
<パリ国立オペラ初来日公演>
2008年7月20日(日)15:00/兵庫県立芸術文化センター
指揮/セミヨン・ビシュコフ
パリ・ナチオナル・オペラ管弦楽団
パリ・ナチオナル・オペラ合唱団
演出/ピーター・セラーズ
映像/ビル・ヴィオラ
照明/ジェームズ・F・インガルス
衣装/マーティン・パクレディナズ
トリスタン/クラフトン・フォービス
イゾルデ/ヴィオレッタ・ウルマーナ
ブランゲーネ/エカテリーナ・グバノヴァ
マルケ王/フランツ・ヨーゼフ・セリグ
従者クルヴェナール/ボアズ・ダニエル
廷臣メロート/サムエル・ユン
舵手/ユリ・キッシン
牧童&水夫/アレス・ブリシャイン
前奏曲のテンポが、えらく遅い。この調子だと、終わるまでに六時間くらい掛かるのでは?と不安になるが、ビシュコフが思い入れタップリだったのは、ここと二人が媚薬を飲んだ後の短い間奏曲くらい。後は結構速目のテンポで、サクサクとオペラを進めて行く。
ここのオケの弦の響きは、予想通り軽い。金管に、あまりブカブカ吹かせないので、弦が良く聴こえて来るのもあるが、弦と管のブレンドされたオケの音色は、やはり軽い。ビシュコフはウネウネと続く筈の「トリスタン」の旋律から、拍節を見付けて強調する。ヴァーグナーらしい厚ぼったい響きは全く無い。しかも昨年聴いた、ドレスデンの「タンホイザー」のような、颯爽として透明感のある演奏と云う訳でもなく、何だか音楽の進め方がギクシャクしていて、オケの音も薄いヴェールの掛かったような、半透明の音色。まあ、これがパリ風のヴァーグナーなのか、と納得して受け入れるしかないが、もし今日の指揮者がビシュコフではなく、準メルクルだったなら…と、無意味な想像をしてしまう。
でも今、眼前で鳴っている音楽は「トリスタン」で間違いはない。どんな風に演奏してもビクともしないものが、この曲にあることを実感した。
しかし、演出には見応えがあった。映画館並みの大スクリーンに写し出される映像は、「トリスタン」の音楽の内容を正確に把握して作られたもので、それぞれのシーンに説得力がある。そうは言っても、別にストーリーの絵解きをしている訳ではない。視覚的な求心力があると云うか、力強い画面で、ヴァーグナーの音楽と拮抗するに足る、厳しい美しさを持つ映像だった。
具体的には、一幕は“水”が主題で、一組の男女が洗面器に顔を浸けたり、画面の上から落ちて来る水を手で受けたり、越中褌のような下着姿で水を浴びたりする。やっていることは只それだけなのだが、気品のある映像で、自然に見入ってしまう。二幕では“光”が主題になり、イゾルデとブランゲーネが松明を点ける、消すでモメる場面では、女性が沢山のランプやローソクに火を灯して行く。これも、詩的な美しい映像。三幕では、瀕死のトリスタンの人生の回顧があり、女性は燃え盛る火の前で水中に飛び込み、男性は水に浮かぶように昇天して行く。
今日の上演は、「男女の裸体の映像が一部場面に含まれており、18歳未満の鑑賞の当否をご判断戴く必要があります」とチラシに書いてあった為、事前にこの方面への期待も高かった訳だが、実際には容貌・体形共に抜群ではない男女が、ゆっくりと一枚づつ服を脱ぎ、最後に全裸になるだけ。両者とも、見て嬉しいと云う程の裸体ではない。露骨に陰毛と性器を見せるのは、ここの十秒程だけだった。
しかし、そこは男のアサハカさ。女性が胸を出す際と、下穿きを取り去る際には、思わずスクリーンに集中してしまう。でも、そこは良く出来たもので、その瞬間はブランゲーネが歌っており、イゾルデの方はお休みタイムだった。
今日のイゾルデのウルマーナは、01年のミュンヘン・オペラ来日公演の「トリスタン」で、ブランゲーネを歌っていたらしい。その際のウルマーナさんについての記憶は全くないが、演出の方は「ああ、あの髭剃りと花柄ソファのトリスタンね」と、直ぐに思い出すことが出来る(ちなみに、“あの”コンヴィチュニー君の演出です)。ブランゲーネからイゾルデへの出世が、しばしば有ることなのかは良く知らないが、それとは関係なく、ウルマーナはイゾルデ歌いとして充分な実力の持ち主。スピントするフォルテ、伸びやかで力のあるソット・ヴォーチェ、中音域の深い音色等、全く申し分のないイゾルデで、最後の「愛の死」では、幕切れを見事に締め括ってくれた。
