
2011年4月21日(木)19:00/ザ・シンフォニーホール
指揮/小泉和裕
ピアノ/河村尚子
テノール/福井敬
日本センチュリー交響楽団
びわ湖ホール声楽アンサンブル
ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団
リスト「ピアノ協奏曲第2番/ファウスト交響曲」
選挙とコスト・カットにしか興味の無い男と思っていたら、君が代で起立しない教師は解雇すると、妙な処で鼻息を荒くする大阪府知事に切り捨てられた、大阪センチュリー交響楽団は新年度より名称も、「公益財団法人日本センチュリー交響楽団」と改め、再出発を図る事となった。今日は新体制での最初の定期公演で、開演前に小泉和裕音楽監督が挨拶に立った。
以前から音楽監督の意向として、今後のオケの方向性に付いて三管編成で70人規模への拡充と、演奏活動の全国展開が伝えられていた。大阪から日本への名称変更を、何れ東京に移る積もりだろうと邪推する向きもあり、僕も編成拡大に如何なる成算のあるのか疑問に感じていた。新年度の演奏会スケジュールとしてセンチュリー響は、福井・津・大津・京都・神戸の五都市での特別演奏会と、NHK大阪ホールで日曜日のマチネ公演として、「センチュリー四季コンサート」を行うと発表し、その方針を具体化させた。
ザ・シンフォニーホールの千七百席に対し、NHK大阪ホールは千四百席で一回り小さいが、大阪市内でオーケストラが定期に使える規模のホールは、現在この二箇所のみと云っても過言では無い。これまでNHK大阪ホールでは、テレビ番組の公開録画しか行っていなかった印象のあり、定期公演を行うオケはセンチュリー響が初めての筈。どのような事情のあるのか知らないが、中規模で良い響きのある貴重な音楽専用ホールで、今後の更なる活用が望まれる。
小泉音楽監督は挨拶の際、将来への展望を持たない縮小均衡のオケでは魅力に欠け、各界の支援も望めないと述べ、今後も大阪を拠点に活動すると明言した。果たして五年後に存続しているのか分からない、危うい現状のセンチュリー響だが、今は音楽監督の言を肯い、その活動を見守りたい。
今年はリスト生誕二百年と云う訳で、僕は年明けに沼尻の振る京響定期で、やはり「ファウスト・シンフォニー」を聴いている。付け合せのピアノ・コンチェルトは児玉麻里の弾く一番だったが、今日は河村尚子のソロで二番が演奏される。河村は只今売り出し中の、最も注目を集める若手の一人で、実力派ピアニストとの評判が高い。どのようなテクニックと音楽性を備えた方なのか、取り合えず予断を持たずに聴かせて頂いた。
結論から言えば、河村嬢はクリアーで美しい音の持ち主で、パワーで押すのではなくアゴーギグを細かく揺らせ、持ち前の豊かなテンペラメントを表出し、ロマンティックなリストを弾いてくれた。まだ若いけれども細やかな情感の持ち主で、年齢と共に味わいを深める事の出来る、ピアニスト以前に音楽家として優秀な方と思う。彼女は四年前のクララ・ハスキル国際コンクールの覇者だそうで、上手に年齢を重ねれば、ハスキルみたいにモーツァルトやシューベルトをジックリ聴かせる、そんな滋味深いピアニストになれるかも知れない。河村さんがハスキルみたいになった頃、僕がこの世に留まっている可能性は低そうだけれども。
一番のコンチェルトに比べて地味目の二番だが、チェロのソロや木管合奏を引き立て、ピアノは伴奏に回ったりする、なかなか楽しい曲と思う。小泉さんもオケを上手に付けて、終盤を盛り上げる手際にも力の籠もっていた。
