オペラの夜

出掛けたオペラやコンサートを聴きっ放しにせず、自分の中で理解を深める為のブログです。

ベルク「ヴォツェック」op.7

2009-11-23 | ドイツオペラ
<バイエルン・シュターツオーパー共同制作>
2009年11月23日(月)14:00/新国立劇場

指揮/ハルトムート・ヘンヒェン
東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場合唱団
NHK東京児童合唱団

演出/アンドレアス・クリーゲンブルク
美術/ハラルド・トアー
照明/シュテファン・ボリガー
衣裳/アンドレア・シュラート
振付/ツェンタ・ヘルテル

ヴォツェック/トーマス・ヨハネス・マイヤー
マリー/ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン
鼓手長/エンドリック・ヴォトリッヒ
大尉/フォルカー・フォーゲル
医者/妻屋秀和
アンドレス/高野二郎
マルグレート/山下牧子
白痴/松浦健
子供/中島健一郎
徒弟職人/大澤建/星野淳


 実は「ヴォツェック」は、僕の生まれて初めて観たオペラで、既に四半世紀近く昔の話になる。現在、建て替え中のフェステバルホールで、小澤指揮の新日フィルに実相寺昭雄の演出、セミ・ステージ形式での訳詞上演だった。その後「ヴォツェック」は、アバド指揮ウィーン・シュターツオーパーと、バレンボイム指揮ベルリン・リンデンオーパーの引越し公演に、国内組はサイトウ・キネンとカレッジ・オペラハウスの上演を観たので、今日が六回目の見物となる。これは老化現象と云う他ないが、直近の大阪音大の上演には何の記憶も残っていないのに、最初に観た小澤のは、薄っすらとではあるが思い出す事が出来る。この時はベルクの陰鬱な音楽に感銘は受けたが、オペラと云う上演形態に魅了される迄には至らなかった。僕がオペラに熱中するのは、もう少し後の話。

 おまえの一番好きなオペラ作曲家は誰だ?と問われれば、まず僕はベルクとモンテヴェルディの名前を挙げる。その次はR.シュトラウスかな。だから、ベルクのオペラの上演と聞けば馳せ参じるが、結局「ヴォツェック」も「ルル」も、亡くなられた若杉さんの指揮で聴く機会は逸してしまった。「ムツェンスク郡のマクベス夫人」「修禅寺物語」に代役の立った時点で、もう若杉さんの復帰は無理かと半ば諦めてはいたが、今回は逝去によるキャンセルと云う事で、追悼の意味を込め、ベルクの音楽を味わいたいと思う。指揮者のヘンヒェンの名前は初めて聞くが、柔らかく夢見るように優しい解釈で、抒情的な「ヴォツェック」を聴かせてくれた。これが若杉さんを偲ぶ、良い機会となった事に感謝したい。

 今回の「ヴォツェック」の演出の最大の眼目は、舞台一面に水の張ってある事だった。この水溜りの中で、歌手もコーラスもN児の子供達も長靴を履き、バシャバシャ音を立てて歩き回る。舞台上には倉庫のような巨大な箱が、天井からホイスト・クレーンで吊り下げられ、上下左右に移動している。随分金の掛かったスペクタクルだなぁ、と云う感想は取り合えず横に置き、この箱が床まで降ろされ、再び中空に持ち上げられると、箱の底から水滴がボタボタ落ちて結構な音を立てる。音楽を演奏する間も、水の音の絶え間ない演出だった。

 大脳生理学では、右半球は音楽脳で図形の認知や音楽を扱い、左半球は言語脳で論理的思考を扱うとされる。つまり、右脳はパトス(感性)、左脳はロゴス(理性)に分かれている。三十年前、耳鼻科のお医者さんの角田忠信は、西洋人と日本人で左右の脳の機能が異なる事を発見し、「日本人の脳」と題する一冊を物した。この本はベスト・セラーとなり、これを契機に“右脳左脳”と云う言い方も、世間に膾炙する事となった。西洋人は音楽や人の声、虫の音等を右脳で扱うが、日本人の場合は人の声と虫の音を左脳で扱う。これは日本語が母音支配的な言語である事に拠るのだと云う。

 日本人は西洋音楽の内、器楽曲は右脳で受け取るそうだが、人の声は全て左脳に入るのだから、我々は歌手の声とオケの音を、左右別々の脳で聴いている事になる。角田先生は、日本人が西洋器楽音楽を聴くには特殊な訓練が必要とも述べて、これは自分の経験から考えて、さもありなんと頷ける説だ。角田説では、日本人のDNAに刷り込まれていない音は、全て右脳に入ると云う事らしい。その辺りが日本人のオペラ受容と、関係の在るのか無いのかは良く分からないが、少なくとも純粋器楽よりは、オペラの方が日本人には馴染み易い理屈になる。