これに対し、トリスタンのフォービスは、ソコソコ健闘していたとは思うのだが、声自体の魅力に乏しいのが辛い。中音域のくすんだ音色が、スピントする高音と巧く繋がらず、長いフレーズがプツプツ切れてしまうので、トリスタンの歌を充分に楽しむことが出来ない。マルケ王のセリグと、ブランゲーネのグバノヴァは、二人とも立派な声で自分の持分を全うしてくれた。カーテン・コールではオケのメンバーが全員、そそくさとオケピットから立ち去る。明日は移動日でもないのに、何を急いでいるのかと思ったら、皆そろって舞台に現われ、我々観客の喝采に応えてくれた。
しかし、この演出は全く映像に頼りっきりで、これなら歌手の演技面の作業量は少なくて済むが、演出のピーター・セラーズの仕事量の少なさには、首を傾げてしまう。この場合、ピーター君の演出料は格安なのだろうか?と、いらぬお節介な想像をしてしまう。
写真は休憩中のロビーでお見かけした、ジェラール・モルティエさんです。ご協力ありがとうございました。
※沢山のコメントを頂き、やや困惑していたところ、卓抜したご意見を持つブログ(無弦庵 Re: view)を発見しましたので、リンクしておきます。
2008年7月20日(日)15:00/兵庫県立芸術文化センター
指揮/セミヨン・ビシュコフ
パリ・ナチオナル・オペラ管弦楽団
パリ・ナチオナル・オペラ合唱団
演出/ピーター・セラーズ
映像/ビル・ヴィオラ
照明/ジェームズ・F・インガルス
衣装/マーティン・パクレディナズ
トリスタン/クラフトン・フォービス
イゾルデ/ヴィオレッタ・ウルマーナ
ブランゲーネ/エカテリーナ・グバノヴァ
マルケ王/フランツ・ヨーゼフ・セリグ
従者クルヴェナール/ボアズ・ダニエル
廷臣メロート/サムエル・ユン
舵手/ユリ・キッシン
牧童&水夫/アレス・ブリシャイン
前奏曲のテンポが、えらく遅い。この調子だと、終わるまでに六時間くらい掛かるのでは?と不安になるが、ビシュコフが思い入れタップリだったのは、ここと二人が媚薬を飲んだ後の短い間奏曲くらい。後は結構速目のテンポで、サクサクとオペラを進めて行く。
ここのオケの弦の響きは、予想通り軽い。金管に、あまりブカブカ吹かせないので、弦が良く聴こえて来るのもあるが、弦と管のブレンドされたオケの音色は、やはり軽い。ビシュコフはウネウネと続く筈の「トリスタン」の旋律から、拍節を見付けて強調する。ヴァーグナーらしい厚ぼったい響きは全く無い。しかも昨年聴いた、ドレスデンの「タンホイザー」のような、颯爽として透明感のある演奏と云う訳でもなく、何だか音楽の進め方がギクシャクしていて、オケの音も薄いヴェールの掛かったような、半透明の音色。まあ、これがパリ風のヴァーグナーなのか、と納得して受け入れるしかないが、もし今日の指揮者がビシュコフではなく、準メルクルだったなら…と、無意味な想像をしてしまう。
でも今、眼前で鳴っている音楽は「トリスタン」で間違いはない。どんな風に演奏してもビクともしないものが、この曲にあることを実感した。
しかし、演出には見応えがあった。映画館並みの大スクリーンに写し出される映像は、「トリスタン」の音楽の内容を正確に把握して作られたもので、それぞれのシーンに説得力がある。そうは言っても、別にストーリーの絵解きをしている訳ではない。視覚的な求心力があると云うか、力強い画面で、ヴァーグナーの音楽と拮抗するに足る、厳しい美しさを持つ映像だった。
具体的には、一幕は“水”が主題で、一組の男女が洗面器に顔を浸けたり、画面の上から落ちて来る水を手で受けたり、越中褌のような下着姿で水を浴びたりする。やっていることは只それだけなのだが、気品のある映像で、自然に見入ってしまう。二幕では“光”が主題になり、イゾルデとブランゲーネが松明を点ける、消すでモメる場面では、女性が沢山のランプやローソクに火を灯して行く。これも、詩的な美しい映像。三幕では、瀕死のトリスタンの人生の回顧があり、女性は燃え盛る火の前で水中に飛び込み、男性は水に浮かぶように昇天して行く。
