませてしまうと云う事実に愕然とします。

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