オペラの夜

出かけたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深めるためのブログです。

タリス・スコラーズ2009日本公演

2009-06-06 | ピリオド
<盛期ルネサンスの魅力〜イタリアの音楽>
2009年6月6日(土)17:00/びわ湖ホール

ザ・タリス・スコラーズ The Tallis Scholars
指揮/ピーター・フィリップス
ソプラノ/ジャネット・コックスウェル/エイミー・ハワース
アマンダ・マーティン/セシリア・オズモンド
アルト/キャロライン・トレヴァー/パトリック・クライグ
テノール/マーク・トーベル/サイモン・ウォール
バス/ロバート・マクドナルド/ロバート・ライス

パレストリーナ「Surge illuminare 輝け、エルサレムよ(八声)/
Missa Papae Marcelli 教皇マルチェルスのミサ(六声)/
Alma redemptoris mater 麗しき救い主のみ母(四声)/
Laudate pueri Dominum しもべ等よ、主を称えよ(八声)」
アレグリ「Miserere ミゼレーレ」(九声)
ジョヴァンニ・クローチェ「Laudans exsultet gaudio 賛美の歓びに沸き」(八声)
アンドレア・ガブリエリ「Benedictus, Dominus Deus 主なる神を讃めよ」(八声)
コスタンツォ・フェスタ「Quam pulchra es 汝は何と美しき」(四声)


 この季節らしい爽やかなお天気で、講習会後の待ち時間は湖岸の遊歩道にあるベンチに寝転がり、僕は気持ち良くウトウトして過ごした。沢山の観客が館内のビュッフェや屋外のテラスから湖を眺め、うだうだ喋りながらコンサートまでの時間を過していた。

 タリス・スコラーズ12回目の来日は、怒涛の五日連続コンサート・ツアーで、気の毒なメンバーには観光のヒマもなさそう。今日はその二日目で、千八百名収容の大ホールでの公演。びわ湖の中ホールは古楽には不向きだし、小ホールではキャパが小さいと云う事での選択だろう。十名の声楽アンサンブルには広過ぎるハコだが、今日は三階席以下のみを使用したので、ホール・トーンに問題は感じなかった。客の入りもソコソコで、これは勿論タリス・スコラーズの人気もあるが、びわ湖ホールの予算削減に危機意識を持った近隣住民が、取り合えずチケットが安ければ駈け付けている、そんな意味の会話を幕間に耳にした。

 昨年末、ソプラノのテッサ・ボナーさんが癌の為、58歳の若さで亡くなられた事もあり、一昨年の来日時と同じメンバーは三名のみ。全体をリードするソプラノで、前回もボナーとコンビを組んだコックスウェルと、内声の要であるアルトのトレヴァーとクライグがその三名で、アンサンブルの骨格は維持しつつ、指揮者以外の歌い手の世代交代を進めている様子が覗える。冒頭のパレストリーナの八声モテットでは、いきなりガツンと聴かせてくれる。あれ?タリス・スコラーズってこんなに大きな声出してたっけ、と一瞬途惑う程にスピントする発声で、豊かな倍音を鳴らしてみせる。八声の曲ではソプラノのみ二人体制で、後の三パートは一名づつになるが、十名の一丸となったアンサンブルのチューニングは完璧で、やっぱりタリスコは巧いよなぁ、と改めて感心させられる。

 タリス・スコラーズは基本的に一パート二名のアンサンブルで、録音の際にはこの原則を貫いているようだが、実演のコンサートでは融通無碍な対応を取る。十名のメンバーは五声曲の演奏を想定してのものと思うが、今回のプログラムには八声のダブル・コーラスが四曲あり、フェスタの四声モテットは三名のソプラノとテノールで演奏し、アンサンブルの編成に変化を付け、単調にならないよう配慮されている。CDで聴くタリス・スコラーズには、何時まで経っても同じ音色で聴き飽きてしまうと云う側面もあるが、実演ではその辺りが一味違う。

 人生の大半を教会音楽家としてローマで過ごしたパレストリーナは、作曲技法的には超保守派で、既に時代遅れとなっていたポリフォニー・ミサ曲の量産に励み、生涯に百五曲を作曲している。今日のメイン・プログラムとして演奏された「教皇マルチェルスのミサ」は、一般的にはパレストリーナの代表作とされているが、個人的にあまり好きな曲ではない。皆川達夫大先生も力説されているように、純粋に音響として美しく鳴り響き、且つイタリア的な旋律の優雅さのある、パレストリーナの本領を発揮したミサ曲は、他に沢山あるように思う。

