オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

レハール「メリー・ウィドウ」

2008-06-21 | ドイツオペラ
<芸術監督プロデュース・訳詞上演/プレミエ>
2008年6月21日(土)14:00/兵庫県立芸術文化センター

指揮/佐渡裕
兵庫芸術文化センター管弦楽団
ひょうごプロデュースオペラ合唱団

演出/広渡勲
美術/サイモン・ホルズワース
照明/沢田祐二
衣裳/スティーヴ・アルメリーギ
振付/川西清彦

<Aキャスト>
ハンナ/佐藤しのぶ
ダニロ伯爵/大山大輔
ツィータ男爵/平野忠彦
ヴァランシエンヌ/並河寿美
カミーユ/ジョン健ヌッツォ
カスカーダ伯爵/小貫岩夫
サンブリオッシュ/花月真
領事ボグダノヴィッチ/池田直樹
シルヴィアーヌ/平みち
プリチッチ大佐/泉良平
プラスコヴィア/押見朋子
参事クロモウ/久岡昇
オルガ/鈴木純子
ニエグシュ/桂ざこば


 佐渡がオケピットに入って来て拍手を受け、やおらオケに向かい両手を挙げて構えた瞬間、振り向いて顔を見せたのは上方落語の桂ざこばだった。指揮台で入れ替わっていたのだ。ざこばは「メリー・ウィドウ」の筋立てをご存じない客に説明する、進行役を担っている訳だが、さすがにベテランの舞台人。彼が何か一言喋る度に拍手して、舞台の進行を停滞させるオバチャンたちに、「あんたら、えらい拍手すんの好きやなぁ」と、冒頭で観客にキチンと一本釘を刺していた。ざこばが前口上を述べた場所は、オケピットの周囲に設置された花道のような通路(銀橋と呼ぶらしい)で、ここで歌や演技やダンスも行われた。

 まず、今回の新制作上演を成功に導いた立役者として、佐渡芸術監督に讃辞を送りたい。僕は、彼がこれまで上演した「蝶々夫人」にも「魔笛」にも、どこか表面的なものを感じ、一体この人が本当にやりたい音楽は何なのだろう?と以前から疑問に思っていた。まさか、バーンスタイン直伝の腰振りダンスだけが持ち味の人でもないのだろうが、もしかすると…と云う疑念があった。

 しかし、今日「メリー・ウィドウ」の上演に接し、甘美なメロディーを思い切り歌い上げる、上質なセンチメントのある音楽にこそ、佐渡の本領があるのだと納得させられた。ハンナの歌う甘く切ないナンバーでは、もう煮崩れる寸前のトロトロまで煮込まれたようなピアニッシモで、オケを歌わせる。一転して、「女・女・女のマーチ」や「メリー・ウィドウ・ワルツ」などの軽快なアンサンブルでは、お家芸の腰振りダンスが冴え渡る。ワルツのリズムは引きずるようなウィーン風ではなく、佐渡風に軽快なもの。もちろん兵庫芸文オケの技術が、突然ピョコンと上がったりはしないので、例によってモタモタする部分もあったが、そんな事は全く気にならない位、指揮者がオケをドライブし、思い切り甘美な音楽を鳴らせた。佐渡が「メリー・ウィドウ」全曲を、完璧に掌中に入れている事に感嘆させられた。

 ヴァランシエンヌとカミーユのデュエットの後、ハンナの佐藤しのぶが登場すると客席から拍手が起こった。やはり今回のプロダクションの一番人気は、このソプラノなのだろう。だが、いざ歌い出した自己紹介のアリアには、物凄いヴィブラートが付いていて、ギョッとさせられる。子音も殆んど聴き取れず、日本語歌詞は字幕を見ないと全く分からない。先行きが非常に不安だったが、やがて尻上がりに調子を上げ、「ヴィリアの歌」や「唇は黙し」では、まずまずタイトル・ロールとしての責務を果たしていた。

 ヴァランシエンヌの並河寿美は、ややスピントっぽいリリコの声が、云わばヴィブラートの少ない佐藤しのぶで、タイトル・ロールと声質が被ってしまう。当初、ヴァランシエンヌに予定されていた森麻季が出産の為、この人がオルガから配置転換されたという経緯はあるにしても、やはりミス・キャストと言わざるを得ない。ダニロの大山大輔は若手のバリトンのようだが、前途洋洋の美声。カミーユのジョン健ヌッツォは、さすがにこのレベルの出演者の中では、一頭地を抜いたテノールを聴かせてくれた。