休憩後は本年二度目の「ファウスト・シンフォニー」。京都で聴いた際も、曲そのものに付いては何だか良く分からんなぁ、と云った程度の感想しかなかったのだが、今日の指揮者は何と!この曲を暗譜で振った。小泉さんの指揮に接するのも久し振りだが、この方は指揮台上で常に背筋を伸ばし、決して踊ったりはせず生真面目な棒を振る。朴訥そうなお見掛けの通り、オケを煽り立てるような事もしない。そのリスト解釈は、あたかもベートーヴェンのシンフォニーを振るような、正攻法の音楽作りだった。
何せ暗譜で、指揮者は曲を完全に頭に入れている訳で、小泉さんは訥々と説明するように演奏を進める。小泉さんの丁寧な解釈だと、この曲の主題の展開が、僕のような物分りの悪い人間の頭にも(単なる錯覚とは思うが)、易々と入って来るような気がする。曲に対し真摯な姿勢を取り、アチェルラントやクレシェンドの一つひとつに、音楽の摂理に沿った解釈の裏打ちを感じる。リストとガップリ四つに組む、正々堂々の横綱相撲のような演奏だった。
京響定期の際のコーラスは12名だったが、今日は40名を動員してソリストにも大物を据え、何だか第九をやるような体勢。これも「ファウスト・シンフォニー」を真っ当なロマン派交響曲として扱う、指揮者の意欲の現われだろう。あくまで端正に盛り上げて、ベートーヴェンを聴いたような気分にさせる、指揮者のリスト解釈に敬服である。僕の知らない内に小泉さんは、スタンダードなレパートリーをジックリ聴かせる、職人的な巨匠への道を歩み始めているのかも知れない。
小泉さんは仙台フィルの首席客演を務めており、またセンチュリー響のメンバーも同じオケ仲間として、仙台フィルの窮境を他人事とは思っていないようだ。本町や船場のビジネス街では、お昼休みに室内楽のチャリティー・コンサートも行い、センチュリー響は仙台フィル支援の姿勢を明確に打ち出している。日本センチュリー交響楽団と仙台フィルハーモニー管弦楽団の、地に足の着いた活動の継続を、衷心から願って已まない。
指揮/小泉和裕
ピアノ/河村尚子
テノール/福井敬
日本センチュリー交響楽団
びわ湖ホール声楽アンサンブル
ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団
リスト「ピアノ協奏曲第2番/ファウスト交響曲」
選挙とコスト・カットにしか興味の無い男と思っていたら、君が代で起立しない教師は解雇すると、妙な処で鼻息を荒くする大阪府知事に切り捨てられた、大阪センチュリー交響楽団は新年度より名称も、「公益財団法人日本センチュリー交響楽団」と改め、再出発を図る事となった。今日は新体制での最初の定期公演で、開演前に小泉和裕音楽監督が挨拶に立った。
以前から音楽監督の意向として、今後のオケの方向性に付いて三管編成で70人規模への拡充と、演奏活動の全国展開が伝えられていた。大阪から日本への名称変更を、何れ東京に移る積もりだろうと邪推する向きもあり、僕も編成拡大に如何なる成算のあるのか疑問に感じていた。新年度の演奏会スケジュールとしてセンチュリー響は、福井・津・大津・京都・神戸の五都市での特別演奏会と、NHK大阪ホールで日曜日のマチネ公演として、「センチュリー四季コンサート」を行うと発表し、その方針を具体化させた。
ザ・シンフォニーホールの千七百席に対し、NHK大阪ホールは千四百席で一回り小さいが、大阪市内でオーケストラが定期に使える規模のホールは、現在この二箇所のみと云っても過言では無い。これまでNHK大阪ホールでは、テレビ番組の公開録画しか行っていなかった印象のあり、定期公演を行うオケはセンチュリー響が初めての筈。どのような事情のあるのか知らないが、中規模で良い響きのある貴重な音楽専用ホールで、今後の更なる活用が望まれる。