 ピーターはホモフォニックな「教皇マルチェルスのミサ」の音楽を、速目のテンポで処理し、ハーモニーの機能的な美しさを強調したが、曲の弱さをカヴァーする迄は至らなかったように思う。でも、タリス・スコラーズの持ち味である純正なハーモニーは本来、パレストリーナの香気と透明を表現するのに打って付けの筈。基本的に六声の曲で、「キリエ」から「サンクトゥス」までは八名のメンバーで、最後の「アニュス・デイ」のみ七声なので、十名のフルメンバーで演奏された。歌手が一人であれば、その声の個性を楽しめるが、一パートを二人で担当する場合、両者が自分の個性を殺して歩み寄る必要がある。多分、ルネサンス音楽の演奏には抽象的な音色が必要と考え、ピーターは歌手を二人起用しているのだろう。

 休憩後、最初のプログラムはアレグリの「ミゼレーレ」。舞台上には指揮者と五名の歌手、右サイドの三階席には単旋律聖歌を唱うテノールのサイモン・ウォールを配し、左サイド二階席には、コロラトゥーラ・ソプラノを唱うコックスウェルを含めた四名の歌手が陣取る。法王庁直属のシスティーナ礼拝堂で、聖金曜日に歌われる、門外不出の秘曲だった「ミゼレーレ」は、少年時代のモーツァルトが、一度聴いただけで楽譜に書き起したと云うエピソードで有名な曲。アレグリは生粋のイタリア・バロックの作曲家だが、法王庁からの要請により、このような古臭いアカペラ・ポリフォニーも作曲していた。とは云うものの十七世紀は既に“オペラの時代”なので、この曲も線的対位法のみではなく、オペラティックに華やかなコロラトゥ−ラの技法が使用されている。

 でも、録音での「ミゼレーレ」もそうなのだが、オペラを聴く人間からすると、古楽専門のソプラノによるコロラトゥーラのテクニックは、今ひとつ感心しない。大した中身のある曲ではないが、大向こう受けはするので、タリス・スコラーズが十八番にしている「ミゼレーレ」だが、この辺りのバロックのレパートリーは、オペラも歌えるソプラノを擁する、ラ・ヴェネシアーナの得意分野だろうと思う。

 十六世紀後半のイタリア音楽は、保守派のパレストリーナがシスティーナ礼拝堂聖歌隊に立て篭もり、せっせと擬古典的な通常文ミサを作曲していた頃、フィレンツェでは史上初のオペラが上演され、ヴェネツィアでは複合唱(コーリ・スペッツァーティ)によるモテットが盛んに作曲され、既にバロック色が濃厚になっていた。ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の楽長(マエストロ・ディ・カペルラ)のクローチェと、オルガニストのA・ガブリエリの二人の前衛作曲家による八声のダブル・コーラスから、タリス・スコラーズはイタリアらしい輝かしい音色を引き出し、そのハーモニーを堪能する事が出来た。

 パレストリーナのダブル・コーラスは、ヴェネツィア楽派の前衛技法を控え目ながら取り入れた作品だが、クローチェとA・ガブリエリの複合唱は本来、金管を加えてブカブカやる曲で、これ等を一視同仁にしてアカペラの透明なハーモニーで聴かせる、タリス・スコラーズの演奏方針は一貫している。締め括りに置かれたパレストリーナの二曲のモテットも、「アルマ・レデンプトーリス・マーテル」は柔らかいニュアンスのある音楽作りで、最後の「ラウダーテ・プエリ・ドミヌム」では、華やかな二重合唱の中に一抹の悲哀を漂わせ、胸に沁みた。今回のイタリア人作曲家のみによるプログラムは英国物と並ぶ、タリス・スコラーズお得意のレパートリーで、今日は彼等の演奏を満喫させて貰った。

 上に掲げたタリス・スコラーズ御一行様の写真には、後ろの方にピーターの顔も見えています。ご協力ありがとうございました。
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音楽
キーワード
タリス・スコラーズ パレストリーナ ガブリエリ システィーナ礼拝堂 ヴェネツィア トレヴァー ポリフォニー びわ湖ホール フィレンツェ コロラトゥーラ
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2 コメント

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Unknown (operaview)
2009-06-18 09:36:38
「ヴォーカルアンサンブル カペラ」は聴かれますか?
新しくCDも出したようですよ。
私が撮った写真を使ってくれたかしら??
とちょっと気になっています。
ルネサンス・アカペラ (ピルグリム)
2009-06-20 09:24:42
 日本人のプロフェッショナルなアンサンブルによる、ルネサンス音楽も聴きたいのですが、関西では殆んど聴く機会がありません。ヴォーカルアンサンブル・カペラとか、ラ・フォンテヴェルデ辺りの来訪希望です。

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