 一幕のセットは舞台前の床にピアノの鍵盤、舞台奥の大きな白いピアノの蓋のセットを、エッフェル塔の絵葉書や、リボンで封をした手紙等であしらってある。二幕ではピアノの蓋が引っ込み、背後にあるホリゾントに描いた、モンマルトルの夜景が現れる。夜のシーンには月も出て(この辺は「蝶々夫人」と同じ趣向)、お洒落なオペレッタに彩りを添える。三幕では巨大なフレンチ・カンカンの脚だけのオブジェが出て来る。女声は全員、男声も大半が幕毎に衣装を取り替える。美術はポップを、衣装はゴージャスを追求するコンセプトで、他愛のないお伽噺オペレッタの楽しみを、ひたすら盛り上げる為のものだった。演技もやり過ぎず、抑え過ぎる事もない、中庸の良さのある演出。指揮者と演出家が、とにかく客を楽しませよう、という姿勢に徹していた事は評価したい。但し、どちらが主導権を執って決めたのかは知らないが、場面の繋ぎに録音の音楽を流したのは、全く頂けなかった。

 今日の上演では、各ナンバーの演奏順に大きく変更が加えられ、二幕の「お馬鹿な兵隊さん」、「女・女・女のマーチ」、「舞曲コロとメリー・ウィドウ・ワルツ」の三つのナンバーが、一幕に前倒しで一気に演奏される。三幕では慣習通り、オッフェンバックの「天国と地獄」に乗せ、専門のダンサーによるフレンチ・カンカンが披露されるが、お目当ての聴きドコロは一幕に集中する為、二・三幕はストーリーが進行するだけのような印象を受ける。これは幕切れの後に、宝塚歌劇風の長大な“グランド・フィナーレ”を置き、最後を大いに盛り上げようと云う作戦だったが、作品そのものを楽しみたい僕のような一聴衆としては、やや疑問を感じた。順番通りにやっても、ガラ・コンサート風にレビューを挟み、途中でアンコールにも応じれば、充分盛り上がる筈。何よりも、めでたしめでたしで終わるオペレッタの余韻を楽しんで貰うのが、本来あるべき聴衆へのサービスだろう。

 久し振りに聴く日本語上演は、何だか新鮮にも感じられた。早いパッセージの曲はサマになっているが、遅い叙情的な曲では旋律の抑揚がチグハグで、日本語が如何にもマヌケに聴こえるのは、まあ当たり前の話か。芸術監督兼公演プロデューサーが、一体どのレベルの観客に合わせた上演を意図しているのかは知らないが、歌唱部分はドイツ語でも、地の芝居さえ日本語なら、オペラが初めての客にも充分楽しめる上演なだけに、あまり初心者に迎合し過ぎず、啓蒙という事も考えた方が良いように思われる。

 しかし、今日の観客にはオペレッタと云うよりは、ヘルスセンターで大衆剣劇を見物している、場末の爺さん婆さんのようなノリがあり、一般的なプレミエのイメージからは程遠いものがある。別に面白くも何ともない事で大仰に笑い声を上げたり、どうでも良いような事にイチイチ拍手するのが煩わしく、ソフィストケイトされたお洒落な舞台を十全に楽しめる程、ここの観客層は成熟していない事を思い知らされる。上演側にしても、舞台上から客席に対し、手拍手を要求する場面の多過ぎるのを疑問に感じた。演奏者は自分達の出す音を聴けるので無頓着なのだろうが、こちらは音楽を聴きに来ているので、手拍子は単なる雑音なのである。

 こんな風に言うと、誤解する向きもあるかもしれないが、僕は何も手拍子は一切許せん!と言っている訳ではない。例えば、ざこばが音頭を取って「八時だよ!」と言った後、観客に「全員集合!」と言わせたのは、客席を煽って舞台に巻き込む方法として有効だったと思う。ただ手拍子は、観客を上演に参加させるテクニックとして如何にも安易で、ここぞというキメドコロにしか使うべきではないと言いたいだけだ。オペラ慣れしていない観客をノセ過ぎると、彼らは破目を外してしまう。聴衆を音楽に集中させるのが、指揮者と演出家の最も重要な責務の筈。シンミリとした気分を味わうのも、オペレッタの楽しみの重要な部分なだけに、今回の上演でその辺りの等閑だったのが惜しまれる。

