オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

R.シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」op.60

2011-10-10 | R.シュトラウス
<バイエルン国立歌劇場2011日本公演>
2011年10月10日(月)15:00/東京文化会館

指揮/ケント・ナガノ
バイエルン・シュターツオーケストラ

演出/ロバート・カーセン
美術/ペーター・パプスト
照明/マンフレート・フォス
衣裳/ファルク・バウアー
振付/マルコ・サンティ

アリアドネ/アドリエンヌ・ピエチョンカ
ツェルビネッタ/ダニエラ・ファリー
作曲家/アリス・クート
バッカス/ロバート・ディーン・スミス
音楽教師/マーティン・ガントナー
舞踊教師/トーマス・ブロンデル
かつら師/ペーター・マザラン
士官/ケネス・ロバーソン
下僕/タレク・ナズミ
執事長/ヨハネス・クラマ
ハルレキン/ニコライ・ボルチェフ
スカラムッチョ/ウルリヒ・レス
トルファディン/スティーヴン・ヒュームズ
ブリゲッラ/ジェフリー・ベーレンス
水の精/中村恵理
木の精/オッカ・フォン・ダメラウ
山びこ/アンナ・ヴィロフランスキー


 僕が「アリアドネ」を初めて観たのは、96年の水戸室内管弦楽団定期演奏会だった。その直前にフェスティバルホールで行われた大阪公演で、オーボエの宮本文昭のリードする指揮者無しでの、メンデルスゾーンの第四シンフォニー“イタリア”に感激し、そうだ!若杉さんの指揮するシュトラウスも聴こうと思い立ち、本拠地の水戸まで出掛けた。水戸芸術館での「アリアドネ」はセミ・ステージ形式で、楽しい演出もあった。また、僕は初めて歌声に接した天羽明惠さんが、ツェルビネッタで圧巻のテクニックを披露し、一辺でファンになってしまった。勿論、若杉さんの指揮も素晴らしく、シュトラウスのオペラは「サロメ」と「薔薇の騎士」だけではないと、これで認識を改めたように思う。

 東日本大震災後の来日オペラ、メトロポリタンとボローニャは主役級にポロポロと脱落者を出しながらも、公演自体は粛々と敢行された。この二団体は震災前にチケットを売り出していたが、今回のバイエルンは3.11直後の発売で、その売れ行きは推して知るべしだし、僕も直ぐに買い求めはしなかった。でも、名古屋まで観に行ったメトロポリタンは微妙だったが、びわ湖でのボローニャには大満足で、そこへ売れ行き不振の招聘元が、イープラスでチケットの叩き売りを始めた。

 スター歌手をズラリ揃えたメトロポリタンとは違い、バイエルンの「アリアドネ」はアンサンブル重視の布陣で、最初から有名人を起用していない。ボローニャの「カルメン」「清教徒」を大いに楽しみ、調子付いた僕は勢いのみで、「アリアドネ」の安売りチケットを買ってしまう。そうなれば前日の「サロメ」も買わねばならず、僕は三連休を東京で過ごす次第と相成った。二日続けてシュトラウスのオペラを聴ける、こんな機会も滅多にあるものではない。

 今回の「アリアドネ」は開演前に緞帳を上げ、客席は明るいままの舞台上で、何やらゴソゴソと始める演出。具体的にはバレエ・ダンサーの何人か出て来て、舞台上でピアニストの弾く音楽に合わせ、ストレッチなどでウォーム・アップを始める。一方オケピットでは、コッソリと指揮台まで辿り着いたケント・ナガノが、客席に礼をせず唐突に棒を振り下ろすと、舞台上のダンサー達は音楽に合わせて踊り出す。この辺り、また演出家が小賢しい工夫を凝らしてるなぁ、と云った気分で観ている。

 総体的にセットらしきものの殆ど無い、専ら照明で観せる演出との印象を受ける。プロローグでは沢山の鏡が舞台上に置かれるが、これは何かのメタファーなのか良く分からない。分からないと云えばアリアドネとバッカスに、二人と同じ黒い衣装を着けたダンサーが、それぞれ八名づつ出て来て踊るが、これも如何にも意味有り気で、でも何だか良く分からない。黒尽くめ衣装のオペラ・セリア組に対し、ツェルビネッタ姐御を首領に戴くオペラ・ブッファ組の衣装も黒で、両者の交じり合う場面では見分けの付かなくなる。まあ、この後に道化師四人組はパンツ一丁の裸になるので、あくまでフォーマルなセリア組との対照は付いているけれども。

 そのハルレキン達の男性ストリップは、ツェルビネッタのアリアに先立って行われる。このオペラ最大の聴かせ処であり、観客全員が楽しみにしているアリアで、ツェルビネッタの歌に集中したいのに、そこで裸のオッサンどもにウロウロされては、演出家に水を差されたような気分になるのは否めない。道化師四人が不細工なマスクを被るのを見ると、そう云えば今日の演出家は兵庫芸文の「キャンディード」でも、風刺の積もりだろうが何とも泥臭い、ブッシュ大統領やブレア首相の被り物を着けた、やはり海パン一丁のオッサンどもを出していたのを思い出す。

 カーセンの二つの演出から、この人は才気煥発でサービス精神の旺盛な為、常に遣り過ぎる傾向のあると感じる。それは「キャンディード」のようなミュージカルにはハマるが、シュトラウスにはやや疑問がある。悪ふざけの空回りして、「アリアドネ」に必要とされる気品に欠けた演出と、僕には感じられるのだ。執事長御一行が客席の通路から出入りしたり、作曲家が最後まで舞台に留まってオペラの上演を見守ったり、劇中劇で入れ子構造の「アリアドネ」に対して外枠を設ける、的確な解釈のあると思うし、今日の演出を腐す積もりは無い。アンドレアス・ホモキ辺りにもその傾向はあるが、要するに遣り過ぎる演出は趣味に合わないと云う、これは個人的な受け止め方の問題だろう。

