オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

J.S.バッハ「ミサ曲ロ短調」BWV.232

2011-12-10 | ピリオド
2011年12月10日(土)15:00/兵庫県立芸術文化センター

指揮/ヨス・ファン・フェルトホーヴェン
ソプラノ/ドロテー・ミールズ/ヨハネッティ・ゾマー
アルト/マルゴット・オイツィンガー
テノール/チャールズ・ダニエルズ
バス/ピーター・ハーヴェイ
オランダ・バッハ協会合唱団&管弦楽団


 僕は名前も知らなかったネーデルランド・バッハ・ソサイェティーだが、初来日の際の「ヨハネ受難曲」も好評を博した、日本でも人気の古楽アンサンブルらしい。創設は前世紀の21年、フェルトホーヴェン音楽監督の就任も30年前で、片田舎の教会を本拠地に地道な活動を続ける、結構な老舗である。それが何故、今世紀になって突然ブレイクしたのかと云えば、それは矢張りCDのリリースが理由だ。国内でのみ知られていた団体が、録音発売により国外でも名前を知られ、世界ツアーを行うに至る。何だか今時は、そんな話ばかりのような気もする。

 予備知識を仕入れず出向いたので、開演前の舞台に置かれた椅子を数え、これは小じんまりしたアンサンブルと初めて知った次第。声楽陣はソリストが五名にコーラスは十名、オケは弦と管の11名づつにティンパニー、鍵盤はチェンバロとポジティーフ・オルガンの編成。二千人収容の大ホールに総勢40名では、広い舞台が余計に広く感じられ、如何にも小編成の趣となる。小編成のロ短調ミサと云えば、自ずと思い出されるのはリフキン大先生のOVPP(One Voice Per Part 各声部一人)理論だが、オランダ・バッハ協会の指揮者も独特な見解をお持ちのようで、今日は自分の聴き慣れたモノとは、随分と異なるスタイルの演奏だった。

 ソリストも加わって実質15名による合唱。冒頭のキリエ・エレイソンから、指揮者は流麗なレガートによる、圭角の取れたスタイルを志向していると感じる。それは曲のポリフォニックな構造を明らかにする、あくまで透明な音色による演奏で、とにかくコーラスの各声部を良く聴き取れる。中間部のクリステ・エレイソンのソプラノ・デュエット。透明な声質のミールズと深い声のゾマーのコンビは、二人共に徹底したメッサ・ディ・ヴォーチェで、やはり曲のテクスチャーを明らかにしようとする。

 続くグローリア冒頭のコーラスは、15名のトゥッティと五名のソリが交互に歌い出し、僕はあれれ?と驚かされるが、これは音楽に変化を付け、徐々に盛り上げる為の手段と感じる。今日の指揮者の言によると、声楽と楽器は共にソロ奏者を基本とし、これを随時にリピエニスト(総奏要員)が補強するスタイルには、ドイツの長い伝統の裏付けのあるそうな。バッハと同時代の演奏習慣では、ソロとトゥッティの交代は自明の事柄で、それはカペルマイスター辺りの指示により、適宜に行われるものなそうな。ははぁ…これってOVPPの進化形理論なんすかね?

 まず、ソリストによるアリアの演奏形態に付いて、第6曲のラウダムス・テでコンマスは椅子から立ち上がり、ミールズと二人並んで演奏する事で、この曲は謂わばソプラノとヴァイオリンのデュエットと、見た目からも認識させられる。ミールズのメリスマの技術も、超絶的なレヴェルにあった。この調子で第10曲のクイ・セーデス・アド・デクセラムでは、ソプラノのゾマーとオーボエが、第11曲のオーニアム・トゥ・ソールスでは、バスのハーヴェイとホルンが、それぞれデュエットとして聴かせてくれる。ゾマーは深いけれども軽い声質で、均質な音色のあるメゾ・ソプラノ。ハーヴェイは几帳面にメリスマを歌う、生真面目なバスだが、Sの無声音の強調は遣り過ぎとも感じられる。

 でも、第19曲のアリア、エト・イン・スピリトゥムは、謂わば二本のオーボエとのトリオで、ハーヴェイは美声を聴かせてくれる。第8曲のソプラノとテノールのデュエットも、二本のフルートとのカルテットで、歌手の声との掛け合いに、木製楽器の柔らかい音色が生かされる。ただ、第24曲のベネディクトゥスで、フルートとデュエットを組む、テノールのダニエルズが一本調子で、高音部をファルセットに逃げるのも聴き辛い。