 桂ざこばの語り役への起用は、実際の上演でも機能していたが、それよりも宣伝面で果たした役割が絶大。関西圏以外の方には分かり難いだろうが、ざこばが出演するテレビのレギュラー番組は全て、兵庫芸文の「メリー・ウィドウ」公演を紹介した筈だし、レポーターを劇場まで派遣し、特集を組む番組も複数あるようだ。多分この調子で千秋楽までの二週間、テレビ・メディアによる無料の広告は続くだろう。費用対効果を考えれば、テレビ・タレント桂ざこばの起用は、今回の「メリー・ウィドウ」上演にとって、実にリーズナブルな買い物だった。

 写真は休憩中のロビーでお見かけした、今日は降り番でボグダノヴィッチの竹澤嘉明さんです。ご協力ありがとうございました。
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6 コメント

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レポート感謝します (Odette)
2008-06-25 15:46:38
こんにちは。私は日曜日に行くのですが、どんなシロモノやら?と若干気がかりでした…。森麻季さんの代役として並河さんはどうか?という危惧があったのですが、やはり…といった感じです。自分の耳でとりあえず確かめてみることにします。
管理人さんはもう一つのキャストにも行かれることと思いますのでレポート楽しみにしております~。そういえば、二週ほど前でしたか、NHK教育の「テレビでドイツ語」に天羽さんがご出演なさってましたよ。
行動パターンを (Pilgrim)
2008-06-25 22:15:17
 読まれてますなぁ。ご明察の通り、来月もう一度出かけます。ざこばは、さすがに舞台と云うものを良く心得て、理屈抜きに楽しい上演ですから、Odetteさんも存分に愉しんで来て下さい。

 「テレビでドイツ語」は見逃しました…。
さわぎもの (kappamethod)
2008-06-25 22:50:14
ごぶさたしておりました。
世の中、メリー・ウィドウと言っておきながらフレダーマウスなどと言いますから、セリフ日本語ありですね。
アメリカの場合、その昔、フレダーマウスあらためザ・バットでは歌はドイツ語、セリフは英語でした。もちろん、どっちにしろ字幕はありませんが。日本人が英語とドイツ語の舞台みてもたまりせんね。アメリカからヨーロッパに行く飛行機で日本語でしか話しが出来ないこころもとない様に似てます。オペラの字幕の効用は非常に大きいと思います。
もっとも、ザ・バットのフロッシュは演出本人のオットー・シェンクが英語でしゃべるわけですから、どっちにしろ喜劇と悲劇は紙一重。

メリー・ウィドウのリアルな様がよく伝わってきました。佐渡の活路はここらへんにありですか。意外な気もしますがバーンスタインものを振ってもさっぱりですから、なるほどそうかもしれませんね。レハールの最高傑作は金と銀だと勝手に思ってますが、これなんか振らせたら、たまらない泣き節になるのかもしれませんね。
原語と訳詞 (Pilgrim)
2008-06-26 20:48:06
 去年の「魔笛」では、地の科白だけ訳詞にすることも検討されたが、ドイツ語と日本語が交互に来ると、上演のリズムが崩れるとかで、佐渡が全曲ドイツ語上演に決めたと聞きました。今回の「メリー・ウィドウ」も同じ理由で、全曲日本語上演になったのでしょう。

 つまり、あの人は常々“芦屋マダム”たちの顧客満足が最優先みたいな言い方をしますが、やっぱり自分の演奏の満足が最優先なんですよ。指揮者なんて、誰でもそうだけど。

 佐渡の「メリー・ウィドウ」があんな風になるとは、僕も全く予想外でした。でも、将来的に「こうもり」はやりそうな気もするが、「金と銀」はやらんでしょう。佐渡と兵庫芸文はポピュラー路線で、マニアックなレパートリーは、びわ湖の沼尻の担当ですから。
見てきました (Odette)
2008-06-29 22:16:01
いやー、笑えました。音楽的にもまずまずだったし。オケの力量はともかく、音楽効果はよかったのではないでしょうか。ヌッツォの美声も聴けたし。
それにしてもここはダンサーへの敬意ってものが全くないですねー。
ちなみに、この路線で私は『ラ・ジョコンド』を希望します。無理っぽい…?
佐渡の路線 (Pilgrim)
2008-06-30 22:34:35
 オペレッタって、とてもソフィストケイトされた形態だと思うんですよ。だから佐渡みたいな野蛮なタイプが、「メリー・ウィドウ」の巧い事に驚きました。客層の方は、なんば花月そのものでしたけど。

 しかし、「ラ・ジョコンダ」とは渋いですなぁ。多分その前に、「キャンディード」と「ウエストサイド・ストーリー」はやるでしょう。

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