 又、西洋人は虫の音、つまり鈴虫やコオロギの鳴き声を雑音に感じるのだそうな。世界中で虫の音を風流に感じるのは、左脳で受け取る日本人のみとの事である。この本を読んで僕は、西洋人は自然音を全て、音楽に対する雑音と受け取るのだと何となく思い込んでいた。ところが今回の演出のクリーゲンブルクはインタビューで、「自然の音である水の音と、至高の芸術である音楽との対比」「芸術音楽の中に必ず『水』を表現する音、ぴちゃぴちゃした音、ぽとぽと滴る音等を響かせて、芸術と自然界が創り出す音を一体にします」と述べている。ははぁ…虫の音は雑音だが、水の音は芸術音楽と合うと西洋人も思うのか…。これは一つ勉強になりました。

 今日の演出では何と言っても、舞台全面に張られた水を巧みに使う、照明の美しさに魅了された。水底に仕込まれたライトからの光で、ホリゾントに水面の波紋を映す。ベージュからカーキ色と、もう少し濃いオレンジ系の色合いの、何れも暖色系を主体とした色彩が、舞台に柔らかい雰囲気を与えている。浮遊するボックスの内部は倉庫のように殺風景だが、ここは乾いた空間で、ヴォツエックとマリーと息子の三人家族に、ささやかな安らぎを与えているように見える。暖色のライティングは、ヴォツェックが心の拠り所とする家族の暖かさを表現して、殺伐としたオペラの救いになっているとも感じる。箱の奥の明り取りの窓から光が差し込んだり、マリーの子供が赤い色の蝋燭を沢山置いたのも、美しい効果を挙げていた。水の張られた舞台床では、全体は暗いまま歌手やコーラスにスポット・ライトを当て、箱の中とは異なる寂寥感を漂わせる。照明のアイデアの豊富さとセンスの良さに、深い感銘を受ける舞台だった。

 「ヴォツェック」はお話自体が暗鬱で、タイトル・ロールの荒涼とした心象風景を強調する演出が多く、遣り切れない思いを残す上演が殆んどだ。だが、クリーゲンブルク君は床に“水”を張る事で、舞台全体に仄かな抒情性を漂わせる成果を得た。その抒情性は、ピアニシモを重視する指揮者の柔らかい音楽とも、上手く融合したと思う。演出家は「水はジメジメとして冷たく、厭わしい物です」と述べているが、そのような側面と共に、この人は“水”の抒情性を巧みに計算し、利用している。演出家の意図と指揮者の解釈が相乗効果を生む、素晴らしい上演だった。

 黒尽くめの服装の貧民達に小銭や食物を投げ与えたり、マリーの子供は終始出ずっぱりで父親のヴォツェックに纏わり付く等、説明的で分かり易い解釈も色々あったが、これらは単なる付け足しで、あくまで照明の効果が主眼の演出だろう。ただ、ヴォツェックの家族三人だけは人間の外見で、後の連中は全て怪物的なコスチュームなのは、狂ったヴォツェックの目にはそのように見えていると云う意味で、それなりの効果はあったと思う。

 タイトル・ロールのマイヤーは響きの良いバリトンで、声量豊かなフォルテシモが、充実した表現力に繋がっていた。マリーのシュタイネンは音域の広いメゾで、高音部でも絶叫にはならない声の力がある。マイヤーは生真面目にシュプレヒシュテンメを語り、シュタイネンはほぼ全てを歌い切ったが、何れも見事な表現力のある“語る歌”だったと思う。大尉のフォーゲルと鼓手長のヴォトリッヒは、二人とも役柄に合った声質の歌手。医者の妻屋の重目のバスと、アンドレスの高野の軽い声質のテノールも外国勢と対等に渡り合い、毛唐どもと遜色を感じさせない出来だった。

 妻屋さんは破れ傘を差して出て来たし、どうせなら舞台上に雨を降らせて欲しかったが、これはさすがに無理な注文か。水のイメージと云えば、去年の夏に観たパリ・オペラ座来日公演。「トリスタンとイゾルデ」でのビル・ヴィオラに拠る、灯りと水の扱いの素晴らしかったのを思い出す。でも、あれだけの完成度は映像だから実現出来るのであって、生の舞台と比べてはいけない。今日のクリーゲンブルク君も、センスの良い美しい舞台を作ってくれて、若杉さんも草葉の陰で喜んで下さると思う。若杉さんに成り代わり、今日の演出家と指揮者に感謝したい。
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