 この演出は歌手に対し、演技的な要求レヴェルが高い。取り分け、ツェルビネッタは飛んだり跳ねたりしながら、例の超絶技巧アリアを歌わねばならず、これは誰にでも務まる芸当ではない。ナタリー・デセイやディアナ・ダムラウ等、当代一流のツェルビネッタ歌いの起用は、端から無理な演出なのだ。ダニエラ・ファリーはウィーン・フォルクスオーパーで、「こうもり」のアデーレを当り役とする、アジリタのあるコロラトゥーラ・ソプラノである。でも、物凄い超絶技巧のある人ではなく、軽やかなコケットリーを振り撒く、オペレッタの歌姫と呼ぶのが相応しい。声自体にもコケットリーを滲ませるスープレッドだが、容貌・スタイル込みの演技力で観せる、二代目メラニー・ホリデイの趣きがある。

 タイトル・ロールのピエチョンカは、声質はリリコでもレジェーロな音色のある、個性を主張するのではない清楚な声。優し気な風情のあり、淡彩で抒情的な歌を唱うソプラノ。作曲家のクートも柔らかい声質のメゾだが、何やらノンビリと歌っているのと、演技が余りお上手で無いので、怒りの感情が伝わって来ない。それとぽっちゃりした女っぽい体型も、この役には不似合いのように思う。バッカスのスミスはパセティックな高音に魅力のあるヘルデン・テノールだが、今日は役に合わせて切り替えたのか、リリックな歌い振りに終始する。本来もっと声に力のある人と思うが、今ひとつ声に精彩を欠く印象で、古代ギリシャの神様らしい風格に乏しいのは残念。主役級は四名共に小粒な歌で、皆さん演技重視で選ばれたのかと思う。

 メインの歌手はやや物足りないのだが、男声の道化師四人組と女声の妖精三人組の二チームは、出色の出来映えと云って良いかと思う。二組のアンサンブルには小じんまりと纏めるのではなく、大きな声を出した上で纏める高い技術力がある。取り分け、女声は主役の三人と交代しても、何ら遜色の無い実力者を揃えている。中村さんのツェルビネッタなんか、是非とも聴きたかったすね。結局、当初発表キャストから脱落したのは、アンサンブルとは無関係な三名のみで、ミュンヘン・オペラ「アリアドネ」組のチームとしての結束力に感心させられた。

 ただ、歌手のアンサンブルは練り上げられていても、36名の小編成オーケストラの演奏の方は、今ひとつパッとしない。プロローグ辺りの室内楽的な部分は、ずっとメゾピアノの音量が続く感じで、繊細な音色に欠ける。一幕後半のフォルテシモには馬力があり、トゥッティで盛り上げる力の入り方は、さすがにケント・ナガノだが、でも何だかヴァーグナーをやるみたいな勢いで、ピアニシモまで音量を落とせず、ダイナミク・レンジは広くは無い。大音量では纏まっても弱音は誤魔化せず、オケには稽古不足の気配が漂う。放射能アレルギーのドイツ人団員に来日拒否の相次ぎ、エキストラを大量動員した所為かと邪推される。

 このプロダクションは演出のロバート・カーセンと、音楽監督ケント・ナガノの協働作業によるコラボレーションで、歌手の起用もその明確なコンセプトに沿っている。つまり、演奏と演出を切り離しては考えられず、そのコンセプトを受け入れない観客は、置いてけぼりにされてしまう。カーセンの演出は下品だ等と云う感想を抱く、僕の楽しめる上演ではなかった訳だ。

 来日公演の千秋楽で、カーテン・コールではオケのメンバーも舞台に上がり、我々観客に挨拶してくれた。原発事故の収束しない中、来日を敢行したミュンヘン・オペラのスタッフ・キャストへは、幾ら感謝しても足りない気分だし、その気持ちのあればこそ僕もわざわざ東京まで出て来た訳だが、やはり演奏の不完全燃焼への不満は残る。ともあれ、次の来日の何時になるのかは分からないが、ミュンヘン側の用意したと思しき横断幕にあった通り、「長年の深き友情がこれからも続きますよう」僕も願って已まない。

 写真は楽屋口からお帰りになる、木の精役のオッカ・フォン・ダメラウさんです。ご協力ありがとうございました。
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2 コメント

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「ナクソス島のアリアドネ」 (dezire)
2012-03-22 11:29:48
こんにちは。
時々訪問させていただいて、勉強させていただいています。

「ナクソス島のアリアドネ」は以前、飯守泰次郎さんの指揮で二期会の公演を鑑賞したことがあるので、興味深く読ませていただきました。
詳細なレポートを読ませていただき、二期会の舞台とは異なる演出とは思いましたが、舞台が鮮明に思い出され、うれしかったです。
ありがとうございました。

私は、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」を鑑賞してきましたので、この作品と実際鑑賞した感想を書きましたので、よろしかったらご覧ください。
ブログに感想などなんでも結構ですので、コメントをいただけると感謝致します。

コメントありがとうございます。 (ピルグリム)
2012-03-27 21:26:40
 以前からご訪問頂いている由、有難い事と思います。
読んで勉強になるのかは、良く分かりませんけれども…。

 何れdezireさんとは、同じ演目でご一緒する事もあると
思いますし、今はその時を楽しみにしております。

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