 次は合唱曲の扱いに付いて、第7曲のグラツィアス・アジムスはトッティによる演奏で、全く力まない透明なフォルテが美しい。第9曲のクイ・トーリス・ペッカータ・ムンディは、ミールズを除いた四人のアンサンブル。グローリアの掉尾を飾る、第12曲のクム・サンクト・スピリトゥスは、速目のテンポで軽やかに盛り上げ締め括る、とても祝祭的な演奏。この曲の冒頭のテノール・パートは、余りにもお馴染みの旋律だが、これをソロで歌い出したのには、やはり驚かされる。クレド冒頭の第13曲もダニエルズのテノール・ソロで始まるが、そのノン・ヴィブラートで突っ張り、フォルテで硬くなる声が気になる。やはりソリスト五人によるアンサンブルだが、次の第14曲のパートレム・オムニポテンテムをトゥッティで畳み掛け、二曲に対照を付けていた。

 第16曲のエト・イン・カルナートゥスが最初からトゥッティなのは、瞑想的な曲想のピアニシモを、分厚く聴かせる作戦と見た。続く第17曲、クルチフィークスのポリフォニックな構造を、ソリスト達が低音域のピアニシモで聴かせると、そこから第18曲のエト・レズレーシットへと、トゥッティで華やかに雪崩れ込む。この三曲の対比の効果を、指揮者はキチンと計算して外さない。

 第20曲のコンフィテールもトゥッティで始め、その後にソリストの五人に移り、また15人のトゥッティに戻る等、アンサンブルとコーラスはクルクルと目まぐるしく交替する。こうしてクレド全曲を、軽く明るくリズミカルに締め括ると、第22曲のサンクトゥスでも、カウンター・テノールを含む六人のアンサンブルを挟み、とにかく明るく盛り上げる。第23曲のオザンナ・イン・エクセルシスに至っても、やはりソリとコーラスが交代しながら、ひたすらに軽く明るい演奏は続く。ここまで聴いて来て、どうやらメリスマでフレーズを伸ばす部分はソリ、短い音節で言い切る部分はコーラス、と云う傾向はあるように感じる。

 山あり谷ありの末、いよいよロ短調ミサも大詰め、第26曲のアニュス・デイを迎える。だが、一応それなりに盛り上がってはいても、ここまで漸く辿り着いたのだなぁ、と云う感慨は今ひとつ湧いて来ない。そもそもアニュス・デイは暗い曲の筈だが、妙にネアカで表面的な演奏に聴こえる。つまりはデュナーミクの彫りの浅いのと、リズムに軽重の使い分けの無いので、音楽は常に明るく感じられる。全体的に速目のテンポで、歌手は絶叫など一切せず、表情の一定で音色も変わらない。軽いリズムで明朗快活一辺倒、終始一貫して透明でレガートな演奏では、やはり飽きの来てしまう。暗い音色や重いリズムも無いと、ロ短調の峻険は表現出来ないと思う。

 何事にも薄味の流行る世相を背景に、こんなヒーリング・ミュージックみたいなバッハ演奏も持て囃されるのだろう。だが、リヒターは古臭いとか、古楽のトレンドはとか云う以前に、指揮者には楽譜の意図を読み取り、表現する責務があると考える。それはスタイルの新旧の問題ではなく、ひとつ一つの音に含まれる軽重と明暗を、指揮者が測れているか否かだ。その意味で今日の演奏を、僕は一度聴けば充分と感じる。少なくとも、この指揮者の演奏を聴く機会を、今後も積極的に作りたいとは思っていない。
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2 コメント

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ありがとうございます。 (散歩道)
2012-05-02 13:19:43
私のブログに思いがけずトラックバックを頂きましてありがとうございました。

トラックバックを頂いた記事をお読みして、おなじコンサートに行っていても、バッハのロ短調ミサの曲の中身をこれほどまでに詳細に知りつくし演奏の感想を述べている方がおられるのかと驚きました。

ただ演奏に関する総括的な感想として私も同じ演奏者をあえてもう一度聴きたいとまでは感じませんでした。
こちらこそ有難うございます。 (Pilgrim)
2012-05-03 08:10:21
 わざわざご挨拶頂き、恐縮に思います。

 僕は宗教的な関心を持たずにミサ曲を聴くので、こんな重箱の隅を
ツツくような聴き方になってしまいます。ただ、言い訳をすれば
あの演奏自体が、そんな関心を引き出す態のものだった
とも云えるのかも知れません。

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