小泉音楽監督は挨拶の際、将来への展望を持たない縮小均衡のオケでは魅力に欠け、各界の支援も望めないと述べ、今後も大阪を拠点に活動すると明言した。果たして五年後に存続しているのか分からない、危うい現状のセンチュリー響だが、今は音楽監督の言を肯い、その活動を見守りたい。
今年はリスト生誕二百年と云う訳で、僕は年明けに沼尻の振る京響定期で、やはり「ファウスト・シンフォニー」を聴いている。付け合せのピアノ・コンチェルトは児玉麻里の弾く一番だったが、今日は河村尚子のソロで二番が演奏される。河村は只今売り出し中の、最も注目を集める若手の一人で、実力派ピアニストとの評判が高い。どのようなテクニックと音楽性を備えた方なのか、取り合えず予断を持たずに聴かせて頂いた。
結論から言えば、河村嬢はクリアーで美しい音の持ち主で、パワーで押すのではなくアゴーギグを細かく揺らせ、持ち前の豊かなテンペラメントを表出し、ロマンティックなリストを弾いてくれた。まだ若いけれども細やかな情感の持ち主で、年齢と共に味わいを深める事の出来る、ピアニスト以前に音楽家として優秀な方と思う。彼女は四年前のクララ・ハスキル国際コンクールの覇者だそうで、上手に年齢を重ねれば、ハスキルみたいにモーツァルトやシューベルトをジックリ聴かせる、そんな滋味深いピアニストになれるかも知れない。河村さんがハスキルみたいになった頃、僕がこの世に留まっている可能性は低そうだけれども。
一番のコンチェルトに比べて地味目の二番だが、チェロのソロや木管合奏を引き立て、ピアノは伴奏に回ったりする、なかなか楽しい曲と思う。小泉さんもオケを上手に付けて、終盤を盛り上げる手際にも力の籠もっていた。
休憩後は本年二度目の「ファウスト・シンフォニー」。京都で聴いた際も、曲そのものに付いては何だか良く分からんなぁ、と云った程度の感想しかなかったのだが、今日の指揮者は何と!この曲を暗譜で振った。小泉さんの指揮に接するのも久し振りだが、この方は指揮台上で常に背筋を伸ばし、決して踊ったりはせず生真面目な棒を振る。朴訥そうなお見掛けの通り、オケを煽り立てるような事もしない。そのリスト解釈は、あたかもベートーヴェンのシンフォニーを振るような、正攻法の音楽作りだった。
何せ暗譜で、指揮者は曲を完全に頭に入れている訳で、小泉さんは訥々と説明するように演奏を進める。小泉さんの丁寧な解釈だと、この曲の主題の展開が、僕のような物分りの悪い人間の頭にも(単なる錯覚とは思うが)、易々と入って来るような気がする。曲に対し真摯な姿勢を取り、アチェルラントやクレシェンドの一つひとつに、音楽の摂理に沿った解釈の裏打ちを感じる。リストとガップリ四つに組む、正々堂々の横綱相撲のような演奏だった。
京響定期の際のコーラスは12名だったが、今日は40名を動員してソリストにも大物を据え、何だか第九をやるような体勢。これも「ファウスト・シンフォニー」を真っ当なロマン派交響曲として扱う、指揮者の意欲の現われだろう。あくまで端正に盛り上げて、ベートーヴェンを聴いたような気分にさせる、指揮者のリスト解釈に敬服である。僕の知らない内に小泉さんは、スタンダードなレパートリーをジックリ聴かせる、職人的な巨匠への道を歩み始めているのかも知れない。
小泉さんは仙台フィルの首席客演を務めており、またセンチュリー響のメンバーも同じオケ仲間として、仙台フィルの窮境を他人事とは思っていないようだ。本町や船場のビジネス街では、お昼休みに室内楽のチャリティー・コンサートも行い、センチュリー響は仙台フィル支援の姿勢を明確に打ち出している。日本センチュリー交響楽団と仙台フィルハーモニー管弦楽団の、地に足の着いた活動の継続を、衷心から願って已まない。