今日の上演は、「男女の裸体の映像が一部場面に含まれており、18歳未満の鑑賞の当否をご判断戴く必要があります」とチラシに書いてあった為、事前にこの方面への期待も高かった訳だが、実際には容貌・体形共に抜群ではない男女が、ゆっくりと一枚づつ服を脱ぎ、最後に全裸になるだけ。両者とも、見て嬉しいと云う程の裸体ではない。露骨に陰毛と性器を見せるのは、ここの十秒程だけだった。
しかし、そこは男のアサハカさ。女性が胸を出す際と、下穿きを取り去る際には、思わずスクリーンに集中してしまう。でも、そこは良く出来たもので、その瞬間はブランゲーネが歌っており、イゾルデの方はお休みタイムだった。
今日のイゾルデのウルマーナは、01年のミュンヘン・オペラ来日公演の「トリスタン」で、ブランゲーネを歌っていたらしい。その際のウルマーナさんについての記憶は全くないが、演出の方は「ああ、あの髭剃りと花柄ソファのトリスタンね」と、直ぐに思い出すことが出来る(ちなみに、“あの”コンヴィチュニー君の演出です)。ブランゲーネからイゾルデへの出世が、しばしば有ることなのかは良く知らないが、それとは関係なく、ウルマーナはイゾルデ歌いとして充分な実力の持ち主。スピントするフォルテ、伸びやかで力のあるソット・ヴォーチェ、中音域の深い音色等、全く申し分のないイゾルデで、最後の「愛の死」では、幕切れを見事に締め括ってくれた。
これに対し、トリスタンのフォービスは、ソコソコ健闘していたとは思うのだが、声自体の魅力に乏しいのが辛い。中音域のくすんだ音色が、スピントする高音と巧く繋がらず、長いフレーズがプツプツ切れてしまうので、トリスタンの歌を充分に楽しむことが出来ない。マルケ王のセリグと、ブランゲーネのグバノヴァは、二人とも立派な声で自分の持分を全うしてくれた。カーテン・コールではオケのメンバーが全員、そそくさとオケピットから立ち去る。明日は移動日でもないのに、何を急いでいるのかと思ったら、皆そろって舞台に現われ、我々観客の喝采に応えてくれた。
しかし、この演出は全く映像に頼りっきりで、これなら歌手の演技面の作業量は少なくて済むが、演出のピーター・セラーズの仕事量の少なさには、首を傾げてしまう。この場合、ピーター君の演出料は格安なのだろうか?と、いらぬお節介な想像をしてしまう。
写真は休憩中のロビーでお見かけした、ジェラール・モルティエさんです。ご協力ありがとうございました。
※沢山のコメントを頂き、やや困惑していたところ、卓抜したご意見を持つブログ(無弦庵 Re: view)を発見しましたので、リンクしておきます。











この三日間の公演、一日でも行っておきたかったのですがお財布と自分の特質(高い所がダメ)を考えると諦めてしまったのでした。こちらのレポートを読んで少し雰囲気を楽しませていただきました。それにしても、三日間別の演目をとっかえひっかえ上演するとはオケも大変ですねー。しかも指揮者も違う、と。あのワグナーをパリのオケがどう演奏したのかやはり聴いてみたかった気もします。全体的にはよかった…のですよね?『トリスタンとイゾルデ』は。
次にオペラといえばロッシーニの二作品ですね。どうにか両方見に行けるように画策中です。
「トリスタン」は映像は素晴らしいが、演奏はビミョーで、トータルすると良かったのか、イマイチだったのか、自分でも判断に苦しんでいます。問題はオケの音をどう評価するかで、「あんなスカスカのヴァーグナーなんて」と言われれば、一応その通りだと思います。
モルティエさんはプロデューサーと、二人で紅茶を飲んでおられました。ロッシーニは僕も楽しみにしています。
