オペラの夜

出かけたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深めるためのブログです。

モンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」

2008-03-14 | イタリアオペラ
<日本オペラ連盟人材育成公演>
2008年3月14日(金)18:00/森之宮ピロティホール

指揮/村中大祐
エウフォニカ管弦楽団
関西歌劇団合唱部

演出/中村敬一
美術/増田寿子
照明/山本英明
衣装/前岡直子

ポッペーア/井門亜美
ネローネ/石田優香
オッターヴィア/伊藤絵美
セネカ/山川大樹
オットーネ/五島真澄
ドゥルシッラ/小泉文
アルナルタ/林裕子
ルカーノ/山本康寛
小姓ヴァレット/藤井朋子
侍女ダミジェッラ/岡本寿美
女神パラーデ/柾本真紀生
幸運の神フォルトゥーナ/南奈緒
美徳の神ヴィルトゥ/末正美穂
愛の神アモーレ/岡田実里
隊長リベルト&リットーレ/内山圭介


 弦楽器はモダンで3-2-3-3-3と低音重視の布陣。これにキタローネ(リュート持ち替え)、ポジティーフオルガン、チェンバロ二台のピリオド楽器が加わる。ハープはペダル付、トランペットはバルブ付のそれぞれモダン楽器だが、トランペットはエンディングの戴冠式と、もう一つの場面で演奏されるのみ。ここはリコーダーかフルートの管楽器も入れて、要所で音色の変化の欲しいところだ。

 本来は三幕のオペラだが、今日のプロダクションでは二幕構成に仕立て直されている。僕の気付いたところでは冒頭のオットーネのアリアの後、ポッペーアの衛兵二人のデュエットがカット。メルクーリオがセネカの死を予言する場面もカットで、代わりに二幕の小姓と侍女がイチャつく場面を前倒しで、セネカが皇帝の使者を迎える場面の前に持って来る。セネカの死で一幕を終え、賑やかなネローネとルカーノのデュエットで二幕を始める趣向は悪くない。多分、この構成の出版楽譜があるのだろうが。

 モンテヴェルディのオペラは全て、基本の構造をマドリガーレに拠っている。従って「ポッペーアの戴冠」を振る指揮者は初期の単純なものから、中期の洗練された五声曲、後期の通奏低音付独唱曲まで変遷する、モンテヴェルディのマドリガーレのスタイルを熟知している必要がある。だが今日の指揮者は、この辺りが相当に怪しい。まずアリアの途中で、いちいち合奏を止め、やおら小節の頭からタクトを振り下ろす。これが音楽の流れを阻害して、僕は見ていてイライラさせられた。リズム感やフレージングも、マドリガーレのスタイルへの無理解は明らかで、どうやらこの人はバッハやヘンデル等のドイツ・バロックの縦割りの発想で、モンテヴェルディを解釈しているらしい。更に、普通にオペラ指揮者として考えても、この人の解釈はアッサリし過ぎている。テンポの速い劇的な場面は一応サマになっているが、叙情的な場面ではモンテヴェルディのネッチョリとした音楽に対する無理解を露呈する。アリアの旋律の半音階進行により表現される、絶望や苦悩や希望の甘美さは、思い切りコッテリとした遅いテンポでこそ十全に楽しめる筈だろう。

 歌手ではオッターヴィアの伊藤絵美が、パセティックな表現力と、豊かな声量で二つのアリアを楽しませてくれた。ただ、この役はクラシックのイタオペのアリアのイメージに近いので、古楽に不慣れな歌手でも唄いこなせるという事情はあると思う。ポッペーアの井門亜美は、フレージングにモンテヴェルディらしさはあったが、ダイナミックレンジが狭く、音色の変化も今ひとつで、魅力的なタイトル・ロールと言うには物足りない。アルナルタの林裕子はポッペーアとのコミカルな遣り取りと、メランコリックな子守唄を歌い分けて、役柄への理解度が高い。ドゥルシッラの小泉文はレジェーロのソプラノで、「仮面舞踏会」のオスカルや、「こうもり」のアデーレ辺りに適性のある、柔らかい美声だった。

