
2008年4月11日(金)19:00/兵庫県立芸術文化センター
指揮/佐渡裕
ソプラノ/西尾知里
バリトン/キュウ・ウォンハン
兵庫芸術文化センター管弦楽団
神戸市混声合唱団
フォーレ「レクイエム op.48」
フランセ「木管楽器のための四重協奏曲」
ラヴェル「ダフニスとクロエ 組曲第2番」
オケ奏者たちが舞台に出て来ると、客席から拍手が起こった。PACオーケストラはここの聴衆から、そんなに熱烈な支持を受けているのか!と思ったら、全員が揃う前に拍手は途絶えてしまった。あまりコンサート慣れしていない観客が多いようである。でも、このホールが阪神間の住民たちから、新たな客層を開拓しつつあることは間違いなさそうだ。何せ三回公演のうち、土日の二回は完売ですからね。
レクイエムのソプラノ・ソロを歌った西尾知里は94年生まれの十三歳で、「声楽で世界を目指す」そうである。もちろん彼女には無限の可能性がある訳だが、今現在は“稚拙”な歌を期待されているのである。そもそもフォーレのレクイエムという曲は、高度なテクニックを駆使して演奏されるべき曲ではない。少々下手でも、宗教的な雰囲気の方が優先される曲なのである。だからソリストに、敢えて音程の不安定なボーイ・ソプラノを起用する場合も多いし、その際にはコーラスも少年合唱が望ましい。
しかし、もう一人のソリストのキュウ・ウォンハンは、先週までシャープレスとヤマドリを掛け持ちして歌っていた剛毅なバリトンだし、神戸市混声合唱団はプロの声楽家を50人揃えても音程正確で、結構柔軟性もあるコーラスだった。佐渡の指揮も現代的にスマートなもので、機能性の高い美しい演奏ではあったが、音楽に微妙な揺れが無く、それらしい雰囲気は出て来ない。つまり知里ちゃんの幼い声は、佐渡のコンセプトの中では浮いてしまうのである。この演奏スタイルなら、先週の蝶々さんには違和感を感じた浜田理恵の方が、僕は余程適任だと思う。芸術監督さんの意図は不可思議である。
フランセという作曲家は、寡聞にして初めて聞く名前。でも、お洒落で機知に富んだ、どうやら佐渡がお得意とする曲らしく、如何にも手の内に入った指揮振りだった。フルート・オーボエ・クラリネット・ファゴットの四人のソリストは、何れもオケのコアメンバーが務め、結構聴かせてくれた。人数を削った弦の音に、もう少し艶があれば尚良かったけど。
最後は混声ヴォーカリーズ付きの“ダフクロ”で、指揮者が大編成のオーケストラを思い切りドライブし、大いに盛り上げてくれた。なるほど、これなら佐渡の人気が沸騰するのも当然、と納得できる演奏。でも華やかではあったが、多彩な音色をオーケストラから引き出すことは適わず、ラヴェルを聴く楽しみを存分に味わうまでは行かなかった。
アンコールはベルリオーズの「ファウストの劫罰」から“ラコッツィ行進曲”で、これまた聴衆を煽る、リズムにパンチを効かせた演奏。これは一見客にはウケる。だが僕はフォーレの演奏に、もっと深みのあるものを求めていたので、最後はラヴェルとベルリオーズで景気良く終わったコンサートに、何だか蓮根饅頭を食いたかったのに、フォアグラのソテーを食わされたような気分だった。でも、まあ旨かったす。
指揮/佐渡裕
ソプラノ/西尾知里
バリトン/キュウ・ウォンハン
兵庫芸術文化センター管弦楽団
神戸市混声合唱団
フォーレ「レクイエム op.48」
フランセ「木管楽器のための四重協奏曲」
ラヴェル「ダフニスとクロエ 組曲第2番」
オケ奏者たちが舞台に出て来ると、客席から拍手が起こった。PACオーケストラはここの聴衆から、そんなに熱烈な支持を受けているのか!と思ったら、全員が揃う前に拍手は途絶えてしまった。あまりコンサート慣れしていない観客が多いようである。でも、このホールが阪神間の住民たちから、新たな客層を開拓しつつあることは間違いなさそうだ。何せ三回公演のうち、土日の二回は完売ですからね。
レクイエムのソプラノ・ソロを歌った西尾知里は94年生まれの十三歳で、「声楽で世界を目指す」そうである。もちろん彼女には無限の可能性がある訳だが、今現在は“稚拙”な歌を期待されているのである。そもそもフォーレのレクイエムという曲は、高度なテクニックを駆使して演奏されるべき曲ではない。少々下手でも、宗教的な雰囲気の方が優先される曲なのである。だからソリストに、敢えて音程の不安定なボーイ・ソプラノを起用する場合も多いし、その際にはコーラスも少年合唱が望ましい。
しかし、もう一人のソリストのキュウ・ウォンハンは、先週までシャープレスとヤマドリを掛け持ちして歌っていた剛毅なバリトンだし、神戸市混声合唱団はプロの声楽家を50人揃えても音程正確で、結構柔軟性もあるコーラスだった。佐渡の指揮も現代的にスマートなもので、機能性の高い美しい演奏ではあったが、音楽に微妙な揺れが無く、それらしい雰囲気は出て来ない。つまり知里ちゃんの幼い声は、佐渡のコンセプトの中では浮いてしまうのである。この演奏スタイルなら、先週の蝶々さんには違和感を感じた浜田理恵の方が、僕は余程適任だと思う。芸術監督さんの意図は不可思議である。
フランセという作曲家は、寡聞にして初めて聞く名前。でも、お洒落で機知に富んだ、どうやら佐渡がお得意とする曲らしく、如何にも手の内に入った指揮振りだった。フルート・オーボエ・クラリネット・ファゴットの四人のソリストは、何れもオケのコアメンバーが務め、結構聴かせてくれた。人数を削った弦の音に、もう少し艶があれば尚良かったけど。
最後は混声ヴォーカリーズ付きの“ダフクロ”で、指揮者が大編成のオーケストラを思い切りドライブし、大いに盛り上げてくれた。なるほど、これなら佐渡の人気が沸騰するのも当然、と納得できる演奏。でも華やかではあったが、多彩な音色をオーケストラから引き出すことは適わず、ラヴェルを聴く楽しみを存分に味わうまでは行かなかった。
アンコールはベルリオーズの「ファウストの劫罰」から“ラコッツィ行進曲”で、これまた聴衆を煽る、リズムにパンチを効かせた演奏。これは一見客にはウケる。だが僕はフォーレの演奏に、もっと深みのあるものを求めていたので、最後はラヴェルとベルリオーズで景気良く終わったコンサートに、何だか蓮根饅頭を食いたかったのに、フォアグラのソテーを食わされたような気分だった。でも、まあ旨かったす。