ウルマナは2001年のバイエルン国立歌劇場公演では、かなり出しゃばっていた、というか周りの連中がビックネームばかりでしたから張り切っていたのでしょう。内容は良かったでしたから。今回はイゾルデに出世したようですね。2001年のマイヤーを越えたか。。
唇の厚いビシュコフはひと頃パリ管を振ってましたが、最初良くだんだん評価下がるといった雰囲気だったのですが、パリには縁があるのでしょうか。昔はオペラ振りではなかったので、そのオペラに関して言えば小澤をはじめとする日本人指揮者のように後で下積みをして楽をとるといった感じではないでしょうか。
イタリア、フランスなどのオケのワーグナーは日本人はあまりほめませんが、実際のところ聴く機会もあまりありません。
今回はどうしようかとまだ迷っております。
この映像が「トリスタン」の音楽付きで発売されたら、僕は是非購入しようと思うのですが、実演を聴かなくてもそれで充分、と云う人も居るかも知れません。
それと、やはり今回の「トリスタン」で最も問題なのは、ビシュコフだと考え直しました。どうも、やってることが全て中途半端なんですよね。ただ、西宮での三日目が一番良かったのは、オケのメンバーの時差ボケが解消されたからでは?と云う疑念も捨て切れません。
ご意見を受け、少し記事に書き加えました。
僕は最近、すっかり映画館にご無沙汰ですが、リヒャルトさんの場合は、これから良い映像に接する機会を増やして下さい。
半分は映像のために出かけたようなもので、私は強い感動を覚えましたが、たしかに賛否両論あって当然の演出だったと思います。
上のコメントで「この映像が「トリスタン」の音楽付きで発売されたら、僕は是非購入しようと思うのですが、」と書いていらっしゃいますが、実は私も同感です。音楽を従えるほどの力を持つ映像でしたが、音楽を楽しみにして聴きに行った方にとってはやや苦痛だったかもしれませんね。トリュフォーの件、興味深いです。
とりわけ女声二人には惜しみない拍手を贈りました!
オーチャードホールのオペラは、奥行きが深くて、1階の奥のほうでも極めて高いお値段。オペラはどうかと思うホールです。
しかも、真後ろで、合唱の声がビンビン響いて、オケの音を打ち消す勢いでした。
僕の本音を言えば、今回の「トリスタン」の映像に関し、否定的な意見のあること自体が信じられません。あれだけ美しく、力の込もった映像は滅多にあるものではない。
それにしてもSonnenfleckさんが、心底から感動された様子の伝わるブログ記事には、羨望すら感じます。コメントせずに申し訳ないのですが、エキサイト・ブログにはコメントし難い、技術的な理由があります。お察し下さいませ。
yokochanさん、
ホールに関して云えば、関西は東京よりも恵まれています。びわ湖ホールと兵庫芸文は、天井桟敷でも舞台は見易く、音響も良いのに加えて、中規模の大阪音大カレッジ・オペラハウスも良いホールです。この三つのホールが所在地も分散していて、それぞれ独自の企画を実行している。こちらでは、結構楽しく暮らしております。
極上の現代ビデオアートを生演奏付きでみているようでした。一幕はともかく,ニ・三幕の美しさ、ラストの愛の死は素晴らしいと思いました。確かに音楽に集中しようと楽しみに行かれたた方達には賛否両論あると思います。私も結局ビデオが流れていない部分しか演奏の印象がなく、女声二人が予想以上に素晴らしかったこと、2幕目の始まりのオケの表情が物足りなかったこと、肝心のトリスタンの荒っぽい声が残念・・と言うくらいです。こういう演出もトリスタンにはありなのだなと。オペラに行ったのやら美術館に行ったのやら・・と思いながら帰途に着きました。
美術でも演劇でも、良いものは良いです。今回は音楽と美術を同時に楽しめる、お得な上演だったと僕は思います。
聖徳太子的能力・・まさしくそうですね!
舞台としての今回のトリスタンにはとても満足だったのです。
私はなかなか劇場に足を運べません。これからもブログを楽しみにさせて頂きます。
自分の個人的興味に偏ったブログで、全く一般的でない記事も多いです。楽しみにして頂くなど、穴があったら木に登りたい心持です。