 僕はオットーネをバリトンで歌われることに、かなり違和感を持っている。もちろん、若手歌手の育成を目的とした上演なので、バリトンも一人くらい入れねばならないという事情は理解できるが、それならば何故ポッペーアの衛兵の、テノールとバリトンのデュエットをカットするのか?このプロダクションは二月に東京公演を行っているが、この際のネローネはテノール、オットーネはメゾが歌ったらしい。それが今日の上演ではネローネはソプラノ、オットーネはバリトンなのである。最初に歌手が居て、そこに役を無理矢理押し込むという、ご都合主義も極まれりで、上演自体の質を高める意図を欠いた配役だと思う。それでも、選ばれた歌手がキチンと唄ってくれれば納得出来るが、このバリトンはオットーネというコキュの役回りを、気持ち良さそうに剛毅な一本調子で歌い、役に対する無理解が顕わだった。

 そもそも何故、どこでも新人公演というと「ポッペーアの戴冠」が、しばしば取り上げられるのだろう?モンテヴェルディの演奏経験のない、音大の声楽出の歌手たちにとって、これは物凄く難しいオペラだと思う。それを譜面ヅラをなぞることで事足れりとするなら、何をか言わんやだ。これだけピリオド楽器による演奏の需要の増えた21世紀の御世に、このような時代錯誤な上演の行われることが不思議でならない。
ジャンル:
音楽
キーワード
モンテヴェルディ オットーネ マドリガーレ ピリオド楽器 オペラ指揮者 タイトル・ロール 仮面舞踏会 ダイナミックレンジ リコーダー ヴァレット
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2 コメント

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おっしゃる通りです (kenty)
2008-06-13 15:56:50
カウンターテナーとして、音楽活動をしているのですが、このオペラのオーディションを受けました。。。
その時点で、このオペラ団体はヴェルディ、プッチーニの歌唱法をそのまま持ってきたやり方だと気がつきました。
音価を誤魔化して、決まらない音にビブラートを派手にかけたり、音の進行の流れにこぶしをつけていたり。。。
私は、バロックを中心に現在研鑽しつつ、音楽活動をしていますが、関西はバロックオペラでもこれか
と実感しました。

コメントにある通り、モンテヴェルディの作品は
お互いの音楽の空気を読みながら、コミュニケーションをとるものが中心で、オーケストラの流れに従うというものではありません。
故に、楽譜に書いてある通りに歌うのではなく
その時々に、アレンジしてみると面白いですし、

いつどんなことが起きるかは本番のお楽しみ

これがバロックオペラの面白いところです。

残念ながら、日本の声楽界は
ヴェルディやプッチーニのオペラさえ出来れば許されるという環境にあるため、
きちんとその時代に応じた歌唱法を得た人間が少ないのです。

バッハコレギウムの関係者とは親しくさせていただいており、公演には赴いています。
またお会いできるといいですね☆
音楽の様式 (Pilgrim)
2008-06-15 21:41:18
 カウンターテナーをなさっていると云うことは、オーディションをオットーネで受けられたのでしょうか。僕はポネルとアーノンクールの「ポッペーアの戴冠」での、ポール・エスウッドのオットーネのダメ男振りが最高!と思っています。モンテヴェルディのマドリガーレでテノールを歌ったことはありますが、隣でアルトがドスを効かせると、ゲンナリさせられました。

 日本人にヴェルディやプッチーニは向いてません。小器用な人の多い民族性ですから、キチンと勉強すれば、ロッシーニやモーツァルトの方が国際的に通用する可能性は高いと思います。でも、kentyさんの仰られる通り、そこらの音大の声楽科には、そういう教育システムが一切無いみたいですねぇ。

>楽譜に書いてある通りに歌うのではなく
>その時々に、アレンジしてみると面白いですし、
>いつどんなことが起きるかは本番のお楽しみ

 本番に乗られる際は、是非お報せ下さいませ。

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